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106 らしくない変化

 魔女や魔法使いが科学の飛び道具に対して、出来ることはそう多くない。

 護りの魔法が使えるのは、風・土・光の属性だが、俺にはどれもないものだ。


 攻撃される前にターゲットを仕留められなかった場合、避けるか、向かってくる弾を迎撃するかでしか対応方法がない。

 今回の場合、避ける選択肢はなかった。

 数が多すぎる。


 発砲の瞬間、向かってくるすべての弾を凍りつかせるつもりで凍てつく魔力を開放した。

 全力じゃなかった。少し離れたところにいる姉さんや、セオに影響がないように留めたつもりだったのに。


 飛び出した銃弾もろとも、憲兵たちは氷点下の渦に飲み込まれた。

 白い嵐は短い一瞬の間に、周囲のすべてを氷の中に閉じ込めてしまった。

 俺はまた、アクセルを踏みすぎたらしい。


「……エヴァの能力って、どんだけ危ねえんだ」


 全力を出したらドームを丸ごと凍らせそうな勢いだ。

 もしかして俺一人で国がつぶせるかも、と考えて、それが夢物語でなさそうなことに、背筋がぞくりとする。


(人を狂わせ、争いをもたらす、最悪の能力よ――)


 あのときのエヴァの言葉の意味が、今になってやっと分かった。

 確かにこれは、人の手にあまる力だ。


「これで不死とか……俺、もしかしなくとも、化けもんじゃねえ?」


 強くなりたいと思っていたが、もう十分過ぎるほど強い気がしてきた。

 でも何故だか、手放しでは喜べなかった。

 力を手にしても、無力さがぬぐえないのは何故だろう。


 ぼんやりと考えていたら、向こうに見えるセオが姉さんに向かって「怪我をしたのか?」と口を動かすのが見えた。

 姉さん、逃げなかったんだな。あの距離なら回避できたろうに。

 基本人嫌いなのに、誰かをかばうなんて珍しい。よほどセオが気に入ったのか。


「――悪い! 急で加減出来なかった!! そっち大丈夫か?!」


 尋ねると、姉さんは満面の笑みで手を振った。


「あら、フェルー。まだ余裕ありそうね。良かったわ~」


 ご機嫌の理由ははなんとなく分かるけど、その足下に転がっている案内人を見れば、そんな場合じゃないと分かる。


「全然良くないぞ! 撤退しないとまずいだろこれ?!」


「やっちゃったものは仕方ないわねぇ。かばってくれる人がいなくなったら私たちも危ないわよー。このままいくと、母さんに叱られちゃう」


 楽しそうな姉さんとは対照的に、青ざめたセオが周囲に視線を走らせた。


「おい……もしかして、本気でまずいんじゃないか?」


 どこからか集まってくる憲兵たちが、数を増やしていく。俺と姉さんはともかく、ここから一番近い出口までセオが辿り着けるかが問題だ。


「姉さん! 今すぐセオとここを離れろ!」


 それだけ言って、一番数の多い憲兵の一団に向かった。


(……おかしいな)


 俺は、こんなヤツだったろうか。

 姉さんは自分の身くらい自分で護れる。この程度のことで死ぬわけがない。放っておけばいい。

 セオは半ば強引について来たんだから、なにかあっても自業自得だろう。邪魔なら置いていってくれてかまわないと、本人が言ってたじゃないか。


 この世は弱肉強食だ。友達でもない人間を助けるのに、俺が危険な目に遭う必要はない。目的(アスカ)は見つからなかったんだ。さっさと自分だけでここを出ればいい。

 それが正しい選択だと、頭では分かっているのに。


 俺に注意を向ければふたりは逃げやすくなる。

 魔法の影響が届かないところまで逃げたのを確認したら、もう一度一気に凍らせて片付けよう。

 そう考えて、行動している自分がいた。


("誰かをかばうなんて珍しい"のは……俺のほうか)


「なんかよく分かんねーけど、今考えても仕方ねえかっ!」


 接近戦に持ち込めば、憲兵は銃ではなくいつものECSを振り回してきた。

 機械の動作には無駄がない。気配もないが、型どおりと思えば読みやすいことに気づいた。

 しゃがみ込んだ頭の上でECS同士が激しく接触して火花を散らす。

 下から数体同時に首をはね落とした。機能を停止するのを見届けて、人も機械も一瞬で仕留めるにはこれが一番だと理解する。


 セオと姉さんが走って行くのを目の端で追った。

 職業柄狙われ慣れているのか、セオは上手いこと銃弾を避けるルートを選んでいる。姉さんに向かっていく憲兵を一体、横から当て身で倒したようだ。


 自分より強い相手の援護なんていらないから、放っておいて逃げればいいのに。お前が一番危ないんだぞ。死んだらマスターが悲しむだろうが。

 そんな風に焦る俺も、らしくない。


 姉さんが雷撃系の魔法を落として、群がってきた憲兵を一掃した。

 密集しているせいか憲兵たちは飛び道具を使わなくなった。数は多いが、これなら全部倒して逃げ切れるか。


 そう思った瞬間、周囲の憲兵が不自然なタイミングで動きを止めた。

 何体かがバランスを崩して、ガシャンガシャンと地面に倒れる。一斉停止した機械の動作音がなくなると、場には唐突な静けさが訪れた。

 これと同じことが前にもあったのを思い出す――。


 視線を走らせると、正解はすぐに見つかった。

 セオに向かって走って行く少女の姿に、セオ自身がまだ気づいていない。

 目標はセオだと思ったが、違った。


 小さな影が走って行く先には、腕を鋭く光る刃に変形させた黒い制服姿の憲兵がいた。


(特殊憲兵――!)


 セオの背後から迫る、影。


 危ない、と叫ぶ前に、振り下ろされた剣先の前からセオが消えた。

 宙を飛んだ小さい体が、刃の軌跡からセオをはじき飛ばした。

 間に合ったようにも、間に合っていないようにも見えた。


 俺が駆け寄る前に、滑り込んだ姉さんの回し蹴りが特殊憲兵のノドに入る。

 黒い制服は吹っ飛ばされて地面を転がった。


「……アスカ!」


 セオの焦る声が聞こえてきた。

 ほら、やっぱり血相変えて出てきたじゃないか。

 本当に機械とは思えないよな、あいつ。


 起き上がろうとする黒服の憲兵に攻撃を仕掛けたら、すんでのところで交わされた。やはりこいつは普通の憲兵より数段速い。

 黒服は俺目掛けて腕を伸ばしてきた。掴まれる範囲を避けたはずなのに、何故だか左腕にみしりとした圧迫感が走る。


 刃のようだった腕が、軟体動物の脚みたいな太いワイヤーに変わり、俺の腕を締め上げていた。こいつらの腕は色んな形状に変化するらしい。

 勢いよく引き寄せられた先に突き出された反対の腕は、銃口の形をしていた。


「……っ!」


 今度は加減を間違えない。腕の範囲を凍らせるのと同時に、硬化した右の爪で目の前の片腕を切り落とす。

 こいつの変形する腕の中には飛び道具まであるのか。至近距離で撃たれたら、確実に頭が吹き飛ぶな。


「食らわないけどなっ!」


 爪先を一閃すると、黒い帽子ごと特殊憲兵の頭が飛んだ。

 首を飛ばしても、締めつけるワイヤーは緩まない。


(そういえば、こいつのメインの動力部がどこか聞いてなかった――)


 少なくとも頭部ではないらしい。

 じいちゃんはどこを切断してたっけ……?


 正解を知らないまま考えるのはやめて、バラバラにすることにした。

 頭と腕のなくなった黒服の制服を縦一文字に切断してから、さらに切り刻む。切断面から見える鈍色の配線たちが、火花を散らして地面に落ちた。

 やっと活動を停止した残骸を見下ろして「産業廃棄物」と呟く。


「フェルー、みんな止まっちゃったわよ。どういうこと?」


 姉さんが臨戦態勢を解かないまま、緊張感のない声をかけてきた。


「多分、あと少しは動かないだろ。今が逃げるチャンスだな」


 答えながら、一足でセオのいる場所まで跳んだ。

 姉さんも駆け寄ってきて、セオが腕に抱えた少女を見た瞬間、眉をひそめた。


「この子が、捜してた子……?」


「ああ」


「用途はなんなの? 戦闘用でもないのに飛び出してきたってこと? もう隠す必要もないと思うけれど、ヒューマノイドなのよね?」


 アスカの左足は膝から下が切断されて、機械の内部が見えていた。

 セオは無言で、側に転がった小さい足を見ている。


「はい、ご覧の通り私はヒューマノイドです」


 姉さんの疑問に、アスカが答えた。


「汎用AIなので特定の用途は不確定ですが、戦闘に向かないことは確かですね」


「汎用……? あなたまさか……」


「アスカ――」


 セオが、かすれた声でアスカを呼んだ。

 アスカは嘘くさい笑顔でそれに応える。


「黙っていてすみませんでした。セオさんがどうしてここにいるかは聞きません。私のことはどうかお気にせずに行ってください。憲兵たちはあと3分は動きませんから、いまのうちに早く」


「っ馬鹿を、言うな」


「いいえ、馬鹿はセオさんのほうです。すぐにドームを出るのが最良の選択です」


「……アスカ、君は俺をかばって――」


「人の命より、機械が大事なわけがありません。前にも言ったじゃないですか――」


 アスカはセオの胸を押して、その腕の中から這いずるように抜け出した。

 片足じゃもう、歩行は難しいだろう。


「言いましたよね、私。セオさんには説明しないって。機械はお嫌いでしょう? なら、もういいじゃないですか。早く行ってください」


「……君は」


 セオがなにかを言いかけたとき、向こうの道から3台の車が姿を現した。

 確認するまでもなく、軍の車。少し離れたところに止まると、真ん中の車のドアが開いた。


 中から現れたのは、黒服の特殊憲兵が2体。

 そして、続けて出てきたのは鋭い目をした、軍人らしい体つきの壮年の男――。


「あら……ランゴール様。ごきげんよう」


 姉さんが男の名を呼んだ。

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