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どうぞ、よろしくお願いいたします。






 それから、リーヴァイに手を引かれて入城する。


 色が黒いのが外観だけではなく、内装も赤と黒、金や銀などでまとめられていた。


 歩きながら見上げた玄関ホールのシャンデリアは蝋燭ではなく、魔法か何かが使われているようで、黄色い光に揺らめきは一切ない。


 黒い壁と床、そして金糸で縁飾りがされた赤い絨毯、廊下に飾られた絵画の数々はどうやら様々な魔族のものらしい。


 壺などの美術品もなければ、花も飾っていない。


 窓も少なく、薄暗く、けれど不思議と居心地は悪くない。


 きちんと掃除も行き届いて綺麗だった。


 しばらく進んで気が付いた。


 ……静かだわ。


 人の話し声もしなければ、誰かの足音も聞こえない。




「どこに向かっているの?」




 わたくしの問いにリーヴァイが答える。




「応接室の一つだ。その後、謁見の間に移動する」


「あら、会談はしなくてよろしいの?」


「それは明日以降に行えば良い」


「ではどうして謁見の間に?」




 リーヴァイが魔族達と話すにしても、わたくしまで一緒に行く必要があるのだろうか。


 立ち止まったリーヴァイが振り向いた。




「今日は皆にそなたを紹介する場を設けようと考えている」


「まあ、紹介してくれるのね」


「そなたは我の婚約者であり、妻となる。皆に紹介しておくのは当然のことだ。それに、伝えておかなければヴィヴィアンに対して無礼な振る舞いをする者もいるだろうからな」




 リーヴァイの説明に納得した。


 きちんと『リーヴァイの婚約者』と説明をしておけば、何かあった時にはそれを追求し、責任を問える。


 説明が先にされているため『知りませんでした』という言い訳は立たないはずだ。




「それでも手を出して来るかもしれないわよ?」


「そのような愚か者は不要だな」




 そう言って、リーヴァイが歩き出す。


 目的地の応接室に到着すると、勝手に扉が開く。


 驚いて思わず立ち止まったわたくしの背に、リーヴァイが優しく触れる。




「大丈夫だ。使用人が開けただけだ」




 けれども、その使用人らしき姿はない。


 不思議に感じつつも促されて室内へ入ると、そこには既にお茶の用意がされていた。


 テーブルの上に置かれた二つのティーカップからは湯気がほのかに上がっており、今、淹れたばかりのように見える。


 ソファーに腰掛ければ、リーヴァイも横に座った。




「何か食べたいものはあるか?」




 目の前に所狭しと並ぶ沢山のお菓子は、どれもわたくしが好きなものばかりだった。




「迷ってしまうわね……」


「では、我が選んでやろうか?」


「ええ、お願い」




 リーヴァイがいくつかのお菓子の名前を挙げる。


 すると、取り皿がふわりと浮いて、消えたかと思うと、名前が挙げられたお菓子の載った皿がリーヴァイの手の上にパッと現れた。


 それが目の前に差し出される。




「今のはリーヴァイがやったのかしら?」


「いや、先ほど扉を開けた使用人が取り分けた。特殊な魔族で『インビジブル』という。基本的に姿を消して隠れていて、伴侶や家族以外には姿を現さない。その能力を使えば触れている間だけ、自身と同様に見えなくすることが出来る」


「凄い能力を持った種族なのね。色々に役に立ちそうだわ」


「その通り。有能な部下だ。普段は姿を消せることから、城内の使用人として働いていることが多いが、場合によっては密偵や奇襲戦の手引き役を担うこともある」




 リーヴァイが説明をしてから、顔を動かした。




「インビジブル」




 リーヴァイが声をかけると返事があった。




「はい、ここにおります」




 何もない空間から男性の声がする。


 声の雰囲気から、お父様とさほど変わらないくらいの年齢に感じられた。落ち着いた、静かな声だった。




「こちらはヴィヴィアン・ランドロー公爵令嬢だ。イザベルの子で、ルシアンの妹、我の婚約者だ。いずれ結婚予定だ」


「改めまして、インビジブルでございます。この度はご婚約おめでとうございます。お美しいお嬢様、お名前をお呼びしてもよろしいでしょうか?」




 丁寧な対応にわたくしは頷いた。




「ご丁寧にありがとう。もちろん、名前で呼んでくださると嬉しいわ。あなたの種族はインビジブルと聞いたけれど、個人のお名前はございませんの?」


「同種族か伴侶には名を教えるのですが、他種族に個体名を伝えることはありません。インビジブルは他種族に個体を識別されたがらない種族なのです。私も、私以外のインビジブルも、全て『インビジブル』とお呼びください。敬称も不要でございます」


「分かったわ。教えてくれてありがとう、インビジブル」




 インビジブル、面白い種族である。




「この城に滞在している間、ヴィヴィアンには女のインビジブルをつけようと思うのだが、構わないか?」




 リーヴァイの問いに頷き返す。




「むしろお願いしたいくらいよ。わたくし、一人で出歩いたら迷子になってしまうもの」


「イザベルに『一人で出歩くな』と言われているだろう?」


「インビジブルが常についてくれているなら一人じゃないわ。ほら、出歩いても問題ないでしょう?」




 目を瞬かせたリーヴァイが声を上げて笑い出す。




「確かに、インビジブルがいるから一人ではないな」


「そうでしょう?」




 実は魔族が誰かそばについてくれるのはありがたい。


 人間の侍女を連れて魔王城の中を歩き回るのは良くないだろうし、魔族には不快に感じる可能性が高い。


 わたくしは『魔王の婚約者』という立場が守ってくれるけれど、その侍女の人間までは分からない。


 ……侍女は部屋にいてもらおうかしら。




「まあ、好きに過ごすと良い。この城の中で、そなたが立ち入れぬ場所はない。インビジブル、皆にもそう伝えておけ」


「かしこまりました」




 その後、取り分けてもらったお菓子を食べた。


 お味はどれも美味しく、公爵家で食べているものに勝るとも劣らない味と見た目で、大満足だった。


 お菓子を食べ終えた頃にインビジブルから声をかけられる。




「魔王様、ヴィヴィアン様、謁見の間の用意が整いました」




 リーヴァイがそれに「そうか」と返事をする。




「ヴィヴィアン、行くとしよう」


「ええ、そうね。……インビジブル、お茶の用意をしてくれてありがとう。お菓子を作った料理人達に『とても美味しかった』と伝えていただけるかしら?」


「必ずお伝えいたします」


「よろしくね」




 差し出されたリーヴァイの手を取り、立ち上がる。


 応接室を出て、謁見の間へ向かう。




「不安はなさそうだな」




 わたくしは笑って頷いた。




「わたくし、前向きなのが取り柄なのよ」


「そうだな。それに目標に対して努力を惜しまないところも、そなたの魅力的なところだ」




 そして、謁見の間に続くだろう扉の前に着いた。


 両開きの扉は意外にも普通である。


 扉を守る者もおらず、誰でも入れてしまいそうだ。


 だが、先ほどもそうだったようにインビジブルという魔族が警備をしている可能性もある。




「準備は良いか?」




 問われて、頷いた。




「扉を開けよ」




 リーヴァイの言葉に扉が開く。


 やはりインビジブルか誰かがいたようだ。


 歩き出したリーヴァイと共に足を進め、中へ入る。


 謁見の間は広く、わたくし達がいる場所は数段高いところで、下に多くの魔族達が控えていた。


 横にいるリーヴァイが玉座に向かって歩くので、エスコートをしてもらっているわたくしも自然と同じ場所へ向かうこととなる。


 玉座のところまで来て、リーヴァイが立ち止まった。




「ふむ、椅子が一つしかないな」




 それにざわりと魔族達が小さく騒めく。




「あら、あなたが座ればいいじゃない」


「そなたは立っているつもりか?」


「いいえ、わたくしも座るわ」




 リーヴァイに耳打ちをすれば、愉快そうに笑い、リーヴァイが玉座へ腰掛けた。


 そうして、わたくしはその膝に横向きに座る。




「こうすれば椅子は一つで十分でしょう?」




 騒めきがより大きくなる。


 それにリーヴァイが声をかけた。




「鎮まれ」




 そのたった一言で魔族達が静かになる。


 ……意外にも統制はかなり取れているようね。


 人間側からすると魔族は野蛮だと言われているけれど、こうして見る限り、手がつけられないような相手ではなさそうだ。


 少なくとも魔王には絶対服従なのだろう。




「此度は欠けることなく集まってくれたこと、礼を言う。皆は今、ここにいる娘が何者であるかと思っているだろう」




 誰もがリーヴァイの言葉に耳を傾けている。


 一言も聞き逃すまいという雰囲気が感じられた。




「この者はヴィヴィアン・ランドロー。シャトリエ王国の公爵令嬢で、吸血鬼イザベルの娘であり、我が婚約者である。これが決定事項だ。ヴィヴィアン・ランドローは我が妻となる」




 そこで反対意見は出なかった。


 内心で思うところはあるのかもしれないが、それでも、ここで声を上げる者がいないことに驚いた。




「リーヴァイ、わたくしからも挨拶をしてもいいかしら?」


「ああ、構わない」




 リーヴァイの膝から下りて、玉座の横に立ち、礼を執る。




「ご紹介いただきました、ヴィヴィアン・ランドローでございます。わたくしは吸血鬼と人間の間に生まれた魔人です。そのことで不快に思ったり、不満を感じたりする方もいるでしょう」




 大勢の魔族の厳しい視線が向けられる。


 ここで顔を俯けるつもりはない。




「ですが、わたくしは魔王リーヴァイの婚約者に、そして妻となることを決めました。これだけは誰にも譲りませんわ」




 わたくしは微笑んだ。




「どうぞ、よろしくお願いいたします」




 リーヴァイがわたくしに手を伸ばす。




「ヴィヴィアンへの無礼な振る舞いは慎むように」




 わたくしはまた、リーヴァイの膝の上に戻された。




「そして、ある程度の話は既に聞き及んでいるだろうが、我らは今後、人間との和睦の道を行く。理由はいくつかあるが、まず、今の魔族では人間達に勝てる見込みがない。前回の戦争から人間は更に増えているが、魔族はそうではない。数の暴力というものは侮れない」




 リーヴァイの言葉に魔族達が俯いた。


 彼らもそれは理解しているようだ。




「和睦と言っても、あくまで『今は』という前置きとなる。いずれまた戦争が始まる可能性もある。魔族としての誇りや感情を思えば、人間との和睦など不愉快でしかないが、滅ぶと分かっている道を選ぶことは出来ない。皆を率いる者として、王として、何より一魔族として、我は同族を守らねばならない」




 リーヴァイ個人の感情では、人間との和睦などありえない、と思っているだろう。


 今までの人間との争いの歴史だけでなく、奴隷になっていた間に人間にされた記憶も強く残っているはずだ。


 それでも、リーヴァイは和睦を選ぶと言う。


 自分の感情よりも、同族から非難されたとしても、魔族の生き残れる道を選ぶ。


 ……本当に原作とは違うのね。




「手始めにシャトリエ王国との交流を行うこととする。あの国にはイザベルとルシアンが潜入しており、ここにいるヴィヴィアンも王太子やその婚約者から信用が厚い。国の内情も探りやすい。シャトリエ王国を通じ、人類共同戦線の動きも分かる」




 リーヴァイが手を叩くと、魔族の一人が立ち上がった。


 それはお兄様だった。


 その後、お兄様が細かな説明を行い、魔族達と情報を共有して、話し合い、シャトリエ王国と交流を深めることが決定した。


 わたくしは黙ってそれを聞いていた。


 こういう時にいきなり入ったばかりのわたくしが口を出すと『魔人わたくしの意見』に反発する者の出てくるだろう。


 魔王が決めたから従っているだけで、魔人わたくしが魔族に受け入れられたわけではない。




「──それでは、話は以上とする」




 リーヴァイの声で我に返る。


 促されて立ち上がり、エスコートをしてもらいながら謁見の間を後にした。


 謁見の間を出たリーヴァイが、来た時とは反対の方向へ歩き出したので、疑問を感じた。


 わたくしが問う前にリーヴァイが言う。




「疲れただろう? 部屋に案内する」




 リーヴァイについて行くと何度も階段を上がった。


 到着した扉は、他の今まで見て来たものの中でも最も豪華な装飾が施されているように見えた。




「ここは……?」


「我の部屋だ。他の部屋だと離れてしまうからな」




 当たり前のように言われて目を瞬かせてしまう。




「あなたの部屋にわたくしは泊まるの?」


「嫌か?」


「嫌ではないわ。魔王様の私室に入らせてもらえるなんて光栄ね。貴族の令嬢としては色々問題だけれど」




 リーヴァイが小さく笑う。




「今更だろう」




 それにわたくしも笑った。




「それもそうね」




 話している目の前で、やはり人影がないのに扉が開く。


 ……もう勝手に扉が開いても驚かないわ。


 きっと近くにインビジブルが控えているのだろう。




「ここではゆっくり過ごすと良い」




 リーヴァイと共に中へと入る。




「ええ、そうさせてもらうわ」




 背後で、静かに扉が閉められた。


 リーヴァイの部屋は扉と同様に豪華だった。





 

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― 新着の感想 ―
[良い点] リーヴァイの部屋、中も扉も豪華とあるので、どんなものがあるのか生で見てみたいです。 [一言] インビジブルという種族はいわゆる透明人間的な感じですかね。なったら秘密でなんでもし放題そうで楽…
[良い点] ・一つしかなかった椅子  素晴らしい小道具でした。用意した方にはご褒美を差し上げたいです。でも、たぶんいつも通りですよね。 ・お泊りは魔王様の部屋   [気になる点] ここでお話一時停止で…
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