021 騒がしくなったぼくの日常#
from a viewpoint of リアム(前回の続き)
「それよりさ、あの子なんだけど……」
ぼくは切った野菜を鍋の中に投入しながら、となりからのぞき込むルシファーに尋ねた。
突然増えた来客のことを聞いておかなければ。
「ああ、エヴァのことか」
「コングール山に行って知り合ったんだよね? まさか彼女、ひとりでいたわけ? どうして連れてくることになったの?」
「拾ったから」
「は?」
「洞穴の中で、拾ったんだ」
「はあ……?」
そんな、捨て猫を拾ったみたいに言われても。
ルシファーはぽりぽりと頬をかくと腕組みした。
「実は俺もよく分かってなくてさ。とりあえず見つけたから抱えて帰ってきたけど、エヴァのことはまだ何も知らないんだ」
「何も知らないのに連れてきちゃったの……?」
素性も分からない女の子を連れて帰ってくるってどうなんだ。いや、ぼくも素性の分からないルシファーをここに泊めてるけど。
そういえば、文字通り抱えて帰ってきたよなぁ……
「あっ! そうだ、ルシファー羽生えてたよね?! 鳥の翼みたいなやつ! あれ何?!」
「……そういう、体質?」
「体質なの……?」
そんな説明ですむようなものなんだろうか……
納得いかない顔をしていると「生まれつきなんだ」と申し訳なさそうに言う。
別に悪いことではないし、むしろすごいと思うのに。ぼくの聞き方が悪かったんだろうか。
「ぼくは魔法もろくに使えないから驚いたけど、黒い翼なんてカッコいいよなあ。すごいね、空飛べるなんてうらやましい」
フォローだけど、本心だ。
「……そう、か? 親には人に見せるなって言われてるんだぜ?」
「ああ、確かに目立つもんね。変に目を付けられても困るから、隠しておいたほうがいいのは分かるよ。人狩りも昔よりマシになったらしいけど、田舎町のここでもたまにあるし。ルシファーは男だけど、見た目がいいから余計に気を付けてね」
「人狩り……って?」
「子供をさらっていく、闇市の売人だよ。都心部でも誘拐事件があるだろう?」
臓器目的だったり、奴隷目的だったり、複数の理由で人狩りは起こる。
ぼくは男だし、見た目もよくないから今まで無事でいられただけで。
小さい頃、何人かいた近所の女の子たちはもういない。みんなさらわれて、どこかに消えてしまった。
「人狩りか……」
「変わった容姿をしていると、高値がつくから狩られるらしいね。気を付けたほうがいいよ」
「ああ、そうだよな。まあ、一応気を付けるよ」
そう言いつつも、あまり気を付けようと思っている風には見えない。
子供なら誰でも親から「危険」と教えられる、人狩りのことを知らないなんて。
よく今までさらわれなかったな……箱入りだったんだろうか。
「あの祭司、また来るかなー」
ぽつりと、思い出したように彼が言う。
「ザワードさんのこと?」
「ああ、あの感じ悪いヤツ」
「はは……確かに顔はちょっと怖いけど、この村にある教会の主なんだよ。色々と慈善事業にも手を広げて、ぼくみたいな貧困層が飢えないように配慮してくれている人でもあるんだ」
ほとんどがテトラ教の信者であるこの村では、教会の存在がすごく大きい。村全体をまとめる祭司の立場は絶対だ。
信者でないぼくも、その恩恵にあずかって生きている部分がある。少しくらい強引なところがあってもあまり悪いことは言えない。
「何言ってんだリアム……頭ん中、花畑で出来てるのか? あいつお前をコングール山に行かせようとしたんだぞ? 死ににいけって言ってるようなもんだ。まあ今回は俺がいたからいいけど、またなんか無茶なこと言ってきたら今度こそシメるからな」
呆れたように返されたけど、ぼくの心配をしてくれているのは分かった。
それだけで、なんだか心が温かくなる。
「ルシファーって、優しいよね」
思わずそう言うと、彼は嫌そうな顔になった。
「優しいとか言うなよ、一応俺は、俺なりの気遣いをだな」
「だから、そういうところが優しいって褒めたんだけど?」
「……『優しい』って褒め言葉じゃないだろ?」
怪訝そうな顔のルシファーに、ぼくも「?」を浮かべた。
「え? じゃあなんだと思ってるの?」
「意志薄弱……仕事の出来ない愚鈍、役立たず、マヌケ、馬鹿……とかを総称する言葉?」
「嘘でしょ……そんな風に解釈するのは君くらいだと思うけど」
「何っ? じゃあなんなんだ『優しい』って」
「だから、褒め言葉でしょ……」
冗談……じゃないみたいだ。
優しいね、と言ってこんな反応を返されたのは初めてだなぁ……話していて賢そうに思えるのに、やっぱり彼はどこかズレている。
なんでそんな風に思っているのか聞いてみたくて、口を開きかけた時だった。
湯浴み場から、何かをひっくり返すような大きな音が聞こえてきた。
ぼくが振り向いたとき、ルシファーはすでに木戸の前にいた。あまりにも一瞬で移動しているのに驚いて、自分が動くのが遅れてしまう。
「おいエヴァ? 今の音なんだ?!」
彼は木戸を叩くと奥に向かって声を投げた。
返事はなく、ピシャンピシャンと湯船から水の溢れる音が聞こえている。
「返事しないなら開けるぞ?!」
それはまずいんじゃ、と止める間もなくルシファーは引き戸を開いた。続いて脱衣所の奥にある湯浴み場のカーテンをためらいなく開く。
石敷きの床に白い裸身が倒れているのが見えた。
「おい、しっかりしろよ! どうした?!」
ルシファーが乱暴に自分のシャツを脱ぐと、彼女の体にかけて持ち上げる。
抱えあげられた体から、ぼくは思わず目をそらした。
「リアム、こいつ寝かせるところあるか」
「す、すぐに布団引くよ! ちょっと待って!」
いそいで部屋に戻って布団を引きずり下ろすと、バタバタと新しいシーツを敷く。
掛け布団を持ってきたところで「いいよ」と声をかけようとしたら、彼はタオルで彼女の濡れた髪を拭いているところだった。
どちらもすごく整った容姿をしているので、その光景に不謹慎ながら一瞬見入ってしまう。
いやいやそうじゃない、彼女を寝かせないと。
「ルシファー、いいよ寝かせても」
「ああ」
彼は見た目よりずっと力があるらしい。
座ったままの姿勢から、彼女を抱えてこともなげに立ち上がると、歩いてきて静かに横たわらせた。
エヴァは少し顔色が悪いように見えたけれど、元々が白いからよく分からない。
どうしたんだろう、急に倒れるなんて……なにか病気とか……
ふと、いつの間にかぼくのシャツを着ている彼女に疑問がよぎった。
「あれ……? いつ服着せたの?」
横に座るルシファーに尋ねると、彼はあっさり答えた。
「リアムが布団用意してる間に決まってるだろ?」
それはもしかしなくとも、思いきり見たんじゃないだろうか。
「あ、あとで彼女にあやまろうね……ぼくも一緒にあやまってあげるから」
「は? 何でだ?」
本気で分からない顔をした彼に、ぼくは頭を抱えた。
またもやリアム視点でした。二話に分けたんですよね。長くなったから……
次話は主人公視点に戻ります。
ところで、私事ですが日々の雑務が週単位でヤバい量になってまして。
控え目に言って余裕がないので、次の更新は土日のどこかで出来るといいな~……なんて思ってます。死なない限りはエタりませんので、気長にお待ち下さるとうれしいです~(TT)




