169 出発前#
from a viewpoint of セオドア
エヴァは、すぐにでもルシファーのところへ行くと決めたようだ。
なら俺も黙って待っているわけにはいかない。
「俺も、同行させてもらえませんか」
床に座ったエヴァは、驚いた顔で俺を見上げた。
「セオ、それは……」
「ルシファーが危ないんでしょう? 力になりたい」
借りがあるとか、ないとか、仕事だとかプライベートだとか。
そんなこととは関係なく、そう思った。
「申し出はうれしいけれど、あなたは戦力外ね」
エヴァの向かいに座るルシファーの母は、取り繕うことなく言った。
「向かうところは科学国の観光地ではないの。あなたの力は役に立たないわ」
「それでも、嵐の前の傘くらいにはなれると思います」
無力に等しいとしても、なにもできないとは思いたくない。
俺は続けて尋ねた。
「戦争しに行くのではなく、ルシファーを助け出すのが目的なんでしょう? 人出が足りないのなら手伝わせてもらえませんか?」
「……死ぬのは怖くないのかしら?」
感情の読めない声で、反問される。
俺は「分かりません」と答えた。
「まだ、死んだことがないので」
あまりにも馬鹿正直な答えに、少しの静寂が通っていった。
俺はブラックマーケットでは名の通った掃除屋だが、魔法との戦い方は知らない。魔法国へ行けば戦力外だろう。それは十分理解しているつもりだ。
「セオ、できれば、ここで待っていたほうがいいんじゃ……」
不安げに言うエヴァに、「じゃあエヴァも残るか?」と返す。
「私は行くわ」
「だが君も俺と同じで戦う力はないだろう」
「それは……そうだけど、たとえ足手まといになっても、ただ待ってるだけなんてできな――」
あ、とエヴァの口が動いた。
俺がいう前に答えに気づいたのを見て、ふっと笑いがもれる。
「俺も同じだ。あいつが困っていると知ったのに、なにもしないでいるのは性に合わない。世話をかけるつもりはないから、同行させてもらえないか」
「でも、私はなにかあっても死なないけど、セオは――」
「怪我をしても治るから傷ついてもいいと? 同じことをあいつに言ってみるか?」
「それは……」
不死の体だからといって、死ぬ目にあっていい理由にはならない。
ルシファーは間違いなく、エヴァが傷つくことを許さないだろう。
「賢い行動とはいえないわね」
そう言ったルシファーの母に顔を戻す。
「私たちに関わらないという選択肢もあるのに。それがあなたの望み?」
「はい」
「そう。リスクを冒してもあの子を助けに行く、その理由を聞かせてもらえるかしら?」
「……そうしたいからです」
それ以上に理由なんてなかった。
俺の助けなんて必要ないかもしれない。だが助けたいと思う。
あの世間知らずでズレていて、強力な魔法使いのくせに、小さな少年みたいに真っ直ぐな……
(シンプルな理由だ)
あらためて気付いた。俺は、ルシファーのことが嫌いじゃない。
一緒に過ごした時間が長くなくても、暗殺一家の人間と分かっていても、どうしてもあの少年を嫌いになれない自分がいる。
「フェルは、良い友達に出会えたのね」
ルシファーの母は、どきりとするくらい綺麗な笑顔を浮かべた。
強大な魔女は年を取りにくいと聞いたことがあるが、一体いくつなのだろう。とても俺より年上の子どもがいるようには見えない。
「ごめんなさい、いじわるを言ったわね。あなたたちは戦力にならなくても大丈夫よ。セオドア、だったわね?」
「はい」
「これもまた運命なのでしょう。あなたにはエヴァのサポートをお願いするわ」
運命、という言葉が気にかかったが。
許可は出たようだ。
「はい」
「エヴァ、あなたはあなたにしかできないことをするのよ」
エヴァはしっかりとうなずいた。
「まずはカザンと合流して。そのあとで中央神殿へ向かって。フェルを回収したらすぐに戻ってくるのよ。いい?」
「回収って……」
エヴァはなにか言いたそうだったが、俺は代わりにうなずいておいた。
「分かりました」
「ではすぐにクロで出れるよう、手配するわ。ふたりとも、用意ができたら玄関ホールに来てちょうだい」
ルシファーの母はそう言うと、部屋を出て行った。
「そうか、またあの黒いワイバーンに乗るのか……」
思い出してため息を吐くと、エヴァも苦笑いした。
「ロシベルさんに買ってもらったダウンコートが役に立ちそうだわ。セオも暖かい格好をしないと。ゴンドワナはローラシアより寒いから」
「分かった。出かけることをアスカに伝えてきてもいいか?」
「もちろんよ」
「支度したらすぐに玄関ホールへ行く」
「ええ、私もそうするわ」
思いがけない外出を報告するため、俺は部屋を出て1階に向かった。
途中で使用人を見つけて道案内してもらうことも忘れない。
この屋敷の中をひとりで迷わずに歩くのは困難だと、もう嫌というほど理解している。
シュルガットの研究室には、髪の短いヒューマノイドのメイドがひとりだけいた。アスカとシュルガットは、朝から地下にこもっているという。
できれば顔を見て伝えて行きたかったが、仕方ない。
(今生の別れにするつもりはないしな……)
アスカはアスカで大事な時だ。邪魔をしたくない。
「言伝を頼めるか?」
『どうぞお申し付けください』
メイドは表情を変えずに言った。
「ルシファーを迎えに、エヴァとゴンドワナに行ってくると伝えて欲しい。心配はいらないとも」
『承知しました。地下より戻られましたら、アスカ様にお伝えします』
「ああ、頼んだ」
メイドはまたもくもくと作業を始めた。
アルティマのヒューマノイドも、人のようでやはり機械だと感じる。アスカとは違う。
そんなことを考えながらシュルガットの作業部屋を出ると、一度客室へ戻った。
部屋のテーブルに、武器が一式用意されていて少し驚く。
(銃を装備しておくべきか……)
小銃を手にとって、魔法国でのことを思い出した。ルシファーは憲兵の銃弾をいとも簡単に防いでいた。銃は、魔法を使う相手に意味がないかもしれない。
「守ることだけを考えるか」
使い慣れた刃の長いナイフだけを、腰のホルダーに差した。
これも用意されていた防寒具に袖を通し、玄関ホールへ向かう。
すでに支度を終えたエヴァやルシファーの祖母、使用人たちが揃っていた。
大きな玄関扉から外に出ると、庭園の向こうに小山のようなワイバーンが鎮座しているのが見えた。
現在時刻は午後3時。
ゴンドワナまではどのくらいかかるのだろう。
「こちらをお持ちください」
使用人から渡されたのは、大きなバックパックだった。
回復薬や通信機器などが入っているという。ずしりと重かった。
「奥様から『現地に到着するまでは開けないように』と言付かっております」
「そうか、分かった」
エヴァはルシファーの祖母と立っていた。
科学国の動きがおかしいことを話しているようだ。
「まったく、あれだけ力があって捕まるとは情けない孫だよ。アタシが出張れば早いんだが……今はそういうわけにもいかなくてね」
「ええ、私たちで必ず連れ帰るわ」
ルシファーは、穏健派の人間として捕まっているらしい。そのまま勘違いさせておいたほうが、アルティマにとっては都合がいいということだった。
「国として生きている以上、面倒臭い制約もあるからね。頼もしい嫁で助かるさね」
「誰の嫁になる予定もないわ……」
エヴァは複雑な顔だが、ルシファーの祖母はまるで聞いていない。
冗談にも聞こえるが、本気で気に入られたのかもしれないな……
鞍の準備を終えたらしい。使用人が声をかけてきた。
「どうぞ、ここに足をかけて登ってください」
使用人に手伝ってもらって、エヴァは2人乗り用の鞍の後ろによじ登った。
先日ルシファーが用意したものと違い、背もたれまでついた頑丈そうな鞍だ。
俺も前方によじ登り、命綱を締めた。ふと考える。
これは……まさか俺が操縦するわけじゃないよな?
不安を感じ取ったのか、ルシファーの祖母はカラカラと笑った。
「心配しなさんな、勝手に目的地まで飛んでいくよ」
「……そうですか」
「天災級の魔物に運んでもらえるんだ。安心して乗っていきな」
そう言われても、見た目に安心できる要素が皆無なのだから仕方ない。俺は高いところがあまり得意でないから余計だ。
明らかに好意的でない視線を間近から感じた。人の頭大の金目がこちらを窺っている。
これで安心できる人間はいないだろう。
「それじゃ頼んだよ」
「ええ、行ってきます」
「行ってきます」
「クロ、この子たちを無事に届けるんだよ」
分かったというように低く唸ると、飛竜は上を向いた。
身構えて、息を飲む。
内蔵が沈む感覚とともに、急激に地面が離れていくのを見送った。
いつもご愛読ありがとうございます!
久々更新したのは、お知らせがあるから……。
どーしよーもない諸事情により、しばらく休載の予定です。
応援いただいてる読者様、本当ごめんなさい……(TT)
活動報告も後ほどあげます~。




