では、何をもって『相応しい』と言えるのかしら?
魔王城に到着した翌日から、使節団と魔族との会談が始まった。
シャトリエ王国側はリーヴァイとお兄様、残りの使者二名、そしてわたくし。
使者二人は話し合いに参加するというより、会談の内容を記録するのが主な仕事だそうで、そうでなかったとしてもお兄様の魅了がかかっているため余計な口出しはしないだろう。
魔族側で出席したのは三名だった。
一人は人間と変わらない外見で、金髪に紅い瞳をした男性。
一人は人間に近いが、耳が尖っていて、額から二本のツノが生えている褐色の肌をした男性。
一人は女性で濃紫のローブを羽織っているけれど、腰から下は馬の体になっている。
恐らく、魔族の中でも人間に姿が近く、それでいて人間に対して敵愾心がまだ少ない種族だと思われる。
だが、決して敵意がないというわけではないだろう。
「初めまして、魔族側の代表で吸血鬼のアルジェントといいます。基本的に私が人間との話し合いの責任者でもあります」
金髪に紅い瞳の男性の自己紹介になるほどと思う。
お兄様とわたくしと同じく金髪に紅目、見目も美しく、吸血鬼はそういう容姿が特徴なのだろう。
「それから、こちらが鬼人族のゼルディスと人馬族のペネフィオーラです」
「……ゼルディス」
「どうかよろしくお願いいたします」
額から二本のツノが生えた男性がゼルディス、半分人間で半分馬の姿の女性がペネフィオーラというらしい。
それにリーヴァイが頷いた。
「我のことは知っているだろうが、リーヴァイだ。こちらはシャトリエ王国の使者で、代表のルシアン・ランドロー公爵令息とウィレル・ギャレッド伯爵、記録人のジルド・ケルドン伯爵令息、そして我が婚約者のヴィヴィアン・ランドロー」
リーヴァイの紹介にそれぞれ目礼で挨拶を行う。
席順だと、魔族側は向かって左からゼルディス様、アルジェント様、ペネフィオーラ様。
こちらは左からわたくし、リーヴァイ、お兄様、ギャレッド伯爵、ケルドン伯爵令息である。
お兄様がまず、胸に手を当てて浅く頭を下げた。
「この度は会談の申し入れを受け入れていただき、そして、客人として対応してくださり、感謝いたします」
「お気になさらず。不便などはありませんか?」
「はい、快適に過ごさせていただいております」
お兄様とアルジェント様が話している。
二人とも和やかな雰囲気なのは、やはり本当は魔族同士ということもあるだろうが、どちらも敵意や悪意を隠すのが上手いのだろう。
記録人のケルドン伯爵令息が一番端の席でペンを走らせている。
会話内容はこのように記録されるため、余計なことは話せないし、お互いに初対面として接する必要がある。
魅了で完全に操ってしまうことも出来るはずだが、記録した会話内容で話題が変に変わったり途切れたりすると不自然なので、会談中は魅了による支配を少し緩めているそうだ。
「今回の会談の内容は先にお送りした手紙にてお伝えしておりますが、シャトリエ王国は魔族と友好的な関係を築いていきたいと考えております」
それから、お兄様が和睦理由について話した。
大陸の人間側の国の大半が参加している『人類共同戦線』の会議で『今後は魔族との和睦を目指す』と言う方向で決まったこと。
恐らく、人間の国の多くが魔族に接触を図ろうとすること。
シャトリエ王国も『人類共同戦線』の決定に従うこと。
シャトリエ王国は国境から離れており、これまでの魔族との戦争でもあまり意欲的な参加はなく、国境を接している国に比べると魔族への抵抗感が少ないこと。
魔族領との交流を深め、いずれは人の行き来を増やして交易を行いたいこと。
「皆様、魔族側からすれば信用は出来ないでしょう。人間と魔族はあまりに長く争いを続けてきました。『人類共同戦線』の決定とは言え、従わない国もあるかもしれません」
魔族からすれば、いきなり掌を返してすり寄って来られるようなものだ。不気味だし、信用に足る理由もないし、人間側の何らかの策略だと思われても仕方がない。
「そうですね、急に『和平を結びたい』と言われましても簡単には信じられません。それに人間側と和平を結ぶことに嫌悪感か不快感を覚える者も多いです。我々にとっては『人類共同戦線』は宿敵ですから」
アルジェント様の言葉にお兄様が苦笑する。
『人類共同戦線』は古い昔に結成され、魔族にとっては、人間達が協力し合うきっかけとなったものなので、その存在自体が面白くはないのだろう。
「何より、この和平の提案には魔族側のうまみがない」
アルジェント様の言葉に、左右の二人が頷いた。
「……人間、勝手」
「そうですわねぇ、魔族は人間の国のものはあまり欲しがりませんから、交易をしてもさほど利益は出ないでしょうねぇ」
それにお兄様が「確かに」と返す。
「ですが、このまま人間と魔族が戦争を続けても、互いに仲間を失う機会を増やすだけだとは思いませんか? 少なくとも僕は仲間を失いたくはありません」
「それは同感ですね。私達も同族の死を望んではいません」
「シャトリエ王国は『和平を結ぶこと』を最終目標にしていますが、今回の会談はあくまで『前段階の意見を交換する場』とこちらは考えています。魔族の皆様のほうで何かしら望みがあるようでしたら、国王陛下にお伝えすることは出来ます」
アルジェント様が考えるように視線を伏せる。
「我々も和平を結ぶことへの関心はあります。ただ、それを実現するにはもっと互いに理解を深めないといけないかもしれません。……一度、皆と相談しても構わないでしょうか?」
お兄様が頷いた。
「はい、もちろんどうぞ。僕達はしばらく滞在させていただくことになっておりますので。それに、この問題はとても繊細なものですから、時間をかけて進めたほうがいいと思います」
「……賛成」
お兄様の言葉にゼルディス様が頷く。
他のみんなも同意した。
今回の会談は話し合いというより、顔合わせの意味合いのほうが強かったのだろう。
会談の内容があまりなくても、魔族が人間との対話に応じたというその事実だけで十分である。
お兄様はギャレッド伯爵とケルドン伯爵令息に声をかけ、先に部屋に戻るよう伝えた。
その目が怪しく煌めき、二人は素直に部屋を出て行く。
二人の足音が遠かったところでリーヴァイが口を開いた。
「アルジェント、いつまで不機嫌でいるつもりだ?」
リーヴァイの問いにアルジェント様の顔から、柔らかな笑みが消えた。
「イザベルが人間との間に子を生した。これが不機嫌にならずにいられましょうか?」
ジロリと睨まれてわたくしは目を瞬かせた。
……あら、わたくし嫌われているのかしら?
眉根を寄せ、明らかに不愉快ですという表情のアルジェント様と目が合ったので、とりあえず微笑み返す。
するとアルジェント様の眉間に更にしわが増えた。
「まったく、見た目はイザベルの若い頃にそっくりだというのに……」
「そなたは昔からイザベルを溺愛していたからな」
おかしそうにリーヴァイが笑う。
「アルジェントはイザベルと同じ時に生まれた始祖吸血鬼の一人だ。二人は幼馴染だった」
「恋人だった時もありましたよ」
思わず、アルジェント様に訊いてしまった。
「今もお母様を愛していらっしゃるのですか?」
「当然でしょう。イザベル以上に愛したいと思える相手はいません。彼女ほど素晴らしい女性は世界中を探しても見つけられませんよ」
「そなたは本当にイザベルのこととなると頑固だな」
「事実ですから。しかし、人間と結婚してしまうなんて……」
……ああ、そういうことね。
アルジェント様はお母様をずっと愛している。
恋人だった時期もあるなら、アルジェント様がお母様を愛するように、お母様も彼を愛していたこともあったのだろう。
けれども、お母様は結局、お父様と結婚した。
多分、アルジェント様はお母様が人間のお父様と結婚したことが気に入らなくて、二人の間に生まれたわたくしの存在も気に入らないらしい。
お兄様がわたくしに微笑み、アルジェント様を見る。
「アルジェント、僕の可愛い妹に失礼じゃないかい?」
アルジェント様が驚いた表情を浮かべた。
「ルシアン、君は嫌ではないのですか? 人間ですよ?」
「ヴィヴィアンには母上の血も流れている。確かに人間である公爵の血も流れているけれど、僕は、僕と同じ血を持つ唯一の妹という存在は特別だと感じているよ。まあ、それに気付いたのは最近だけどね」
「そう……」
アルジェント様はあまり納得していないようだった。
「たとえ私でなくとも、イザベルなら魔王様の妃になることも出来たはずなのに……。それなら私も祝福したし、イザベルだってもっと幸せになれたでしょう。……ああ、イザベル、麗しの君。一体どうして……」
うじうじと呟くアルジェント様に少し苛立ちを感じた。
「いい加減にしていただけます?」
わたくしの声は自分が思っていたよりも冷たかった。
「あなた、先ほどから自分が何を言っているか理解されておりますの? お母様だけでなく、リーヴァイやわたくしの気持ち、三人の選択を否定して楽しいかしら?」
全員の視線がわたくしに集まった。
わたくしは微笑んだまま続ける。
「お母様はリーヴァイと結婚したほうが幸せだとおっしゃっていたけれど、幸せかどうかを決めるのはお母様であってあなたではないし、あなたはお母様の選んだ道も、わたくしを選んでくれたリーヴァイの心も否定するのですか?」
「それは……しかし、魔族ならばともかく、魔王様の妻が魔人では……」
ハッキリとは言わなかったが、リーヴァイの妻に相応しくない、ということだろう。
わたくしはそれに笑みを深めた。
「では、何をもってして『相応しい』と言えるのかしら?」
純粋な魔族でなければいけないのだろうか。
人間の血が混ざっているから不相応なのだろうか。
……いいえ、違うわ。
「今のあなたは、自分の思い通りにいかなくてぐずっている子供だわ。本当はお母様と結婚したかった。でもお母様は別の人を選んだ。それが魔王なら諦められたのに。……そういうことでしょう?」
アルジェント様の頬が赤く染まる。
本心を曝け出されて恥ずかしいのかもしれないが、恋の嫉妬のせいからと他人を貶めて良い理由にはならない。
「わたくしは始祖吸血鬼のお母様と、シャトリエ王国でも王族に次いで地位と財力を持つ由緒正しい血筋の公爵家当主であるお父様との子よ?」
わたくしはリーヴァイの婚約者で、妻となる。
そう、リーヴァイが言った。
そしてわたくしもそうなると決めた。
だからこそ、引くわけにはいかない。
リーヴァイとの関係を認めてくれた家族に失礼だし、選んでくれたリーヴァイの気持ちを否定したくないし、誰よりも、わたくし自身が望んでいる道だから。
「わたくしが不相応だと言うなら、今すぐ魔王の妃として相応しく、わたくしよりもリーヴァイの心を射止められるという相手を連れていらっしゃい。お話はそれからよ」
室内がシンと静まり返る。
だが、意外にもその沈黙を破ったのはゼルディス様だった。
「……アルジェント、負け」
「そうねぇ、今のはアルジェント様のわがままですわぁ」
ゼルディス様だけでなく、ペネフィオーラ様にまで言われて、アルジェント様が肩を落とした。
「確かに、アルジェント、そなたの負けだな」
「母上の血を受け継ぐヴィヴィアン以上に相応しい者はいないよ。そもそも、魔王様の決定に異を唱えるのかい?」
アルジェント様が両手を上げて、降参といった様子で苦笑する。
「まさか、異論などございませんよ。お嬢様、あなたを試すようなことをしてしまい、申し訳ありません。もし私の言葉で諦めてしまわれる程度の覚悟しかないのであれば、魔王様の妻という立場は重責にしかならないでしょう」
「ですが、半分は本心でしたわよねぇ、アルジェント様」
「それについては否定しません」
ペネフィオーラ様の言葉にアルジェント様が平然とした顔でそう返し、ゼルディス様が小さく息をつく。
「わたくしは合格ということかしら?」
「ええ、私相手でも堂々と返すお姿、感服いたしました。私共はお嬢様を、魔王様の婚約者として認めます」
ゼルディス様もペネフィオーラ様も頷く。
それにわたくしは笑みを浮かべる。
「そう、それは嬉しいわ。でも、皆様がわたくしを試したことは許しませんわよ?」
三人が目を丸くした。
ゼルディス様が初めて目を開けたが、白目の部分が黒色で、だからこそずっと目を閉じていたのだろう。
「え」と三人が声を揃える。
「今回の件、貸し一つにしておきます。皆様にはいつか返していただくので覚悟しておいてくださいませ」
それにリーヴァイとお兄様が愉快そうに笑う。
「ははは、大きな貸しが出来たな」
「ヴィヴィアンを試そうとしたから仕方ないですね」
三人がもう一度「……え?」と目を瞬かせる。
理解したくないのか、本当に理解出来ていないのか。
……どちらにしても。
「魔王の言質は取りましたわ」
この三人はいつか、わたくしに借りを返すことになる。
リーヴァイはやっぱりおかしそうに笑ってた。
魔族だろうと人間だろうと関係ない。
「わたくし、やられたままでいるのは性に合いませんもの」




