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147 アルティマ襲撃の報せ

 シュルガットから伝えられた内容を頭の中で反芻してみる。

 ローラシアから攻撃されてる? アルティマが??


『今のところ目立った被害はないんだが……ばあちゃんがめちゃくちゃ怒ってて非常にまずい!』


「……めちゃくちゃ?」


『クロが迎撃したミサイルの破片で、庭園の一部が壊れてだな』


「ああー……」


 それは怒り心頭だろう。

 ゴンドワナに仕事に来る日だと思っていたら、今日はローラシアが滅びる日だったのか……

 いや、冗談じゃすまないぞ。


「なんでそんなことになってるんだ。アルティマと戦争でも始める気なのか?」


 まさか俺がドームで壊した憲兵達の腹いせ……じゃないよなあ。

 そう思いつつも不安がよぎる。


『目的は分からないが雑魚の仕業じゃないな、武器の規模が大きすぎる。大統領邸のランゴールに確認を急いでるが連絡が取れないんだ……あっ』


「なんだ?」


『ちょっと待ってろ――カロンなにやって……なに? 発射軌道上にクロがいる? あいつはミサイルぐらい勝手に避ける、気にせず撃て。いや、むしろ撃ち落とせ。これ以上あのトカゲに迎撃させるな、庭園への被害が広がると僕の命が危ない』


 なにをしてるのか分からないが、戦々恐々としてるな……

 しかしローラシアがアルティマに喧嘩を売ってくるとは。

 にわかには信じがたい。


『もしもし?! というわけで、お前たちも早く帰ってこい! 父さんに持たせておいた空間移動用の魔道具、手元にあるな?』


「あー……あるな」


 父さんが首から下げているペンダントは、空間移動用の魔法陣が刻まれた希少品だ。緊急用で、座標はアルティマに設定されている。


『それ使ってさっさと戻ってこい! 人手が足りない!』


「姉さんと母さんは?」


『ばあちゃんを止めるのに忙しい!!』


「ああ、だよなー」


 そういう意味で人出が足りないのか。

 今すぐにでもローラシア大統領邸に乗り込もうとする、ばあちゃんの姿が目に浮かぶようだ。

 ためらいなく頭を獲りに行こうとする、世界最強の魔女。

 ひたすら怖え。


「科学国の兵器もミサイルまでいくと厄介だよな。ばあちゃん抜きで対処できるのか?」


『誰に向かって言ってるんだ?』


「うわぁ、頼れるお兄様で助かるなぁ」


『やめろ、気持ち悪い……もしこれがローラシアの仕業だとしたら、そっちの依頼もどうでもよくなる可能性があるぞ。適当に切り上げて帰ってこい!』


「分かった。じいちゃんたちが戻ってきたら事情を話して帰るよ。それよりエヴァたちはどうしてる? 不安がってないか?」


『お前の嫁やアスカのオマケは寝てるだろ。起きるまでには帰ってこいよ、説明が面倒だ……コロン、通検門の封鎖終わってるか? じゃあ護壁展開してからカロンと代われ。逆算した発射地点を攻撃するぞ。ふふふ……二度と日の目を拝めないようにしてやる……じゃあな、フェル――』


 そこで通信は切れた。


「まぁ、冗談でもないんだけど……」


 アドレナリン全開のシュルガットが対応してるなら、問題ないだろう。

 魔法の力が強すぎるアルティマにとって、あのもやし兄は唯一の科学力だ。あの小さな国でシュルガットの代わりには誰もなれない。

 家族最弱の立ち位置から努力でその地位をつかみ取った兄を、実は少し尊敬している。


「フェル、戦争ってどういうことだ?」


 父さんがそわそわしながら聞いてきた。


「科学国側からなんかのミサイルが飛んで来たって」


「そりゃまた派手だな! 大国の仕業なのか?」


「今のアルティマに喧嘩売るほどバカじゃないと信じたいけど」


 ランゴールから請けた不死の軍の依頼が(フェイク)だとは思えないし、ローラシアがアルティマを攻撃するメリットが分からない。

 こういうとき、俺らを恨んでる人間が多すぎるのが問題なんだよな。


「俺もちょっと見てみたかったなぁ、向かってくる本物のミサイル」


「よし、なら今すぐ帰るぞ」


 ペンダントを鷲掴みにした父さんを慌てて止める。


「いや、じいちゃんとカザン兄さんが戻ってきてないだろ。そこは待とうよ」


「父さんにはな、いついかなる時でも母さんを守るという使命があるんだ!」


「ばあちゃんとクロシロがいるだけで、あの家は宇宙人の襲来にも耐えられると思うよ……むしろ今帰らなきゃいけないのは、兵器じゃなくてばあちゃんを止めるためだろ……」


 俺だってエヴァを残してきている以上、早く帰りたい。

 アルティマが襲撃を受けること自体は珍しくないが、今回はちょっと事情が違うようだし。


 とはいえ、このまま帰っていいんだろうか……持ち出した資料にも、どの程度不死のことが載っているか分からないし、結局不死の軍については誰からもなにも聞けていない。

 せっかくここまで来たんだ、もう少し目に見える収穫が欲しい。


 とりあえず父さんを引き止めていると、じいちゃんとカザンが戻ってきた。

 怪訝そうな顔で「なにをやっとるんじゃ?」と俺たちを眺める。


「じいちゃん、全部終わった?」


「ああ、ターゲットと資料を持ち出したやつらを始末して、建物は燃やしてきたわい。わしらの仕事は終わりじゃ」


「ここの資料って、そんなに持ち出されちゃダメだったのか?」


「……そういう契約なんじゃ」


 じいちゃんは、ぽつりと言った。

 なんだか疲れた様子だ。さすがに年なのかな。


「侵入者って結局何者だったんだろ」


「テトラ教の穏健派じゃ。強行派の研究所と衝突したらしい」


「じゃあやっぱり内乱なのか」


 テトラ教には派閥があるんだったな……

 身内同士の争いでここまでやるとは、だいぶ険悪なようだ。


「なぜ同族殺しにまで発展したか気になるのぅ……依頼とは別に調べていかねばな」


「あー、でもすぐ帰ってこいって。シュガー兄さんが」


「なんじゃと?」


 俺はふたりにアルティマの状況を説明した。

 科学国からの唐突なミサイル攻撃と聞いて、さすがに驚いたようだ。

 帰還が優先と判断するなり、じいちゃんはターゲットの死亡を確認しはじめた。

 シュルガットのベルゼブブが集めたリストも加えて、始末したターゲットのリストが並ぶ。

 依頼の最終チェックは全部で18名。


「あれ……? ひとり足りなくないか? 19名だったろ?」


 俺が指摘すると、じいちゃんが首を振った。


「不死のプロジェクトに関わっていた高位祭司は、すべて殺ったわい。残るは顧問だけじゃな」


「なんなのこのミスター(エックス)って名前。ふざけてんの?」


「その男に関しては、存在しない場合は殺せんとランゴールに言ってある。問題ない」


「存在しない場合なんてあるのか?」


「まあのぅ……色々あるんじゃ」


 珍しく歯切れの悪い回答を返すと、じいちゃんは「よし」と腰を上げた。


「今回の依頼は片付いた。帰るとするか」


「あ、俺パス。先帰って」


「なんじゃと?」


「ノルディスクってとこに寄ってくる。今回のテトラ教のもめ事、俺が調べてくるよ」


 死んだ男と小箱のことは、正直に言うと怒られそうだったので適当にごまかした。

 イグナーツって男が事情を知ってるらしいから、そいつに話を聞きに行きたいと説明したら、「敵と会話するなと言ったじゃろう、バカモノ」とゲンコツを喰らった。

 ついでに持ち出した資料を渡したら、資料塔に入ったこともバレてもう一発喰らった。地味に痛い。

 きっちり怒られて謝ったあと、あらためてテトラ教の内乱と不死の情報を調べにいきたいと頼んだ。


「だめじゃ」


 じいちゃんは首を横に振った。


「単独行動などもってのほかじゃ。どこかで魔力切れになったらどうするつもりじゃ?」


「切れる前に帰るって。心配性だなぁ」


「バカモノ、ここは科学国とは違うんじゃ。仕事は終わった、帰還じゃ」


「仕事が終わったのなら、なおさら行くよ」


「だめじゃ」


「俺の好きにしていいって言ったろ? 頼むよじいちゃん、少し調べたらちゃんと自力で帰るから」


 両手を合わせて頼むと、じいちゃんは渋い顔で唸った。

 母さんに「好きにさせろ」と言われているからか、強制的に俺を連れ帰る選択肢はないようだ。


「イグナーツというのは、穏健派の司卿(トップ)じゃ……分かっとるのか?」


「え? そうなの?」


「不死の軍のことをそやつが答えてくれるとは思えん……テトラ教徒に変形(へんぎょう)のお前を見られても困る。資料だけ持って帰ればいいじゃろうが」


 じいちゃんはむずかしい顔のまま許可をくれない。

 翼ならもう、さっき見られちゃったよ、と笑って言い出せない空気を感じる。黙っておこう。


「本当に平気だって! 今の俺、魔力量だけならばあちゃんにも負けないよ。そう簡単に動けなくなったりしないから!」


「むぅ……これだけ止めても行くつもりか?」


「当たり前だろ! 俺は不死のことを調べるために来たんだから」


 じいちゃんは盛大なため息を吐くと「仕方あるまい」とカザンを振り返った。


「カザン、フェルについていけ」


 覆面の間の目が、すうっと細くなった。


「なぜ俺が?」


「アルティマの戦力はクレフとわしだけで十分じゃ。お前はフェルのお守りをせい」


「はぁ? お守りなんかいらねーよ」


 俺は横から口をはさんだ。

 じいちゃんはちらともこちらを見ない。


「クレフとわしは撤収。カザンはフェルと一緒にテトラ教の内乱について調べてこい。もしフェルが魔力不足で倒れるようなことがあれば、回収して帰ってくるんじゃ」


「……分かった」


 回収ってなんだよ。

 俺の意見はまったく反映されないまま、カザンがついてくることになってしまった。


「フェル」


 じいちゃんが父さんのペンダントを掴んだまま振り向いた。


「ん?」


「ノルディスクに行くのも調査もかまわん。が、中央神殿のもめ事には関わるな」


「ん、りょうかーい」


「絶対じゃぞ」


「分かったって」


「カザン、フェルを頼むぞ。ある程度のことが分かればよい。日付が変わる前には終わらせて帰ってこい」


 カザンは無言でうなずいた。

 じいちゃんが握った手の中で、ペンダントの空間移動魔法が作動する。

 ふたりの姿はその場からかき消えた。


「ノルディスクの街はここからそう遠くない。夜明け前に移動するぞ」


 お守り役の兄の言葉に、仕方なく「ああ」と答えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 家が襲撃されているのに、余裕がある家族w おばあ様の方が大変なんですね。むぅ、大国も一枚岩ではないということか……。エヴァちゃん狙いという可能性も……? ミスターX……。いつか、出てくるのか…
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