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149 暗殺一家の家庭教師#

from a viewpoint of エヴァ

「あ……やっぱりどこかで間違えたわね」


 角を曲がったところで気がついた。

 上に続く階段はこっちだと思ったのに、廊下の装飾が違う。


「ああ、そうみたいだな。分かれた廊下もさほどないのに迷うのが不思議だ。迷路なのか、この屋敷は」


 後ろを歩いていたセオが言った。

 この家はうかつに歩き回ると、距離感も方向感覚も狂ってしまうらしい。

 最初にルシファーが「ひとりで廊下には出るなよ、迷うから」と言っていたのを思い出した。


「誰か見つけて道を聞きましょう」


「それがよさそうだな」


 科学国からの攻撃というのはひとまず止んだらしい。

 これ以上ここにいても仕方ないから休めと言われて、私とセオは部屋に戻る途中だった。


(なんだか疲れたわ……)


 アスカちゃんだけじゃなく、あの場にある機械すべてにアクセラレータを使ったからかしら。体が重い。

 なんとかできるかもしれないと思ったら、力を使うことの怖さよりも、行動しなければという気持ちが勝った。

 うまくいくかどうか分からなくて恐ろしかったけれど、良い方向に作用したみたいでよかった。

 役に、立てただろうか。


(ルシファーの、家だもの……)


 彼の家と家族になにかあったら困る。

 これで恩を返せたわけではないけれど、少しでも贖罪になればいいと思った。


(そう、これはささやかな罪滅ぼしの一種よ)


 アクセラレータで誰かを救えるとか、私が制御してこの力を役立ててやろうなんて、考えてはいけない。

 諸刃の剣は、はじめから存在しないほうがいいのだから。


「ああ、玄関に来てしまったようだな」


 前を歩いていたセオが言った。

 なんとなくひんやりした風を感じると思ったら、玄関ホールだったのね。

 玄関なら目の前に大きな階段があったはず。そこから階段を上がって誰か人を捜して……


「――戻ってきたと思えば出て行く。根の生えんやつじゃ」


 聞き覚えのある声に、ぴたりと足を止めた。

 姿は見えないけれどロスベルトさんだ。ホールのほうから聞こえてくる。

 あれ……? ロスベルトさんは確か、ルシファーと一緒にゴンドワナに行ったはずじゃ……?


「ここは私の家ではありませんから」


 答えた人の声に聞き覚えはない。大人の男の人だった。

 たわいのない会話のように聞こえるけれど、気軽に割り込める空気でもないのを感じた。


「そう思っとるのはお前だけじゃろう」


「ただの家庭教師という、自分の立場をわきまえているだけですよ」


 ここで立っていたら盗み聞いてるみたい。出て行って道を聞いたほうがいいんじゃないかしら。

 となりのセオを見上げると、首を横に振った。話が終わるまで待とうと言いたいらしい。


「ただの家庭教師は雇い先の生徒に執着などせんよ」


「美しい原石に出会ったとき、磨いて輝かせてみたいと思うのは人の性でしょう」


 なんの話なのかしら。

 ロスベルトさんの話している相手が気になった。


「口の減らんやつじゃ……フォリアたちはどうした?」


「寝ましたよ。テーマパークではしゃいで満足したようです」


「お前、もしやそのために科学国へ行ったのか?」


「一度連れて行ってあげると、前々から約束していたもので」


「……妙なところで律儀なヤツじゃ。笑えんわい」


 話し相手はおじぎをしたようだった。


「国立研究所のこと、ありがとうございました」


「かまわん、元よりそういう契約じゃろう。ちゃんと全部灰にしてきたわい」


「ええ、これで契約満了……過ぎてしまえば早いものです」


 ふたりは唐突に黙った。

 話は終わったのかしら……出て行ってもいいかしら?

 迷っていたら、ロスベルトさんが口を開いた。


「良い青年じゃ」


 話の前後が分からない言葉だった。


「……母親に似たようです」


「死神も人の親じゃの。フェルに入れ込む理由が、年が同じだからなどというバカげたものだとは思わなんだ」


「誤解ですよ。私はあの子の暗殺者としての才を高く評価しているだけです」


「詭弁はいらん」


 ロスベルトさんが笑って捨てると、また静寂が通っていった。

 なんだかこちらが気まずい。


「……行くのか?」


「はい」


「ロシベルが怒るぞ」


「仕方ありませんね」


「お前は本当に、どうしようもない男じゃな」


「知っていますよ。ロスベルト様も、どうぞお体にお気をつけて」


「年寄り扱いをするな……バカモノが」


 不機嫌な声に、ふふっと笑う声が答えた。

 玄関の大扉が開いた音がした。ロスベルトさんが、そこではじめて相手の名を口にした。


「ローガン」


 あ、この名前、ルシファーから聞いた気がする。

 誰だったかしら……


「これで満足か?」


「……ええ、とても」


 それきり声は聞こえなくなって。

 大扉が、閉まる音がした。


「嘘しか言わんヤツじゃ……」


 ぽつりと、寂しそうなロスベルトさんの声だけが聞こえてきた。


 セオを見ると、身動きもせずにホールのほうを見ていた。

 私の位置からは見えなかったけれど、セオからはふたりが話す姿が見えたのだろう。


「……セオ?」


 小声で袖を引っ張ると、ハッとして振り向いた。

 なにか言おうと開いた口から声がもれる前に――。


「そこのふたり、それで隠れたつもりか?」


 ロスベルトさんに呼ばれて心臓が跳ねた。

 立ち聞きするつもりはなかったものの、結果的には同じことだ。


「あ、あのごめんなさい……部屋に戻ろうとして道に迷ってしまって。道を聞きたかったのだけど……」


 一応謝罪の言葉をのべて、壁の影から出て行く。


「お取り込み中のようだったので、お話が終わるまで待っていました」


 セオが続けてフォローしてくれた。

 ロスベルトさんは私たちを見て、軽くため息を吐いた。


「かまわん、聞かれて困るならこんなところで話さんわい」


「あの、ロスベルトさんは、ルシファーと一緒にゴンドワナへ行ったのじゃなかったの?」


「行ったぞ。もう帰ってきたんじゃ。シュルガットが早く帰ってこいとやかましくてな」


「じゃあルシファーも帰って……」


「来とらん。もう少し調べものがあってな、一番上の兄と留まっておる。早ければ明日には帰るじゃろう」


「……そう」


「あの、今の方は?」


 気になったのか、セオが尋ねた。


「……うちの孫たちの家庭教師じゃ」


 あ……そうだわ、ルシファーが言ってたリアムの記憶を奪った人って……

 家庭教師の、ローガン先生。今の人がそうなのね。

 ロスベルトさんは、なぜかセオのことをじっと見ていた。


「……なにか?」


 居心地が悪そうにセオが聞いた。


「いや、セオドアと言ったか」


「はい」


「結婚はしとるのか?」


「いえ……」


 戸惑った顔でセオは答えた。

 まさかロシベルさんの婿に、とかいう話なのかしら。


「予定はないのか?」


「結婚するつもりがないもので」


「なぜじゃ?」


「その……個人的な事情ですが」


 話さなくてはいけないか、という無言の問い。

 ロスベルトさんは「そうか」とだけ言って、それ以上聞こうとはしなかった。


「夜中に騒がせてすまなかったな。明日は朝食の時間を遅らせるから、気のすむまで寝ているといい」


「ありがとうございます」


「ありがとう、ロスベルトさん」


「わしのことも『おじいちゃん』て呼んでくれんかのぅ……」


 いつ私がトルコさんを『おばあちゃん』と呼んだんだろう。

 わざとらしく寂しげな目で訴えられたけれど、聞かなかったことにしておく。


「ふたりを部屋まで案内してやれ」


 ロスベルトさんがそう言うと、すぐ後ろから使用人らしき男が現れた。


「はい、大旦那様」


 闇の中から突然現れたように見えたけど……この家、使用人も絶対ただ者じゃないわね。


「お部屋までご案内します」


 促されて歩き始め、もう一度ロスベルトさんを振り返ると、そこには誰もいなかった。


「……君の髪色もかなり特殊だが」


 歩きながら、セオがぽつりと言った。


「俺の髪も、地味なわりに珍しい色味らしい。遺伝的なものらしいが……」


「そうなのね? 確かに見たことない色だわ」


 なぜそんなことを言い出したのか分からなかったけれど、セオの灰茶の髪は確かに珍しいと思う。グレーがかった赤茶に明るい黄色がところどころ混ざる、きれいな色だ。


「さっきの家庭教師……顔はよく見えなかったが、俺とよく似た薄い灰茶色だった」


「そうだったの? 私からは見えなかったわ」


「あれは……」


 そこで言葉を切ると、セオは少し迷ってから尋ねた。


「……エヴァは、親や兄弟はいないのか?」


 それは、彼が言いたいこととは別のことのような気がした。


「いないわ。身内はみんな死んだから」


「そうか……俺と同じだな」


「セオにはマスターがいるじゃない」


「そう、だな」


 考える表情のあと、セオは続けた。


「マスターは俺の育ての父の、親友だったんだ。母の友人でもあった」


「家族で仲が良かったのね」


「ああ、仲が良かった。とても……マスターは母の主治医だったから……」


「お母様は、どこか悪かったの……?」


「生まれつき、遺伝性の持病があったんだ。不治の病というやつだ。マスターは長い間治療法を探し続けてくれたが、結局治療法がないまま……俺が10歳のときに亡くなった」


「それは……辛かったわね」


 セオも、マスターも辛かっただろう。


「マスターは、本当は大病院の跡取り息子だったんだ。将来が約束された人だった。それなのに母のために魔法医になって、勘当されて……俺は……いや、俺の家族は、あの人に迷惑ばかりかけてきた。人生を狂わすほどに」


 なぜセオがそんなことを言うのか、分かるようで分からなかった。

 マスターを見ていれば分かる。迷惑だなんて思っているわけがないのに。


「マスターはセオのこと、きっと息子のように思ってるわ」


「そうかもしれない……でも俺はいつも申し訳なく思うんだ。息子だなんて口にするのはおこがましい」


「セオ……」


「変な話をしたな。すまない」


 話をしているうちに、いつの間にか部屋にたどり着いていた。有能な使用人のおかげね。

 セオにおやすみを言って、客室のベッドに戻る。


 横になったらすぐに眠気が襲ってきた。

 考えられないようなことが起こってるっていうのに、私、意外と神経が太いのね……

 色々なことが頭に浮かんでは消えていった。


(だめ、眠いわ……)


 目が覚めたときにはルシファーが帰ってきていればいいな。

 眠りに落ちる寸前、そんなことを思った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すれ違いΣ(゜Д゜) ここでか、と思いきや、そうかぁ分からないままかぁ。でも、気になってはいるようなので、次会える時が楽しみです。うーん、家庭教師さん、リアムの件は許せないのですが、なんだ…
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