148 真夜中の騒動#
from a viewpoint of セオドア
どこか、騒がしい。
実際に音が聞こえたわけではないが、そんな気がして目が覚めた。
目覚める直前まで、ずいぶんと昔の夢を見ていたようだ。
柔らかすぎるベッドが、子どもの頃に暮らした父の屋敷を思い出させるからだろうか。なんだかフワフワして気持ちが落ち着かない。
ベッドから身を起こしてソファーを見れば、そこにいたはずのアスカの姿はなかった。テーブルに置かれたタブレットだけが、薄明るく光っている。
「アスカ……?」
時計の針は夜中の12時を過ぎたところ。
睡眠の必要がないヒューマノイドのことだ。活動していても不思議ではないが……
そのまま眠る気になれず、上着に袖を通すと部屋を出た。
使用人が起きているはずはないと思ったのだが、少し歩くと階段のホールに執事のアッサムが立っていた。
「これはセオドアさま、どうかなさいましたか?」
俺が声をかけるまえに気づき、尋ねてくる。
ここの使用人は人の気配を察するのがやたらに早い。
「ご用がございましたら呼び鈴でお知らせください。すぐに伺いますので」
「ああ、いや、違うんだ。連れが見えないもので……どこに行ったかと」
「アスカ様はシュルガット様のお手伝いに行かれました」
「こんな夜中に?」
アスカはともかく、ルシファーの兄もまだ作業中なのか。
「少々立て込んでおりまして――」
ゴオオオオオオオオオオオオォォォ…………
突然外から、アッサムの声をかき消す轟音が聞こえてきた。
建物がビリビリと震え、足元に振動が走る。
「な、なんだ?」
「どうぞお気になさらず。お部屋にお戻りいただければ大丈夫です。客室は防音、防振に優れた造りですので」
笑顔で提案されたが、気にするなというほうが無理だろう。
ただ事でない様子に、窓の外を見上げた。
空が薄赤く染まっている。
「これは一体……」
「大したことではありませんが、科学国から攻撃を受けておりまして」
「……攻撃と聞こえたが、聞き間違いだろうか?」
「いいえ、間違いございません」
大したことでない、から続くには無理があるセリフじゃないだろうか。
そんな涼しい顔で説明するほど、ここにとっては日常茶飯事なのか?
「セオ!」
呼ばれて首を回せば、廊下の向こうからエヴァが走ってくるのが見えた。
「今の音なに?」
「俺も分からない」
エヴァも目が覚めてしまって部屋を出て来たと言った。
やはり外の異変はただ事ではない。
「お嬢さまも目が覚めてしまわれましたか……騒がしくして申し訳ございません」
「アッサムさん、これはなんの音なの?」
エヴァが尋ねる間に、もう一度地響きが聞こえてくる。
「迎撃用の消滅ミサイルがキエルゴの中腹から発射された音でございます」
「げいげ……き?」
「アルティマは科学力も世界最高峰ですので。どうぞご心配なくお休みください」
迎撃用のミサイルが発射されている状況で、心配ないわけがないだろう。
執事のあまりの冷静さに、「そうか、分かった」と言えない俺がおかしいのかとすら思える。
おとなしく部屋に戻って寝る選択肢はない。ひとまずアスカのところに連れて行って欲しいと頼んだ。
執事は俺たちを部屋に閉じ込めておきたいわけではないらしく、ふたつ返事で案内してくれた。
「――セオさん?」
昼間にも来ただだっ広い部屋に入ると、巨大なスクリーンの前に立っていたアスカが振り向いた。
シュルガットとヒューマノイドのメイドふたりも一緒だ。
スクリーンには分割された画面がいくつも映し出されている。
星空やアルティマの風景。屋敷の中の映像もある。
「アスカ、なにをしているんだ?」
「私も今来たばかりなんです……セオさんがよく眠っていたので、シュルガットさんのマシンルームで作業しようと思って――」
「アスカ」
複雑そうな機器の前に座っていたシュルガットが、アスカを呼んだ。
「悪いけれど手が足りない。手伝ってくれないか? メインシステムの負荷が大きいから作業を分割したいんだ」
シュルガットはいつもより滑舌良く、そう説明した。
アスカがこくりと頷く。
「お手伝いします。私はなにをすれば?」
「そこの赤いコネクタに直接接続できるか? ここのシステムはアルテミスの識別子でなんでもできるから、まずシステムの全容を把握してくれ」
シュルガットの隣に座り込んだアスカは、言われた場所から赤い線を引っ張り出した。
まるでイヤホンのように左耳に差し込むと「接続しました」と言った。
「把握して統制するのにどれくらいかかる?」
「メインへのファーストコンタクト完了まで3分……これは、すごい量ですね。私のスペックでは15分ほどかかりそうです」
「15分か……分かった。頼む」
「承知しました」
アスカはそれきり口と目を閉ざして動かなくなった。
不安げな顔になっていたのだろうか、シュルガットが「アルティマの軍事システムにアクセス中だ、邪魔するなよ。処理が遅れる」と教えてくれた。
「シュルガット様、3箇所目の発射点を補足しました」
となりに座っていたメイドがシュルガットを呼んだ。
「番外にあるローラシアの軍事施設からです。30秒前にEZミサイルが5発発射。およそ3分後に着弾します」
「本当にローラシアなのか……? まあいい、消滅弾を使って迎撃しろ。なるべく遠くでな」
「同時に迎撃するには範囲が広いようですが」
「外したら1発くらいクロに仕留めさせろ」
「クロがアルティマ上空で迎撃した場合、庭園にも影響が――」
「護壁の出力を最大まで上げておけ。それでダメなら僕は家出する」
「承知しました……あとシュルガット様」
「なんだ」
「発射されたEZミサイルの軌道が読めません。迎撃不可能です」
「は? そんな馬鹿な……」
メイドと場所を変わると、シュルガットは自分で機械を操作し始めた。
「僕が解析できない暗号化だと……?」
焦った様子のシュルガットに、メイドふたりは無表情だ。
アスカはまだ黙って座っている。
「5発か……ばあちゃんやクロでない限り目視で迎撃するのは不可能だな……アスカなら解析できるか……? カロン、アスカの処理はあとどのくらいで終わる?」
「残り12分ほどでしょうか」
「それじゃ遅い! すぐになんとかしないと……いややっぱり無理があるな。仕方ない、ばあちゃんに出てもらって、ローラシアには滅びてもらうしか……」
「待って」
そこで突然、今まで黙っていたエヴァが口を開いた。
アスカ以外が真剣な顔を振り返る。
「アスカちゃんの処理が早く終われば良いの? それで間に合う?」
「あ? ああ……だけど早める方法なんて、なにも――」
「いいえ」
エヴァはそう言うと、アスカの後ろに立った。
「方法ならあるわ。どの程度早まるかは分からないけど……」
エヴァは緊張した面持ちで、アスカの小さな両肩に手を置いた。
「私が、できるなら……」
その瞬間、二の腕に鳥肌が立った。
エヴァを中心にして、目視できない力の波があふれ出るのを感じた。
俺に信仰心はない。魔力はあっても、ゴンドワナの人間のように神を信じているわけではない。
それなのに神々しい存在を目の当たりにしたかのような、不可侵の力に触れた気がした。
数十秒後――。
「――システム全容把握完了。中枢システムを一部アップデート完了。再起動中です」
黙り込んでいたアスカが口を開くと、目の前の大画面が突然暗くなった。
シュルガットが慌てた様子で腰を浮かした。
「アスカ、終わったのか?! でもこのタイミングで再起動はまずい! そんな時間のかかる処理を今……!」
「シュルガットさん、大丈夫です。軌道解析と消滅弾発射準備、完了しました」
「え?」
すぐに画面は明るくなり、元通りいくつもの場所や文字を映し出していく。
「もう? どうして……」
「目標ロックオンしました。すべて迎撃しますね」
にっこり笑ったアスカを見て、シュルガットは目を丸くした。
どこからかまた、地響きが聞こえてくる。
「え? 僕まだ状況がよく……」
「――追尾、迎撃完了しました……軍事システムのコントロールははじめてですが、問題ありません。衛星も地上のシステムも、私が統制できます。もう少しこのまま、アップデートを続けますね」
そういうアスカはなんだか生き生きしている。
シュルガットはエヴァを振り返ると、混乱した顔で尋ねた。
「……おい、フェルの嫁、お前アスカになにしたんだ?」
「嫁じゃないわ」
エヴァ、眉間にしわを寄せて否定しなくてもいいだろう。
ルシファーが傷つきそうだ。
「シュルガット様、護壁システムの出力が508%オーバーです」
「んな?! なんでそうなった! 暴走か?!」
メイドの言葉を聞くと、シュルガットは画面にかじりついた。
右に左に忙しなく確認したと思ったら、呆然とモニタを見上げた。
「正常に動いてる……そんな馬鹿な」
「温度もすべて正常です。故障や暴走ではないですね」
今なにが起きているのか、シュルガット以上に俺には分からない。
エヴァは一体なにをしたのだろう。
俺が見ているのに気づいて、エヴァが首をまわした。
「私の能力なの」
「……能力?」
「魔法だけでなく、機械にも影響を与えるの……すべての力を加速化できるのよ」
「そんなことが可能なのか」
「ええ」
エヴァはにこりともしないで言った。
危機を救ったはずなのに、あまりうれしそうではない。
「自分でもどうかしてるって思うけど……破壊でなく、助けになれるなら……いいえ、だめね、それでもやっぱり……」
消え入りそうな声で話す内容が聞き取れない。
「すまない、聞こえない。もう一度言ってくれないか」
「……なんでもないわ」
そう言うと、エヴァはそれきりうつむいてしまった。
白銀の髪の下に隠された表情が、気にかかった。




