従業員
従業員の話を書いていませんでした。
「これで良し!」
無事に店が完成し、商品の陳列も終わった。
店の倉庫には、俺がいなくても数日は大丈夫なくらいの商品が揃えてある。
これで店を開くことができそうだ。
とうとう開店となると、感慨深いものがあるな。
俺が作業室(調合でポーションを作ったりする部屋)で、そんなことを考えていると、扉をノックする音と声がする。
「ヨルさん、お店の掃除が終わりました」
「分かりました。今行きます」
俺が作業室から出ると、そこにはNPCの女性が一人。
亜麻色の髪と瞳。
優し気な顔立ちで、大和撫子という言葉が似合いそうだ。
この女性が誰かというと、俺の店で雇うことになったマーガレットさんだ。
店の管理や店番を任せることになっている。
「お疲れ様。掃除は明日の開店前もお願いします。それとマルク君はまだ畑ですか?」
「はい、明日から頑張ります。それとマルクはヨルさんの予想通り、まだ畑にいます」
マルク君はマーガレットさんの弟で、仕事は畑や庭の管理だ。
二人はホルトさんからの紹介で、俺の店で働いてもらうことになった従業員である。
これで俺が商品を作っておけば、俺が留守にしていても店を開くことができるようになった。
二人と話した感じでは、うまくやっていけそうであったし、仕事についてはホルトさんからのお墨付きもある。
俺にとっては二人とも勿体ない様な人材である。
「そうですか。それじゃあ今日はこの辺でいいので、マルク君と一緒に上がってください」
「わかりました。ですが、一緒に畑まで来てもらえませんか?マルクは私が言っても、あと少し、あと少しと言って、なかなか止めようとしないと思うので」
「あー、そうなんですか。それなら一緒に行きましょうか」
畑を見た時に目を輝かせていたが、そこまで好きだとは思わなかったな。
「ありがとうございます。本当にマルクは………」
「まあ、人それぞれですし、しょうがないと思うしかなさそうですね」
俺が少し笑いながらそう言うと、マーガレットさんも俺の言葉を聞いて、少し困ったように笑う。
その様子から考えると、今までも同じような事があったのかもしれないな。
そんなわけで、俺とマーガレットさんは畑につながる裏口に向かって歩いて行った。
畑につくと、一人の青年がしゃがみ込んで熱心に何かをしている。
その様子は真剣だが、とても楽しそうである。
姉のマーガレットさんと同じ亜麻色の髪。
マルク君だ。
「マルク、ヨルさんが今日はもう終わりにするらしいから帰るわよ」
「姉さん、もう少し待ってくれ。もう少しでこれが………」
マルク君はそう言うと、また作業に没頭し始めた。
何をやっているのか手元を見てみると、どうやら魔力草のスケッチをしている様だ。
魔力草はティアが既に魔力を付与していた様で、淡い光をまといながら花を咲かせている。
マルク君のスケッチはなかなかの物で、花が光っている様子も表現されている。
しかし、マーガレットさんの言った通りになったな。
何回もマーガレットさんが声を掛けているのに、スケッチを止める様子がない。
するとマーガレットさんが俺の方に目線をよこす。
俺の出番か。
「マルク君、熱心なのは良いがマーガレットさんの言う通りに、今日はもう止めにしよう。魔力草のスケッチなら、明日から幾らでも出来るだろ」
「えっ、ヨルさん!?す、すみません。でも、もう少しだけお願いします。後、ここを書き終えたら………」
マルク君は俺に声をかけられて驚いていたが、そう言うとまたスケッチに戻ってしまった。
どうやら俺でも駄目な様だ。
俺はマーガレットさんにどうすれば良いかを聞こうと顔を向けたが、声を出すことが出来ない。
マーガレットさんが良い笑顔を浮かべながら、背後に炎を纏っている。
慌てて目を擦り確かめると、炎は消えているが相変わらず良い笑顔のマーガレットさん。
俺がそのまま何も言えずにいると、マーガレットさんがマルク君に声をかける。
「マルク、そろそろ私も怒りますよ?私にそういう態度をとるのはまだ許す事が出来るけど、ヨルさんにそういう態度をとるのは駄目じゃ無いかしら?」
ここまで来て、ようやくマルク君も何かを感じ取ったのか、今までスケッチから離さなかった目をこちらに向ける。
そしてマーガレットさんの顔を見ると、顔を青くして額に汗をかき始めた。
「ね、姉さん、ごめん。でも本当にもう少」
「もう、何かしら?マルク」
マルク君が青い顔をしながらも言い始めた言葉を遮って、マーガレットさんがそう言う。(マーガレットさんの背後にまた炎が見えたのは、俺の気のせいだろう)
するとマルク君は青を通り越して白くなった顔で答えた。
「いや、もう終わりにするから帰るよ」
「そう、それじゃあ帰りましょうか。ヨルさん、明日からもよろしくお願いしますね」
マルク君の答えを聞いたマーガレットさんは、俺の方に向き直ってそう言う。
「っ!?ええ、これからもよろしくお願いします」
俺がそう返事をすると、マーガレットさんはマルク君を連れて帰っていった。
残った俺が思った事は一つ。
俺がいる必要有ったのか?
………まあ、そんなことはどうでも良いか。
明日はとうとう開店初日だ。
準備も万端、頑張りますか。




