表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/175

101 本当の魔力供給

 じわりと肌を通して染み込んできた魔力に、エヴァがしようとしていることを理解した。

 ――魔力供給だ。


 自分から奪うのとは少し違う。

 流れ込む魔力を受け入れるだけで隅々にまで浸透していく、熱いくらいの白く透明な光。 


(ヤバい……これ、溺れる……)


 包まれてただよう浮遊感に、上下が分からなくなりそうだった。

 なにもかもがどうでもよくなる心地よさが、思考のすべてを押し流していく。


 拒絶できるはずもなく、細い腕に抱かれたまま瞼を閉じた――。



 どれぐらいそうしていたのか……

 首の後ろに回されていた手が、力を失ってするりと落ちたので目が覚めた。


 温かい肌の上で、2、3度瞬きしてから我に返る。


「……エヴァ?」


 すーすーと穏やかな寝息が答えた。

 これは、気を失っちまったのか……寝ちまったのか、どっちだ。


 そっと頭を起こしてみる。

 目の前にある顔色はそこまで悪くない。ひとまずは大丈夫そうだ。

 俺のほうはといえば、魔力が溢れそうなほど満ち足りていた。

 汗ばんだ額に手をやって、自分の身に起きたことを反芻してみる。


「~~っマジかよ……」


 火照りのひかない顔を手のひらでおおうと、うめいた。


「なんだこれ……使い魔システム、怖ぇ……」


 魔力供給の恐ろしさを身をもって知った。これは魔獣も服従するよな。

 要するに、使い魔って魔女の魔力中毒患者にされるんだ。そういうことだろう。

 前回、自分で無理矢理奪い取ったときもなんかおかしいと思ったが、今回はっきりした。

 魔女の魔力には、強烈な依存性がある。


「俺、お前がいないともうダメな気がするぞ……どうしてくれんだ」


 ぐったりした気分で肩からずれていたパーカーを掛け直してやったら、エヴァが「ルシ、ファー……」とうわごとに俺を呼んだ。どきり、と心臓が鳴った。

 瞼を閉じたままのエヴァの顔から、目が離せない。


「? ……これも……魔力供給の影響なのか?」


 なんだ。エヴァがすごく可愛く見える。

 いや、エヴァはもともと可愛いけど。いつも以上になんか……。


 頭を振って、自分の頬をバシバシ叩いた。

 落ち着け俺。これ以上見てると、なんかヤバい気がする。


 エヴァを寝かせたまま、そっとその場を離れた。

 ふわふわした気分で防音室を出て、視界に飛び込んできたものに一気に目が冷めた。


 カウンターに座るセオの横に、姉さんがべったり張り付いている。

 こちらを振り向いたセオは、疲れ切った表情で言った。


「ルシファー、なんとかしてくれないか……」


 ああ、良かった。正気だな。

 恥ずかしい姉でごめん……。


「姉さん、だからそういうのやめろって……」


 誘惑の魔女の名に恥じない行動様式。

 目につく男すべて洗脳しないと気がすまないんじゃないか。たまに本気で思う。


「あら、だって気に入ったんだもの」


 涼しい顔で言ってのけた姉さんは、セオを解放する気はなさそうだ。


「能力使わずにいてくれたのはいいけど、気の毒だから放してやってくれ」


「失礼ね、こんな美女に好かれて役得(ラッキー)って言ってくれる? それにちゃんと誘惑してみたわよ――」


 でも、と姉さんは続けた。


「この人、誘惑の魔法(テンプテーション)が効かないのよ」


「は?」


「あの子から魔力いただいたおかげで今絶好調なんだけど、全然効かないのよね。驚いたわ」


 血の相性とかで、誘惑の魔法が効かない人間もいるらしいけれど、ごく珍しいケースだ。俺の知る限り、家族以外で耐性があるのはローガン先生くらいなのに。

 姉さんの誘惑が効かないなんて。セオ、筋金入りの真面目かよ。


「ねえフェル、この人若いのに妙に堅物君なのね。私になびかない男なんて最高。お持ち帰りしていい?」


「そいつはこれから俺と出かけるからダメだ」


「ケチねぇ。じゃあ姉さんもついていこうかしら」


「いや、できれば帰って欲しいんだけど……」


 トラブルの予感しかしない。

 大体姉さんが突然来て、ここが原型を保ってること自体が奇跡だ。

 母さんに釘を刺されてたにせよ、よく機嫌が直ったよな……

 そんな俺の心を読んだかのように、姉さんは「冷たいこと言わないの。もう怒ってないわよ」と言った。


「色々あってむしゃくしゃしてたけど、可愛い弟にも再会出来たし、美味しい魔力といい男にも出会えたし、私ご機嫌よ?」


「美味しいって……」


 澱を溶かすって、やっぱりエヴァの魔力喰ったのか。


「ふふ、あの子を認めたわけじゃないけれど、まれに見る美人なところは合格ね。最高に美味しい素材なのも、ひとまず良かったんじゃない? フェル」


「なにが良かったんだよ……」


「あら、赤くなっちゃってかわいい」


「なってない」


 そうだよな、姉さんは魔力供給がどんなものか知ってるもんな。

 なんだか頭痛がしてきた。本当に帰って欲しい。


「ねえあなたはつき合ってる子、いないの?」


 セオのあごを横から撫でながら、姉さんが尋ねる。


「君に話さなければいけない理由がないな」


 その手をすすっと避けると、セオは渋面を作った。


「姉さん、あきらめろよ。セオは幼女が好きなんだから」


 俺が助け船を出すと、セオはもっと渋い顔になった。


「どいつもこいつも、思考が不純すぎやしないか?」


「セオが純粋過ぎるんじゃないかなぁ」


 横からマスターが食器を拭きながら言った。

 姉さんが「あら、詳しく聞きたいわ?」とキラキラしながら尋ねる。


「うちのお客さんには花街の子も多いんだけど、遊びに誘われても絶対に行かないんだよね」


「女遊びしないの? こんなにいい男なのに。もったいない」


「もったいないよね」


「マスター……」


 なんか孤立無援だな、セオ。気の毒だけど頑張れ。

 姉さんはなおもセオにベタベタしながら、実力行使らしい。


「あなたのこともっと知りたいわ。もうつき合っちゃいましょう、私たち」


「初対面の男に平気でそういうことを言うもんじゃない」


「あら、私だって相手は選ぶわよ? あなたの顔、とっても好きよ」


「俺の首から上が好きなら、切り取って持ち帰るか? 君も暗殺者なんだろう?」


 暗殺者、というところにトゲを感じて俺はどきりとしたけれど。

 姉さんはなんてことなさそうに、ふふ、と笑った。


「安心して。首から下もちゃんと好きよ?」


「……なんでもいいが、ルシファー。俺はいつでも出れるぞ。どうする?」


 セオはなんとも言えない顔で姉さんを無視すると、俺に向かって言った。


「え? ああ。俺もいつ行ってもいいんだけど……エヴァを置いてくの心配なんだよな」


「フェルの白い小鳥ちゃんには、ノワールを貸してあげましょうか?」


 ノワールは姉さんの使い魔だ。

 デスクロウという魔鳥の一種で、大きさがある程度自由になる。確かにあいつなら建物内に入るのも容易だが……


化けガラス(ノワール)か……あいつ大丈夫なのか?」


 俺の知る限り、もっとも性格の悪い使い魔の姿を思い浮かべる。


「当たり前でしょう。護衛役としては今一番うってつけよ」


「姉さんがいてくれれば、それでもいい気がするけど」


「あら、ダメよ。私この人を落とすって決めたんだもの。首を縦に振るまでついていくわよ」


 本当に災難だな、セオ。

 姉さんがこんな風に、ひとりにしつこいところははじめて見た気がする。あきらめてくれ。

 心の中でそう思っておく。


「マスター、エヴァなんだけど……預かってもらったら迷惑かな?」


「かまわないよ。澱を強引に溶かしたのと、魔力供給で疲れて寝てるんだろう? 起きてきたら夜かもしれないから、食事も任されとくよ」


「恩に着る。帰ってきたらちゃんと料金支払うからな。あと、殺したいヤツがいたら言ってくれ。マスターだったら個人的にタダで請け負うよ」


「……気持ちだけもらっておくよ」


 複雑な笑顔のマスターから姉さんに視線を戻すと、いつの間にかその肩に小さな黒い塊が乗っていた。もしかして最初からいたのか。

 小鳥サイズだけど、形はカラス。金色に光る目つきが悪すぎる。


「ノワール、いいこと? 白い小鳥ちゃんを食べちゃダメ。こっちのおじさまもね。でもこの人たちに危害を加えようとする奴らは、食べちゃっていいわよ」


 黒い頭を爪先で撫でられながら、ノワールは『クヮ』と小さく鳴いた。

 カラスは元々腐肉食(スカベンジャー)だが、デスクロウはがっつり狩りをする魔鳥だ。

 どれだけ小さなサイズになったとしても、こいつの残虐性は変わらないんだろうな……。


「早く行こう。アスカが心配だ」


「ああ」


 俺とセオが立ち上がると、姉さんは当たり前のようについてきた。

 マスターがセオに声をかける。


「セオ、無事に帰ってくるんだよ」


「分かってる、大丈夫だ。ちゃんとアスカを連れて戻る」


 そうして俺たちは午後の曇り空の下、ドームへ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 そして、100話突破おめでとうございます!! そして、息をするようにお姉様が付いていくんですねwww 凄いパーティーですね。 暗殺者のフェルに男も女も誘惑するお姉様に…
[良い点] 使い魔システム!想像よりヤバいやつでした! なんやかんやいいつつ、お姉さんと会話してくれるルシ君いい弟ですね! エヴァちゃんもお姉さんに気に入られた?みたいだし、嫁フラグの建造が順調ですね…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ