172 回収作戦前#
from a viewpoint of エヴァ
「……ベルがここから出さないと、横で見張っているからだ。窮屈でかなわん。早く回復薬をよこせ、持ってきたんだろう?」
天蓋の奥から、機嫌の悪そうな声が応える。
ルシファーの一番上のお兄さん……よね?
「すでにロシベル様がお持ちですが……エヴァ様」
「っはい」
「よろしいでしょうか。奥様がエヴァ様からカザン様にお渡しするようにと仰っておりましたので」
「あっ……ええ、分かったわ」
回復薬の効力を、アクセラレータで上げなくては。
私はロシベルさんから小瓶を受け取ると、手に包み込んで祈った。
(ルシファーのお兄さんの怪我が、全快しますように)
属性のある魔法と違って、アクセラレータは目に見えないけれど。
私が祈ることで方向性を持たせたこの回復薬は、間違いなく限界を超えた効力を発揮する。
「……どうぞ」
歩いて行って、ベッドの上に座る男の人に差しだした。
頭や体に包帯が巻かれているところを見ると、かなりひどい怪我を負っているようだ。
年は30代前半くらいかしら……シルバーブロンドの髪と、アッシュグレーの瞳は双子の妹たちと同じ色。
鋭く冷たい目だった。ルシファーと似ているようで、人を寄せ付けない雰囲気はまるで似ていない。
「……」
カザンさんはじっとこちらを見たまま、小瓶を受け取ろうとしなかった。
向けられているのは敵意だろうか。不信だろうか。弟を使い魔にした私のことが気に入らないのかもしれない……
少しうろたえながら「あの、どうぞ」とさらに小瓶を差しだした。
「……お前が第3の力を持つ、不死の魔女か」
冷えた声だった。
緊張して頷くと、カザンさんは少し迷った様子で「顔を」と言った。
「フードをとって、顔をよく見せてくれないか」
「なあに? 兄さんだって普段は顔も見えないような格好ばかりしてるくせに」
後ろからロシベルさんがからかうように言った。
カザンさんは眉をひそめると「今はしていない」とロシベルさんをにらんだ。
「末の弟が言っていたのがどんな人間か、少し気になっただけだ。嫌なら別にかまわない」
「あっ、いえ。顔を見せるのが嫌なわけじゃなくて、その……ここはテトラ教の司卿のお屋敷だと聞いたから……姿をさらしたくなくて」
まだ部屋の端には、気の弱そうなメイドさんと、兵士がふたり控えている。
ここでフードを取ったら、目と髪を部外者に見られてしまう。
「あのメイドたちなら大丈夫だ。テトラ教の信者すべてが、お前やフェルに危害を加えようと思っているわけじゃない」
そう言われて、思わずメイドさんを振り返った。
三つ編みを揺らしながら、こくこくと頷いてくれるのを見て、心が緩む。
「……分かったわ」
フードを取ると、カザンさんはわずかに驚いた顔をして、私を眺めた。
「……エヴァよ、はじめまして」
たどたどしく挨拶をする。
「俺は、ディスフォール家の長男で、カザンだ」
口元に手をやると、カザンさんは「なるほど……」とつぶやいた。
「どう? 予想通りだった?」
どこか楽しそうなロシベルさんが言った。
「いや……もっと、ベスパのような感じかと思っていた」
「あら、兄さん認識甘いのね。私は昔から清楚系だと思ってたわ」
ルシファーの保護者ふたりは、なにやら弟のことで分かり合っているみたいだ。
怪我は治さなくていいのかしら。
「あの、できればそれ、飲んで欲しいわ。早くルシファーを迎えに行きたいから」
「ルシファー?」
カザンさんはわずかに首を傾けた。
「フェルったら、家出したときにそう名乗ったらしいわ。偽名にもなってないわよね」
ロシベルさんが言うと、「ああ、そうだったか」と呟いて納得したようだ。
確かに、偽名というよりはただの愛称よね。
カザンさんは小瓶のフタを取ると、口に付けて一気に飲み干した。
「……っ」
回復魔法の光に包まれた全身が、十秒ほど発光する。
膝の上で握った拳を緩めてひとつ息を吐くと、カザンさんはベッドから足を降ろした。
「兄さん、フォリアの回復薬にアクセラレータが加わったお味はいかが?」
予備の小瓶2本を見せながら、ロシベルさんが尋ねる。
頭の包帯を掴んで取ると、カザンさんはくしゃりと前髪をかき上げた。
「……お前も機会があったら試してみろ」
「あら、使わなきゃいけない状況になんてならないわ。これも兄さんに取っておくわね」
「使うか。どのみちお前は防御系がクズだからな。最前線からは引いていろ」
「攻撃は最大の防御でしょう。それに盾が欲しければ人間で作ればいいのよ」
カザンさんはロシベルさんと話すことを放棄したような顔で、ベッドから立ち上がった。
お父さんも大きかったけど……お兄さんも首の痛くなる長身だわ。
怪我はすっかり回復したみたいで良かった。
「核の不調まで治るとは……礼を言う」
見下ろされて、お礼を言われた。
「いえ、フォリアちゃんの回復薬のおかげだから……」
「いつもならここまで効くことはない。助かった」
ルシファーの家族のために、私がなにかできたのなら良かった。
たとえわずかでも、彼を巻き込んでしまった贖罪になればいいと思う。
カザンさんは、ロシベルさんから黒い上着を受け取ると言った。
「すぐに出るぞ。フェルを迎えに行く」
「分かったわ、皆殺しでいいのよね?」
とんでもない発言のロシベルさんを見ると、カザンさんは「いいわけあるか」と面倒そうに呟いた。
「それができれば苦労はない。見た目上だけでもアルティマが関わっていることをふせて収集つけろと、母さんから言われているだろう」
「それじゃ私の気がすまないわ」
「俺やお前の気がすむ、すまないは二の次だ。国立研究所の件にもうちが関わっていると知られれば、ローラシアとの契約に差し支える」
「人の家にミサイル撃ってくるような国なんて知ったこっちゃないわよ」
「お前も分かってるだろう、そういうことじゃない」
「……本当に、どいつもこいつも腹立つわね」
苛立った仕草で毛皮のコートを椅子から取り上げると、ロシベルさんは袖を通しながら部屋を出て行ってしまった。
「弟も妹もは、俺のセリフだ……」
カザンさんは、分かりやすくはぁ、とため息をついた。
「俺たちも出るぞ。ここの人間も用意ができてるはずだ。フェルの回収作戦については、移動しながら説明する」




