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120 黒い幼獣

前半ルシ、後半セオです。

分かりづらくてごめんなさい……

 青の間を出て廊下を歩いていたら、窓から見知った庭師が見えた。

 庭園とは逆の、薬草園に向かう道だ。


「あれは……」


 庭師の後ろをちょこちょことついていく物体に気づいて足を止めた。

 思わず窓を開けて声をかける。


「――キームン、ちょっと待ってくれ」


「……っルシフェル様?!」


 黒いハンチング帽をかぶった庭師のキームンは、駆け寄ってくると帽子を取って「お帰りなさいませ!」と頭を下げた。

 その足元に、やはり見慣れない黒い塊がいる。

 二言三言挨拶を交わしてから、足元を指さした。


「ところでさ、それなに?」


 尋ねるとキームンは「あ、はい」と言って足元の毛玉を拾い上げた。

 形はチビにそっくりな牙雷獣だが、目の周りのアイリングが黒い。

 というより、全身真っ黒だ。


「牙雷獣の黒色変種らしいんです。先日庭園に親子連れが入ってきてしまって……シロが追い返したんですが、こいつだけ取り残されてしまったんですよ。白い中に一匹混じっていて、兄弟にいじめられてたみたいですね」


「黒色変種。へぇー、こんな色のがいるのか」


「ここまで黒いのは珍しいですよ。すっかりデリア様とフォリア様のお気に入りでして、ご不在の間、私が世話を仰せつかってます」


 俺は窓から差し出された黒い幼獣を受け取った。

 大きな尻尾をゆるゆる振っている。銀色の瞳がかわいい。

 妹たちもさすがにこいつを解剖しようとは思わなかったか……。


 足元にいるチビに「ほら」と見せてやると、こっちもゆるゆる尻尾を振った。

 試しに両方抱き上げてみると、お互いにフンフンと首の後ろの匂いを嗅いでいる。


「あれっ? ルシフェル様、それも牙雷獣じゃないですか」


「ああ、科学国で拾ったんだ。山に返してやろうと思って連れてきた」


「キエルゴにですか? うーん、この小ささではちょっと……」


「あー、やっぱり無理かなぁ」


「そうですねー……親がいないと、すぐ他の魔獣に喰われちゃうと思いますよ」


「そっか……あ、そうだ、ついでにこいつも一緒に預かって見ててくれないか? どうするかは後で決めるからさ」


「かしこまりました。ちょうどこっちの黒いのもエサにしようと思ってたところです」


 キームンに白黒の幼獣を渡すと、チビは一瞬エヴァを振り返ってクーン、と鳴いた。

 それでも足元に下ろされるとすぐに、黒い幼獣とじゃれはじめる。


「うれしそうね」


「ああ、普通ならまだ兄弟と一緒にいる時期だからな。ひとまず預けておこう」


 楽しそうに走り回るチビを見て、エヴァもうなずいた。

 チビのことはあとでゆっくり考えるとして、まずは本だ。


 久しぶりに戻った自分の部屋の扉に手をかける。

 中に人がいることが分かった。

 慣れ親しんだ気配に、それが誰かもすぐに見当がつく。


 ガチャリ、と外開きの扉を引いた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

from a viewpoint of セオドア



 青い扉からルシファーとエヴァが出て行って。

 部屋の中には使用人らしき男がひとりと、メイドがひとり控えるだけになった。


 向かいに座ったルシファーの姉、ロシベルがアスカを見てゆるりと笑う。


「それにしても、あなたはアルテと見た目がずいぶん違うのねぇ」


 衝撃的な話だったが、アスカの半身とディスフォール一家は関わりがあるらしい。不思議な縁もあるものだ。


「アルテは容量重視だったので、成人の姿にしたんです」


 そう説明すると、アスカは「ロシベルさんは、アルテに会ったことが?」と聞き返した。


「ええ、私自身あの子とは関わりが深いの。もちろん、あなたのことも聞いて知ってるわ、アスカ」


「……アルティマが建国したのは、私がアルテとはぐれた2年後です。その頃になにがあったのでしょう」


「そこまで昔のことになると私も詳しく分からないわね。私が生まれたとき、彼女はもうアルティマにいたのよ。壊れてしまうまで、30年くらいは一緒にいたから。もう家族のようなものだったの」


 壊れてしまうまで、と聞いたところでアスカの肩がぴくりと揺れた。

 アスカの半身が暗殺一家の屋敷で、そんなに長い間暮らしていたことにも驚いたが……結局は壊れてしまったということなのか。


「じゃあ、アルテはもう……」


「そんな顔しないで。フェルがいなくなったから、シュルガットが起きるまで私が話せることを話してあげる。アルテは本体(あなた)が捜しにくるまで、『自分と周囲の人を守りながら待機する』役目だったのでしょう?」


「ええ、そうです……」


「あの子はそうやって、あなたをずっと待っていたわ。でも……今から20年ほど前に、修復できない傷を負って……」


 そこでロシベルは言葉を切ると、アスカに向かって深々と頭を下げた。

 少し驚いた。そんなことをするような人物には見えなかったからだ。


「私たちはいつでもアルテに助けられてきたのに、助けられなくて、ごめんなさい」


「ロシベルさん……頭をあげてください。私は謝ってもらいたいんじゃなくて、アルテになにがあったか知りたいだけです」


 ロシベルは顔をあげると、慌てたアスカを見て仕方なさそうに笑った。


「見た目は違うけれど、中身は変わらないわね。本当にあなたもアルテもヒューマノイドらしくないわ。なんだったかしら……三原則? あなたもそれで動いているのでしょう?」


「三原則?」


 聞き慣れない単語を、思わず口の中で繰り返した。

 アスカは目が合うと説明を求めていると思ったのか、俺に向かって「はい、私の行動原理です」と言った。


「はるか昔の……機械に与えられた3つの原則です。人間への安全性、命令への服従、自己防衛を目的としています」


 そう言うと、アスカは朗読するようにその原則を口にした。


 第一に、ロボットは人間に危害を加えてはならない。またその危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。


 第二に、ロボットは人間に与えられた命令に服従しなくてはならない。ただし、与えられた命令が第一の原則に反する場合はこの限りではない。


 第三に、ロボットは第一と第二の原則に反する恐れのない限り、自己を守らなければならない――。


 聞いていることを確認するように、少しの間黙って俺を見つめるとアスカは続けた。


「普通、ロボット(ヒューマノイド)たちはその役割によって行動を自動化されています。料理をするための機械は、それ以外のことをしません。コックであるヒューマノイドに、たとえばそこにある花瓶を渡して『これを食べてみたい』と言っても調理はしません。管理者に質問が行くか、機能を停止するでしょう」


 ヒューマノイドは、あらかじめ決められたルールから外れたことはできない。

 それは誰もが知っていることだ。だからこそ、アスカのような存在を「機械」だと認識するのはむずかしい。


 ロシベルはアスカの話そうとしていることをすでに知っているようだったが、止める様子もなくただ黙って聞いている。

 この機会に、アスカが他のヒューマノイドと違う理由をもう少し聞いてみたいと思った。


「そうだな、俺もヒューマノイドはそういうものだと思っている。色々なことに特化してはいるが、人のように考えることはできない。君とはまるで違う」


「私は特化型ではなく、汎用型なんです。汎用人工知能(AI)は、人と同じで学習することができるんです」


「学習……人の感情もか?」


「はい。人の心を理解するシステムはとても複雑なので、説明はむずかしいですが……あらゆる知識を学習するための能力を持っています。私のような汎用人工知能は、通常のAIと区別されて『AGI』と呼ばれています」


 科学大国に住んでいながら、情けないことに俺にそういった知識はない。

 アスカが説明してくれることを、頭の中で整理してみた。


 アスカの本体はAGIと呼ばれる特殊な人工知能で、感情すらも持っている。

 人の知能をはるかにしのぐ存在だが、三原則とやらを制作者に教えられて育ち、それを遵守している。

 アスカには『人を守るために動く』という、行動の大原則がある。

 身体能力値は機械本体(ボディ)の性能に依存するが、特化型のできることはなんでも学習でき、さらにそれを応用・発展させるほどの知能を持っている。


 そして彼女は、大崩壊で制作者が亡くなったあとも、自己を守りながら今日まで過ごしてきた。

 気が遠くなるほどの、長い長い時間を……。


「アルテには、私の(システム)を一部コピーして動かしていただけですから、厳密に言えばAGIとは異なります。私がアルテを作った目的は、抱え切れない膨大なデータを分割すること、それだけだったんです。ですから、もう一度出会えたらボディは統合するはずでした……最新鋭のボディは用意できていましたから……」


 そのボディも、痕跡を消すために家を焼いたことで失ってしまったのだと。

 暗い表情でアスカは説明した。


 長い間捜していた自分の半身が、壊れてしまったと聞いたのだ。

 そのショックは生半可なものではないだろう。

 苦痛や悲しみも人と同じように感じるのだとしたら、俺はなんと慰めてやればいいのか。


「アスカ……」


 かける言葉に迷っているうちに、ノックの音が響いた。

 メイドがひとり、丁寧な礼をして入ってくる。


「ロシベル様、シュルガット様がお目覚めになりました」


 さきほどロシベルにノックアウトされた、ルシファーの兄が起きたという報せだった。

 ロシベルは面倒そうにため息を吐くと「先に向かうと伝えて」と手を振った。

 そして「行きましょう」と俺たちに言うと、席を立った。


「どこへ行くんですか?」


 アスカが尋ねると、ロシベルは「シュルガットの研究室よ」と答えて、メイドの開けた扉をくぐった。俺とアスカは顔を見合わせてそれを追った。


「ルシファーさんは呼ばなくていいんですか?」


「あら、だって野暮でしょう」


 冗談なのか本気なのか分からないセリフを返すと、ロシベルはスタスタと歩いて行く。

 弟をかわいがっているのは分かるが、なにか隠しごともあるらしい。

 ルシファーがいないほうが、都合がいいのかもしれない。


 それ以上は聞かずに、俺たちは広い廊下を歩いて行った。


※本文中に、アイザック・アシモフによる「ロボット工学ハンドブック」第56版『われはロボット(I, Robot )』内の、「人間への安全性、命令への服従、自己防衛」を目的とする3つの原則「ロボット工学三原則」を引用しています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] か、かわいい!モフモフが増えた! これで、寂しくありませんね (*^-^)/\(*^-^*)/\(^-^*) アスカちゃんは旧世界の遺産的存在なんですね。その存在は果てしない価値がありそう…
[良い点]  えっ!! まさかのヒューマノイドが国の成り立ちに関わっているだなんて( ゜Д゜)  凄い事実だし、フェル君にも何かしらの秘密が……。  そして兄に対するお姉様の対応がいつも通り過ぎてて、…
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