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石ころテントと歩く異世界  作者: 天色白磁
第三章 守るべきもの
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第百二十五話 おはよう

「ジュン様が勝利したとの連絡が、パーカーより入りました。ただ、意識を失われているようで、シロがくわえて飛び立ったようでございます」

「そうか、ここに向かっておるのだろう」

 コラードの言葉にミゲルはそう答えると、ジェンナに連絡を入れながら、急いで外に出た。


 拠点に緊張が走った。

 勝利に安堵はしたものの、喜ぶ者は一人もいない。

 意識がないと聞かされたジュンの状態を、その目にするまでは気が気ではないのだろう。誰もがシロを信じて、ただ空を見つめていた。

「シロだ!」

 マシューが言葉にしただけで、誰もが同じものを見ていた。


『ミゲル爺ちゃん! ジュンが起きないんだ』

「結界を張って連れてきてくれたのかのぉ。ありがとう。ただ、触られぬのぉ」

『ああぁ! ごめんね。グリフォンのおじさんが掛けてくれたんだ』

「ほう。グリフォン殿にも、お礼を言ってくれるかのぉ。人間は嫌いじゃろうからのぉ。伝える術がないのじゃよ」

『うん』


 マシューがジュンを抱えて、部屋に向かった。

 ルークとトレバーは、大鍋で温めたミルクに蜂蜜を混ぜた物を、シロの前にだした。

「主を連れてきてくれて、ありがとうシロ。これ、好きだろう?」

 ルークの言葉に、シロは尻尾を大きく振って、丸を作った。

「主には、ミゲル様とジェンナ様が付いている。じきに元気になって遊べる」

 シロは嬉しそうに目を細めた。


 一方、ジュンの部屋ではミゲルと、大慌てで転移してきたジェンナが、ジュンを見て深刻な顔をしていた。

 コラードはカリーナが持ってきた、たくさんの洗面器と手ぬぐいを受け取った。

「ありがとう。後はこちらでしますよ」

 カリーナは静かに退室した。


 コラードとマシューが、ジュンの体に付いている、血やポーションを丁寧に拭き取っている。

 光魔法をあてながら、全身を調べていた二人はその手を止めた。

 ジェンナが珍しく、高魔力交信で話しだす。

『誰かが治療したのかねぇ』

『竜とグルフォンの方が儂らより、人間の内臓に詳しいとは思えんがのぉ』


『こんな治療法があるなど、聞いた事がない』

『全身を打ち付けたのだろうのぉ。骨に入っている無数のひびと、筋肉や血管、神経までもが、傷を受けておるからのぉ。おそらく、内臓の損傷もひどかったじゃろう。この治療が施されていなければ……』

『温かいジュンには会えなかったねぇ』


 ジェンナは横にいるコラードに言った。

「イザーダ軍にジュンは無事だと伝えておくれ。そうだねぇ、疲れているので、回復に少々時間が掛かるとでも言ってくれるかねぇ。多分、宴会を開くだろうから、ジュンへの心配は取り除いてやりたい」

「承知しました」

 コラードは部屋の隅で、パーカーに連絡を入れた。


 ミゲルとジェンナはジュンの体に苦戦していた。

 ジュンの体に魔力がたまらないのである。

 正確には、たまった魔力が即座に消費されていくと言った方がより近いだろう。

 それはまるで、魔力を食べながら、傷を治す生き物がいるかのように、ジュンの内臓を修復し終えた。


 その得体の知れない物は次に、ミゲルとジェンナが骨の修復を終えた場所から筋肉や血管、神経の損傷を治していくのである。

『これは……。私たちの手出しは無用かねぇ』

『魔力はゆっくりたまるからのぉ。儂らが助手じゃのぉ。意識がなければ魔力ポーションを飲ませる事は危険だからのぉ』


 不安そうにしているコラードとマシューに、ミゲルは笑顔を向けた。

「無理に疲れはとらんのでのぉ。二日か三日で目が覚めるじゃろうが、魔力が底をついておる。しばらくは安静じゃのぉ。内臓も痛めておるので、ポーションは絶対に禁止じゃ」

「かしこまりました」

 コラードがそう返事をすると、マシューは満面の笑みを浮かべて言った。

「皆に教えてくるぜ。あいつらを安心させてやりてぇ」


「顔くらい見せておやり。ただし、見るだけだよ」

 ジェンナが告げた途端に扉が開いた。

 ぞろぞろと入室してくるメンバーにマシューは笑い、コラードは額に手を当てて首を振った。


「さて、私は目覚めた時の褒美を用意しようかねぇ」

 ジェンナの言葉に、ミゲルはニヤリと笑った。

「褒美にはなるが、安静にはならんじゃろうのぉ」

 コラードはカリーナに言った。

「客間の準備をしてください」



 次の日の朝。

 拠点の転移室に現れた二人を見て、コラードは優しい眼差しを向けた。

「おはようございます」

「おはようございます。朝早くから申し訳ありません。あの……」

 コラードは、クレアの痛々しい顔を見て、カリーナに告げた。

「クレア様をジュン様のおそばにご案内してください」


 カリーナがクレアを連れて、部屋に向かうとコラードが言った。

「たまには、こちらの朝食をいかがでしょう? お好きな果物もたくさんございますよ」

「そうかい。少しいただこうかねぇ」

 ジェンナは拠点の朝食のシステムが気にいったようで、楽しそうに食べたい物を選んで、席に着いた。


 コラードは、彼女の好みの茶をだした。

「ありがとう。早朝から孫に号泣されてねぇ。明日辺りに連れてこようと思ったんだが、どうにも押し負けてしまってねぇ。すまないが、あの子を頼むよ」

 ジェンナの情けない顔を見て、コラードは小さく笑う。

「ジュン様のご婚約者です。あのお顔を拝見すれば、いかにご心配されているのかが分かります。お任せください」

「ああ。助かるよ」



 その頃、ジュンの部屋ではクレアがベッドの横で泣いていた。

「クレア様。ジュン様は二日か三日でお目覚めになると聞かれていますか?」

 カリーナが優しい声で問いかけると、クレアはうなずく。

「ジュン様が、今のクレア様をご覧になったら、悲しまれますよ。お顔の腫れをジュン様のおそばで治しませんか? こんなに腫れていては、お辛いでしょう?」


 カリーナはコラードが一目置くほど、優秀な侍女頭である。

 ミゲルがジュンの治療をしている時間に、クレアを入浴させて、シルキーのお手製のドレスを着せて髪を整えた。

 しまいには、食欲がないと言うクレアに、軽い食事までとらせたのである。


 調理場に食器を下げにきたカリーナに、ルークは尋ねた。

「どうやったんですか? あの状態のクレア様に食事をさせるなんて」

「クレア様はジュン様を、とても大事に思っていらっしゃいますから。魔法の言葉が良く効きます」

 そう言ってカリーナは、優しくほほ笑んで二階に向かった。


「ワト、魔法の言葉ってなに?」

「静かな笑顔で人を操っているっすかね? なかなかやるっすねぇ」

 ワトはからかうように、ルークに言った。

「カリーナが? 優しいし、奇麗だしね。彼女に操られても誰も文句は言わないよねぇ。きっと」


 ルークの言葉に、ワトは言った。

「最初に団長を操って、プロポーズさせないとだめっすよ」

「団長はあれで嫉妬深い、ヘタレだからねぇ。待っていたら婚期を逃すよね」

 二人はうなずき合って次々と、料理の下ごしらえをしていた。


「誰が、嫉妬深いヘタレですか?! 失礼な……。それにしてもカリーナ、ジュン様が喜ぶとか悲しむとか言いながら、クレア様を動かす辺りは確かに操っているようでもありますね……。プロポーズは自分の意思でしたいと思いますがね」

 物陰での怪しいつぶやきは、誰の耳にも届く事はなかった。



 ジュンが拠点に戻ってから三日目の朝だった。


「ジュン様、おはようございます。ご気分はいかがですか?」

 クレアの泣きそうな笑顔を見て、ジュンは小さく笑った。

「おはよう、クレア。約束通り帰ってきたよ」

「はい。お帰りなさいませ」


 クレアの連絡で駆けつけたコラードが、起き上がろうとするジュンを止めた。

「おはようございます、ジュン様。動くのは今しばらくお待ちください」

「コラード、心配を掛けたね。もう大丈夫だよ。もう少し魔力があれば完璧だ」


 倉庫からポーションを出したジュンを、止めたのはミゲルだった。

「そのポーションは飲んではならん」

「ミゲル様。どうしてですか?」

 ジュンの不思議そうな顔を見て、ミゲルはクレアをカリーナに任せて、簡単に帰ってきた時の状態を話すことにしたようである。


「内臓に傷を負ってしまってのぉ。魔力がたまるのにもう三、四日掛かるだろうが、ここは自然回復で治すのじゃ。かなり不自然な形で治したので、体に負担が掛かり過ぎておるからのぉ。まぁ、それでも一週間は早いじゃろう?」

 ミゲルは、ジュンの過去の病気を知っている、だからこその言葉だった。


 ジュンは嬉しそうにミゲルを見た。

「はい。ありがとうございました。この程度の不調は平気ですよ。徐々にでも良くなるのでしたら。待つ事は全然苦痛じゃありません。でも……。お風呂には入りたいです」


 ミゲルは大きくうなずいた。

「だろうのぉ。その臭いではおなごにもてんのぉ」

「入ってもいいのですか?」

 ジュンの顔色はまだ悪いが、傷は治ってはいるのである。


「始めはコラードに付き添ってもらえ。クレアでもいいがのぉ?」

 ミゲルはニヤリと笑う。

「はい? え? ああ。元気になってからにしますよ」

 真面目に答えるジュンにミゲルは言った。

「初々しさはどうしたのじゃ?! からかえんじゃろう……」


「結婚するまで餌食になるのは、面倒過ぎますからね」

 ジュンはミゲルに笑顔を返した。


 傷が治ったからとはいえ、普通に動けるようになるまで、それからさらに時間が掛かるのは言うまでもなかった。

 世界中の王城から一斉に、今回の災いが排除された経緯が発表され、国民は安心して復興作業に入った。


 古いコンバルの学校も、被害があったようで、クレアたち最上級生は卒業試験を受けるだけになったようである。

 クレアはモーリス本邸で暮らしながら、拠点に顔をだしてはジュンとの時間を楽しんでいた。

 婚約してから休む暇もなくなったジュンを、心配していたメンバーは、一様に胸をなで下ろしたのである。


 体の調子も良くなり、特務隊の報告や、各国の被害状況などの報告書に目を通すところから、ジュンは仕事に復帰し始めた。

 ノーアにかかわっている間も、メンバーは忙しく仕事に追われていたので、ジュンはそれらの全てを把握しなければならない。

 だがジュンが仕事を復帰する程元気になっている事は、ミゲルによって伏せられていたのである。


 そんなある日の夜。

 コラード以外は人払いをされた執務室で、ミゲルとジェンナの前にジュンは座らされていた。

「ジュン。聞かねばならぬ事があるのじゃ」

 ミゲルの真剣な声に、ジュンは目を閉じてうなずいた。








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