020 変わった友達#
from a viewpoint of リアム
その少年は突然、ぼくの前に現れた。
艶のある黒髪に、深い紺碧の瞳。
男の子に「綺麗」なんておかしいけれど、その言葉がしっくりくる、すごく整った容姿の子だった。
道の隅に転がっているのを見たときは、行き倒れかと思ったんだ。
すぐに誤解だと分かったけれど、旅人としては軽装過ぎる格好に違和感を覚えた。
ぼくと同い歳だというルシファーは、都心部から来たらしい。
親と喧嘩して家出って、少しだけうらやましい話だ。
喧嘩は、相手がいなければできないことだから。
富家の子らしく農作業がめずらしかったのか、ルシファーはいきなり雑草取りを手伝ってくれた。
見たことのない食べ物をくれたり、カードゲームなんてものも教えてくれた。
なんというか、言動の端々に浮き世離れしている妙な感じがある。そこにいるのに気配が薄すぎて、たまにいないように感じることもあるし、とにかく変な子だ。
でもこの家にぼくしかいなくなってから、誰かと一緒にいるなんてことはほとんどなかったし、彼と過ごす時間は純粋にうれしかった。
ぼくたちは仲の良い友達になれるんじゃないか。
ゴンドワナに帰ったとしても、また遊びに来てもらえるかもしれない。
珍しく子供に戻ったような、そんなワクワクを感じた。
同じ年頃の子供がいないこの村では、誰かと遊ぶことを考えるなんてあまり覚えのないことだ。
父さんがいて、母さんがいた頃にはあったのかもしれないけれど、もう思い出せない。
(ルシファー……大丈夫かな……)
山の向こうに沈みかけている夕日を見上げて、ぼくはため息をもらした。
止めるのも聞かず、身代わりで仕事に行ってしまった少年の無事を祈る。
彼はほんの少し一緒に過ごしただけのぼくが困っているのを見て、なんのためらいもなく力を貸してくれた。
確かに魔物の住む山になんて、恐ろしくて行きたくない。でも、彼を代わりに行かせるなんて発想は欠片もなかった。
魔物除けがあったって、危険な場所であることに違いはないんだから、やっぱりどうあっても止めるべきだったんじゃないだろうか……
もし、彼が帰らなかったら。
ぼくは彼の家族にどう謝ったらいんだろう。
不安を抱えたまま、コングール山を見つめる。
寒くなってきた上着の前を合わせたら、夕焼けの広がる空に大きな黒い影が見えた気がした。
山のほうからこちらへ。鳥……にしては相当な大きさだ。
黒い影はだんだんと大きくなってくる。
ぼくはぼうっとそれを見ていた。
「鳥……じゃない……?」
シルエットがはっきり見てとれる距離になって、唖然とした。
人だ。人に翼が生えてるんだ。
近付いてきたらもうあっという間で。
それはあろうことか、ぼくの前に降りてきた。
黒くて艶のある翼が、ばさりと音を立てて地上に降り立つ。
天使、と言ってしまうのは少し違う。綺麗だけれど、その翼の色は漆黒だ。
黒い大翼はぼくの目の前で、まるで溶けるように宙に消えていった。
バツの悪そうな顔が「見つかっちまったか」と呟く。
ぼくは信じられない気持ちで彼を見つめた。
「……る、ルシファー……?」
彼が両手に抱えているものを見て、二重に驚いた。
開いた口がふさがらないって、こういうことを言うのかもしれない。
「い、今の……って一体? え、その子誰? もう訳が分からないよ……」
彼が抱えていたのは上着にくるんだ白い髪の少女。
驚くほど繊細で儚げな、茜色の瞳がこちらに向いた。
今までに見たことがないくらい、すごく綺麗な子だ。じっと見つめられて思わず頬に熱が集まる。
「リアム、悪いけどお湯沸かしてもらってもいいか? 結構急ぎ目で飛んで来たから、こいつ冷えちまったみたいなんだ」
「……もうなにがなんだか分からないけど……」
今ぼくに分かることは、ひとつだけあった。
「とにかく、無事に帰ってきてくれて良かった……」
心底安堵して、ぼくはくしゃっと情けなく笑った。
「おかえり、ルシファー」
ルシファーは少し驚いたような顔をしたあと、うれしそうに笑って返した。
「ああ、ただいま、リアム」
ぼくらは、どちらからともなく家に足を向けた。
「帰ってこなかったらどうしようと思って、気が気じゃなかったよ」
「だから大丈夫だって言ったろ? でもごめん。宝を持って帰ってくるのが仕事だったのに、結局見つけられなかったんだ。あの祭司、怒るかなー」
一緒に行った仲間に裏切られて、山道からも外れてしまったけれど、ちゃんと洞穴内は探してきたと彼は説明した。
ぼくは話を聞いて青くなった。ひとりであのコングール山をうろつくだなんて、考えられない。
彼が無事で本当によかった……
「分かったよルシファー……もう心臓に悪い話はあとにして、何か温かいものでも飲もう」
玄関を開けてふたりを招き入れると、土間でお湯を沸かした。
日も落ちてきたので、ルシファーが持ってきた魔道具のライトを天井から吊す。家の中は一気に明るくなった。
白い髪の少女はぼくとルシファーが動いている間、下ろされた火の側でじっと座っていた。
大分寒そうだったけれど、少しは体が温まっただろうか。
「寒くない?」
声をかけると、小さく頷いた。
同世代の女の子と話すなんて市場のお店にいる子達くらいだから、なんとなくどぎまぎしてしまう。
こんなに綺麗な子だったらなおさらだ。
「あらためて……ぼくはリアム、よろしく」
握手のつもりで差し出した手を見ると、彼女はふいと視線をそらした。
「エヴァよ。どうぞおかまいなく……私、すぐにここを出て行くから」
「え……あ、そ、そう」
家に帰る、じゃなくて、出て行く、なんだ……?
その言い回しに疑問を感じた。
ルシファーも「都心部から家出してきた」ってこと以外まだなにも知らないけれど、彼女も謎が多そうだ。
着ている白のワンピースはシンプルながら、田舎町では見ることのない仕立ての良さだった。彼女も富家の子なのかもしれない。
「エヴァの家は都心部のほうなの? どうしてまたコングール山なんかに?」
世間話のつもりで続けたら、無言が返ってきた。
「あ、えーと……話したくない、なら無理に聞かないけど」
「どうもありがとう」
それはようするに、聞くなってことだよね?
見た目とは違って、ちょっとキツそうな子だ……
挨拶程度の笑顔もなく、黙ったままの彼女がちょっと怖い。
ちょうどその時、ルシファーがお風呂にお湯を張って戻ってきた。
「もう少しで沸きそうだけど、リアム、着替えってあるか?」
「あ、うん。でも男物だよ?」
「濡れてる服よりマシだろうから、貸してやってくれるか?」
「それはもちろんいいけど……」
彼女が着ている首の詰まった白いワンピースは、よく見たら確かに濡れていた。それは風邪を引きそうだ。
ぼくは慌ててタンスから、新しい丈長めのシャツを引きずり出してきた。
「お風呂、良かったら入って温まってきて。これ、ぼくので悪いけれど……服が乾くまで我慢してくれるかな?」
小さいタオルと一緒に自分の服を渡した。
嫌がられるかな、と身構えたけれど、彼女はこくんと頷くと素直に受け取って、ぺたぺたと裸足のまま歩いて行った。
「はあ……」
彼女が土間の向こうの風呂場に消えてから、ぼくは水場に立っているルシファーを振り返った。
「……ルシファー、何やってるの?」
「ちょっと待て、もう少しで切り終わるから」
彼の手元のまな板の上には、無残な野菜たちが転がっていた。
「いや、大きさバラバラすぎる。それじゃ火の通りが一定にならないじゃないか」
「しょーがねーじゃん、俺料理したことないんだ」
包丁の腕前を見る限り、嘘ではなさそうだ。
ぼくは彼の手から包丁を奪い取ると野菜の大きさを切り揃えた。
「じゃあ普段の食事はどうやって作ってるの?」
「料理人が全部やる」
「本当に富家の子なんだね……お父さん、何の仕事してる人なのさ?」
ぼくの質問に「え」と言ったっきり、ルシファーは返答をにごした。
言いたくないような職業なんだろうか……
「別に無理して答えなくてもいいって」
「ああ……うん。サンキュ」
それはようするに、答えたくないってことだよね?
エヴァもルシファーも……そんなに自分のことを話すのが嫌なのかな。
ぼくは気付かれないほどの小さなため息を吐いた。
全部がCOVID-19が悪いのですが(責任転嫁)。
余裕がある時にしかPCに向かえない事情があり、しばらく週2~3回程度の更新になります。
皆さまも普段と違って色々と不便なこともあるかと思いますが、くれぐれもご自愛くださいませ。




