122 頼られたくて
エヴァは素直じゃない。
いつもそうだ。思っていることを、わざわざ攻撃的な言葉に言い換える。
それでも、俺はそこに嫌悪がなければ嘘だと分かる。
だから「嫌いだ」とか、「側にいて欲しくない」とか、直接拒絶の言葉を口にされてもそれほど傷つかないでいられた。
だが……今のは本心だ。
心の奥底から、もれてしまったような一言。
頼りたくない。
「もしかして、今朝からそういうこと考えてたか……?」
「え……?」
思い当たったのは、自分の覚悟を伝えてからのよそよそしさ。
「俺がしつこいこと言ったから、本当に嫌になったのか。それとも、人に頼るのが嫌なだけか」
「い、嫌っていうか……ただ……」
「ただ?」
続いたエヴァの言葉に耳を疑った。
「――怖いのよ」
形のいい唇から発せられたのは、絶対に聞きたくなかった一言。
本心からの言葉だと分かって、心が動きを止めた。
怖い……?
俺が人殺しだから?
エヴァのアクセラレータを手に入れた存在だから?
起き抜けに人を反射で攻撃するような、危険な人間だからか。
それともアルティマに来て、なにか思うことがあったのか。
「……そう、か……」
どくん、どくんと心臓が嫌な音を立てている。
自分が「普通」の家の人間じゃないことを、あらためて思い出した。
どれだけ見た目を取り繕っても、しょせん俺たちのやってることはエヴァの嫌いな人殺しだ。
エヴァをここに連れてくるんじゃなかった。不快な思いをさせたくなかったのに。
いや、そんな言葉で取り繕うな。
嫌われたくない。
俺にあるのは、そんな自分勝手な思い。
「悪かった……」
そっと離したはずの手にはわずかに指の跡が残って、動揺する。
こうやって気づかないうちに傷つけて、怯えさせたこともあったんじゃないのか。
「……ごめん。これからは、もっと気をつける」
だから、嫌いにならないでくれ。
続く言葉は飲み込んだ。
「え……? なにを気をつけ――」
エヴァが言いかけた言葉を遮るように、ノックの音が響いた。
入室を許可すると、アッサムが入ってきた。
「ルシフェル様、大旦那様がお呼びです」
「……分かった。今行く」
ばあちゃんでもなく、母さんでもなく、じいちゃんが呼んでいる。
おそらく仕事の話だろう。断るにしても、エヴァには聞かせたくない内容だ。
人殺しの話なんて。
「エヴァ、悪いけどちょっと待っててくれ。すぐに戻る」
「あ……うん」
「部屋の本でも好きに読んでて。なにかあったら使用人に言えばいい。ひとりで廊下には出るなよ、迷うから」
なにか言いたそうなエヴァを置いて、アッサムと一緒に部屋を出た。
「ルシフェル様、どこか痛むところでも?」
歩きながら、アッサムが尋ねてくる。
俺が調子の悪いときに気づくのは、いつもアッサムかペコーだ。
「どこも痛くないよ」
「ですがお辛そうです」
「はは……ただ、ちょっと自分が嫌になってただけだ。痛かったわけじゃない」
「心が痛いのも、痛いうちです」
「……うん、そうだな」
「お力になれることがあれば、仰ってください」
「ん、サンキュ」
人はひとつ悪いことに思い当たると、芋づる式に悪い気持ちを引き寄せる。
エヴァは俺を従魔にしてしまった責任感から、仕方なく一緒にいるだけで。
もしかしたら俺、本気で怖がられて、嫌われてるのかも。
そんなわけないと思っても、嫌な考えばかりが浮かんでくる。
誰だって暗殺者なんて好きじゃない。側にいたいわけがない。
そんなの今更だ。最初から分かりきっていたことなのに。
俺、なんであんなに自信たっぷりでいられたんだろう。
黒色の大扉の前に立つと、アッサムが「ルシフェル様がお見えです」と声をかけた。
部屋の中から「入れ」と声が返ってきて、扉が開かれる。
俺が歩を進めると、背後で扉が閉まった。
「じいちゃん」
「帰ったな」
インテリアにいいだろうと、ばあちゃんが部屋の隅に置いたでかい食中植物。
そのとなりのロッキングチェアで、手にした書類をめくりながらじいちゃんは言った。
「仕事じゃ、フェル」
予想通りの用件に、小さくため息を吐いた。
「暗殺はもうやらない」
「ほぉ、そうか? じゃがいいのか? 初のゴンドワナ行きじゃぞ。行きたがってたろう?」
「……は?」
「国立研究所の主要研究員……全員高位祭司じゃな。その18名と、顧問1名がターゲットじゃ。わしとクレフとカザン、お前の4人で行くぞ」
「はあ……? なんだって? 国立研究所?」
依頼内容を頭の中で繰り返した。
国立研究所は、神殿直下の機関だ。
となれば、そこに手を出すのはディスフォールの禁忌。
ゴンドワナの神殿、そしてローラシアの政府中枢には深入りしないのがうちのルール。
それに俺がゴンドワナでの暗殺を任されたことなんて、一度もなかった。
お前にはまだ早い、ゴンドワナは危ないからと、そう言われていたのはつい先日のことだった気がする。
「国立研究所を潰すのか? それってまさか、ローラシア側の依頼で?」
「普段なら断るところじゃが、セレーネが請けろと言うのでなぁ。わしも気が重いわい」
「意味分かんねー……大国同士の不可侵条約はどうなったんだよ? そんなことしたら、戦争の引き金になりそうな……」
「全面戦争にならぬよう、アルティマがクッションになれということじゃろう」
イラッとした。
依頼主が分からなければ、あくまでアルティマの凶行だとでもいうつもりか。
そんな絵空事が通用するわけがない。
「請けたのか、そんな、馬鹿馬鹿しい依頼を」
「請けたとも。そして請けた以上、実行じゃ。明朝に出るぞ」
「なに勝手なこと言ってんだ……俺は行くなんて一言も――」
「『不死』に関係があってもか?」
じいちゃんのその言葉で、ぴたりと動きを止めた。
「……今、なんつった?」
「国立研究所で『不死の軍』を作っとるそうじゃ。長年の研究で完成させた技術らしい。興味はないか?」
興味がないわけない。
死なない人間を、祭司どもが作ったということか。
そんなことが、人の手で本当に可能なら……エヴァの不死の秘密も分かるかもしれない。
「不死の軍だって……? 詳しく話してくれ。話次第では俺も――」
「行ってみないと詳しくは分からん。ローラシアも肝心なところはだんまりじゃ。ただ、不老不死を完成させたのは間違いないようじゃな。蚊帳の外で眺めるよりは、虎穴に飛び込んだほうが情報も得やすかろう」
ドームで出会ったランゴールが、アルティマに行ったのはこの用事だったのか。
依頼内容は不死に関する情報を持ち帰り、研究施設を使用不可にした上で、重要な関係者をすべて暗殺する、というものだった。
「じいちゃん、ローラシアでも変なコソ泥が不死の情報を集めてたんだ。なにか関係があるのか?」
「コソ泥? 科学国はそんな底辺まで混乱が広がっとるのか……不死に関わることならなんでも金になるなどという、誤った情報も飛び交っておるそうじゃ。戦争ビジネスを逃すまいと、闇では誰もが躍起なのじゃろう」
「くだらねえな……」
「ただでさえ愚昧な人間にとって、大層魅力的な響きじゃからの。『不老不死』というのは」
意味ありげに俺を眺めて、じいちゃんは軽く笑った。
「まぁひとまず、動かぬことにははじまらん。出発の用意をしておけ。エヴァちゃんも連れて行くなら、いつも通りというわけにはいかんじゃろ」
「……いや」
不死に関わるなら、エヴァも連れて行くべきだと分かっている。
だが。
「エヴァは、連れて行かない。ここで待たせるよ」
「……フェル、今のお前は魔力を消費したら補充する必要があるんじゃぞ? ターゲットは19人ぽっちじゃが、敵はそれだけじゃあない。乗り込む場所を考えよ」
「嫌だ、連れて行かない。魔力はなるべく消費しないようにして、帰ってくるまでもたせるから」
「バカモノ。科学国へ行くのとは訳が違うんじゃ。高位祭司どもは魔法なしで戦える相手じゃあない」
「それでも連れて行かない。エヴァはきっと、誰も殺すなって言うから……連れて行けない」
そんな理由を口にしたけれど。
本当は、俺が仕事をするところをエヴァに見せたくないだけだ。
あのきれいな緋い瞳が、怯えや軽蔑に染まるところなんて、絶対に見たくない。
「まったく……駄々をこねるなら来なくともよい。わしとクレフとカザン、3人で事足りるじゃろう。魔力の問題をなんとかせんと、お前は連れて行くわけにはいかん」
確かにその面子なら、大国もつぶせそうだが。
今回ばかりは、置いて行かれてたまるか。
いやだ、ダメじゃ、の言い合いを繰り返して、じいちゃんは疲れてきたらしい。
呆れ顔で頭をかくと「お前はもう少し賢い子じゃと思っとった」と言った。
「明日の朝までもう一度考えよ」
「どれだけ考えたって変わらない。俺は行くけど、エヴァは連れて行かないからな」
「バカモノが、もう下がってよい。わしはやることがあるんじゃ。お前はトルコとセレーネのところにも顔を出してやりなさい」
そう言われて小さくうなずくと、俺はじいちゃんの部屋を出た。
控えていたアッサムが、後ろからついてくる。
「出立は明朝5時だそうです。なにか、用意しておくものはありますか?」
「……軽量で大型のハンターナイフと、少しの魔力で動かせる省エネなランタン」
「かしこまりました。しかしお嬢さまにはもう少し相応しい装備があるかと……」
「エヴァが使うんじゃないからいいんだ……あ、あとシリアルバー。チョコ味の。それだけ用意しておいて」
腑に落ちない顔のアッサムを下がらせて、俺はひとりで廊下を歩いた。
歩きながら考える。
ゴンドワナ。
テトラ教。
不老不死。
エヴァに関係があって、でも関わらせたくないものだ。
秘密が分かって、もし不死がなくせたら……
エヴァは、死ぬ気だろう。
(引き留めるには、足りない……)
俺は、あいつの生きる理由にはならない。
ぐっと、手のひらを握りしめた。
アクセラレータの問題がなんとかなれば、エヴァは生きようと思ってくれるだろうか。
生きたいとエヴァに思わせてからじゃなきゃ、どれだけ願われても不死はなくしてやれない。
「……死なれてたまるかよ」
なんとかする。絶対に全部うまくいく方法を見つけてやる。
いつか、生きていて良かったって、あいつに言わせてやるんだ。
そのためにできることなら……なんだってやってやる。
握りしめた拳はそのままに、俺はばあちゃんのいる温室に向かって歩いて行った。
更新遅くなりました……(TT)
できる時にしか推敲作業できないので、投稿時間バラバラでごめんなさい。
余談ですが、アスカスピンオフを投稿してます。
『人類最後の発明品は超知能AGIでした』
連載短編です。
ジャンルSFでテイストが違う上、バッドエンドという作品ですが、「読んでやるか」という方はお越しくださいませ~。




