37話 裏切りのエース
「そんなことよりも、プリズムキャロットが無い、とはどういうことだっ!?」
「そのままの意味です。持ち去られました」
トウキの問いに答えたエルフの少女は胸を隠すかのような仕草を見せる。
彼女の傷は癒えたが、彼女が着ている緑色の変わった服までは修復されていないのだ。
どうやら胸部に強烈な一撃を受けたようで、彼女の豊満な乳房が零れ出している状態となっていた。
ここでは唯一の男性型ドッペルドールのジャックがいるため、エルフの少女も羞恥心が生まれているのであろう。
「あー、俺は後ろ向いておくな」
「ご配慮、ありがとうございます」
紳士なジャックは慌てて後ろを向く。
しかし、相手が如何なる姿であっても油断しないトーヤと、脳みそがミクロサイズのトウキはお構いなしだ。
そもそも、こいつらは中身が男であるが、自分のドッペルドールで女性のあれやこれを確認済みなので、そこまで興味を抱かないというのが理由であろうか。
「奪われた? 俺たちと同じような連中にか?」
トウキは正体不明の少女にそう訊ねた。
「奪ったのは……私の同族たちです」
「同族? ちょっと言葉の意味が分からないわ。あなたは何者なの?」
デューイはなんとか理解を示そうとするも、理性がそれを拒んでいる。
聡い彼女は既に可能性の一つを導き出していた。
「もう、理解しているのでしょう? 私はあなた方のような肉人形を使用していません」
「……つまり、生身で外の世界に?」
「えぇ、そうです。眼鏡のお嬢さん」
トーヤはエティルの青い瞳に恐怖を感じ取った。
それは圧する能力。
強者が纏う圧がそこにあったのだ。
「トーヤ」
「トウキ……」
トーヤは思わず身構えそうになったが、それをトウキが遮る。
「あんたが何だっていいさ。とにかく、ここにはプリズムキャロットは無いんだな?」
「はい、ありません」
「そっか。じゃ、俺たち帰るわ」
「「「えっ?」」」
このトウキの発言に仲間たちはおまぬけな声を上げる。
それもそうであろう。
目の前に特大級の情報が転がっている、というのに関わり合いにならずに帰るというのだ。
「ちょっ!? トウキちゃん!?」
「俺たちの目的はプリズムキャロットだし。こいつじゃないし」
「だとしても、色々と聞き出さなきゃいけないでしょうがっ!」
「向こうは話す気なんて無さそうだぞ」
トウキは、ちらり、とエティルを流し見る。
すると彼女は申し訳なさそうに俯いた。
「えぇ、今はまだ、あなた方、【テラビト】に語るべきことはありません」
「ほらな? 帰って飯でも食おうぜ」
それでも食い下がろうとする態度を見せるデューイにトウキは言った。
「こん中じゃ、あいつが一番強い。今の俺たちじゃ手も足も出ないぜ?」
「―――っ!?」
トウキは隠さずに、相手が格上である、と全員に告げたのだ。
強さ自慢の彼女が、勝てない、と言い切ったのは全員を説得するには十分な威力を秘めている。
「ご配慮、重ね重ねありがとうございます。この恩はいつか」
そう言い残し、エルフの少女は一瞬の輝きと共に姿を消した。
まるで瞬間移動。
いや、正しく瞬間移動をしたのだ。
魔術回路・【テレポート】。
ランダムな位置に物質を転送するパターンと指定された位置にのみ転送する二種類がある。
エティルが使用したのは後者。
彼女は一度、自分の拠点へと帰還したのである。
「き、消えた……? なんなの、あの娘」
「ドッペルドールじゃねぇ事は確かだな。クソ爺に聞けば何か分かるだろ」
「うっ……そういうわけの分からないところだけは信用できそうだものね」
お目当ての物が手に入らず、骨折り損のくたびれ儲け、だけを手に入れたトウキたちはすすきの要塞へと帰還する。
「なんか騒がしいな?」
ジャックは普段とは違う喧騒に疑問を抱いた。
彼の傍を走り抜けようとしていたドッペルドールを呼び止める。
「どうした?」
「おぉ、ジャックか!? どえれぇことになったぞ!」
「あ?」
赤髪のツンツン頭のドッペルドールは青褪めた顔で告げる。
裏切者が出た、と。
「DAだ! しかも熊本のっ! 行方不明のっ!」
「何?」
「裏切ったんだよ! 人類を! 羊蹄山に向かったドッペルドールは全滅さ!」
「え? いや、俺たちそこから帰ってきたんだが?」
「……え?」
一瞬の沈黙。
そして殺到するドッペルドールたち。
「うおぉぉぉぉっ!? 待て! 落ち着け、おまえら!」
「馬鹿野郎! 落ち着いていられるかっ!」
「どうだったんだ!? マジでDAの奴らが裏切ったのか!?」
どうやら、正確な情報は彼らも握っていない様子だ。
半信半疑なのだろう。
人類の勇者であるDAが裏切るなど、と信じたくないのだ。
「山頂にいたのは耳の長い女だったぞ」
「なんだって? トウキちゃん、そいつの情報は無かったぞ?」
モブドッペルドールの一人が、これ幸いにと彼女に近寄る。
彼の視線はトウキの爆乳に注がれており、質問はついでになっている状態だ。
「山頂にはそいつ以外、何も無かった」
「なんだって? どういうことだ?」
「戦いの跡はあったな。でもそれだけだ。遺体も何もありゃしないぞ」
「「「……」」」
トウキは、お馬鹿で素直でドスケベな娘、がすすきの要塞での評価である。
そんな彼女が包み隠さずに言い切ったからには、それが真実である可能性が高い。
「管理局に報告したか?」
「まだ。そういうのはデューイさんがやるってさ」
「うん、安心した」
モブたちは知っているのだ。
トウキは口より先に手が出ることを。
そして、同じような性質のトーヤは、それを巧妙にやる娘だということを。
つまり【暗殺】である。
「とにかく、停滞した状況が【動く】ぜ。トウキちゃんたちも気を付けな」
モブたちは思い思いの場所へと走り去る。
各々で大規模な戦いに備えるためだ。
「なんだってんだ?」
トウキは、こてん、と首を傾げた。
「まぁ、新人のお前らじゃ分からんわな」
「そうね。こんな大騒ぎ、【第二次すすきの防衛戦】以来だわ」
かつて猛獣の大群が二度ほど、すすきの要塞に押し寄せてきた事があった。
何とか当時のパイロットたちが獣たちを追い払ったが被害は甚大であり、多くのパイロットが再起不能へと追いやられる。
死亡した者もいるが、戦うことへの恐怖で再起不能になったものが大多数だ。
ジャックとデューイは第二次の生き残りであり、その地獄を体験したパイロットである。
「……第三次、ってことはないわよね?」
「ありえん話しじゃない、ってことは確かだな。そして、今の話が事実なら……」
「や、やめてよっ!? DAとなんてやり合えないわよ!?」
ジャックとデューイは映像内ではあるが熊本のDAたちの戦闘の様子を見た事があった。
それは、まるで参考にならない参考映像。
例えるなら【飲茶】視点。
彼らが何をやっているか全くわからないほどの速度で猛獣を屠ってゆく映像が淡々と流れてゆくだけだった。
そんな彼らが敵などとは、間違ってもあってほしくはない。
そう思うのは当然のことで。
「なに青褪めてんだよ。ほら、【生姜鶏のてりやきサンド】」
「こんな時によく食べれるな」
いつの間にか姿が無かったトウキは、てりやきサンドを買ってきたらしい。
噛み締めると甘辛いソースが口いっぱいに広がる。
それはソースに生姜鶏の鶏冠が使われているためだ。
それは生姜鶏のモモ肉が溢れさせる肉汁とミックスされ、至福のスープへと昇華されるであろう。
パンの具は他にはチーズレタスのみ。
しかし、この組み合わせに間違いは無く。
「こんな時だからこそ食べるんだ。腹が減ってはなんとやら、だぞ?」
「トウキは強いな」
「トウキは弱いぞ。女の子だし。だから、本体で戦いたい」
「そんな事を言うのは、おまえだけだ」
ジャックは苦笑しつつ、てりやきサンドを頬張った。
そして、トウキの言う事もあながち間違いではない、と思ったのだった。




