001 死の直前
強くなりたい。
心から、そう思った。
誰かを殺すためじゃない。
生まれながらに義務づけられた、家業のためでもない。
弱いままでは、護れないから。
それが、やっと見つけた、俺自身の強くなりたい理由――。
少し遅かっただろうかと、茜色の瞳を見上げて思う。
そこからこぼれた水が一粒、仰向けの頬に落ちた。
温かい、と。
かろうじて感じられた。
「泣くなよ……」
俺が、やりたくてやったことだ。
後悔はない。
「そんな顔、するな……」
じゃあ、どんな顔をして欲しかったんだ、俺は。
言いたいことが、たくさんあった。
わずかだけでも、伝えたかった。
でもそれ以上声にすることは叶わなくて。
かすれた息だけが、浅く、短く吐き出される。
死ぬ間際には、今までの人生が早送りのように駆け巡ると聞いたが……
そんなものは見えなかった。
急速に冷えていく自分の体を、不思議なほど凪いだ気持ちで見つめていた。
もしかするとこれは、救いなのかもしれないと思えるほどに。
「……許さない」
見上げた先にある、かすかに震える唇がそう呟いた。
彼女の肩越しに見える美しい夕焼けより、この瞳の色をもっと見ていたかった。
頬に触れる細い指を、もっと感じていたかった。
でも、それはもう叶わない。
重く下がっていく瞼が閉じる寸前、唇に重なった柔らかな温かさの意味を知る。
これはきっと、さよならのキス。
バイバイ、と。
白濁に飲み込まれながら、俺は思った。
鋼メンタルでゆるゆる更新予定。
長編ですが、最後までおつきあいくださると幸いです。




