154 反乱の穏健派
「――ああ、そこにいたのか」
イグナーツは護衛の兵士たちと部屋から出てくると、俺を見つけた。
「せっかく来てもらったのにすまないが、ここを出なくてはいけなくなった」
「出頭命令、断ったんだって?」
「このまま神殿に出向けば、拘束されてバスティンの思うつぼだからな」
苦く笑う表情の下に、怒りが見えた。
逃げ出すのは本意ではないが、仕方ないということなのだろう。
「聖下には謁見するつもりだが、体勢を整えたい。一度エクノンにある自分の屋敷に戻ろうと思う」
「謹慎中に逃走か。どう転んでも反逆罪になるってわけだな」
「できることなら話し合いで解決したかったが、すでに遅いようだ。あちらは私を始末したがっているし、私もこれ以上大人しくしてはいられない……避けられない戦いが始まったのだろう」
廊下では見張りの神官兵がイグナーツの私兵たちを止めようと集まってきていた。
実力差ははっきりしていて、神官兵たちはすでに何人か縛り上げられている。
「見張りの兵たちには悪いが、押し通らせてもらうつもりだ」
「あー、出て行く気ならいつでも出て行けたってことね」
イグナーツの私兵たちは、なかなかの猛者揃いのようだ。
研究所に侵入した中隊長たちも手練れだったもんな。
「車で早々に出立するつもりだが、良かったら君たちもエクノンまで一緒に行かないか。屋敷に行けばもっとまともなもてなしができる」
「えーっと、俺、地理感ないんだ。エクノンてどこ? 近いの?」
ローラシアは街が地番で区分化されているから分かりやすいが、ゴンドワナは街の名前を覚えてないと地図が分からない。不便だ。
「ここから車で2時間ほどかかる。ラムハーンに隣接する大きな街で……この辺にある」
イグナーツが壁に指で地図を書いて位置を説明してくれた。
ここよりもアルティマには近くなるみたいだから、寄るくらいはかまわないか……もう少し話も聞きたいし、調べものも終わってないし。
「いいよ、じゃあちょっと寄らせてもらおうかな」
「ありがとう。では君たちの車も用意させよう」
少しだけ待っていてくれと言われて、俺は部屋に戻った。
カザンにエクノンに行くことになったと伝えたら、呆れ顔で殴られた。
「次から次へと……長居は無用だと言ったろう」
「でもアルティマに帰る方向だったし! イグナーツからもうちょっと話を聞きたいんだって!」
「話など、もうどうでもいい」
帰る、帰らないを言い合っているうちに私兵が呼びに来た。
すぐに出発するらしい。
「とにかく俺は行くから、嫌ならカザン兄さんだけ帰ってくれ」
「ふざけるな、俺は仕事を放棄する気はない」
仕事って、俺のお守りか。
ものすごく不本意だという顔で、カザンも用意された魔道車に乗り込んだ。
全部で5台、どれも小さな車だった。途中せまく道の悪い場所を行くので、小型で馬力のある車が必要らしい。
俺たちと一緒に、執事のじいさんとメイドが同乗した。
執事は運転席に座って「最後方をついて参りますので」と車を出発させた。
向かい合わせのシートにはメイドが座って、どことなく落ち着かない様子を見せている。
これは……たぶんカザンが怖いのかなぁ。
「イグナーツのメイドって、もしかしてひとりなのか?」
かわいそうなので、話題を振ってみた。
メイドはびくっとして、「は、はい」とうなずいた。
「ひとりじゃ大変だな」
エヴァと変わらないくらいなのに。
科学国ではメイドのほとんどがヒューマノイドだし、あまり考えたことなかったけど。
巫女は15歳で成人扱いされるし、ゴンドワナは働き手不足なのかもしれない。
「い、いえ、みなさんよくしてくださいますし……それに、イグナーツ様のお役に立てるのでうれしいです」
若いのにちゃんと主を敬う気持ちがあるようだ。
でもなんか愛玩用の小動物みたいだなぁ。頼りない。
まぁ、あまり自分の足だけで立とうとする手負いの獣もどうかと思うけど。
(手負いの獣かぁ)
追い詰められた白猫が、背中の毛を逆立てて威嚇しているのを想像したらおかしくなった。
うん、エヴァはそんな感じだな。
思わずぷっと笑ってしまった。
「……?」
「あ、ごめん、なんでもない」
前から怪訝な顔をされたので、ごまかしておく。
人の顔見ながら噴き出すとか、失礼だったよな。
「わ、私、どこかおかしいでしょうか……?」
自分の頬に両手を添えて、メイドがプルプルしている。
んん? まずい。これはとんでもなくやらかしたかも。
「いや、その、これはただの思い出し笑いだから」
「……へ、変な顔だと、思われたのかと」
「え」
いやいや、むしろかわいいほうだろ?
ぽわっとしたウサギっぽい感じっていうか。小型のネズミっていうか。
「そんなわけないじゃん、かわいいのに」
「……は」
「ええと……アンだっけ?」
「は、はい」
「全然かわいいよ。変なわけない」
「…………あ、ありがとう、ございます……」
最後のほうが聞き取れないくらい小さな声でお礼を言われたが、誤解が解けたようでなによりだ。
顔を覆ったまま耳まで赤くなってるのだけ気にかかるが。
「フェル」
となりからカザンが呼んだ。
「ん?」
「お前はもう、着くまで黙っていろ」
「は? なんで」
「なんでもだ」
少し雑談しただけでうるさいってか? 理不尽な。
眉間にしわを寄せたカザンを、横目でにらんでおいた。
お待たせして申し訳ない …φ(:3」∠)_
短いのでもう一話、今見直し中です。




