この通り、わたくし達も準備は整っておりますわ。
王太子に提案をしてから二週間後。
その間に陛下からリーヴァイを使者に立てることへのお伺い的な手紙があり、お父様がそれに了承の返事をした。
そして今日、リーヴァイは使者として選ばれた。
まだ正式には発表されていないだけで、魔人のリーヴァイだけでなく、ランドロー公爵家も嫡男、つまりお兄様も使節団の一員として選ばれたようだ。
そうして今日、王太子が我が家を訪れた。
「望み通り、君の侍従は使者に選ばれた」
王太子の言葉にわたくしは微笑んだ。
「ええ、ありがとうございます。この通り、わたくし達も準備は整っておりますわ」
手でリーヴァイを示してみせる。
リーヴァイは隷属の首輪を外しただけでなく、今日は使者として立つ際に相応しい格好となるように貴族のような装いをさせている。
首の隷属魔法は見えないようにチョーカーを着けているため、目立つことはないだろう。
それを見た王太子が感心したふうに頷いた。
「これならば使用人には見えないな」
「そうでしょう? 元から見目が良いから、こういった装いをさせるととてもよく似合うの。素敵よね」
リーヴァイを眺めるわたくしに王太子が呆れ顔をする。
「それはともかく、ルシアンも使節団の一人になった。使節団は敵意がないことを示すためにも少数が良いが、国の上層部は我が身可愛さに入りたがらなかったのでな」
「構わないわ。お兄様も使節団に入ることには意欲的だったし、公爵家としても、国としても、ある程度の裁量権を与えることが出来る者がいないと困るでしょう。わたくしの侍従では判断が下せないから」
「ああ、それから君も使節団の一員となるだろう。表向きは彼の婚約者として、実際は彼が魔族に買収されないか監視役としてとなるが……」
「それは当然のことですわね」
頷くわたくしに王太子がホッとした様子を見せた。
そもそも、リーヴァイならば監視出来るからという理由もあって使者に推したのだから、主人のわたくしが監視役としてついて行くのは当たり前である。
そうでなかったとしても、婚約者という立場を使って使節団について行くつもりだった。
「あとは彼が魔族との繋がりがあるということだが、ルシアンから大体の話は聞いている。魔王の側近である吸血鬼と縁があるとか……それは事実か?」
リーヴァイに手を振れば、返事があった。
「事実だ。今は魔王の存在は確認されていないが、元は魔王の側近であった吸血鬼ならば魔族領でも発言力がある。少なくとも我が知る限り、その吸血鬼は魔族の中でもかなり高位にいた」
「では、その吸血鬼に連絡は取れるか?」
「やり取りに数日はかかるが、繋ぎは取れる」
それにわたくしは内心で小首を傾げた。
リーヴァイは魔族相手ならば離れていても念話魔法で連絡を取ることが出来るので、時間はかからないはずだが。
「恐らく、後ほど陛下直筆の手紙がこちらに届くことになるだろう。その手紙の内容は和平を結びたいというもので、使者を送っても良いかという伺いも含まれる。吸血鬼に和平の説明をし、手紙を渡すことは可能か?」
「問題ない」
リーヴァイが頷き返し、王太子が満足そうに口角を僅かに上げる。
「手間をかけるが、よろしく頼む」
「ああ、承った」
恐らく、手紙は魔族領に行くことはないだろう。
リーヴァイと公爵家で確認し、魔族領にいる魔族達に伝えられ、話し合い──とは言ってもリーヴァイが和平に同意しているため形式的なものになるだろう──、きっとシャトリエ王国の使節団は受け入れられる。
使者の一人としてリーヴァイが来るのだから、魔族がそれを受け入れないはずがない。
「ところで、これは個人的な疑問なのだが、魔人の君が何故高位の吸血鬼と繋がりがあるんだ? 昔から『魔人は人間からも魔族からも疎まれている』と聞くが」
それにリーヴァイがあっさり答えた。
「我は人間と吸血鬼の半魔だ。我はどちらの親にも捨てられたが、幼い頃はその吸血鬼に育てられた」
「魔族領にいたのか?」
「ああ、だが、色々と問題もあり、我だけは人間の国に行くこととなって、その後は攫われて奴隷として売り飛ばされた」
「……そうか、嫌な話をさせてしまってすまない」
……殿下、多分、そのお話は全部嘘よ。
もし本当にリーヴァイが魔族領にいたのであれば、魔王の生まれ変わりであることは気付くはずだし、そうなれば人間の国にわざわざ来る必要もない。
リーヴァイの出生については知らないが、この国か近隣諸国で生まれ、奴隷となり、この国の貴族に買われた。
そうしてわたくしがリーヴァイを買った。
殿下は全く疑いを持っていないようだった。
「気にしていない。今回の件は、久しぶりに育ての親に連絡を取る良い機会となった」
リーヴァイの言葉に王太子が微笑む。
それから、今後の使節団と国の動きについて少し話をして王太子は帰って行った。
王家の馬車を見送り、それが見えなくなってから、わたくしはリーヴァイに問いかけた。
「あの同情的なお話はいつ考えたの?」
「少し前にな。イザベルとルシアンと話し合って、そういうことにしたほうが同情心から信頼されやすい、と。それに今の我の体は吸血鬼と人間の半魔という要素があるのも事実だ」
「あら、そうなのね」
それは初耳だった。
「しかし、この体の親はもう生きてはいないだろう。もし生きているなら、我が奴隷になっているはずがない」
「そうね、両親が健在なら奴隷になることはないもの」
「魔人だと分かった上で奴隷にさせられていたことを考えると、どちらかが魔族だと気付かれたのだろう。親子共々売られていない辺り、そういうことだ」
リーヴァイは両親に関して特に興味はなさそうだった。
魔族は身内への情が厚いというけれど、意外である。
「ご両親のことは気にならないの?」
「あくまで、この体の親というだけだ。本来、魔王は濃い魔力の塊から生まれる存在。親兄弟という概念はない」
横にいるリーヴァイに何となく、寄り添う。
リーヴァイが不思議そうにわたくしを見下ろした。
「結婚したら、わたくしがあなたの家族になるわ」
親兄弟にはなれないけれど、妻という家族にはなれる。
たった一人で生まれ、家族もおらず、魔族達に傅かれて生きるというのはある意味では孤独なのではないだろうか。
……その気持ちは想像もつかないけれど。
リーヴァイのそばにいることは出来る。
「そういえば、生まれ変わる前のリーヴァイは何の魔族だったのかしら?」
それにリーヴァイが口角を引き上げた。
「ドラゴンだ。そして、元の体を取り込んだ我は、今、ドラゴンと吸血鬼と人間が混ざった存在でもある」
「そんなに混ざって大丈夫なの?」
「問題ない。主な部分はドラゴンだが、吸血鬼の能力も持っている。それだけのことだ。人間の要素は少ないが、そのおかげで完璧に人間に擬態出来る」
「擬態って……たとえば?」
「肉体の構成を変化させ、気配や魔力量、筋肉量、肉体構造などを人間そっくりに出来る。魔族や魔人に反応する魔法も我には効かない」
それに呆れてしまった。
「人間に紛れやすいってことね。無敵じゃない」
「まあ、その間は人間の身体能力程度しか動けないがな」
「むしろそのほうが疑われにくくなるわね」
リーヴァイが愉快そうに「そうだな」と言う。
「対魔族用障壁もすり抜けられるだろう」
「あなたがそんなことをしなくて済むよう、願っているわ」
* * * * *
仕事を終えたリーヴァイはルシアンの部屋へ向かう。
暗い廊下を歩きながら、無意識に首に触れ、そこに隷属の首輪がないことに気付いてリーヴァイが微かに口角を引き上げた。
……なるほど、確かに我は固執していたようだ。
外そうと思えばいつでも外せる玩具のような首輪であったが、あれはあれでなくなると物足りないものだった。
ルシアンの部屋に着き、扉を叩く。
すぐに扉が開き、ルシアンの侍従と顔を合わせたが、侍従は即座に扉を大きく開いて横にずれた。
リーヴァイが室内へ入れば、背後で扉が閉められる。
「お疲れ様です、魔王様」
机に向かっていたルシアンが顔を上げる。
ルシアンの侍従は、少し離れた壁際に控えた。
あの侍従も魔族である。
ただ、吸血鬼ではない。
「国王からの手紙が届きました」
「早いな。昼間、王太子が来たばかりだろう?」
「それだけ、他国に先んじたいのでしょう。魔族領にしかない物などは人間の国では非常に高価ですから、先に魔族と繋がりを持つことで、そういったものを優先的に得られるようにしたいというのもあるかと」
同盟の意向に従いつつ、自国の利益のためにも動く。
そのことに不快感はない。
リーヴァイとて、魔族のためになるならば『人類共同戦線同盟』の夢見がちな決定に付き合ってやろうと思っている。
「人間の金など魔族にとっては大した価値もないが、人間は財力のある者ほど立場が強くなる。出来る限り高値で売ってやれ」
「ふふ、そうですね、精々稼がせて貰おうと思います」
ルシアンがニィッと口角を引き上げた。
決して妹ヴィヴィアンの前では見せないだろう、その悪どい笑みにリーヴァイも笑った。
普段は温厚で紳士的な振る舞いをしているルシアンだが、それは人間のふりをするための仮面に過ぎず、本来のルシアンは冷淡である。
むしろ、半人半魔のヴィヴィアンを気にかけていることのほうが珍しい。
ルシアンが立ち上がり、国王のものからだという手紙を差し出した。
それを受け取った。封は既に切られていた。
危険物が入っていないかルシアンが確かめたのだろう。
「……王太子の言っていた内容の通りだな」
手紙には、自分はシャトリエ王国の国王であること、これまで人間と魔族との間で長い戦争が続いていたこと、それを憂いていること、同盟もシャトリエ王国も魔族との和睦を望んでいること、そして、出来ればシャトリエ王国から使者を送りたいのだが受け入れてもらえないかというものだった。
そこには魔人、つまりリーヴァイに関しても触れられており、リーヴァイが公爵令嬢の婚約者で、やがて二人は結婚する旨も書かれていた。
シャトリエ王国が魔族や魔人への対応を変えていくという証のつもりなのだろう。
他国から見れば、王家に最も近い公爵家の令嬢を魔人と結婚させるというのはかなり革新的で、だが、恐らくそうは真似出来ないことでもある。
実際は王太子が勝手に婚約破棄をしてしまい、しかも奴隷と婚約するような問題ばかりの令嬢だ。そのまま遊ばせておくには立場も血筋も勿体ないが、婚約破棄騒動で他国に嫁がせるのも難しく、それならば結婚させてしまったほうがいい。
しかも国がこれまで認めなかった異種族との婚姻を認めれば、シャトリエ王国が口先だけではないと示すことにもなる。
「返事を書く」
「どうぞ、こちらをお使いください」
机と椅子を示され、リーヴァイは椅子に腰掛けた。
そうして、ルシアンがペンとインク、そして便箋を用意した。
「魔族領で使われている便箋とインクの中で最も高級なものです。これならば人間側も驚くでしょう」
それは特別なインクと便箋だった。
意思と魔力を込めながらこのインクで文章を綴る。
受け取った側が魔力を持っていれば、その魔力に反応し、手紙に触れている者の頭に直接手紙の内容が伝わる。
これは元々、魔族同士の意思疎通のために使われていた。
魔族の中には文字を使わない種族、文字を覚えられない種族、立場によっては文字を習わないことも多い。
手紙を送っても読めない者がいる。
それ故に、文字が読めない者であっても手紙の内容が伝わるように考えられたのがこのインクと便箋だった。
便箋そのものに魔法がかけられており、特殊なインクに魔力を注ぐことで伝えたい内容を記録出来る。
魔族はほとんどが魔力を有しているからこそ使える手段だ。
たとえ文字や使う言葉が違っても、意思を魔力を通じて伝えるものなので、自然と相手が理解出来るものへと変換される。
しかも、これを送ったところで、魔法にさほど詳しくない人間にはどのような魔法や仕組みなのか解明するのは難しい。
ペン先をインク瓶に入れ、魔力を注ぎながらリーヴァイは便箋の上でペンを走らせた。
公爵家の使用人としての教育は無駄ではなかった。
公爵令息として生きてきたルシアンですら、思わず見惚れてしまうほど、リーヴァイの書く文字は美しく整っていた。
「これに封を。……そうだな、二週間ほど後に公爵を通じて国王へ渡すように」
ここから魔族領まではかなり時間がかかる。
だが、それは『人間ならば』という話である。
完全に力を取り戻したリーヴァイならば、一瞬で魔王城まで転移魔法で飛ぶことが可能だ。
ルシアンは転移魔法は使えないものの、飛行出来るため、普通の人間が旅をするよりずっと早く魔族領へ行ける。
「返事の早さに驚かれますが……」
「『手紙程度のものならば魔法でやり取り出来るようだ』と伝えておけ。今までは隷属魔法で禁じられていたらしく誰も知らなかったということにしておけばいい」
「かしこまりました」
席を立ったリーヴァイはつい癖で首に触れた。
「首がどうかされましたか? もしや、痛むので?」
その仕草を見たルシアンの問いにリーヴァイは首を振る。
「いや、物足りないと思ってな」
「魔王様は隷属の首輪を気に入っておられたのですか?」
「あれはヴィヴィアンとの繋がりを示す分かりやすい存在だった。そう思うと少し惜しい気持ちもある」
ルシアンは何とも言えない表情を浮かべていた。
「僕にはその感情を理解するのは難しいようです」
それにリーヴァイは笑った。
「無理に理解せずとも良い」
その感情がどういうものなのか、リーヴァイ自身も正確に理解出来ているわけではない。
だからこそ面白い。
ヴィヴィアンと過ごすようになってからは、興味深いことばかりだとリーヴァイは思う。
「では、我は自室で休むとしよう」
「お疲れ様でした」
頭を下げるルシアンとその侍従に軽く手を振り、リーヴァイはルシアンの部屋を後にしたのであった。
* * * * *




