表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/175

142 千鳥亭の招かれざる客#

from a viewpoint of ビリー(千鳥亭マスター)

 (ディナー)の支度を終えたところで、今更ながらに思い出した。

 セオは今日、ここで夕食をとらないことを。


「いかん、ぼーっとしてるなぁ……年かなぁ」


 いつものくせで余分に漬けこんでいた鳥肉を1枚、保存袋に入れて冷凍庫に放り込む。

 セオは昨日、アルティマに向かったはずだ。

 新しく知り合った友人たちと一緒に。


 誰と話していても淡泊であまり感情を見せないセオだが、彼らといるときは違って見えた。

 自分を出してつきあえる人間というのは得がたいものだ。

 このところ色々あったけれど、あの3人がセオの良い友人になってくれればいいと思う。


 気がかりなこともあった。

 エヴァちゃんのことだ。


『死なない人間が死ぬ方法……不死をなくす方法を、知りたい――』


 真剣な顔でそう言われたときは、返す言葉に困った。

 自戒のようなものだが、僕のような魔力のない人間が魔法医を名乗るには、通常の3倍の知識を持たなければいけないと思っている。

 不勉強なつもりは決してないが、よりにもよって不死だなんて。明らかに未知のジャンルだ。

 そんな質問を口にした事情を聞いてみると、彼女は信じられないことを話してくれた。


 自分は不老不死の魔女だが、事情があってそれをなくす方法を探していると。


『私はお母様から不死を受け継いだの。受け継げるものなら、なくすための方法があるはずよ。小さなことでもいいの。知っていることがあったら教えてくれないかしら』


 そう懇願されたものの、僕に答えられることはなかった。

 不死をなくしてどうするんだい? と逆に尋ねたら、彼女は明確に答えるのを避けた。

 その理由は、おそらく――。


「こんにちはー」


 突然、店の扉が開かれた。

 支度中の看板はかけてあったはずなのに。


「……あら、小さなお店」


「いい匂い」


 開いた扉のすき間からは、ふたりの女の子が現れた。

 そっくりな顔立ちからして、双子か。この辺りでは見たことがない。予想外の客だった。


「これは……ずいぶんと可愛らしいお客さんだなぁ。いらっしゃいませ」


 夕方のこの時刻に小さな子どもとは。11番街にそぐわない可憐さに面食らう。

 身なりもいい。一体どこの子だろう。


「せっかく来てもらったところ悪いけれど、実はまだ開店前なんだよね」


 お父さんかお母さんは? そう続けようとしたら、双子は首を横に振った。


「お客じゃないわ」


「ここ、千鳥亭でしょう?」


 同じような声で交互に話す双子は、ここを目指して来たようだ。


「ああ、そうだよ」


「「あなたがマスター?」」


 同時に聞かれて、困惑しながら「そうだけど……」と返す。


「そのメガネ、素敵ね」


「ええ、とっても素敵」


「あ、ありがとう……?」


 唐突なほめ言葉に、ますます訪問の意図が分からなくなる。

 店内を見回しながら、双子は言った。


「フェル兄さん、いないの?」


「ホテルにいなかったの。チェックアウトしたって」


「フェル兄さん……?」


「ルシフェルよ、ルシフェル・ディスフォール。私はデリア」


「私はフォリア」


「ああ……もしかして、ルシファー君の妹さんかな?」


 言われてみれば、どことなく彼と同じ雰囲気が漂っている。


「「そうよ」」


「ルシファー君は、昨日アルティマに戻ったと思うんだけど」


「えっ、まさか入れ違い?」


「すれ違い?」


「そういうことになるのかなぁ」


「フェル兄さんに会えると思ったのに……」


「会えると思ったのに」


 なんとなく泣きそうな気配を察して、あわててカウンターから出ると手近な椅子を引いた。


「家に帰ったんだから、すぐにまた会えるよ。大丈夫大丈夫。ほら、せっかく来てくれたんだから、なにか温かい飲みものでもどうかな?」


 双子はお互いの顔を見合わせると、のそのそと椅子によじ登った。

 アスカちゃんと同じくらいか、それより小さいな。まさかここまでふたりで来たのだろうか。


「いただくわ」


「おすすめはなにかしら?」


 一人前のレディーのつもりか、すました言葉がなんとも微笑ましい。

 ルシファー君といい、こんなにかわいい子たちが暗殺一家の子どもだなんて、信じられないな。


「グロースのホットミルクがおいしいよ」


「グロースの……ミルク?」


「家畜の牛に似た大型の魔獣だよ。濃くて甘いミルクがとれるんだ」


 グロースは狩猟対象の食肉魔獣で、広く大陸に分布している。

 オスは狂暴だがメスはおとなしい性質だ。科学国の農場でもメスだけが少数飼育されていた。


「じゃあ、それをいただくわ」


「承知しましたレディー、少々お待ちを」


 ミルクを温めて、持ちやすいよう小さめのマグカップに注ぐ。

 蜂蜜を加えてテーブルに運べば、双子はアッシュグレーの瞳をキラキラさせて手に取った。

 一口飲んで、「おいしい」と呟く。


「グロースからミルクがとれるの、知らなかった」


「メスもやっぱり胃が6個ある?」


「そこはきっと変わらない。変わるとすれば、生殖器? デリア、今度はメスを解剖してみよう」


「わかった」


 機嫌は直ったようだが、今の会話はなにかがおかしい。

 マグカップを手に微笑む愛らしい顔と、セリフがちぐはぐだ。


 そのとき、コツコツ、と扉がノックされた。

 また開店前の客だろうか。


「どうぞ」と声をかけると、ゆっくりと開いた扉から男が現れた。

 大きめのハウチング帽で顔が見えにくいが、30代前半だろうか。

 丁寧に会釈した男は身なりこそ整っていたが、背筋が寒くなるような雰囲気を漂わせていた。

 それは死体安置所の中に足を踏み入れたときの、あの底冷えのする感覚に似ていた。


「お邪魔します。営業時間外に申し訳ありません」


「いえ……かまいませんよ。もう開けるところでしたから」


 目が合った瞬間、なんとも言えない感情に心が揺さぶられた。

 不快感、に似ているようで違う。

 親近感からは程遠く、見覚えもないのにどこかで会ったと感じる。

 よく知っているような、誰かに似ているような、不思議な感覚だった。


「そちらの子どもたちがご迷惑をおかけしました」


 男はなにを考えているか分からない顔で、そう謝罪した。

 この子たちの保護者か。


「あ……ああ、いいえ、少し驚いただけで、困ったことはなにもありませんよ」


「親切な方がマスターで助かりました」


 男はそう言って微笑むと、双子のほうを向いた。


「……ふたりとも、私を巻くとはいい度胸ですね」


 双子は縮こまった。

 上目遣いでマグカップを抱える様が、猛獣ににらまれた小動物のようだ。

 男は軽くため息をつくと、僕を振り返った。


「この子たちの兄がこちらにお世話になっていると聞いたのですが……」


「ああ、ルシファー君でしたら昨日自宅に帰ったはずです。入れ違いになってしまったようですね」


「そうでしたか、それは残念です」


 感情のこもらない声で言いながら、男は双子の前に立った。

 きっと怒られるんだろうなぁ、そう思って少しだけ助け船を出すことにした。


「あの、良かったら一休みされていきませんか?」


「ああ、すみません。でしたら温かい珈琲をいただけますか」


「分かりました。少しお待ちください」


 男は双子と同じテーブルに音もなく座った。


「ふたりとも、私になにか言うことは?」


「「ごめんなさい……」」


「なにかあったらどうするんです? ここに来るまでなにもなかったとは言わせませんよ」


 説教を耳の端で聞きながら、珈琲のお湯を沸かす。

 男の心配は当然だろう。ブラックマーケットでは誘拐も日常茶飯事。

 こんなに小さな子たちが、よくここまでたどり着いたものだ。


「知らない人についていっちゃダメだってことくらい、知ってる」


「声かけられてもついていかなかった」


 可愛らしい反論だったが、やはり危険な目に遭うところだったのだろう。

 無事で本当に良かった。


「ここに来るまでに転がっていた男たちは君たちの仕業でしょう? お母上の知らないところで勝手な狩りは禁止だと言ったはずです」


 ……なにか、僕の認識とは違う言葉が聞こえなかったか。


「でもちゃんと聞いたわ」


「そうよ。すぐに死ぬのがいいか、死ぬほど痛いのがいいか」


「死ぬのは嫌だなあ、って笑うから、死ぬほど痛いほうにしてあげたの」


「私たち悪くない」


 弁解の方向性がおかしい。

 やはり暗殺一家。そういうことなんだな……深く追求しないようにしよう。


「それより先生、私こういうところはじめて」


「私も。大人ってみんなこういうところでお酒を飲むんでしょ?」


「そうですね」


「「先生も来たことある?」」


「こちらにお邪魔するのは、はじめてですよ」


「でもね、フェル兄さんいないんだって」


「だからもう帰りましょう?」


「それは『行きたかったテーマパークにも行けたし、気はすんだ』ということでしょうか?」


「「そうよ」」


 兄捜しにかこつけて、科学国のテーマパークを満喫しに来たのか……

 子どもらしくて何より。


 僕は淹れ立ての珈琲をトレイにのせて、カウンターを出た。

「当店のブレンドです」と、男の前に静かに置く。


「ありがとうございます。いい香りですね」


「先生、聞いてるの?」


「それ飲んだら帰るわ」


「そう急かさずとも……もう暗くなりますし、明日でもいいのでは」


「いやよ、フェル兄さんのいるおうちに帰る」


「今から帰るわ。チャーター便取って」


「それは少しむずかしいかと……」


「「むずかしくても帰るわ! フェル兄さんに会いたい!!」」


 息ぴったりに叫んだ双子に、男は肩を落とした。

 付き添いのようだが家族ではなさそうだ。お守り役も大変だなぁ。


「仕方ありませんね。手配しましょう」


「本当?」


「ありがとう先生、好きよ」


 途端にニコニコ笑顔を浮かべると、双子はマグカップの残りを飲み干し、おかわりを要求した。

 男はゆったりと珈琲を飲みながら、店の中を眺めている。


「かわいらしい子どもが相手では、敵いませんね」


 カップにミルクをつぎ足しながら世間話を振ると、男は穏やかに微笑んだ。


「全くです。マスターにもお子さんが?」


「いえ、僕は家族がいないもので」


「そうですか」


「このくらいのお子さんがいらっしゃるんですか?」


 マスターに()、と言われたので話の流れで聞き返したら、妙な空白のあと「ええ、息子がひとり」と答えた。


「もう成人していますが、ずっと会っていないので元気にしているかどうか」


「お若く見えるのに、成人した息子さんが?」


「これでも40を超えていますよ。おそらく、あなたと変わりない年です」


「ええ? それはうらやましいなぁ」


 どう見ても、男の容姿は30代前半だ。

 男は軽く笑うと、カップの中の珈琲を揺らした。


「子どもの扱いに慣れているように見えたもので、マスターにもお子さんがおありだと思ったのですが」


「ああ……血は繋がってませんが、息子のような子がいますよ。すっかり大人の顔をするようになって、こんなに小さかった頃が嘘みたいですけどね」


 世間話を続けると、男はわずかに唇の端をあげた。


「血の繋がりなど、親子である上で意味のないものです」


 そこだけ感情が灯ったかのような、自嘲気味のセリフに違和感を覚えた。

 息子と会っていないと言うし、なにか事情があるのか。


 奇妙な客は珈琲を飲み干すと、きちんと支払いをしてくれた。

 去り際にはじめて帽子を取ったら、帽子の中に隠されていた長い髪がさらりと落ちた。


 ストレートの、薄い灰茶の髪には見覚えがある。

 いつも近くにいる大切な存在と同じ、ひどく珍しい色で――。

 誰と同じ色なのか、理解した瞬間に心がいびつな音を立てた。


「……そう、いえば、お名前を、伺っていませんでした」


 乾いてきたのどにつばを飲み込んで、尋ねた。

 男は底冷えのするような笑顔で答えた。


「死神です、ただの」


 その名がふさわしい気がするのは、この男の背後に見えるたくさんの死の気配のせいだろうか。


「ご冗談を……」


「そう呼ばれている、というだけの話です。ルシフェルに私がここに来たことを伝える必要もありません」


「いや、しかし」


「一度、あなたと言葉を交わしてみたかったんです。お会いできて良かった」


「……え?」


「美味しい珈琲をごちそうさまでした」


 そう言い残して男は店の出口をくぐった。

 四肢が凍り付いたように動かず、息が苦しい。


(そんな、まさか……)


 ずっと会っていない、成人した息子がひとり。

 血の繋がりに、意味がないって――。 


「ま……待っ――」


 このまま帰らせてはいけない。確かめなくては。

 閉まった扉を押して、外に飛び出した。

 短い階段を駆け上がり、通りを見回す。


 だが男の姿も双子の姿も、すでにどこにも見えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 追いつきましたー!  お姉様素敵! 先生とのやり取りも、その先生にまつわるあれこれも先が楽しみです( ̄∇ ̄) リアムくん出てきてくれて嬉しかったです。 根深いテトラ教。でもエヴァちゃん…
[良い点] わあ、双子ちゃん可愛怖い~♡ でもそうね、小さい女の子をどうこうしようとする 大人なんてそんな目にあっても仕方ないね。うん。 そしてお疲れ様ですマスター(笑) 分かる、分かるよ……お客の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ