127 少年とヒューマノイド#
from a viewpoint of シュルガット
生まれつき、魔力が乏しかった。
兄が、姉が当たり前にできることが、僕にはできなかった。
祖父も祖母も、父も母も特別な魔法使い。
その中で、僕だけが凡人以下。
病弱で、無能の、役立たず。
悔しい。悔しい悔しい悔しい――。
「シュルガット様、この世には大きな力がふたつあります」
凜とよく通る声が、明かりもない部屋の中に響いた。
僕はうつむいていた顔をあげて、正面に立つ声の主を見た。
「それは魔法の力と、科学の力です」
茶色いセミロングが、扉から差し込む日の光に透けてさらりと流れる。
差し出された手に、自然手を重ねた。ひやりと冷たい、人ならぬ手。
部屋の隅から引っ張り出された僕は、そのまま彼女と一緒に外へ出た。
暖かくなった5月の庭園が、目に痛いほどまぶしくて。
ひとりふてくされ、ささくれだった心が溶けていくようだった。
「大きな力には均衡が必要です。アルティマは強大な魔法の力を有していますが、科学の力が足りません」
明るい茶の髪に、緑の瞳。
美しい女性型ヒューマノイドの説明に、僕は首を傾げた。
「アルティマには、アルテがいるじゃないか」
彼女は世界最高のヒューマノイド。
アルテがいれば、それだけで科学の力は十分だろう。
「いいえ、アルティマの科学は人が作るのです。シュルガット様、私はあなたこそがアルティマの科学になれば良いと思っています」
「僕が、アルティマの科学に……?」
細身な体は立ち止まると、僕を見下ろして微笑んだ。
「そうです、シュルガット様ならアルティマの科学になれます」
それは遠い日の、もう僕ですら忘れてしまった過去の記憶。
なにもできないと思っていた僕に、武器を、盾を、くれたアルテ。
幼いながらに救いを見つけた僕は、持てる時間のすべてを勉強に費やした。
科学国の学校で学ぶことは、すべてアルテが教えてくれた。
アカデミーでも学べないことを、アルテは教えてくれた。
僕には魔法の力が足りない。
でも、科学の力があれば自分の価値を認められる。
機械工学。ロボットテクノロジー。データサイエンス。脳科学。
とりわけ人工知能とヒューマノイドのことについては、熱心に勉強した。
取り憑かれたように、水を得た魚のように勉強に明け暮れて。
数年が経った頃、僕は大人にも負けない知識を得ていた。
「素晴らしい仕上がりですね、シュルガット様。新しい接触認識のアルゴリズムも完璧です」
「うん、もう外装から全部自分で組み立てることも可能だ」
「本当にこの短い間に、驚くほどのことを吸収されましたね」
「まあね、僕は天才だからな」
うれしそうに微笑むアルテに、僕も笑ってみせる。
この数年間で培ってきた技術や知識は、確実に僕の自信になっていた。
いずれはローラシアで名のある科学者にも負けないほどになってやる。
僕はこれから立派に、アルティマの科学を動かしていける。
アルテと一緒に。
そのときには、アルテは僕にとって、ただの機械ではなくなっていた。
先生であり、家族であり、唯一の心の拠り所――。
おかげで、肩身の狭かった家の中でも居場所を見つけることができた。母さんも喜んで褒めてくれたし、僕を頼ってくれるまでになっていた。
そのうちに非力な弟も産まれたけれど、僕が面倒を見てやろうと思えるくらいの余裕もできていた。
僕はもう役立たずの無能なんかじゃない。
「もしアルテが壊れても、僕が直してあげるからね。それにさ、そのうちにもっとすごいボディを作ってあげるから、期待してなよ」
「まぁ、それは頼もしいです」
ふふっと笑われて、少し面白くない気分になる。
アルテだったら、僕の力なんて借りなくても自分でどんなものでも作れるんだろうけれど。
「本当だよ? 僕がなんだって作ってやる。アルテはなにが望み? どんなヒューマノイドよりも丈夫な体? 超ハイスペックなコア? なんでも叶えてやるから言ってみなよ」
本気だった。
喜んでもらいたくて言った言葉だ。
アルテは少し考えてから「それなら」と言った。
「私の半身が迎えに来たら、私たちをひとつに戻してくれませんか」
「……ひとつに?」
「はい、それが私の望みです」
「アルテは……元通り、本体とひとつになれたら、ここを出て行くのか?」
「……そうなる、かもしれません」
アルテは特殊なヒューマノイドだ。
本体から分離したコピーで、自分よりも小さな子ども型のヒューマノイドが本体だという。
いずれその本体が迎えに来たら、ここを去るだろうと。
母さんたちと、そういう契約なのだと言っていた。
アルテが僕の前からいなくなる?
冗談じゃない――。
「じゃあ……嫌だ。望みはなにか他のことにしてくれ」
「……そうですか」
「他に、なにか望みはないの?」
「そうですね……では――」
代替えの望みは、容易に叶うものではなかったけれど。
間違いなく彼女の2番目の望みだった。
「いつか、新しい体をいただけるのなら……泣けるように……涙を流せるように作っていただけますか?」
寂しそうに微笑んだアルテの顔が、少しの罪悪感とともに脳裏に焼き付いた。
それから2年近くが流れて。
なんてことのない、昼下がりのことだった。
「アルテ、今日は通信装置の総メンテナンスをするよ」
定期的なメンテナンスとアップデート。
アルテの整備は僕が受け持つようになっていた。
「数時間で終わるから、とりあえず全部外しておいて」
「はい、シュルガット様。よろしくお願いします」
固定の送受信機と、通信に関わる装身具をすべて受け取って研究室に向かった。
メンテナンスとアップデートにかかる予定は3~4時間。
その間はアルテの通信機能が使えなくなるけれど。
なにも問題はないはずだった。
「外に用事はないと思うけど、屋敷の敷地内にいてよ。終わったら呼ぶから」
「はい、分かりました」
それが最後の会話だった。
(アルテ……)
記憶が混濁する。
ひしゃげた外装。
むき出しになった配線。
きれいだった顔が、半分分からなくなるほどの破損。
あの日。
弟をかばったアルテは、変わり果てた姿でアルティマに帰ってきた。
自分を犠牲にしても弟を救えなかった彼女は、どれだけ苦しみ悲しんだろう。
僕よりもずっと病弱だった弟が、もう帰らないことが悲しいのか。
アルテがもう動かないことが悲しいのか。
ぐちゃぐちゃの頭では感情のひとつも整理がつけられない。
僕は寝ずに研究室にこもった。
弟の葬儀が終わっても。
姉たちが報復のため、ゴンドワナへ向かっても。
アルテを元に戻す。
それだけの思いで、僕はひとり暗い研究室にいた。
必ず直してやる――。
それだけの思いで――――。
『……ット様、シュルガット様』
意識が、浮上する――。
『気がつかれましたか。コロン、ロシベル様に通達お願いします』
『はい、行ってきますね』
「……カロン?」
『はい、シュルガット様』
ぼうっと見上げた先で、僕の作ったヒューマノイドが無表情に返事をした。
特化型の機能をいくつも組み合わせて、見かけだけは汎用に近い形に整えた、双子のヒューマノイド。
片割れのショートカットが扉の向こうに消えていくのを見て、思い出した。
そうだ、確か姉さんに蹴られて壁に頭を……
ズキズキする頭を抱えて、ベッドの上に起き上がる。
くそ、姉さんめ……毎度のことだけど、僕に対する扱いがひどすぎる……。
「僕は、どのくらい、寝てた……?」
『15分ほどでしょうか。皆さま青の間でお待ちですよ』
「そうか……」
今日はじめて出会った、小さな子どものヒューマノイドの姿を思い浮かべた。
アルテに似た茶の髪、目の色は違っていたがそこに宿る光は、強い意思を持っていた。
あれが、アルテの本体――。
『ずっと探されていた、初期型を見つけられたのですね』
僕を見ていたカロンが、唐突に言った。
「……ああ、そうだ」
『……では……』
かっちり三つ編みにした長い毛束をもてあそびながら、カロンが意外なことを口にした。
『私たちは不要になりますか?』
「え?」
まさか、そんな確認をされるとは思わなかった。
僕が汎用AIに執着していることは、コロンもカロンも分かっている。
それが見つかったら捨てられると思っていたのだろうか。
「馬鹿な……そんなわけ、ない。お前たちは、僕の手で作った、け、傑作なんだぞ……」
『そうですか』
淡々と返された。
ヒューマノイドが不安を感じることなんてない。
アルテじゃあるまいし、そんなことはありえない。これはただの確認だ。
それでも。
「ば、馬鹿な確認を、するなよ」
腕を伸ばすと、体温のない手を握って引き寄せた。
「絶対に、不要になんか、ならない……お前たちは、ずっと僕のものだ」
『……はい、シュルガット様』
プログラムされたものでも。
今この瞬間に、僕にだけ向けられる笑顔があることがうれしい。
アルテ。
君は壊れてしまったけれど、僕はなにも捨てていない。
思い出も、君からもらった知識も、温かさも心にある。
機械がどれだけ素晴らしいか、僕は知っている。
すべてを元に戻せるときがきた。
今、泣きたいくらいにどうしようもなく、君を思い出す。
アルテ。君の望みは、僕が叶えてみせる――。
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