105 探しものは見つからなくても*#
三人称視点から途中、セオドアに視点切り替え有。
書きたいように書いていると、たまにこうなりますがご容赦をば。
研究棟の非常階段を、足音を立てない小さなスニーカーが駆け下りていく。
つかんだ手すりを軽く越えて、2階分下の地面に着地したのは長い髪の幼女だった。
(――ここもダメ)
昨日ドームに入り込んでからというもの、アスカはことごとく失敗していた。
特殊憲兵を見つけて近付くことは出来た。それなのに、どうしても遠隔からコントロールすることができなかった。
「夢の汎用AIが、聞いて呆れるわね……」
自嘲を帯びたセリフは機械に似つかわしくない。
アスカには約束があった。
自分を作った人間と、はるか昔に交わした約束。
『もし……が人間にとって驚異となるような行動をとるようなら……その時はアスカが止められるようにしてほしい』
頭の中に再生される、懐かしい声。
言葉の意味は、自分の作られた理由そのものだと彼女は解釈していた。
アスカはローラシアに溢れているヒューマノイドたちとは違う。
体はレストアを繰り返していたものの、中身は大崩壊前に作られた初期型。
現行のヒューマノイドとは根本から違う人工知能を搭載した、昔のヒューマノイドだった。
彼女は今、魔力感知機能を持つ特殊憲兵が製造された理由を知りたかった。
なぜ、ローラシアは魔力を持った人間を監視するようになったのか。
分からないままでは動けない。情報が欲しい。
国の中枢にしかないような、真実の情報が。
建物内にある末端のシステムからネットワークに進入することも試みてみた。しかし、最後のセキュリティの壁は越えられなかった。
今の自分の能力では、必要な情報を手に入れることは不可能。
あらゆる場所で、あらゆる手段で試してみて、アスカはそう結論づけた。
(ならもう――直接会って聞くしかない)
出てきた研究棟を振り返って、形のいい唇を引き結ぶ。
("彼"を、捜さなくては――)
それがどんな結果につながったとしても。
彼と接触すること。本来ならそれは最終手段だった。
ずっとそうならないように、遠巻きに監視を続けてきた。
だが、彼の駒はアスカの姿を正確に把握した上で家を訪ねてきた。
ドームに侵入した際に、改ざんしたはずの映像が見破られたのだろう。
だとすれば彼はすでに確信したはずだ。
アスカが、現存していることを。
(なにが起きているのか、確かめなくては――)
通りを駆けていく複数の足音に、アスカはハッと顔をあげた。
身を潜めた建物の影から様子をうかがう。道を一方向に走って行く憲兵達が見えた。
流れてくるシグナルに帯域を合わせれば、自分の耳にも聞こえてくる招集信号があった。
『――Bブロック35地点に侵入者あり。G3からG5はただちに侵入者を排除せよ』
送られてきた映像の中に見えたのは、ひとりの少年。
「……えっ?」
アスカは、その少年を知っている。
侵入者を排除。
与えられる命令はそのひとつだ。生死は問わないと。
アスカは即座に、ここから招集場所までの最短ルートを割り出した。
「どうして、ルシファーさんがドームに……?」
昨日別れて、もう接点のなくなったはずの黒髪の少年。
そこから予測できる、もうひとつの可能性は――。
「まさか……」
アスカは走り出した。
灰茶の髪をした青年の姿がその内によぎる。
「セオさんも……?!」
存在しないはずの呼吸が苦しくなるのを、アスカは感じた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
from a viewpoint of セオドア
「あそこにいる憲兵たちを壊してみたいの。好きにしていいかしら?」
「もちろんです。仰せのままに」
「ありがとう。じゃあ、あの子を敵として攻撃するように、憲兵に指示をだしてくださる?」
目の前で交わされるやり取り、というより一方的なお願いに頷くだけの上級憲兵を見て、嫌悪にも似た感情がよぎった。
彼は魔女に操られただけの被害者だと分かっている。
だが中年の強面兵士が頬を染めて唯々諾々としている様は、やはり不気味だ。
「君は実の弟を殺す気か? 正気の沙汰とは思えないぞ」
暗殺を生業にした一家が普通であるわけがない。しかしこれは、俺の想像を超えた異常思考だった。
対ヒューマノイド訓練だって?
武器も持たない生身の人間がひとりで、あの数の憲兵を相手に?
殺す気なのか。暗殺者とはいえルシファーは言葉を交わした相手だ。死んでいいとは思えなかった。
「優しいのね、ダーリン。でもああ見えてフェルは強いから大丈夫よ。このところもっと強くなったらしいから、私も見てみたいの」
「大丈夫? いくら強くても生身の人間だろう? 馬鹿な真似は止めろ。それに俺たちは今、アスカを捜している途中だ。妙な脱線をしないでくれ」
「だって全然見つからなくてつまらないんだもの。それに、科学国の人間と私たちを一緒にしないで欲しいわ。あ、フェルー」
向こうでルシファーがこちらを見ている。
戻ってこい、と声をかければいいのか、逃げろ、と言えばいいのか。判断に迷った。
「そこのヒューマノイドたち、全部壊してもいい許可取ったわよー」
なんだって? と言ったようだった。
「なかなかできないわよ、対ヒューマノイドの実戦なんて。はい、3秒前~」
となりに立つ女性の言動を見る限り、なにかの冗談のように思えた。
だから一斉射撃の構えをとったヒューマノイド数体を見ても、悪い夢なのかもしれないと思った。
いや、夢なんかじゃない――。
突如、急激な気温の降下を肌で感じ取って、悟った。
魔力の乏しい俺にも分かるほどの、確かな凍気。
次の瞬間、続けざまに発砲音が鳴り響いた。
正面から向かってくる白い刃が見えた。
なにが起きたのか分からないまま、焼ける冷たさは風鳴りになって襲いかかってくる。
「……っ!」
すぐ側の長い黒髪がなびいて、視界が暗くなった。
またたく間に吹き抜けていったブリザードは、何故だか俺を避けていったようだった。
凍気の余韻を残して。
再び開けた視界には、蒼白の世界が広がっていた。
「……あらやだ……ちょっと予想以上。ダーリン、大丈夫?」
いつの間にか目の前に立っていたルシファーの姉が、振り向かないまま尋ねる。
「これは、一体……なにが起きた……?」
ルシファーは元いた場所から動いていなかった。
ただ、彼を中心にして、一体のすべてが凍り付いていた。
特に発砲した憲兵に向けた辺りには、地面から天へ伸びる分厚い氷の波が乱立している。
「あの数相手にどうするかしら、と思えば……」
ヒューマノイドはそれぞれのポーズで、氷の中に固まっていた。
「銃弾ごと瞬間凍結とは上出来ね? いつ見ても、氷系の魔法って冷酷無比な感じがたまらないわ」
小刻みに震えてる目の前の肩を見れば、笑っているのが分かった。
俺は笑えない。
人間の所業とは思えない、こんな凄まじい光景を目にして。
これを、本当にあの少年がひとりでやったのか?
「あぁ、でも……これだけ距離があれば大丈夫だと思ったのに……困ったわねぇ」
ルシファーの姉が首を傾げた。
「憲兵10体じゃ、すまなくなっちゃったみたい」
そう言って、足下に視線を落とす。
「なに……?」
そこには、先ほどまで彼女の傀儡のようだった上級憲兵が転がっていた。
白い薄氷をまとって、微動だにしない。
「か、彼は……死んだのか?」
「そんな心配そうな顔しないで。ギリギリ死んでないから大丈夫よ。凍傷にはなるでしょうけど」
「なら、早く助けないと……!」
足下にかがみ込んで彼の様子を見ようとしたところで、ぽたりと地面に垂れた赤い水が目に入った。
「それより自分たちの心配が先よ。ここから一番近いゲートはどこかしら……ダーリン、走れる? 私、誰かを護るのって一番苦手なのよね」
そう言った彼女の手の甲には血が滲んでいる。
爪先からぽたりと、足下に鮮血が落ちていくのを目で追った。よく見れば、彼女のコートの二の腕部分はズタズタに裂けていた。
「怪我をしたのか……?!」
「大したことないわよ。逃げずに魔力で相殺しようと思ったら少し失敗しただけ」
彼女は変わらない笑顔で、こともなげに言った。
もしかして、俺をかばったのだろうか。
かばわれていなかったら、俺も足下の彼のようになっていた?
目の前の血が滲んだ指を見つめたまま、なんとも言えない気持ちになった。
「……す」
すまない、と謝罪しかけたとき。
信じられないセリフが返ってきた。
「それにしても感無量ね」
「は?」
「だってそうでしょう? 弟に傷を負わされるなんて最高。この急成長はあの白い小鳥ちゃんの影響なのかしら……フェル、立派になったわね……!」
瞳を潤ませて言うセリフだろうか。
暗殺者だからというより、この人自身の根本がおかしい気がしてきた。
「――悪い! 急で加減出来なかった!! そっち大丈夫か?!」
向こうからルシファーが叫んだ。
「あら、フェルー。まだ余裕ありそうね。良かったわ~」
「全然良くないぞ! 撤退しないとまずいだろこれ?!」
「やっちゃったものは仕方ないわねぇ。かばってくれる人がいなくなっちゃったから、私たちも危ないわ。このままいくと、母さんに叱られちゃう」
彼女はさらっと言ってのけたが、そうだ。
上級憲兵がこの有様で、この先どうやってドームの中を歩いたらいいのか。
「おい……もしかして、本気でまずいんじゃないか?」
周囲の道から集まってくる憲兵たちを見て、死の覚悟が必要かもしれないと。
本気で思った。
_(:3 」∠)_
どうにも推敲足らず、誤字誤用などございましたら笑ってご報告下さるとうれしいです……




