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九話 殺しの化身

 古の森跡。


 今は一人と一匹が巻き起こす災害(戦いの余波)によって()()が荒野になりかけているが、昔はもっと自然がある緑豊かな場所だった。

 人類が生まれるよりも前からあると言われた()()()。十数年前までは壮大な自然を誇っていたのである。


『ヴォルフ。何であの時、トドメを刺したの? まだ余裕はあったし、もっと連携できたはずだ』

『連携する必要がない。殺せる相手は速く殺したほうがいい』


 ソレが突如、森の大半が更地に変わってしまったのは、勇者達が魔王幹部を倒した時だった。

 倒した時に起きた大爆発によって数千年の歴史を誇る自然も、エンコウン街が頼りにしていた資源も全て消え去ってしまった。


『確かにあの魔王幹部は強敵だったね。でも()()()()()()()()()もっと工夫ができた』

『……その保証はなかった。そんなの出来るわけが──』

『出来たよ。一人じゃ無理だけど、私達(仲間全員)なら出来た』


 最悪の未来は回避できたのだろう。けれど街の人達は結局貧困に陥ってしまった。

 仲間になったばかりの男の子が、周りを信じきれず一人で突っ走ってしまったが故に。



『ヴォルフ。君の生まれからして難しいのは分かってる。だけど、それでも──』



 ──私達を信じて欲しい。






 そして魔王を倒し平和になってから十数年。

 かつてとは言わずとも緑豊かになった古の森がまた消え去ろうとしていた。


 黒い爪を振り回す破壊の使者(ディストルポス)によって。





(……またレイに怒られるな)


 ヴォルフは冷静を保ちながら、現状の悪さをしっかりと噛み締めて目の前の敵を睨む。

 色と形からしてゴールドクラスのディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)に間違いないが、奴に寄生している黒く濁った宝珠石が生き物として更なる高みへ導いていた。


 ミスリルクラス。


 十数年前に()()()で戦った相手も同じだった。見ていると引き込まれそうになる深い闇を纏い、倒した瞬間に大きな爆発を巻き起こした敵と。


(…………はぁ、思い出したくないな)


 まだ世の中の事を知らなかった故に最短距離で殺してしまった結果、古の森の大半が消滅。

 エンコウン街も手に入れる資源が消え貧しくなった。


 あの出来事はリーダーである勇者レイの指示を聞き入れなかった自分の過ちそのもの。過去の自分を殴りたくなる程の黒歴史と言っていい。


 だからこそ今度は前の失敗を返上しようとしたが、悔しい事に出来ずにいた。


(隙がない……分かってるようだな、己の状況とこっちの状況を)


 奴の()に触れる事ができずにいた。

 苦しい顔をしながら奥に潜んでいる笑みが時折見える。ヴォルフの狙いも分かっているのだ。同時に核を狙えていない事も。


 敵が攻めてくる。

 会敵した時より爪の速さもキレも上がっている。

 しかしヴォルフは難なく対応できていた。

 肝心な奴の死……核には届いていないが。


 手や足を斬るのは簡単。瞬時に再生するが、それならもう一度切り落とせばいい事。

 ただ核を守るのがうまい。手と足を犠牲にして一番大切な核を死守しているのだ。


 その上で厄介な事に、濁流のように荒れ狂う魔力の奔流が核を射抜くのに邪魔していた。魔力の勢いは収まる所を知らず、魔力量も無限に増えていく一方。


 この成長速度……いずれはミスリルクラスすら超えるだろう。歴戦の破壊の使者(ディストルポス)共と戦ってきたヴォルフはそう直感する。

 ただ魔力量が無限に増えても、いつかは終わる事も彼は分かっていた。


 理由は単純。

 ミスリルクラスを超える魔力量に耐える()を、ディピィグルヴェルフ(ゴールドクラス)は持っていないからだ。


 だから体が限界に到達した瞬間にディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)は死ぬだろう。

 森どころか数キロ離れたエンコウン街を巻き込む魔力爆発を起こして。

 ミスリルを超える魔力量を持つというのは、それだけの破壊力を内包するのと一緒だ。


「……………………」


 剣を構えながらヴォルフは考える。


 森や街を巻き込む訳にはいかない。

 ギリギリまで粘って相手の核をとりに行くべきか?


 ダメだ。

 不確定要素が多すぎる。

 今でさえ見えずらいのに、魔力の流れは荒れていく一方。時間を掛ければかけるほど核が見えづらくなるだろう。


 ならいっその事、このまま核を無視して相手を殺すか?


 ソレもダメだ。

 もしそんな事をすればこの森はまた消滅し、エンコウン街がまた貧困に陥ってしまう。それだけではない。

 自分は爆発から逃れる事ができても背後にいるエリスが……。



 普通の冒険者生活をするなら問題ない強さになるまで育てた。けれどミスリルクラス(常識外の化け物)相手では流石に弱いと言わざるおえない。

 そもそも初心者向けのダンジョンにミスリルクラスが出る事があり得ないのだが。


(どうする)


 選択を迫られている。


 いつ爆発するか分からない超巨大爆弾相手に、長い時間を掛けて解除ボタンを探すか。

 それとも爆発する規模が小さい内に、街の資源とやっと育ってきた森を捨てて相手を殺すか。



 ()()彼女を見捨てるべきか……?



 せめて少しだけ、少しだけ奴の動きを止める事ができれば。



「先輩!」



 悩む彼に女性の声が。

 その声の主は──


「なんだエリス!」


 ヴォルフは背後へ振り向いた。

 ディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)を視界から完全に離して。


『キヒッ!』


 勿論相手はその隙を見逃さなかった。

 体内の魔力が荒れ狂うが故に容易く、迅速に放てたビームをヴォルフにお見舞いする。

 威力と速度がさらに成長した極光の死はヴォルフ達を捉え、莫大なエネルギーの放出は森を巻き込んで大きな煙を巻き起こした。

 





「……エリス。話があるんだろう?」

「流石ですね先輩」


 そうして『わざと』隙を見せたヴォルフは、少し離れた所で魔力と体を隠していた。

 音速で迫った極光の死なんてものは軽くかわしてエリスも一緒に避難させていた。


 これにはエリスも驚く……どころか少し嬉しそうにしていた。彼女はコレぐらいやるだろうと思って声を掛けたそうだ。


「御託はいい。本題は?」


 ただ今は殺し合いの真っ最中。

 ディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)も少しすれば違和感に気付くだろう。

 エリスもその事は分かっている。さっきまでの喜びの表情もすぐに引っ込めて、真剣な目で彼女は言った。


「核を仕留めるお手伝い、私もさせてください」

「……よく僕の狙いが分かったね。一度も核の存在なんて教えてないけど」


 エリスの言葉にヴォルフは少し驚く。

 何せ彼が彼女と冒険してきた中で"核"に関する事を一度も話していないのだ。

 いつもは頼れて隙のない先輩を驚かせる事ができたからか、少ししてやったりな表情でエリスは言った。


()()()()()()()()が、常日頃近くにいるんですよ。ずっと観察するに決まっているじゃないですか。ソレのおかげでなんとなく、本当に何となくですけど気付けたんです」


 やたらと真っ直ぐだった。

 死ぬかもしれない状況だというのに、話している相手は自分を追放した人間なのに、そこからは考えられないほどヴォルフを信頼している。


 純粋な感情をぶつけられたからだろう。

 今は一刻も荒そう状況なのに、彼も釣られて寄り道してしまった。


「……こうは思わなかったのか?」


"自分を追放した先輩が無能だから苦戦してる"

"お前が弱いからと言って別れたくせに"


「自分を追い出したアイツを見返してやる……とか」


 ヴォルフは追放行為に対してこう思っていた。

 何の前触れも無い強引なやり方で追放したんだ。そんな事すれば相手は理不尽だと怒るだろう。追放した自分に対して何か、こう黒い感情をぶつけてくるはずだ。


 半分、相手から暴言を誘う形になった質問だった。



「え、何でですか? 先輩が強いのは事実でしょう?」



 けれど帰って来るのは図太くて真っ直ぐな信頼だけ。

 そこに悪意や憎しみなんて黒い感情が、付け入る隙はなかった。


「────」

 

 今度こそヴォルフは言葉を失う。ディピィグルヴェルフ(ゴールドクラス)との戦いでさえ平然としていた彼が、想像していた正反対の言葉を掛けられた事によって止まってしまった。


「……まぁ少し悲しかったですよ。実力不足なのは事実でしたし。昨日の夜なんかほんと、悲しすぎてヤケ酒しちゃったし。私じゃあ先輩の役に立てないから、だから見限って捨てられたんだと思ってました」


 その時のエリスはどれだけ悲しかったのか。

 ずっと近くにいたヴォルフでも見た事のない表情だった。


 でもそんな顔はすぐに消えて、次の言葉を言う時には嬉しそうな顔になっていた。


「でも先輩は助けてくれました。というか死にかけの私へ駆け付けてくれた時……嬉しそうな顔してましたもん。なんかそれだけで、あぁ安心した。って思えました」


 冷静な彼が見せた安堵の表情。

 ()()()()()()()()()()()()失ったと思っていた大切な人が生きていて、心の底からの喜びの表情をヴォルフは見せてくれた。


「見捨てられた訳じゃないだって。半分勘ですけど」


 かつての自分(ヴォルフ)にはなかった、誰かに信頼されて幸せな顔。その暖かさを直視できずヴォルフは顔を背いてしまう。


 けれど今ので彼女の心境が良くわかった。

 もし怒りや憎しみが渦巻いていたら考えていたが、今のエリスは驚くほど心が真っ直ぐになっている。


 昔の誰かにそっくりだ。

 よくヤケ酒したり旅の途中でふざけたりするけど、人を守る時は誰よりも本気で、信頼とか友情とかそういう感情がとても真っ直ぐな奴に。


「エリスは確か、『伝説の旅』みたいな冒険をしてみたいと言ってたな」

「はい。勇者レイのようなロマンある戦いをするのが夢です」


 前は自分が自分自身を信頼できなかったから、他人を信じる事を知らなかった。


 でも今は違う。

 魔王を倒す旅を通じて信じる事を知った。

 なら今度は人類の希望を背負った者として仲間と共に成し遂げて見せよう。


「ならその本みたいにやってみるか、ロマンのある戦い」

「……はい!」


 相手を殺す戦いではなく、人を守る戦いを。


 






『………………!』


 煙から出てくる三つの影を見て、ディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)はやはりと男が生きている事を確信した。


 あの攻撃は避けられているだろう。


 半分確信していたのに攻めに転じなかったのは、相手が格上だからだ。視界が悪い中で戦うのはこちらが不利。なら渦巻く魔力を更に高めて神話の戦いに備えればいい。


 そんな思惑でディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)は動かなかった。実際にソレは正しい。



 気付けば奴は己の背後に立っていたのだから。



「受け止めたか」


 背後へ爪を振ればさも当然のように受け止める殺しの化身が見えた。

 煙から出てきたアレはデコイであり、目潰しでもある。ディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)の背後で眩い光が弾けたのがその証拠だ。

 

 一撃を止めたらそこからは爪と剣の打ち合いの始まり。鉄と鉄がぶつかる音を古の森跡のそこらかしこで響かせて、重い連続の攻撃が軽い一振りでかき消されてはしまう。


 一度ぶつけるだけで衝撃が起きて地面は割れる。

 一撃でも当たったら致命傷になりかねない攻防を何度も繰り返して……


 ディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)の成長は加速する。


「……!」

『─────きひっ』


 鮮烈な暴風の連続を交えている中でヴォルフの頬に一筋の赤い線が。暴力の波が剣の技の極地を突破して来たのだ。


 壊す壊す壊す。一本の軽くて消えそうなワタみたいな奴をガムシャラに心の奥底から溢れて仕方がない感情をぶつけて荒ぶってコロス。


 最初は一度で十回の攻撃ができていたのが、今では一度で十二回攻撃できるようになっている。

 ディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)の成長速度が加速する度に、ソレに比例して体内を循環する魔力も加速していく。


 心臓から手の爪に渡る魔力が俊足と化していき、縦横無尽にただ出鱈目に走っていく魔力は許容範囲を超えていて。


 死の本能。

 この戦いに勝てずとも勝とうとも己に巣食う不可視の化け物によって、体は塵になるだろう。



『────ガアアアアアア!!!!』



 それでもなお勝る高揚感。

 死が隣に座っているのに心から溢れるのは恐怖ではなく歓喜!!!


 これ程なのか。

 強い奴と戦う面白さとは。


 一振りすれば、

 一度の攻撃で十三度。

 もう一振りすれば

 一度の攻撃で十四度。


 生命のリミッターは壊れ加速は止まらず。

 ここにいるのは己の矜持を持つだけの狂戦士。目の前のちっぽけな(強大な)生命を踏み潰す装置だ。


 

『ヴァォォォォォォオオオオ!!!!!!』



 地面を踏み壊し突撃する。

 馬鹿正直に直進──ではなく横からの奇襲。

 正面から見ていたヴォルフからすれば相手が突然ワープしたように見えただろう。


 ただヴォルフだってアダマンタイト。


 殺気を瞬時に感じ取り視界外からきた漆黒の爪を容易く受ける。


「ッ!?」


 ──はずだった。


 ヴォルフが受け止めきれず吹き飛ばされる。

 敵の成長速度を見誤ったのだ。ヴォルフが想定した『受け止めるのに必要最低限の力』を、人を見下す破壊装置は上回ってきたのだ。


 最初に貰った一撃のお返しに打ち出された暴力の一撃によって、ヴォルフは弾丸となり大量の木を突き破っていく。


 だがディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)の追撃は止まらず。


 弾丸よりも速く動いてヴォルフに追いつき、横へ吹き飛ばす。さらに何も出来ずにいるヴォルフにもう一度追いつき爪を叩きつける。


 音速で飛ばされて、また音速で飛ばされてさらに飛ばされて……気が付けば元の場所に戻っていた。

 ディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)が四度目の攻撃に入る時、ヴォルフに動きがあった。


 常人を超えた速度で動かされながらも、男の目がディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)の目と合う。


『──!?』


 直感に従って攻めから防御へ転ずる。

 普通に考えれば勝ちに向かっている勢いを捨てる愚かな行為のはずだが、そもそも普通が通じない相手だった。


「……ちっ。これもダメか」

『──ガァァアア!!』


 吹き飛ばされながらも無詠唱の風魔法の力を借りて切り掛かる。宙に浮いたままでの剣の攻撃だ。切り付けるには力が足りないが、ディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)の爪を弾きながら距離を取るのには充分。


 けれどそこから先は続かない。

 最低限の無詠唱魔法で着陸する時間を稼ぐが、足をつけた場所が悪かった。

 そこを通り過ぎた瞬間に木の上から巨大な物が落ちてくる。


 罠に掛かった愚か者を始末する為に。


 ディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)の攻撃をいなしてく内に自然と残っていた森の一部。そこに入ってしまった。そしてここは元々罠が沢山引いてあった場所。

 ディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)の攻撃で吹き飛ばされたならともかく、彼の背後にあったそこに魔獣の爪は届いていなかった。


 背後から罠が来たようなものだ。咄嗟に反応できず避けるタイミングを見失ってしまった。上から愚か者を殺そうと迫ってくる巨大な丸太。避けれずとも剣で真っ二つに切るが、


『ガァァァァアアアアアアア!!!!!!!』


 奴がその隙を見逃すはずがない。


 ディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)は跳んでご自慢の爪を振るった。目標は男の首。確実に殺す為に魔力も全開にして、首から上を胴体とお別れさせる為に接近する。


 相手は罠に引っ掛かっていて動けない。

 確実に取れる。



 勝った。


 そうディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)は確信した。



 してしまった。



 その魔物は終末事変で言うなら魔王幹部クラスの実力を持っていた。傲慢になっても仕方がないだろう。

 だからこそ目の前の強者との戦いだけに集中していた。


 それが致命的なミスだと理解せず。


 ヴォルフとの距離が目と鼻の先になった時、男の頭上から奥の景色が見える。

 ピントが合ったように、曖昧だった後ろの景色がピタリと綺麗に見えるようになった。


 そこに居たのは。


「私の攻撃。やっと届くね」


 狙いを定めて弓を引くエリス。

 男が乱入するまで遊んでいた相手であり、男が乱入してからは存在すら忘れていた弱者が今、渾身の一撃を放とうとしている。


 エリスの弓矢の先と、ディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)の視線がピッタリと合ってしまった。


 そう。

 己にとって取るに足らない蟻同然と思っていた女性が、目を撃ち抜こうとしている。


『──!?』


 マズイ。速く避けなければと思うが。


「遅い」


 気づいた頃にはもう手遅れだった。






『先輩。相手は少なくとも私の事を敵と見ていません。その辺りにいる石と同じ扱いされています』

『………………それを利用すれば隙を作れる訳か』


 先輩にそんな自虐とも取れる事実を伝えてから、様子がおかしい。勿論先輩ではなくて私の事だけど。


 どうしてだろう。

 なぜこんなにも私は冷静なんだろうかと、エリスは思う。

 不適切な言い方だが、昔よく読んでいた本のような体験ができているからか。それとも先輩から頼られているからなのか。

 もしかして興奮してる?

 もしそうならどれだけ自分は冒険者バカなのだろうと己を笑うだろう。


 ただ。

 そんな事はどうでもいい。 

 目の前で起こっている事が素晴らしすぎて。



 今の世界は全てスローモーションに見える。

 初めて見る世界。

 初めて感じた感覚。



 あぁ……これが。

 先輩が感じてきた世界なんだ。






『──!!!!?!?』


 悪辣な顔が面白い程に崩れている。

 痛みのせいか弱者の不意打ちに余程驚いているのか。

 理由なんてお前の想像不足でしかないのに、そこまで表情が鮮やかに変わると失笑してしまう。


 とにかく。

 戦いは決した。


 若き成長途中の子供だが、打ち出された憎悪も興奮もない無の一撃は確かに。奴の目を射抜いた。

 動物が備える五感の消失は、初めての経験ということも相まってディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)に静止をプレゼントする。


 一秒。


 この神話の戦いではあまりにも、長すぎる時間だ。




 ──────視えた



 

 詠唱も、力の発散も、溜めすらない。

 ごく自然の突き。

 地味で華やかさがない普通(必殺)の一撃が放たれた。


 その極地を成した男は殺しの化身と呼ばれた者。

 生物を殺すのではなく、あらゆるモノを終わらせる(殺す)、光の力とは真逆の立ち位置に存在する技術。


『────────』

 

 肝臓部分に一撃受けたディピィグルヴェルフ(卑劣な狩人)は悲鳴をあげず、倒れず、時を止められたように立ったまま。


 男が何事もなく女性の方へ歩き始めれば、魔獣は塵となって地面へ還った。

 















「流石だ。ヴォルフ」



 数キロ離れたエンコウン街が見守っていた彼女は、古の森跡で行われた新しい神話の終わりを見届けて、そう言葉を残す。


「所長。空が元に戻り始めましたが、次はどうしますか?」


 頼まれた用事を全て終わらせている副所長がそんな事を聞く。もうあの男が異変を終わらせた事に疑わないようだ。


「回収隊を組んでおけ。森と街の間にある死体にどんな影響があるか分からんからな。宝珠石についても色々考えないといけなくなった」


 淡々と話す彼女達がいる監視塔。

 ()()()に作られた高さ三百メートルの塔は、遠いところまで見渡せる。それも古の森跡まで。


 ただ彼女達が今見えるのは百を超える魔物達の死体。


 紫の光が消えても、緑豊かな自然の大地には所々赤い点々が見えた。全て一撃で仕留められている。そして撃ち漏れもない。



 ゴールドクラスも沢山いただろう魔物の大軍勢は、

 国一つを滅ぼせる厄災の軍勢は、


 最新の狩人(たった一人)の前に敗れた。



「煙管、お体に悪いですよ」

「問題ない。これは私特製のものだ。体に悪いどころか、弱くなった体を活性化させるのさ」


 大量の死体が広がる景色を見ても動じない彼女の頭の中は、もう次の事しか無かった。

 目の前のゴミ達の事なんて脳の隅っこに追い払っている。



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