54話 引き抜き
「では―――もし参加し事が成った暁には本部所属へ転向するというのは?」
「……」
これにジャックは僅かではあったものの心が揺れた。
というのも、地方と中央とでは取り扱う食材の種類、質、量が違い過ぎるからだ。
この時代、ドッペルドールの質と量が食を分け隔てる。
パイロットの数が多ければ、その分、食材も大量に確保できるだろう。
腕の立つものであるなら、高級食材も捕獲してくれるかもしれない。
ジャックはかつての日本のように、ありとあらゆる食材を簡単に入手し、それらを調理するのが夢であった。
現状、それに一番近い環境にあるのが中央、東京本部。
そこに、所属するのはジャックの目標だった。
ただし―――かつて、が付く。
「俺はパスだ。分相応ってもんがある」
ジャックは自分の実力を把握していた。
仮にトウキたちに乗っかって、上手く本部に転向できたとしても後が続かない事を。
トラクマドウジたちも、ジャックの実力が本部の最下層にすら届いていない事を理解している。
それでもジャックを誘ったのは、彼さえ口説けば後は芋づる方式でトウキたちも付いて来ると踏んでいたからだ。
「(確かに実力は無い。でも、状況把握能力が非常に高い。だからこそ欲しい人材だったんだけどな)」
ジャックはパイロットとしては三流だが、現場指揮官としてはかなり優秀だ、とトラクマドウジは睨んでいた。
この推測は正しい。
どんな窮地に陥ろうとも、ジャックは自分の出来る最善手を選択することが出来る。
そして、仲間たちに、【死ぬかもしれないがやってくれ】、と言える男だった。
つまり、責任感がある、ということだ。
東京本部には腕自慢のパイロットが多く所属しているが、近年、そればかりが先行し、部隊を取り纏める人材が不足している状態だ。
これはパイロットを多く抱える本部特有の悩みである。
「私も実力が追いつかないわ~」
デューイも乗り気ではない。
実のところ、彼女は能力だけなら本部の中の下に食い込む。
しかし、デューイはお堅い職場が苦手なのだ。
なので、すすきの支部の雑で適当な雰囲気の職場が性に合っている。
「俺らも無理だな」
「どうしてだい?」
トラクマドウジは狙いをトウキとトーヤに絞ることにした。
元々は彼女たち狙いだったのだ。
当然の選択と言えよう。
「もれなくドクター・モモが付いて来る」
「あっはい」
トラクマドウジの野望は一瞬にして瓦解した。
どのような理由があっても、あの狂科学者だけは連れて来てはいけない、という鉄の掟を破るわけにはいかないからだ。
「まぁ、頑張れ。旭川に美味しそうな食材があったら、俺たちは自発的に行くだろうし」
「それって、自分たちが行くまでに旭川をなんとかしろ、ってことで?」
「むふふ、そういう風に捉えてもいいんだぜぇ?」
トウキは小悪魔っぽい笑みを浮かべた。
それが妙に色っぽく、トラクマドウジは思わずドキリとしてしまう。
だが、中身がゴリラだと知った時、それはトラウマに早変わりすることであろう。
「なんにせよ、僕らは札幌……すすきの支部から離れられない」
「そうだよなぁ。このドッペルドールもクソ爺製だからな」
「そういうことです。ご理解していただけましたか?」
トーヤの取り付く島もない物言いに、トラクマドウジは肩を竦めて降参の意を示す。
「分かったよ。でも、気が変わったら言ってね。便宜しちゃうから」
「えぇ、その時はよろしく」
よろしくとは言っているが、その時は来ない、とすまし顔で理解させるトーヤは今日も美人教師だ。
交渉が決裂したトラクマドウジたちは「それでは、これで」と去っていった。
「あっさり引き下がったな」
「そうね~。もっとガツガツ食い下がってくるものかと」
空になった皿を重ねてテーブルのスペースを確保する。
ただし、トウキはまたカレーライスをお代わりしていた。
「脈が無い、と理解したんだろ」
「或いは……今日は軽いあいさつ程度、と言ったところだな」
トウキは単純な私見を、トーヤは軽い考察を述べる。
「いずれにせよ、また交渉に来るだろうな」
ジャックはコーヒーのアロマを堪能しながら面倒な連中に目を付けられた、と溜息を吐く。
事実、これからもトラクマドウジはトウキたちを引き抜こうと知恵を絞るだろう。
それは、トウキたちが活躍すればするほどに、その頻度も多くなってゆくのだ。




