022 不可解な不調
前話と同じ時間軸をなぞりながら、主人公視点でもうちょっと話を進めてみる回。
突然、風呂場から大きな音が聞こえてきた。
木戸の前から呼びかけたが返答はない。
躊躇せずに飛び込むと、湯を張ったバスタブの側にエヴァがうつぶせで倒れていた。
意識は完全になかった。
動揺を抑え、そのまま抱き上げようとして思い直した。妹とは違うし、非常時とはいえさすがにまずい気がする。
そばにひざを突くと自分のシャツを脱いでかけた。
抱え起こした体には、奇妙な違和感を覚えた。
(魔力の流れが……おかしいのか?)
魔力は血のように体内を巡り、循環するものだ。
だがエヴァは今、明らかに循環がうまくいっていない。体の内からうすく魔力が溢れてくるように感じる。それは噴火手前の火山を思わせた。
これが昏倒の原因なのか……?
脱衣所に移動して、体が冷える前にリアムのシャツを広げると細い腕に通した。かけていたシャツをずらして服を着せようとしたら、ぎょっとするものが目に飛び込んできた。
姉のよりはずっとささやかな、ふたつの膨らみの間。
鎖骨の下あたりに、赤く燃える色の楕円形が見えた。
「……なんだ?」
真紅の輝きを放つ大きな宝石だった。斜め一文字の深い亀裂が入っている。
白い肉に埋め込まれるような赤色が痛々しくて、さすがの俺もぞくりとした。
そっと指先で触れると氷のように冷たい。自分の魔力が吸い出されるような気味の悪い吸引力を覚えた。
(なんなんだよ、これ……)
魔力がうすく溢れていると感じたのは、間違いじゃなかったらしい。
亀裂の隙間から、透明な力が少しずつ流れ出しているのが分かる。
見てはいけないものを見た気がして、俺は手早く彼女にシャツを着せた。
水滴の垂れる髪をタオルで拭いていると、布団の支度が出来たリアムから「寝かせていいよ」と声がかかった。
エヴァを横たえて、彼女の額に手をおく。
熱はない。病気の類いじゃないだろう。やはり魔力が乱れていることからの昏倒なのか。
「大丈夫かな、急にどうしたんだろう」
うろたえているリアムに「分からない」と答える。
赤い宝石のことは言わなかった。
「魔力が変に不安定みたいだ。俺にもどうしていいか分からない。ばあちゃんや先生なら分かるんだろうけど……」
薬学に秀でている祖母と、有能な医師でもある家庭教師の先生の顔が思い出される。
自分で飛び出てきた家なのに、もう頼ろうという気持ちがあることが情けない。
「おばあちゃんと先生? 医者なの?」
「そんなとこだ。でも呼んでくるわけにもいかないしな」
「と、とりあえず医者は呼んだほうがいいよね?」
「魔法にも詳しい医者なら役に立つかもしれないけど、近くにいるのか?」
「こんな田舎だってゴンドワナの医者だもの。みんな魔法医だよ。当たり前じゃないか」
そうか、ここはローラシアとは違う。
魔力持ちの人間を診られる医者が、ゴンドワナでは普通なのか。
「なら……」
医者を呼ぼうか、と言おうとしたところで何かがきゅっと俺を引き留めた。
エヴァの胸の赤い宝石。
あれは、人目に晒していいものなのか……
「いや……医者はいい」
「え? 呼ばないの?」
「ああ、魔力が安定すれば目を覚ますだろうから、寝かせておくのが一番だ」
「もしかしてお金気にしてる? ほ、ほんの少しなら蓄えもあるから何とかなると……」
「違う、そうじゃない。金なら俺も持ってる」
この症状はその辺の医者に診せてどうにかなる問題ではないと感じた。
それになんとなく、エヴァがそれを望んでいない気がした。
「今すぐにどうにかなりそうな深刻さには見えない。ひとまず寝かせて様子を見よう。目が覚めたら、本人にどうしたいか聞いてみたらいい。持病があるのかもしれないしな」
「あ、うん。そうか……分かった……」
そういうことに落ち着いて、ふたりで夕食の支度に戻った。
今日の夕飯は野菜のスープと、野菜入りのスクランブルエッグか。
出来上がった皿を見て、俺はここに来てから一度も肉料理を見ていないことに思い当たった。
「この家、肉ってないのか?」
「ないよ。今は干し肉も貯蔵が切れてる」
「マジかよ。たまには肉食いたいなー、とか思わないわけ?」
「そりゃ思うときはあるけど……肉高いし、ぼく狩猟苦手なんだ。鴨は羽むしるの苦手だし、イノシシは獲りに行ったら逆にやられちゃいそうで。せいぜい罠にかかったウサギくらいかなぁ……でもやっぱり殺すのは気が引けて、本当にたまに精を付けたい時くらいだよね、狩猟は」
「へぇ。うちは毎日肉出てきて嫌になってたけど、ないならないで大変そうだな」
「うらやましいね、毎日肉だなんて夢みたいな話だよ」
ははは、と笑うリアムに俺はひそかに決心した。
こいつにたらふく肉を食わせてやろうと。
「起きないね、彼女」
「そうだな、ああやって自己修復してるのかもしれない」
「だといいんだけど……彼女といい君といい、昨日からびっくりするようなことが多くて心臓に悪いよ」
その口調から、突然飛び込んできた俺やエヴァが嫌ではないってことは分かった。
とはいえ迷惑をかけているのは確かだろう。
素性を明かすわけにはいかないが、隠し事をしたまま親切にされるって複雑な気分なんだな。
結局起きてこないエヴァをそのままに、俺はリアムと食卓を囲んだ。
昨日より明るい室内で、病人を前に不謹慎じゃないかというリアムをなだめて、少しだけカードゲームを楽しんだ。
「倒れたときより魔力がゆらゆらしなくなったな。落ち着いたみたいだ」
エヴァに触れて確認すると、リアムはあからさまにホッとしたようだった。
いつもより早く眠くなったのは、早朝に家畜の世話とかしていたせいだろうか。
明日は鶏の世話を遠慮したいな、と思いながらうとうとしていたら、リアムが笑いながら布団に寝るように言った。
「布団、ふたつしかないんだな。俺この畳の上でいいから、リアムそれ使って寝ろよ」
「え、いやそれじゃルシファーが寒いよ? せめて上はなんか着て掛け布団くらいかけて……」
「だから、俺別に寒くないんだって。ふあー、やべ、眠ぃ。おやすみー、リアム」
俺は畳敷きの上に敷かれた二組の布団の間に転がると、目を閉じた。
リアムが魔道具のライトを消す気配がした。
窓からもれる月明かり照らされて、俺たちは静かな眠りに落ちた。
ぱったり倒れたエヴァの話でした。
なんだろう。推敲ができない……おかしいなぁ……
*お知らせ*
誤字報告下さる方、大変ありがとうございます!
「あっやっちまった」って時はすぐ直しますが、直らないときは作者的に誤字ではないのでごめんなさい。
特に会話文の中では、登場人物のクセにより古い言い回しを使うことがあります。「そちも悪よのぅ」みたいな。
送ったのに直らないよ! ってことがあるかもしれませんが、ちゃんと見てますので!
今後とも懲りずに送ってやってくださるとうれしいです<(__)>感謝の意




