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017 コングール山の宝を探せ

 俺が代わりに行くってことで話がついたと思ったのに、リアムは「そんなのダメだ」と言い張った。

 自分が行きたいから、ってわけじゃないだろうに……やけに頑なだ。


「リアム、帰ってきたらまたバスクライドカードやろうな」


 俺がそう言うと、リアムは渋面を作った。


「だからダメだよルシファー。危ないよ、コングール山は普通に魔物が住んでるんだ。ぼくが行くって」


 危ないってのが理解出来てるんなら、なおさら自分が行かないで済む選択肢を選ぶべきじゃないか。

 こいつは生存本能が薄いんだろうか。


「魔物が住んでるから俺が行くんだよ。お前、弱いだろ?」


「うっ……いや、でも違う。そういう問題じゃ」


「そういう問題だよ。少なくとも俺はリアムよりは強い」


 だてに小さい頃からキエルゴの魔物に鍛えられてないから、とは言えないが。


「おい、チビ。出発するから出てこいよ」


 大男が出て行った戸口から、別の男がそう言って顔を出した。

 カチンときた。確かに俺は小さいけど、身長のことは言われたくない。

 リアムが慌てた様子で前に出た。


「えっ? 今から行くんですか?」


「ああ、急ぎなんだ。早くしろ」


 思わずふたりで顔を見合わせる。


「ルシファー……」


「だから、心配いらないって。ちゃんと借金は帳消しにしてやるから」


「そんな心配してないよ! 君に何かあったら困るって言ってるんだ!」


 きょとん、としてしまった俺を呆れ顔で見返して、リアムは深いため息を吐いた。


「君、変わってるよ。ルシファー……」


 それは……否定できないな。

 俺はうなだれた赤茶の頭にポン、と手を置いて、ぐしゃぐしゃとなでてみた。


「ちょ、何なでてんの?!」


「いや……なんとなく」


 そうしたかったというか。

 俺にもよく分からない。


「とにかく、もう俺が行くって決めたんだから、任せておけよ」


 最後まで納得しないリアムを引きはがし、「お前には畑と家畜の世話があるだろ。ちゃんと仕事しろ」と兄のようなセリフを残して、俺はよく分からない集団とともに出発した。


 白服の大男は途中まで一緒だったが、「健闘を祈る」とか言いながらひとりで近くの教会へ入っていってしまった。

 よく分からないが嫌いなタイプだ。あいつとは友達になりたくない。


 そんなわけで、俺は8人の大人と一緒にコングール山に向かって歩いている。

 みんなそれなりに腕っ節に覚えのありそうな男たちだった。

 帯剣しているヤツもいるし、何も持っていない男もいる。武器を携帯していないヤツは魔法使いだろう。


 魔物との戦闘を意識したメンバーなんだろうが……正直、この中にリアムが入ったところで何か役に立てるとは思えなかった。

 頭数を揃えるにしても、もうちょっと使えそうな人間を選別した方がいいと思う。


 コングール山には一応の登山道があるらしく、一方はキエルゴ山脈の深いほうへと続いていて、もう一方がゴンドワナのほうへ向かっていた。

 俺たちはキエルゴのほうに向かって急な山道を登っていく。

 休みなく歩き続けていると、息が切れ気味のヤツも出てきた。


「おい、お前はずい分と余裕だな……」


 額から汗を流している男が、俺を見て怪訝そうだ。

 こんな程度で疲れるとか、そっちのほうがおかしいだろう。いかつい顔は見かけ倒しか? うちの妹だってもっと体力あるぞ。

 とは、心の中でだけ言っておく。


「俺、これでも普段から鍛えてるから」


「へえ……そりゃ頼もしい。チビのくせにな」


 またカチンときた。


「チビって言うなよ。これからでかくなるんだから」


「そうか、まあ頑張れよチビ」


「……言動に気を付けろよオッサン、うっかり殺しちゃったらどうすんだよ?」


「なに?」


 振り返った男が、俺と目を合わせた瞬間に顔をこわばらせた。

 少しだけ気温の下がった空気を察しなくとも、生き物としての生存本能がそれ以上俺を挑発することを許さなかったらしい。


「な、なんの冗談だか知らねえが、気味の悪い小僧だ……」


 目つきの悪い男はそれだけ言うと、俺から離れて先に行ってしまった。

 まあ別に、殺してやりたいと思った相手なんて、生きてきた中で家族くらいだから。出会ったばかりの人間に殺意なんかないけどな。


 ただ、俺の場合は黙らせようと思った瞬間に首を落としてしまいそうだから困る。これから先、常識人として生きていきたいと思っているのだから、気を付けなければ。


 周囲には先ほどから魔物の気配がうようよしていた。

 何故襲いかかってこないのかと聞いたら、みんな魔物除けの札とやらを持っているからだそうだ。

 教会から借りるもので、携帯していると一定時間魔物が襲いかかってこなくなるらしい。そんな便利なものがあるんだな。


 昼過ぎて、休憩中の男たちは自分らの持参した食糧をめいめいに食べはじめた。

 俺は何も持ってこなかったので見ているだけだ。まあ別にくれとも思わないが、こちらを見てニヤニヤしているヤツがいるのは気にくわない。


 そこからまた出発して、大分歩いたと思う。

 どこを目指しているのか、地図らしきものを手にした男が「木につけてある赤いテープの印」を探しているのは分かった。

 目印が見つかればあとは早いだろうって話だ。

 一応俺も気にしながら歩いているが、広い山の中だ。目的の印は見つからない。


 かなり登ったから、もうきっと頂上近いんじゃないだろうか。

 そう思った時だった。


「魔物が出たぞー!!」


 先頭の男が叫んだのが聞こえた。


「魔物除けがあるんじゃなかったのか?」


「馬鹿、あれは万能じゃない! たまに目くらましが効かないヤツもいるんだ!」


 俺の質問に答えた近くの男が、腰から剣を抜き放った。


「まずい! 複数来たぞ!」


 立ち回るには斜面で足場が悪いし、武器を振るにも木が多いし、人が不利だ。

 自分に関係なければ傍観しようかと思ったが、目的のものを持って帰るという仕事が達成できなければ、リアムが困るということを思い出した。


 キョロキョロと辺りをうかがってから、俺は魔物に翻弄されている男たちに向かって叫んだ。


「オッサンたち! あっちに少し開けたところがある! あそこまで行って迎え撃った方がいい!」


 俺の声でわずかに冷静さを取り戻した男たちが、言われたとおり移動し始める。

 指し示した場所には少し平らな空間が広がっていた。みながそこに集まってきて、魔物もそれを追って来た。全部で3匹。


 額に太い一本角をもった、オーガの仲間だった。

 人間に近い形態をしているくせに、人肉を好んで食べる赤ら顔の魔物。

 印象は昔語りの鬼そのもので俺の腕はやつらに少し似ているが、親近感は皆無だ。


 動きが素早く、剣士らしき男の攻撃を交わすとその腕に噛みついた。

 悲鳴があがったところに、魔法使いの男が火炎を放つ。

 火に弱いオーガはひるんで後ずさったが、小さすぎる火力に逃走することはなかった。次々に飛んでくる火炎を除けながら、様子をうかがっている。


「そんな火じゃ致命傷にならないと思うけど」


 俺が真面目にツッコむと、火の魔法を使えるらしいふたりが揃ってこちらを向いた。


「分かってるがこれで精一杯なんだよ!!」


「そんな都合良くこんな化け物仕留められるか!」


「え、よっわ……」


 ばあちゃんの全てを飲み込む業火を思い出すと、笑うことすら馬鹿馬鹿しいレベルだ。

 これは俺がやるしかないかな、と変形しなくても殺せそうな手段を考えたところで、いきなり腕を掴まれた。


 掴んだのはオーガじゃない。

 地図を持っていたリーダー格らしき男が、俺を引っ張ったのだ。


「え? なに?」


「予定より早いが仕方ない……こいつを使ったら引き返すぞ! これで洞穴なんて見つけたところで、いくら命があっても足りねえ!!」


 その言葉に、周りにいた男たちがうなずく。

 この場でその意味が分からないのは俺だけらしい。 


「悪く思うなよ、チビ!」


 どん、と背中を押された俺はたたらを踏んだ。

 当然のようにオーガは一斉に襲いかかってくる。

 こちらは丸腰だし、これを変形しないで全部倒すってのは、ちょいキツい。


 そう判断して地面を蹴ると、一旦後ろに引いた。

 オーガたちの狙いが俺に定まったのを確認したところで、魔法使いの男が杖を振ったのが見えた。

 そこから放たれた風魔法は、俺を助けるためのものではなく……


(え?)


 空気の塊は胸の中心にぶつかってくると、俺を必要以上に後ろに押し出した。

 明らかに俺を狙った攻撃。どういうことかと男たちを視線で追う。

 薄ら笑っている面々が見えた。


 オーガは3匹とも俺を追ってきた。

 俺を追って、飛んだ。


「おい、ちょっと待て……」


 もしかしたら俺、囮に使うために連れてこられたのか?

 いや、もしかしなくともそうだな。

 リアムが来たんじゃなくて良かった。あいつだったら死んでる。

 瞬間、そこまで考えたところで、背後にあった急な斜面に背中から落ちた。


 山の斜面には障害物が多い。とてもじゃないけれど、翼を出して飛ぶなどできない。

 仕方なく重力に任せて坂を滑り落ちる。周囲の枝を押しつぶしながら、落葉樹の落ち葉が積もった中をノンストップで滑っていく。

 鬼の形相で追いかけてくるオーガたちも、半分転がり落ちているようなもんだ。

 伸ばされる爪を届くか届かないかギリギリのところで交わしながら、かなりの距離を後ろ向きで滑り落ちた。


 どこまでも加速していきそうに滑っていた体が、突然の衝撃とともにようやく勢いを殺して停止した。

 立ち上がる間もなく、上から襲いかかってきたオーガたちの赤い口が視界に飛び込んでくる。

 俺は倒れたままやつらに両手を向けた。


 瞬時に変形した腕先から、鋭い10本の爪が伸びる。

 ザシュッ! と、複数の肉を突き抜ける音がした。

 一匹は首、一匹は額。一匹は胸。


 赤ら顔の魔物たちの体重が腕にかかる。

 断末魔の叫びを上げることもなく、3体は空中で停止した。


 辺りに細かく散った血は、人間のものよりもどす黒かった。


「ちっ、きったねー血だな……」


 ひとつ舌打ちして、俺は腕を振るとオーガたちをなぎ飛ばした。

 どさどさっと重たい塊が地面に落ちる。

 辺りはやっと、静かになった。


「あー、いてて。ちくしょう。すりむいた」


 頑丈な体ではあるものの、さすがに少し痛い。

 あの勢いで急斜面を落ちたので、木の枝や根が突き刺さったらしい。むき出しだった手の一部が赤くなって切れていた。上着が特殊繊維の軽装甲なので、大したダメージはなかったが。


「……ん?」


 体についた泥を払っていたら、目の前の木にふわりと揺れるものが目に入った。

 赤いテープのようなものが、枝になびいている。


 これって、もしかして……


「探してた、赤い印か……?」


 振り返った俺の後ろには、真っ黒い洞穴が口を開けていた。

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