あなた以外にわたくしに釣り合う男性はないわ。
二日後、服飾店の者が来て、衣装合わせを行うこととなった。
応接室の中に二つ、仕切りで小部屋を作り、そこで着替えてから大きさを確かめる。
普段ドレスを作る際は先に採寸を済ませるのだが、今回はお母様の婚礼衣装なので、既に出来上がったものを調整する必要がある。
「いつもあなたにはお世話になっているわね。婚礼衣装の手直しも急いでくれたのでしょう? ごめんなさいね」
お母様の言葉に服飾店のデザイナーが頷いた。
「いいえ、ヴィヴィアンお嬢様とご婚約者様の婚礼衣装をお任せくださり、とても光栄です。皆様に満足していただけるよう尽力いたします」
「ありがとう、お願いね」
お母様とわたくしがいつもドレスなどをつくってもらっている服飾店なので、腕も確かで信用出来る。
「まずはお直しをさせていただいたドレスをご確認ください」
布がかけられていたドレスが披露された。
真っ白なドレスは美しかった。
胸元から腰へ広がる身頃はふんわりとしており、首から手首近くまではレースと刺繍で覆われていて、あまり肌の露出はない。スカートまで繊細な刺繍が広がっている。
それから長いベールもあった。薄いレースが裾にかけて広がり、その広がり部分にドレスと同じ意匠の刺繍が施されている。
華やかだけれど派手すぎず、品のあるドレスだった。
「とても素敵だわ……」
思わず見入っているとお母様が微笑んだ。
「私がそうであったように、今度はあなたが愛する人と一生に一度の大切な時間を共にするドレスよ。これはあなたにあげるわ」
「本当にいいのですか?」
「あなたにこそ着てほしいのよ。私はもう着ないもの。元より娘のあなた以外に譲るつもりはないわ」
お母様が優しくわたくしの頭を撫でる。
それから、そっと背中を押された。
「さあ、試着して、ドレス姿を見せてちょうだい」
「はい、お母様。……彼もいくつか試着するのよね?」
「そのように伺っておりましたので、前もってお聞きしていた採寸の大きさに合うものをいくつかお持ちいたしました」
デザイナーの話によると、リーヴァイの服は基本となるものを用意して、わたくしの婚礼衣装に合わせて刺繍や袖、襟などの装飾を足して一点物にするらしい。
そうして、選ばれなかった服は夜会用の服になる。
これらはわたくしとリーヴァイが婚約した時点で、お母様が服飾店に注文していたそうだ。
「ヴィヴィアンお嬢様はこちらへ。ご婚約者様はあちらの仕切りの向こうで着替えをお願いいたします。着替えのお手伝いは必要でしょうか?」
デザイナーの問いにリーヴァイは首を振った。
「不要だ」
「かしこまりました」
リーヴァイは服を受け取ると仕切りの向こうへ消えた。
わたくしも同様に仕切りの向こうへ入れば、侍女と数名のお針子も一緒に入り、今着ているドレスを脱がされる。
それから、丁寧な手つきで婚礼衣装のドレスを着せられる。
見た時は軽そうに思えたドレスも、実際に着てみると思いの外、重かった。それなのに心地が好いのは結婚のためのドレスという特別なものだからだろうか。
いつもは前で合わせるドレスだが、これは背中のほうで留めるようで、最初にコルセットで腰を絞ってから、ドレスを着る。背中はボタンで留めたが、見た時に、ボタン部分は真珠があしらわれていた。
着てみるとピッタリだった。
最後にドレスに合わせた白い靴を履く。
靴はさすがに新しいものだったが、ドレスと同じ刺繍が施されていて、よく合っている。
「お母様、着替えが終わりました」
声をかけてから仕切りが外される。
わたくしの姿を見たお母様が両手を口に当てた。
「まあ……!」
わたくしとよく似た紅い瞳が潤んだ。
立ち上がったお母様が近づいて来て、少し手前で立ち止まり、ジッとわたくしを見つめた。
「よく似合っているわ、ヴィヴィアン……!」
感動している様子のお母様にデザイナーも頷く。
「ええ、本当に。私は若い頃にイザベル様の花嫁姿をお見かけしたことがありました。あの時はこれほど美しい花嫁は他にいないと思っておりましたが、ヴィヴィアンお嬢様もとても素敵です」
「ありがとう」
話をしているともう一つの仕切りからリーヴァイが姿を現した。
真っ白な装いのリーヴァイに束の間、見惚れてしまう。
まだ刺繍も最低限にしかされていないが、それでも、リーヴァイの婚礼衣装姿を見ることが出来て感動した。
リーヴァイもわたくしを見つめ、近づいた。
「美しい」
たった一言であったが、それだけで十分だった。
「ありがとう。あなたも素敵よ」
「美しい花嫁に釣り合うだろうか?」
「あら、あなた以外にわたくしに釣り合う男性はないわ」
伸ばされた手がわたくしの頬に触れる。
わたくしは手を伸ばして、リーヴァイの唇に指を当てた。
「今は服を選ぶことに集中しましょう?」
「ああ、そうだな」
残念そうにリーヴァイの指がわたくしの唇の形を辿り、離れていった。
二人で並んで姿見の前に立つ。
「お母様、どうかしら?」
お母様がわたくしとリーヴァイを見る。
「あなたはよく似合っているけれど、彼のほうはもうちょっと色が欲しいわね。あまり白いと肌色が浮いてしまうわ」
「そうなりますともう一着も白のみなので、やめたほうがよろしいかもしれませんね。色が少しあるものでしたら、こちらはいかがでしょう?」
「ええ、こちらのほうがいいかもしれないわ」
デザイナーがお母様に服を見せ、お母様が頷く。
それがリーヴァイの手に渡り、また仕切りの向こうへ着替えに行った。
その間にお針子達がわたくしを囲み、ドレスの調整を行う。
ほぼピッタリだけれど少し丈が長いので、スカートの長さを調整したり、腰回りの確認やスカートの膨らみ、刺繍の全体的なデザインに問題がないか、忙しなく動いている。
そうしている間に着替えを終えたリーヴァイが戻って来た。
「その服のほうがかっこいいわね」
白色なのは変わらないけれど、黒いシャツに白いベストと上着、白色のズボン。
肩にかけた白色のマントは裏側がダークグレーの糸で刺繍が施されており、立っているだけだと黒っぽく見えるが、動くと光が当たって刺繍が見えるようになる。
黒とダークグレーが差し色になることで、白くてぼんやりしていた先ほどよりも、引き締まった感じがした。
「ええ、そうね、こちらのほうがいいみたい」
お母様も満足そうに頷いている。
「でも、出来れば襟と袖に刺繍が欲しいわね。銀糸で出来るかしら? ヴィヴィアンのドレスに合わせたものを入れてちょうだい。それからリボンタイは銀糸に合わせ色がいいわ」
「かしこまりました」
話を聞きつつ、姿見を眺める。
……わたくし達、本当に結婚するのね。
最初にリーヴァイを購入した時、こんなふうになるとは思ってもいなかったし、とにかく原作通りにならないことばかり考えていた。
あの頃は『推しを助けたい!』という気持ちが強かったけれど、今は、リーヴァイと過ごした時間もあってか『推し』というよりも『愛する人』という気持ちが強い。
彼も、わたくしも、ゲームの登場人物とは違う。
この世界で生きている。物語の中の存在ではない。
その後、着替えを済ませ、服の装飾を少し話し合って終わった。
部屋に戻り、ソファーに深く腰掛ける。
……少し疲れたわ。
ここ数日は招待客の名簿を作り、招待状を書いて、今日はドレスの確認をして、この後にはまだ教会へ行ったり、式後に行われるお披露目の準備もあって、やることは山積みだ。
リーヴァイもわたくしの横に座った。
伸ばされた手がわたくしの髪を撫でていく。
「……なんだか不思議ね」
ぽつりと呟いたわたくしにリーヴァイが顔を寄せてくる。
「何がだ?」
言って、口付けられた。
先ほどは止めたが、今は部屋で休憩中なのでもう止めない。
婚約してから、リーヴァイとのこういう触れ合いも増えて、慣れてきたけれど、それでもやはりドキドキしてしまう。
「あなたとこういう関係になっている今のことよ」
もう一度、今度はわたくしのほうから口付ける。
「……わたくし、あなたが記憶を取り戻したら殺されるかもしれないと思っていたの」
「何故?」
「だって、魔王様と知っていて奴隷のままにしていたのよ? それに、お母様やお兄様に言われても、わたくしはあなたを解放するつもりはなかったもの」
隷属の首輪は奴隷商に行って主人が許可を出して外すか、主人が死ぬことでしか外せない。
わたくしは頷くつもりはなかったから、あとはもう、殺されても仕方がないと思った。
……死にたいわけではなかったけれど。
お母様やお兄様、リーヴァイがどんな反応をするか分からなかったから、わたくしなりに覚悟はしていた。
そのことを説明するとリーヴァイが小さく笑った。
「我はいつでも隷属の首輪を外せた。それに、今でもやろうと思えば、この隷属魔法も解除出来る」
リーヴァイが自身の首に触れた。
「だが、そうしないのは惜しいからだ」
「惜しい?」
「そなたとの繋がりを消したくない。記憶は取り戻したが、その前の記憶も我の中には残っている。たった数日だが、そなたが我を心から愛し、甘やかしたあの時間は至福の時であった」
ごろりと寝転がったリーヴァイがわたくしの膝のうえに、自身の頭を置いて見上げてくる。
リーヴァイに膝枕をしたのは、彼が記憶を取り戻す前のことだ。
懐かしくて頭を撫でれば、気持ち良さそうに黄金色の瞳が細められる。
「心を奪ったのはそなたが先だ」
わたくしの手をリーヴァイが握る。
「今更、結婚は嫌とは言わせないぞ?」
「そんなこと言わないわ」
繋いだリーヴァイの手を引き寄せ、頬擦りをする。
「あなたと結婚出来る以上の幸せなんて、わたくしにはなくってよ」
* * * * *
「お兄様はどなたかと結婚はしませんの?」
ヴィヴィアンのところでティータイムを楽しんでいると、妹にそう言われ、ルシアンはキョトンとした。
もうすぐ、ヴィヴィアンはリーヴァイと結婚する。
そのことについては心から祝福しているし、ルシアンにとって崇拝し、敬愛している魔王ならば可愛い妹を任せられるし、妹ならば魔王を裏切ることはない。
ルシアンには理解出来ないところはあるが、この二人は二人なりの愛し方を持っている。
それでも、愛し合っているならばいいだろう。
「僕はまだいいかな」
貴族の男性の結婚年齢は二十代半ばから後半だ。
ルシアンはまだ二十代前半なので急ぐ必要もなく、結婚するならば公爵家と魔族に利益のある者と婚姻を結ぶか、他に潜り込ませている魔族の誰かと偽装結婚をするか。
どちらにせよ、ヴィヴィアン達のような恋愛結婚ではない。
ルシアン自身もそれで良いと思っている。
「恋愛結婚をするつもりはないし、そのうち、一番利益になりそうな相手を『魅了』して結婚すればいいよ」
「お兄様らしいですわね」
ヴィヴィアンが苦笑する。
ルシアンは手を伸ばして妹の頭を撫でた。
「僕のことは気にせず、ヴィヴィアンは幸せにね」
廊下でヴィヴィアンとぶつかり、大泣きされたあの日まで、ルシアンは妹のヴィヴィアンにほとんど興味がなかった。
しかし、妹に距離を置かれてから、その存在の大きさを知った。
何もしなくても妹から愛されていることが当たり前だったが、それはいつまでも続く永遠のものではないと気付かされた。
それからはルシアンも妹を大切にしようと決めた。
少なくとも、ヴィヴィアン以上に可愛いと思える相手が現れない限り、恋愛をすることもないだろう。
もちろん、この可愛いという気持ちは兄が妹に対する家族愛だが。
「わたくし、もう幸せですわ。大切な家族がいて、愛する人がいて、頼もしい友人達がいて、毎日が幸せですもの」
妹の言葉にルシアンは嬉しくなった。
昔からわがままなところのあるヴィヴィアンだが、家族への愛情も人一倍あり、いつだって周囲の人々を大切にしてきた。
だからこそ、両親もヴィヴィアンを可愛がっている。
「結婚してもお兄様達と過ごせて嬉しいですわ」
「僕もヴィヴィアンと離れ離れにならなくて嬉しいよ」
妹が幸せそうに笑う姿にルシアンも笑みが浮かぶ。
ヴィヴィアンをきちんと妹として、家族として認識し、接するようになってから、ルシアンは心から笑うことが増えた。
人間の国で気を張ることばかりだったが、ヴィヴィアンの存在はルシアンに癒しをもたらしてくれている。
「ヴィヴィアン達はいつまでも家にいていいからね」
そう言えば、ヴィヴィアンがおかしそうに笑った。
「お母様とお父様も同じことをおっしゃっていたわ」
両親もヴィヴィアンを家の外へやるつもりはないらしい。
「君は僕の妹で、母上達の大切な娘だからね。当然だよ。いつまでも僕達の可愛いヴィヴィアンでいておくれ」
「お兄様も、いつまでもわたくしのお兄様でいてね」
それにルシアンも笑顔で答えた。
「ああ、僕の妹はこの世に君だけだよ」
* * * * *




