135 -閑話- 冬の日の贈り物#
from a viewpoint of リアム
「吹雪が来そうだなぁ」
ひとりこぼした声が、冷たい早朝の空気に溶けていく。
ぼくはガタガタいう木戸をすり開いて、家畜たちの小屋に体を滑り込ませた。
「おはよう、寒くなかった?」
いつもと変わらず、すり寄ってくるヤギの頭をなでてやる。ニワトリたちも元気だ。
このところ寒さが増してきたから、防寒には気をつけてやらないと。
朝の世話を終えて、隙間風の吹き込む場所にワラを積み上げると小屋を出た。
寒風が小さいランタンの明かりを吹き消そうとぶつかってくる。
小走りで玄関の木戸に飛びついて、家の中へ転がり込んだ。
「はぁ、寒かっ……あれ?」
部屋に上がる土間の隅。
見慣れない袋が置いてある。
誰か来たんだろうか。声をかけてくれれば良かったのに。
近所からの野菜のおすそ分けだろうと思った。
手を洗ってから、小上がりに腰かけて袋に手を伸ばした。
「……えっ?」
袋の中身は予想していたものと違った。
「ランタン……?」
魔力を使って灯す、立派な中型のランタンだった。
堅牢で省エネな高輝度タイプ。デザインだけで、すごく高価な物だと分かった。
それに鞘に入った狩猟用のナイフも。
あとこれは……食べ物みたいだ。
ひとつずつ袋に包まれた、見たことのないパッケージ。科学国のものだろう。
「まさかこれ全部、ぼくに……? 一体誰だろう?」
こんな高価なものを置いていく人物に心当たりがなさすぎる。
一瞬、父さんが帰ってきたのだろうかと錯覚してしまった。
そんなわけはないのに、家の中を見回してその痕跡を探してしまう。
なにも見つけられずに小さくため息をついた。
ふとしたときに襲ってくる、こんな心細さにも今は慣れた。
2年前に家を出て行ったきり、便りの途絶えた父。
村の男たちも何人か同じように出稼ぎに行ったのに。未だひとりとして帰ってきていない。
どこでなにをしているのか、それすらも分からない。
無事でいてくれるといいんだけど……
空になった袋をひっくり返したら、ひらりと一枚の紙が床に落ちた。
急いでそれを拾い上げる。
走り書きの字に見覚えはなかった。
『リアムへ
遅くなったけど、エヴァが世話になった礼だ。受け取ってくれ。
あのときは本当に助かった。ありがとう。
シリアルバーは俺が一番好きなフレーバーだ。砂糖みたいに甘いぞ。
ルシファー』
署名の人物を思い浮かべる。
黒髪のきれいな少年。エヴァを迎えに来た子の名前だ。
まさかわざわざこれを届けにここまで来たんだろうか。それとも誰かに頼んで?
「本当にこれをぼくに……?」
数日寝床を提供しただけなのに、こんなに高い物をもらっていいのかな。
なんとなく気は引けたけれど、贈り主と厚意が分かってうれしくなった。
「これじゃ『ありがとう』を言わなきゃいけないのは、ぼくのほうだよね……」
よく見ると、短い感謝の文字の下には、何度も消したような跡があった。
手紙を書くのに慣れていないんだろうか。
迷って考えたあげくがこの短い手紙だということに、温かい笑みがもれた。
「でも、あの名前は本当なのかなぁ……」
今でも引っかかっているのは、去り際に聞いた彼の名前だった。
『――ルシフェル・ディスフォールだ』
思わず聞き返してしまったディスフォールの名は、アルティマ王国の……要するに、人殺しを生業にする国家のものだ。
そんな人には見えなかったのに……エヴァなんてもっとそうだ。虫も殺せなさそうだから。
(あのとき……)
彼はまた遊びに来るようなことを言っていた。
どこかでそれを楽しみにしている自分がいる。
交わした言葉もわずかなのに、なぜだか彼には好感が持てた。
次に来たとき一緒にやろうと置いていった、カードゲームの説明書を読みこんだのも、もっと彼と話がしてみたいからだった。
「……本当に、また来てくれるといいな」
心細さとは違うなにかが、ちくりと胸を刺した。
なにか……なにかは分からないけれど、大事なことを忘れている気がする。
理由もなくそんな気がして、そのなにかをたぐり寄せたくて。
ぼくはしばらくそこで、短い手紙を眺めていた。
いつもご愛読ありがとうございます。
これにて2章終了となります。
次回からは3章スタート。
というわけで、しばしの間、小休載いたします……!(血涙)
待っててくださる方はどうぞ待っててくださいませね。しつこいようですが、死なない限りエタはありません。
いやぁ、書き溜め(お話のストック)がね……全然なくって。
1週間に1度の更新もままならねぇとかないだろうよ、と思うので、15話くらい、すなわち5万字くらいは溜めてからスタートしたいと思ってるんですが。
果たしていつそれだけ書けるのかまったく分からないので、休載期間は「最長で年内」とお約束させてください(ペコリ)
ワタシ詳細まで頭にないと書けないタチなんで……妄想時間がどうしても必要なんです……。
どれくらい詳細か知りたい方は、今日明日にでも投下しちまえ、と思ってるスピンオフをご覧下さい。
主人公は千鳥亭のマスターです。「何故……?」って言わないで。単に書きたかっただけなのさ!
あ、でも内容はバッドエンドな上、悲恋です。閲覧注意。苦手な方は読んじゃダメです。
どこかのタイミングで気分転換に割烹(活動報告)あげるかもなので、良かったらそちらも見に来てやってくださいね~。




