103 ローラシア1番街ドーム
「少し離れてくれないか」
左腕に巻き付いた姉さんと歩きながら、セオが言った。
振り払うわけにもいかないのか、抵抗せずにあきらめ顔だ。
いや、どのみち抵抗したところで無駄か。
「セオ、ひとつ忠告しとくけど、姉さんの怪力、並の男の比じゃないからな。見た目通りだと思って油断してると押し倒されるぞ」
俺を振り返った顔は心底うんざりしている。
対して姉さんはご機嫌そのものだ。
「あら、心外ね? 合意がなければそんなことしないわよ」
わざわざ通りすがりの店でローヒールに履き替えた姉さんと、セオの身長はそれほど変わらない。
俺ひとりが見上げて話さなきゃならなくて、ちょっぴり腹立たしい。
「今は目的が一致するから一緒に行動したほうがいいと判断しただけで、俺は君らと馴れ合う気はない」
セオがあえて口にした牽制に、マスターの言葉を思い出した。
そういえば、こいつ、職業ポリシーは不殺なんだっけか。
「セオは暗殺者が嫌いなんだな」
「暗殺者が好きな人間のほうがまれだろう」
「違いない。俺たちはまっとうな人間から忌み嫌われる職業だからな。でもそんな俺たちを利用するのも、まっとうな顔した人間が多いんだけどな」
「俺は別に君らの職業や存在を否定する気はない。ただ、自分の生き方と合わないだけだ」
「ブラックマーケットの掃除屋なのに、不殺なんて言ってると早死にするぞ」
「気遣いは遠慮する」
そんなことを話しながら、俺たちはもうセントラルの中を歩いている。
ドームの入口はもうすぐだ。ここは外側にあるサブドームの東2番街。
地図を見なくても迷わず歩いて行くセオが不思議で、尋ねた。
「そう言えば土地勘があるって言ってたよな。なんでセントラルに詳しいんだ?」
「……昔、軍にいたことがあるからな」
「え? マジで?」
セオはそれ以上説明しようとせずに、高い天井に投影された夕焼けを見上げた。
「それで? ドームにはどうやって入るつもりなんだ? 君の偽造身分証では無理だろう。言っておくが俺につてはないぞ」
「顔パスなんて最初から期待してないよ。強行突破……はやめたほうがいいだろうな。全員瞬殺しても、俺の素性がバレたときに深刻な外交問題になりそうだ」
家出してきたとはいえ、俺がアルティマの人間であることに変わりはない。
影で暗殺ならともかく、こんな目立つ場所で暴れたら確実に大事になるだろう。
視線の先には入口が見えてきた。周囲には武器を構えた憲兵たちが立っている。
セオと眺めていると、姉さんが「仕方ないわねえ」と呟いた。
「手伝ってあげるわよ。ゲートには管理の人間がいるでしょ」
「ああ、そうか。じゃ、姉さんに任せる」
憲兵はヒューマノイドだけじゃない。やつらを管理する憲兵は人間だ。
主要なゲートには必ずそういった責任者がいる。大体が男だから、姉さんにとっては好都合。
「待っててね、ダーリン」
セオの頬に軽く唇を押し当てると、姉さんはひとりゲートに向かって行った。
「……ダ……?」
見送ったセオは、そのまま固まっている。
あー、これ……エヴァに近い潔癖かも。
「なんか、色々悪いな」
一応謝っておくと、深いため息が返された。
「この一件が終わったら、あの人は連れて帰ってくれ……」
いやあ、それは無理なんじゃないかな。
とは、心の中でだけ言っておく。
少しして、ゲートの横から姉さんが手招きした。側にふたり、黒い制服の憲兵が立っている。
帽子のエンブレムの横に星があるから、上級憲兵。人間だ。
「一度ドームの中を歩いてみたかったの、ってお願いしたら、責任者の方が案内してくださるって」
「そうか。じゃあお願いしよう」
白々しいセリフに、白々しく答えた。
ゲートの管理者だと紹介された、がっしりした男の様子をうかがってみる。
「国外からのお客様……丁重にご案内を……私のことは犬とお呼びください……」
目の焦点があってない。完全に骨抜きにされた上で、操られていた。
姉さんのテンプテーションはいつ見ても恐ろしいな。
「私がいて良かったでしょう? フェル」
「やけに手慣れてるけど……まさかいつもこうやって出入りしてる?」
「ふふ、ナイショよ」
俺たちは、ゲート横の小さな門からドーム内に通してもらった。
門の向こうには5人ほどヒューマノイドの憲兵が待機していたが、こちらには注意を向けない。
「ずいぶんとすんなり通してもらえたが……彼は君の知り合いなのか?」
歩きながら、セオが姉さんに尋ねた。
「安心してダーリン、彼とは初対面よ。でももう彼の目には私以外映らないの。私が死ねと言えば喜んで死ぬ、ただの下僕よ」
なんとも言えない顔のセオに、姉さんの誘惑の魔法について説明してやる。
セオは俺たちを引率している上級憲兵を、気の毒そうに眺めた。
「仕方ないとはいえ、魔法というのは恐ろしいな……」
同意だな。相手が男ならある意味無敵だから、姉さんの場合。
ドームの中。整然とした道は広く、殺風景だ。
2番街までは軍の寮など居住用の建物もあったが、ここに入ってからそういったものは一切見えない。
小さい倉庫。小山のような倉庫。見渡す限りの倉庫の数々。
他にあるのは研究所。なにかの実験施設。そして平坦な広い空き地。
確か、ローラシア大統領邸もこの中にある。
「俺、ドームの中はじめて入ったなぁ」
得体の知れない巨大な装置の数々を横目に呟く。
外界から閉ざされたこの世界に、アスカはなんの用があるんだろう。
「アスカがドームに入ったとしたら昨日かな。下手したら捕まってるか、もう出ちゃったかもなー」
思ったことを口にしたら、セオがうなずいた。
「無事に出られたのならそれに越したことはないが、捜す範囲は広くなるな」
「ここも十分広いけどな。端を回るだけでも1時間近くかかる。片っ端から捜そうとは思ってたけど、嫌になってきた」
「シュルガットの地図があるでしょう? まずは印のある場所から回りましょう」
シュガー兄さんがよこした電子地図には、セントラルにある様々な施設の情報が記されている。
ドーム内にもいくつかチェックの入った建物があった。なにを基準としているのかは分からないが、従っておくことにする。
一番近いところは研究棟っぽい。研究員らしきヒューマノイドが出入りしているのが見えた。
「こういう建物から、かくれんぼしている子どもを見つけ出すって大変そうね」
姉さんが呟いた。
「まぁそうだなー、見えるところにいるわけないし。普通に考えて無理ゲーくさい」
俺と姉さんが話しているところに、セオが首を傾げた。
「君たちは力のある使い魔と魔女なんだろう? 近くに行けばアスカの魔力で探知できないのか?」
「え? なに言ってるのダーリン、魔力で探知なんて、相手がヒュー……」
「あーーーーっ姉さん! そういえばこの間10番街に新しいチョコレート屋がオープンしたんだよ!」
すっかり忘れてたけど、セオはアスカがヒューマノイドだってことを知らない。
教えないでくれって言ってたし、つい焦り気味に止めてしまった。
「どうしたのフェル、いきなりチョコの話なんて」
「なんでかなぁ、急に思い出したんだよなー」
姉さんの腕を引っ張って、セオから引きはがす。こっそり耳打ちした。
「セオはアスカがヒューマノイドだって知らないんだ。今バラすと説明が面倒そうだから、黙っててくれ」
「そうなの……? よく分からないけど、分かったわ」
分かってくれたのはいいけど、いちいち頭をなでるのはやめてくれ。
セオを振り返るとしぶい顔でこちらを見ている。
その瞬間に、なぜだか分かってしまった。
(アスカがセオに説明しなかった理由って、多分そっちがメインだよな……)
「なあ、セオはなんで機械が嫌いなんだ?」
思わず尋ねてしまった。
「なに?」
「嫌いなんだろ? 機械」
「別に……機械はこの国になくてはならないものだし、偏見はない。ただ……父が殺されたとき、憲兵は動かなかった。俺にとって、もっとも働いて欲しいときに働いてくれなかったのが機械だ。それだけのことだ」
「やっぱすげー嫌いなんじゃねーか」
「俺が機械をどう思おうと関係ないだろう。多くの人にとって、ありがたいものだという認識はある」
「ふーん。じゃあ、アスカに会ったらそう話してやれよ」
チップの危険性だけなら、アスカはセオに説明することもできたんじゃないか。
その上で別れを告げれば、納得させられる可能性もあっただろう。
でもそれには、自分が機械だって話をしないではいられなかったから、あいつは説明を避けた。
アスカはきっと、セオに嫌われたくなかったんだ。
俺だって最初はエヴァに言いたくないことがあった。
もし嫌われたら。もし、怯えられたら。
そう思ったら言い出せなかった。
「俺……少しあいつの気持ち分かるかも」
俺もエヴァに毒されてきたか。機械の気持ちを考えるなんて。
いつの間にか、普通にあいつに感情があると思っている自分がいる。
「アスカの気持ちは、会ってからあらためて聞くさ」
そう言ったセオの横顔には不安も見えた。
色んなものを投げ出しても、アスカを助けてやりたいと思ってるんだろうな。
そういうのは、嫌いじゃない。
でも、アスカがヒューマノイドだって分かったら、こいつはどうするんだろう。
関係ないはずなのに、俺まで少し不安になった。
来週がちと忙しくてですね。
少し更新が空くかもです……ご容赦をば( ノД`)




