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131 3人目の友達

 俺にゴンドワナ行きを禁じていたのは、ウィングのように殺されないためで。

 色んなことを隠しながら強くなれと言い続けてきたのは……

 世界のため――?


 急に話が飛んだような返答に、奇妙な焦燥感が生まれた。

 母さんは窺うような目で俺を見ている。

 だからか躊躇してしまった。その先を尋ねるのを。


 俺の知らないところで、なにか大きなことが動いている。

 渦中にいるはずなのに、全容が見えてこない。

 そんな不気味さがすぐ側に寄り添っていた。


「世界、とか……よく分かんねーけど、もう俺、みんなに心配してもらうほど弱くないし、好きにさせてもらうよ」


 今は母さんに対してそれしか言えなかった。


「そうね、あなたは誰よりも強くなった。好きにするといいでしょう。ただ……」


 母さんはいつものように微笑んで。

 静かに通る声で告げた。


「あなたが帰る家はここよ。忘れないで」


「……分かった」


 一言だけ返す。

 でもそれだけじゃ受け取ったものには足りない気がして、付け加えた。


「黙って出て行ったりして……悪かったよ……」


 家を出たことを後悔してはいないけれど、少しだけ反省した。

 縁切ってやるとか、幼稚だったよな。

 

 ふと思えば、この場には部外者もいたんだった。

 いい歳して母親に諭されるみたいになった図が恥ずかしい。

 ちらとセオを見れば、目を細められた。

 なんだよ、俺とお前はタメだからな。兄貴面すんな。


 となりに座るエヴァまで、どこかうれしそうに俺を見てる。

 ちょっと待て。すごくいたたまれない。


「……っごちそうさま! 俺先に部屋戻る!」


 残りの料理を口に詰め込んで、席を立った。

 エヴァを連れて行こうか迷ったが、そのままひとりでダイニングルームを出た。

 家族に害意がないのなら、エヴァにとってはアルティマ(ここ)が一番安全だ。

 フラフラ屋敷の外に出ていってしまわない限り、危険はないだろう。


 しかしなんで俺が逃げなきゃいけないんだ……釈然としないな。

 廊下を少し歩いたところで、後ろから「ルシファー、待ってくれ」とセオが追いかけてきた。


「なに」


「少し話がある。いいか?」


「いいよ。部屋戻るから。ついてくれば」


「エヴァは置いていって大丈夫なのか?」


「ああ、エヴァはエヴァで母さんと話したいらしいから、ちょうどいいだろ」


 ついでにじいちゃんとばあちゃんもいるし。

 聞きたいことを聞けばいいさ。

 なにを話すかは気になったが、黙って聞いてられる気もしないから、俺はいないほうがいい。

 明日の仕事のことはエヴァに言うなって口止めしてあるから、大丈夫だろう。


 部屋に入って適当に座るように言うと、俺もどっかりとソファーの定位置に座り込んだ。

 壁一面の本棚を見上げてキョロキョロするセオは、お茶を持ってきたペコーに物珍しそうに見られていた。

 俺が部屋に知らない人間連れてくるなんて、人生2度目だからなぁ。


「で、話ってなに?」


 切り出すと、セオは「ああ」と言って俺に向き直った。 


「明日から本格的に、アスカとアルテを元に戻す作業をするらしいんだ。俺はアスカについて、しばらくここで過ごさせてもらうことになる」


「そうか、ヒマすぎて気の毒だな」


「いや、そうじゃない。厄介になる以上、タダ飯食いは気が引けるという話だ。なにか仕事をくれないか」


「仕事? うちで? セオが?」


「ああ、雑用でもなんでもやろう。掃除屋だからな」


 って言われてもなぁ……。

 庭師と一緒に植木の手入れとかか……? でもうちの庭師のメイン業務は、無断入国者を始末することだし。

 アッサムや従僕の補佐……も最前線で危険なことが多いし。

 科学国の人間にしちゃ頑丈なほうだけど、セオにうちの使用人と同じことはできないだろう。


「ペコー、どう思う? メイド業務的なことならなんかありそうかな?」


 俺の前にティーカップを置いたペコーに尋ねると、真顔で首を振られた。


「坊ちゃまのお友達に、そんなことをさせるわけにはまいりません」


「俺は君の友達だったのか?」


 セオも真顔で聞いてくる。


「違うだろ。ただの知り合いだろ。セオは暗殺者嫌いじゃねーか」


「いや、それはまぁ、そうなんだが……」


「ペコー、オトモダチじゃなかったらこき使ってくれるってことか?」


「無理ですね」


 いい笑顔で断られてしまった。

 メイド業務はダメか……


「希望通りにいくかどうか分かんないけど、あとで執事に言っておくよ。俺も明日ちょっと出かけるからさ」


「どこか行くのか?」


「仕事だよ」


「俺が手伝えるような……」


「ことじゃないよ」


 しん、と静寂が通っていった。

 うちの仕事っていったら、想像がつくだろうに。


「……さっき、地下に行ってアルテを見てきた」


「ああ」


 俺はまだ、見たことがない。

 汎用人工知能とかいう技術を搭載した、アスカの片割れ。

 だが知らされていなかったことを憤る気持ちは、もうなかった。


「シュルガットが説明してくれたのは、ルシファーの母君の話とほとんど一緒だった。その日は通信機器の点検をする日だったらしく、アルテはアルティマの外に出たことで、連絡が取れなくなったらしい。それで救出が遅れて……」


「……そうか」


「兄君のことは、残念だったな」


「別に。会ったこともない相手だし、俺はなんとも思ってないから」


 話はそれだけか? そういうと、セオは言いにくそうな顔で「いや」と答えた。


「もうひとつ、話がある。エヴァや君は……本当に、不死なのか?」


「……あれ? 不死のこと話したっけ?」


 いつ話したか記憶にない。


「マスターから聞いたんだ。エヴァが……その、死にたがっているようだから、なるべく目を離さないでやってくれと言われて」


 ああ、そうか。エヴァ、マスターには話したんだな……。

 たぶん、姉さんとセオと、アスカを探しに行ってるときだ。

 返ってきたときに表情が暗かったのは、その話をしていたせいだったのか。


「不死をなくす方法を聞かれたと言っていたが、マスターには思い当たることがないらしい。君たちは、本当にそれを探しているのか?」


「うん、本当だよ」


「そうか……」


「信じるのか? エヴァが不死の魔女で、その使い魔である俺も不死だなんて」


「そんな嘘をついて、なにか君たちにメリットがあるのか?」


「ないなー。むしろデメリットしかない」


 あっさり答えると、セオは少し笑ったようだった。

 真面目だけど、感じが悪いってわけでもないんだよな、こいつ。


「なにか、俺に力になれることはないだろうか?」


「え?」


「アスカのことでも世話になっているし、できることがあればなんでも言ってくれ。協力しよう」


「別にそんな、アスカのことは俺たち家族にも関係があるんだから、セオが借りだとか恩だとか思わなくてもいいって」


 本当に真面目に義理堅いヤツだと思う。

 基本いい加減なうちの家族とは大違いだ。生きづらそうだな。


「俺は、頭が固いんだろうか」


「は?」


「マスターにもよく言われるんだ。もっと楽に考えろと。柔軟性がないから機械のこともずっと嫌っていて、アスカのようなヒューマノイドがいるなんて思いもしなかった」


「ああ……」


 それはまぁ、みんなそうだと思う。

 あんな勝手にしゃべるヒューマノイド、変だもんな。


「だから、そういうものだと頭から決めつけるのは、本質が見えなくなると気づいたんだ」


「そういうことも、あるかもな」


「ローラシアの東11番街は、無法地帯だ」


「なんだよ唐突に」


「あそこにはブラックマーケットが必要なんだ。ものを売って、行き過ぎた悪党を刈り取る組織がなければならない。必要悪、というんだろうか……闇には闇なりの秩序があるから、あんな場所でも大国からはじき出された人間がなんとか暮らしていける」


「ああ……分かるよ」


「暗殺者だと聞いただけで、嫌な態度をとってすまなかった」


「ん?」


「俺から見た君は、特別嫌な人間には見えないと言ってるんだ」


 きょとんとしてしまった。

 ……なにが言いたいんだ、セオは。

 暗殺者だと聞いたら、怖がって嫌悪して逃げるだろう。

 それが普通だと、俺たちはよく知っている。


「……全然謝ることじゃないし、姉さんが言ってたように買いかぶるとあとでがっかりするぞ」


 好意的に思ってくれてるってことなんだろうが、暗殺一家の人間に向かって言うセリフじゃない。


「それならそれで、俺の見る目がなかったということだろう」


「はぁ、なんかよく分かんねーけど、俺今告られてる?」


「その解釈は方向性がおかしいな……ただ借りとか義理とかではなく、君たちの力になれたらと思っただけだ」


 嫌そうに眉を寄せたセオを見て、思わず吹いた。

 なぜか愉快だった。少し前の俺だったら、馬鹿なヤツだとなにも感じなかっただろうに。

 そうか。俺も多分、セオのことは嫌いじゃないんだ。


「はは、分かったよ。サンキュな。でもさ、その調子で姉さんに隙を見せるのはやめとけよ。危ないぞ」


「……気をつけよう」


 それから少し話をした。

 趣味の話で、お互い鉄道が好きだということも分かった。


「地下の高速鉄道もいいけどさ、やっぱ地上だよな-。イレブンスターは男のロマンだろ」


「客車なら、俺はやはり2000系が好きだな」


「おっ、分かってるじゃんか! あのダブルデッカーの迫力、カッコいいよな~」


 意気投合して、結構な時間くだらないことをしゃべってた気がする。

 なんだ、楽しいぞ。

 この感じはリアム以来だ。


 セオの生い立ちについても少し聞いた。

 マスターは、セオの父親の親友だったらしい。

 セオが子どもの頃から、ずっと家族のように接してくれているんだとか。


 父親が強盗に殺された話をするときは、さすがにほの暗い感情が垣間見えた。

 こんなに性根のきれいな人間でも、誰かを恨むことがあるんだよな……。

 身内を目の前で殺されたんじゃ、当たり前か。


 俺たちは、必要悪なんだろうか。

 言われてみてはじめて気づいたけれど、そうなのかもしれない。

 考えたこともなかった。


 そうして話しているうちに、エヴァがやってきた。


「俺もそろそろアスカの様子を見に行ってくる。邪魔したな、ルシファー」


 エヴァと入れ代わりに、セオはソファーを立った。


「セオ」


 去り際、その背中に声をかけた。


「殺したいヤツがいたら言えよ。俺が代わりに狩ってやるから」


 お前にはきっと、できないだろうから。


「……気持ちだけもらっておこう」


 どこかで聞いたようなセリフを吐くと、セオは部屋を出て行った。



いつも待ってくださっている読者さま、ありがとう……(TT)

満足いくものが書けてなくて葛藤も多いこの頃だけど、あなたの存在が励みです。

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