鬼と天使
う~ん、一時はどうなる事かと思ったが、特に心配することは無かったな。
ウインドウショッピングから始まって、気になった店に立ち寄る。
明日香ちゃんに服の感想を聞かれたり、俺の服を見立ててもらったりしているうちに、昼食にはちょうど良い時間になる。
昼食は久しぶりの再会ということで、学生には少し高めのお値段の店で済ます。
高めのお値段だけあって、料理はとても美味しかった。
昼食の後もまだ見ていない店を適当にまわって、今は休憩に喫茶店でお茶を飲んでいる。
別に何か特別な事をしている訳でもなかったので、何も起こることは無くはなかったが、些細な事なので気にするまでも無い。
達也と遊ぶ時とはすることが全く違うので、新鮮さもあり、普通に楽しむ事ができた。
「~♪」
明日香ちゃんが美味しそうにケーキを食べている。
ただそれだけの事なのにその所作は美しく、彼女の育ちの良さが伺える。
俺も鍛練の影響で姿勢は良い方だし、やろうと思えば出来るとは思うが、意識しなければ出来ない。
「夜行さん、どうかしましたか?」
おっと、ここ3日辺り鍛練ばかりしていた影響か、ついつい体捌きというか、姿勢が気になってしまっていたようだ。
「何でもないよ。少し気になった事があっただけだから」
「そうですか?疲れたなら遠慮なく言ってくださいね」
明日香ちゃんが俺の事を気遣ってくれるが、余程激しい運動でもしなければ俺が疲れるようなことはない。
「ははっ、これ位で疲れることはないよ。最近はずっと鍛練をし、あっ」
口が滑った。
明日香ちゃんに荒事関係の話はするべきではない。
「………」
案の定、さっきまでの楽しそうな雰囲気が明日香ちゃんからは感じられず、俺の顔を真剣な眼差しが貫く。
これは失敗したな。
適当に話を
「夜行さん、このあと行きたい所が出来たのでそこに行きませんか?」
明日香ちゃんは真剣な雰囲気を変えずに、そんな事を言う。
「…ああ、いいよ。何処に行く?」
明日香ちゃんの考えている事は分からない。
それでも行きたい所があるなら付き合おう。
……………
………
…
「ここです、夜行さん」
「ここ?」
明日香ちゃんに連れられて来た場所は、ゲームセンターの前。
達也と遊ぶ時にはよく来るが、今の明日香ちゃんが俺を連れて来ようとした理由が分からない。
「はい、ここです」
「ゲームでもするの?」
「はい。近くだと、ここからなら安全にEWOにログインできますから」
最近のゲームセンターにはVRギアが置いてある。
特にこのゲームセンターのVR施設はセキュリティの厳重な個室が売りだと達也が言っていた。(俺は利用したことが無い)
それよりも
「EWO?」
これは意外なものが出てきた。
EWO、というよりVRMMO全般にはリアルな戦闘行為がつきものだと達也が言っていた。
極力、戦闘行為をしない様にしたとしても、ある程度は避けることができない。
先ほど明日香ちゃんの雰囲気が変わった理由でもあるが、明日香ちゃんは過去の事件から暴力とか敵意といったものに敏感で、軽くではあるがトラウマがあったはずだ。
昔から、俺も鍛練とか試合の話はなるべく明日香ちゃんの前ではしないように気を付けてきた。
確かに達也から明日香ちゃんがEWOをやっているのは聞いていたが、それは友達に誘われたのと、VRMMOなら遠くの人と会うことが出来るからで、戦闘行為は必要最低限に避けていると思っていた。
なので、荒事関係の話をすると思われるなかで、EWOが出てきたのは驚きである。
「はい、それよりも中へ行きましょう夜行さん」
俺は明日香ちゃんの後を追うように、ゲームセンターの中へと入っていった。
目を開くとそこに映るのは、数日ぶりに見る店の自室の天井。
もうしばらく見ることはないと思っていたが、案外早く見ることになった。
店番をしていたマーガレットさんに挨拶をして、ゲーム内で明日香ちゃんと待ち合わせをした場所に向かう。
待ち合わせの場所はホルトさんに出会った公園。
中央広場の方が分かりやすいのではないかと思ったが、明日香ちゃんが人が少ない場所がいいといったので、まだプレイヤーはあまり訪れることのないであろう公園になった。
公園に到着し、中へと入る。
公園には、ホルトさんや子どもたちがいる。
しかし、いつもとは違い彼らの他に池のほとりに一人のプレイヤーがいる。
「明日香ちゃん?」
俺が声をかけると、池の方を向いていたプレイヤーが振り返る。
「はい、あなたは夜行さんですよね?」
このプレイヤーは間違いなく明日香ちゃんであろう。
しかし、俺は本日何度目かになる驚きを味わっていた。
彼女のアバターの背中には、今までゲーム内では見たことのない真っ白な二対四枚の羽根がある。
彼女の種族は天使であった。




