129 同じじゃない
もぬけの空の青の間を後にして。
シュルガットの研究室へ移動途中、エヴァからシロに会った話を聞いた。
ついでに、ひとりでアルティマの外に出ようとしたことも分かった。
出会ったのがシロで良かった。これがクロだったらと思うとゾッとする。
エヴァはたまに単独行動がすぎて頭が痛い。
「ルシファーはシロと仲がいいのね」
おかげで食べられなくてすんだわ、とエヴァは軽く言った。
そんな気楽な状況じゃなかったろ、絶対。
「シロは俺が生まれた頃から一緒だからな。俺実はさ、家出したのはじめてじゃないんだ。今回みたいにアルティマから本当に離れたのははじめてだけど……小さな家出なら何度もしてた」
不満がつのってというよりは、自由な時間が無性に欲しくて。
俺が家を出て行くと必ずシロがついてきて、他の魔獣から守ってくれた。
どこに行ってもあいつの毛皮はあったかくて安心できた。
そのうち疲れて、シロにくっついて寝ちゃうのがお決まりのパターンで。そうすると気づいたときには家に連れ戻されてる。
「子どもの頃の俺、馬鹿でさ。シロは監視役だったのに、俺のこと好きで心配してついてきてくれてるなんて本気で思っててさ……でもそれに気づいてからも家出のたびについてくるとやっぱりうれしくて、そのうち帰ってもいいかな、って思っちゃうんだよな」
「それって……お母様があなたのことを見守っていたってことよね」
「監視だよ、監視。過干渉で俺を意のままにしたいだけなんだ、あの親は」
「セレーネさん、優しそうなお母様よね」
「はあ? 俺の話聞いてたか?」
エヴァの解釈は好意的すぎると思う。
あの母親がどれだけ恐ろしい存在か分かっていない。
まあ、愛情がないと思ったこともないんだけど……なんか、うちの家族はみんな、色んな意味で『普通』からズレてるんだよな。
「ああ、ここが兄さんの研究室だ」
話しているうちに目的の場所にたどり着いていた。
コンコンコン、とノックを響かせると、中からショートカットのメイドが顔を出した。こっちの名前はコロンだったか。
「兄さんたち、いる?」
『シュルガット様はご不在です。ルシフェル様がいらっしゃったら、中でお待ちいただくように言われています』
「待てって?」
『はい、どうぞ』
ドローンの飛行実験のために高く作られた天井を、エヴァがもの珍しそうに見上げる。
隅にあるソファーに案内されて、待つように言われた。
「兄さんは地下か?」
『はい、じきに上がってこられると思います』
「俺たちは行かなくていいのか?」
『こちらでお待ちいただくように、とシュルガット様が』
「……なんかまた、俺だけ……」
のけものか、と言おうとしてやめた。
アルティマの建国にヒューマノイドが関わっていて、それがアスカの半身だったとして。
正直、今はそんなところまで頭が回らない。
となりに座るエヴァを横目で眺めた。
(不死の軍、か……)
母さんはなぜ、ローラシアの依頼を請けたんだろう。
国立研究所なんてところに手を出せば、ローラシア、ゴンドワナ、アルティマ、3国の間に大きな亀裂が入る。
俺たちは別に無差別殺人集団じゃない。仕事として大国と取引をする上で、タブーだってある。
目撃者を皆殺しにして証拠を消すつもりなのか。
だが、そんなことができる人間が限られている以上、なにをしても誤魔化しにすらならない。
「不死か……」
もれた呟きを聞き逃さず、エヴァが振り向いた。
「不死がどうしたの?」
「エヴァ」
「なに?」
「俺、また家の仕事するかも」
エヴァはわずかに目を細めると、無言を返した。
「お前は俺に人を傷付けるなって言うけれど、俺は家業から抜け出したとしても、そういう風には考えられない。世の中には死んだほうがいい人間が確かにいるし、障害があればこれからだって迷いなく排除する。それは人殺しが好きとか嫌いとかとは別の話なんだ」
「また、誰かを殺しに行くの……? 仕事で?」
「だとしたら、どう思う?」
返す言葉を探すように、少しの間黙ってからエヴァは言った。
「……あなたが家に戻ることは当然だと思う。だってここにはルシファーのことを心配して、慕っている人がたくさんいるじゃない。だから、家には戻るべきだわ。でも……」
そこから先を言うのがためらわれたのか、エヴァはまた黙った。
人殺しの一家にいくら嫌悪感を持っていたとしても、面と向かって否定はしにくいのだろう。
俺は代わりにその先を続けてやった。
「人を殺すのは、賛成できないか……」
額に手をやって「は」と笑いをもらす。分かりきったことを聞いた。
「エヴァは優しいからな」と呟いたら「違うわ」と即座に返された。
「優しいんじゃない。ただ、もうたくさんなの、誰かがひどく傷ついたり、死んだりするのを見るのは。それに、ルシファーにそういうことをして欲しくないから……」
「俺がお前の使い魔で、いつも側にいる存在だからか」
「……え?」
「人殺しの俺が、側にいるのは……そんなに」
不快で、怖いか。
本当は俺を助けたことを後悔していて、消えて欲しいと思ってるのか。
もう少しでそう言いかけて、飲み込むと息をつく。
そうじゃない。
ただ言えばいいんだ。
明日は家の仕事をどうしても手伝わなきゃいけなくて、俺も出かけてくるから、待っていてくれとだけ。
それだけでいいはずなのに……
ばあちゃんの言うとおり、俺は情緒不安定になっているのかもしれない。
「ルシファー」
目を覆っていた指が握られて、そっと外される。
「私に、あなたのしてきたことをなじる権利はないわ。私たちは同じ人殺しだもの。ただ……当たり前のように人を傷付けて欲しくない。アクセラレータに影響される今は特に、その力で人殺しなんてしないで欲しいの。それだけよ」
「俺とお前は同じじゃないだろ……」
「同じよ。なんなら私のほうがよほどひどいわ。存在そのものが凶器だもの。私の意思とは関係なく、生きている限りいつかまた、たくさんの人が死ぬの」
「そんなこと、決めつけんな」
「決まってるのよ。だから早くなくさなくちゃいけないの。不死をなくして、アクセラレータも消すのよ。この力がもう二度と、誰かを殺すことがないように……それが一番いいの。分かるでしょう?」
「分かるか……ふざけんな」
吐き捨てて、視線をそらした。
分かりたくない、そんな、お前にとっての道理は。
「俺が出かけてる間……母さんに、妙なこと頼むなよ」
「……どこへ行くの?」
「どこだっていい。エヴァのアクセラレータとは関係ない人殺しだ。もともと俺はこういう職業だからな」
「あなた、やりたいことをやるために家を出たんじゃなかったの? 暗殺の仕事がルシファーのやりたいことだったの?」
答えるまでもなく、家業のために働くのは嫌だった。
殺したくもない人間を殺さなきゃいけないような、取り返しのつかなさは二度と味わいたくない。
だが、これはそういう問題じゃない。
「……今回は、別だ。俺の意思で、必要だから行くんだ」
「必要だから殺していい人なんて、いないわ」
「俺は別に、いいとか悪いとかを語りたいわけじゃない。頼むから……おとなしく待っててくれ」
納得いかない様子のエヴァのほうを向くことなく、俺はそこで話を打ち切った。
絶対に許しなんか出るわけない。
そんなこと分かってるし、不死の軍のことを話すわけにもいかない。
エヴァが自分も行くと言い出す事態だけは避けなければ。
そのとき、奥の壁と一体化した扉が開いた。
驚いたエヴァに、「エレベーターになってるんだ」と説明してやる。
中から出てきたシュルガットは俺を見て、姉さんと顔を見合わせた。
その後ろから、セオとアスカ、髪の長いほうのメイドが出てくる。
「地下になんの用だったんだよ?」
「アルティマヒューマノイド説明会ってとこかしら」
俺の前まで歩いてきた姉さんが答えた。
「俺への説明は?」
「してもいいけど……母さんのところへは行ってきたの?」
「行ったけど話はしてない。あとでまた行く」
「あら、そう……」
「で、アルティマを作ったヒューマノイドの話は?」
「アルテミスのことね。実はね、彼女はずっと地下に保管されていたの。今アスカとダーリンに見せてきたところよ」
「……結局そういうことか」
隠されていて、俺だけが知らなかった真実。
アスカの探していた、半身がここに……本当にいたんだな。
「不服そうね?」
「当たり前だろ。俺だけがそれを知らなかった理由は?」
「あなたに話したくなかったから」
「その一言で納得いくとでも?」
「母さんに聞きなさいって言ったでしょう」
姉さんはまったく取り合わず、アスカたちを振り返った。
壁面のディスプレイの前で、シュルガットと真剣な顔で話している小さなヒューマノイド。
その表情には、今までにない活力が見てとれた。
あいつにとっては、これで良かったんだよな……
「それでね、アスカの体も大分古くなってるみたいだから、これからシュルガットとあれこれ検査するそうよ」
「検査って、なんで」
「保管してあったアルテの中身を、アスカに戻して統合するのよ。前々からの計画なの」
「はあ……?」
じゃあ、アルテはアスカになるのか?
いや、アスカがアルテになる?
「そんなわけで、しばらくアスカとダーリンはうちに滞在予定だから。フェルはその間、お仕事に行ってらっしゃい」
ぽん、と頭にのせられた姉さんの手があまりにもいつもと同じで。
胸のあちこちに、いつもとは違う消化できない思いが詰まっていることを余計に感じた。
半分寝てる状態で更新しますので、誤字脱字あれば「違うよ(冷笑)」な感じでひとつよろしくお願いします……




