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162 ローガン過去の告白 前編#

from a viewpoint of ローガン

 9歳のとき、首都(ラムハーン)の中央神殿に売られた。


 そう知ると、皆一様に憐れんだ目で私を見る。

 飢えることもなく、寝床のある生活を手に入れたことは、私にとって救いであったというのに。


 両親は大金を手に入れて潤い、私は暴力に耐えなくてもいい日々を過ごせるようになった。

 それは、双方にとって良いことだった。

 今でもそう信じている。


 私には生まれつき、稀な能力があった。

 人体の血や細胞を自在に操り、記憶に干渉する能力。

『ブラッドルーラー』

 祭司たちは私の能力に、そう名前を付けた。


 神殿には私の他にも能力のある子どもたちが集められ、教育を受けた。

 祭司や神官、巫女たちは基本的に親切な人間が多かったし、虐待されることはなかった。表向きは。

 どこにでも腐った人間はいるもので、行き場のない子どもたち相手に憂さを晴らす輩も少数いた。

 それでも、あの家に帰るよりははるかにマシだった。


 幸か不幸か、私は他の人間よりも賢かった。

 16歳になり、祭司として名ばかりの成人になると、正式に研究所での役割を与えられた。

 研究者としても、魔法医としても、能力で私に追随できるものはいなかった。


 研究所ではなにか別のことを考えなくていいのが幸いだ。

 結果を出せば、自分の価値と存在を証明することができる。

 私は研究の種を見つけては、それに没頭するようになった。

 成果が上がると判断すれば、それがどれほど非道な方法でも迷いなく他を犠牲にしてやり遂げた。


 そうしてついたあだ名は『死神』。

 あいつに目を付けられたが最後、という意味らしい。

 国立研究所の死神と言えば、今では誰もが私を思い浮かべる。


 やり方には各方面から非難があったものの、誰も為し得なかった成果を献上し続けた結果、上からの評価も上がり、出世していった。

 周りの目を気にせず、言われたことをなんでもこなす私は都合が良かったのだろう。23歳のときには、歴代最年少で国立研究所の所長に任命された。


 そして前所長から、あの研究を引き継いだ。

 不老不死を創り出すという、神の領域に抵触する研究を。


 人は死ぬ。

 どんなに健康な人間でも、それは変わらない。

 人体を知り尽くした私から見て、老いもせず死にもしない体など、寝言以外の何者でもなかった。


 だがいざ研究資料を読んでみて、驚いた。

 実際に不老不死の人間がいたことを証明する記録があったのだ。


 ここに、白銀の巫女の記録がある。


 一昔前のことだ。

 中央神殿は、ひとりの少女を「保護」した。


 完璧なアルビノの特徴を備えた少女は『白銀の巫女』と呼ばれた。

 その白い魔力は神具と同等に希少な唯一のもの。

 テトラ教にとって、生きた宝とも言える存在だった。


 巫女は未知の力を持っていた。

 神託によって知ることになった「第3の力」。

 それが具体的にどんなものであったかは、資料として残っていない。

 当時その力を扱うことそのものが、禁忌とされていたからだろう。


 絶対神テトラグラマトンを頂点とするテトラ教には、それぞれの属性を司る神がいる。

 火・水・風・土・光・闇――。

 魔力を有するものは、これらの特性のうち、ひとつかふたつを持つ。


 巫女は魔力を有していたが、6大神の特性をいずれも持たなかった。

 どれほどに些細な、たったひとつの魔法も使えない。あまりにも非力な存在。


 だが巫女は、魔力を持たない弱いだけの人間とも違った。

 毎日のように血を抜く腕に、針のあとも残らない。

 断食の週の終わりに、弱って動けなくなるわけでもない。

 巫女はその可憐な姿とは裏腹に、強靱な生命力を持っていた。


 未知の力を内包し、回復力に優れた体を持つ、不思議な少女。

 特別な儀式で披露目があるときには、その姿を拝むこともできたようだ。

 それ以外は、ひとつの部屋に閉じ込め、接触できる人間も限られていた。

 白銀の巫女は丁重に囚われ、生かされていた。



 あるとき、世話人のひとりが油断した。

 いつも一切の抵抗をしない巫女が、突然襲いかかって腰の短剣を奪い取ったのだ。


 巫女は世話人たちを攻撃するのではなく、自分の胸を刺した。

 深く、一目で致命傷と分かる確実な傷をその身に刻んで自害した。


 遺体は腐敗を防ぐため、すぐに冷暗室に移された。

 そこから遺体が姿を消したのは、そのわずかなあとのことだ。


 跡形もなく消えた遺体は、その後どこを捜しても見つからなかった。

 誰が巫女の遺体を盗み出したのか。


 ひとりの祭司が言った。

 もしや、巫女は生き返ったのではないか。

 注射の痕も翌日には治る、不思議な巫女だ。

 白銀の巫女は「不死」の体を持っていたのではないか、と。


 誰も確認したことはなかった。

 だが、巫女を見ていた人間たちに思い当たることは多かった。


 テトラ教は血眼になって白銀の巫女の手がかりを探した。

 方々を探したところ、巫女らしき少女を見たという証言をいくつか得ることができた。


 そしてついに、白銀の巫女に咎人の石を施した魔法医が見つかった。

 隠遁生活を送っていた老魔法医が、巫女に会ったことを認めたのだ。

 やはり巫女は生きていた。いや、生き返ったのだ。

 かつて穏健派のトップでもあった、その老魔法医は言った。


「彼女に関わってはいけない。少女の形をしていても、あれの本質は天地を揺るがす驚異だ」


 大きすぎる力は滅びをもたらす。

 何者も彼女を利用しようとしてはならない、と。


 穏健派はこれを価値ある忠告と受け止めたが、強硬派は聞かなかった。

 かくして、神話のとおり不死の実が実在すると確信したテトラ教は、これを一層研究しはじめた。


 それから数十年。

 成果は上がらず、すべての資料は私の手の中にある。


「君ならこの研究を完成させられる」


 前所長からは、そう言われた。

 私とて不老不死に興味がないわけではない。

 だが少し資料を見ただけで、これを先導していくのはたやすいことでないと分かった。結果が出るには何年もかかるだろう。良い結果が出るとも限らない。


 もし、白銀の巫女が本当に不老不死だったというのなら……

 まだどこかに生きているのだろうか。


 大崩壊の際、テトラグラマトンが人間に与えたという「不死の実」。

 未知なる第3の力を持つとされる、白銀の巫女。

 神話は空想などではなく、現実に存在している。


 絶対神の力を宿すもの。

 そのすべてを解明することが、国立研究所にとって最重要事項となったのはその頃のこと。

 まだどこかに生きている白銀の巫女と神話の産物を、私たちは探し続けている。

 それが仮に、神の領域を踏み荒らすことになったとしても――。


土日あたりに続けて、中・後編と更新できるといいなぁ……(不確定予告)

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