138 強制ショッピング#
from a viewpoint of エヴァ
ルシファーが出かけていった日の午前中。
私はなぜか、アルティマの隣国である科学国ネオザールの街にいた。
「それじゃ、とりあえず脱いで」
笑顔でそう言ったのは、他でもない。
朝食後の私を捕まえて、巨大なカラスがぶら下げるカゴに詰め込んで、こんなところまで連れて来た長身の美女。
「あの、ロシベルさん、私本当に……」
「あなたに拒否権はなくってよ。それとも剥かれたいの?」
鋭い視線に本気を感じて後ずさった。
ルシファーがいない今、私を助けてくれる人はいない。
それどころか、周りには笑みを浮かべてメジャーを手にした女性たちがいる。要するに孤立無援だ。
「下着も揃えたいからさっさと脱いじゃって」
「下着も服も今あるのだけで十分だって言ってるのに……」
「バカ言わないで。女の子の服はね、着れれば何でもいいってもんじゃないのよ」
ルシファーが科学国で買ってくれた服の値段に絶句したのは、記憶に新しい。
最初は私の金銭感覚がおかしいのかと思った。でも一般人が気軽に買い物できるお店じゃないことは、他を見ればすぐに分かった。
青ざめた私は、その後買う服を自分で選ばせてもらったのだけれど……今の服は、ロシベルさん基準で見ると「男の子でないことが分かる」程度のひどいものだという。
「今日は上から下まできっちり測るから覚悟なさい」
「でも返すアテもないのに、こんな高価なお店で買うわけにいかないわ」
「返す必要なんてないわ、これは私の趣味だもの。ほら、さっさと脱いで」
言うなり問答無用で上着を剥かれた。
「ま、待って待ってっ! 自分で脱げるからっ!」
「あらそう? 残念」
なにが残念なのよ。怖い。
のろのろ服を脱いで下着姿になったところで、店員さんたちが採寸を始めた。
私の意思とは無関係にセミオーダーがどうのという話が進んでいく。
このお店はロシベルさんの行きつけで、アルティマから一番近いところにあるらしい。パステルカラーの並ぶ衣装部屋は、妥協しない女の子の気合いが感じられてとてもかわいい。
(素敵なんだけど……)
キラキラした部屋を見回して、思わずため息をついた。
なんでこんなことになってるのかしら……
「顔が暗いわよ、小鳥ちゃん」
「……だって、ルシファーは今ゴンドワナでしょう? 私だけこんなところで買い物だなんて」
「あら、帰ってきたときにお洒落して出迎えたくない? それに……」
ロシベルさんは、ハンガーに掛かっていた温かそうなダウンコートを撫でた。
「いざとなったらあなたも向かうことになるかもしれないし、もっと温かい服を用意しておかないと」
「私も……?」
「だってねぇ、乗り込む場所が場所だもの、普通にフェルが心配よ。こっちも準備くらいしておくべきでしょう」
「ルシファーが向かったところって、そんなに危ない場所なの?」
お爺さんたちと一緒なのに。
私の助けが必要なことなんてあるのかしら。
「いくら強くなったからって燃料切れたらそれまでじゃない。高位祭司だらけの研究所なんて魔法合戦に決まってるわ。帰ってくるまでに魔力切れにならなければいいんだけど」
「研究所……?」
「そうよ。行き先、フェルから聞いたんでしょう?」
「聞いてないわ。結局、ゴンドワナに行くってことしか聞けなくて……」
「あら……もしかして私、誘導尋問に引っかかった?」
思い当たった様子で、ロシベルさんは眉をひそめた。
ふるふると首を横に振って否定する。
「フェルにゴンドワナに行くのを教えてもらったなんて言うから、てっきり……騙すなんてひどいわ、小鳥ちゃん。口が滑ったじゃない」
「騙したつもりはないわよ……」
今朝ルシファーを見送った話をしたから、私が詳しいことまで知っていると思ったみたいだ。
「高位祭司だらけって、一体なんの研究所なの?」
「う~ん、答えるとフェルに怒られちゃいそうだから……困ったわね。どう誤魔化せばいいかしら」
「誤魔化すもなにもここまで聞いたんだから手遅れでしょう。ルシファーの魔力が足りなくなるなら、余計にこんなことしてる場合じゃないわよね?」
「落ち着いて小鳥ちゃん、お爺さまもついてるし、滅多なことはないわよ。それにね、今詳しく話すわけにはいかないの」
軽く目配せすると、ロシベルさんは言った。
店員さんたちは会話に興味のない顔をしてはいるものの、ここでは話せないということだろう。
「分かったわ。じゃあ早く帰りましょう」
「一通り買ってからね」
「買い物なんて――」
「なに言ってるの。これも大事なことよ」
結局、私の意見は聞き入れてもらえず。
1時間くらい服をとっかえひっかえして、ようやく帰路についた。
時刻は正午前。雪がちらつく灰色の空。
不安な気持ちでゴンドワナの方角を見やる。
化けガラスの背に乗れるのはひとりだけらしく、私は行きと同じく、鋭いかぎ爪が持つカゴの中に入れられていた。
(ルシファーは今頃、ゴンドワナの首都にいるのかしら……)
今朝は話が変な方向に転がったせいで、本当に聞きたいことを聞けずじまいだった。どうして仕事に行くことにしたのか、ちゃんと話をしたかったのに。
ルシファーは嫌がっていた家業をすることに、もう抵抗はないのかしら。
暗殺家業なんて、やめてしまえばいいのに。
でもそんなことを言う権利なんて、私にないことも本当は分かっている。
正義感や忌避感だけで彼らを判断したら、なにかを間違えそうだと思う気持ちもあった。
アルティマが、ザナドゥーヤの村と同じだと聞いてしまったから。
カゴの縁から顔を出すと、冷えた風が頬を刺した。頭上に向かって「ロシベルさん」と声をかける。
カラスの背中から「なあに?」と声が落ちてきた。
「魔力の補充が必要かもしれないのなら、ルシファーはどうして私を置いて行ったのかしら……なにか理由があるんでしょう?」
「……そうねぇ」
少し考えるような間があった。
「理由は複数ありそうだけど、一番は教えたくないことがあるからでしょうね」
「教えたくないことって?」
「あなた、不死をなくすための方法を探してるんでしょう?」
「ええ」
「それを見つけたら死ぬつもりなんでしょう?」
「ええ……」
「なら、小鳥ちゃん大好きなあの子が、不死の情報を与えるわけがないわよね」
思ってもみないことを言われて、眉をひそめた。
不死の秘密を知る方法が、セレーネさんの話を聞く以外でもあるっていうの?
「ルシファーの向かった先に、不死の情報が……あるの?」
ゴンドワナの、その研究所に?
そこまで考えて、ふと思い当たった。
待って。
(……研究所?)
なんの研究所なの、そこは。
不死の情報がある研究所って……
「まさか、ルシファーが行ったところって……テトラ教の、神殿附属の研究所?」
「ええ、国立研究所は中央神殿附属の機関だけど。どうしてそう思ったの?」
「私が……昔、いたところかもしれないわ」
「昔って、いつ?」
「60年くらい前……2年くらい、そこに幽閉されていたの」
はめ殺しの窓がひとつだけあった、監獄のような部屋を思い出す。
毎日血を抜かれて、得体の知れない実験につき合わされて。時折見世物のように扱われた。
自由などなにもなく、ただ飼われていたあの研究所――。
「国立研究所はゴンドワナ建国当初からあるものねぇ。場所や建物が変わっていても母体は同じでしょうね」
「テトラ教が不死を……? どうして……」
「あなたの影響じゃないの? そこにいたんでしょ?」
「でも、私が不死だってことは知られてなかったはずよ」
当時、不死の研究の話なんて聞いたことがなかった。
私が不死だと分かっていたのなら、もっと死ぬ目に遭う実験をされていたはずだわ。
「不死も……アクセラレータのことも気づかれないようにしてたわ。私が原因じゃないと思うけれど……」
でも、無関係と言い切るには自信がなかった。
胃が重くなるのを感じた。自分の知らないところで、なにか不気味なことが動いている。
(ルシファーはそれを調べに行ったのね……)
不死をなくす方法を探すために、協力してと言ったのは私だけれど。
ひとりで危険に飛び込んでいってほしいわけでも、私のために人殺しをしてほしいわけでもなかった。
こんなことしてもらっても、ちっともうれしくないわ。
じっと待っていられない気持ちになる。
(不死の秘密を見つけても、私には教えないつもりなのね)
ルシファーがそれを調べるのは、私を死なせるためじゃなくて、生かすためだから。
私が死なない限り、成長もできない、契約に縛られた使い魔のままなのに。
少し考えれば、一緒には生きられないって……分かるはずなのに。
「……本当に、勝手だわ」
見上げた灰色の空は、さきほどよりも重たく見えた。
0(:3 )~
お待たせしてごめんなさい……
まだまだ続きます。




