そこで、わたくしから提案があるの。
リーヴァイが魔人であることを明かすと決めてから一週間後。
公爵家に王太子殿下とクローデットを招き、表向きは友人同士のお茶会として、しかし二人には『相談がある』と伝えてはいた。
二人の到着を待っている間、リーヴァイが言う。
「上手くいくと思うか?」
それにわたくしは微笑んだ。
「『上手くいくかどうか』ではなく『上手くやる』のよ」
「随分と自信があるようだな」
「そもそも、二人同時に落とす必要はないわ。殿下はクローデットに甘く、クローデットはわたくしに心酔している。どこに不安要素があるのかしら?」
王太子を説得するとなれば難しいが、クローデットがこちらに味方してくれれば、クローデットが王太子を説得してくれる。
元よりクローデットは心優しいので、魔族と人間の戦争がなくなればいいと思っていて、それが実現出来るかもしれない可能性があればそれを選ぶ子だ。
たとえ主人公という立場を奪われたとしても、性格が変わっているわけではない。
「いざとなれば涙の一つや二つ、流してみせるわ」
リーヴァイが小さく笑う。
「涙を武器にするか」
「貴族の令嬢が人前で泣くなんて恥ずかしいことだけれど、
わたくしが泣けば、クローデットは絶対に同情するもの」
「我が主人はなかなかに性格が悪いようだ」
「あら、今まで気付かなかったの?」
わたくしは自分でも捻くれている自覚はあるし、性格が良いとも思っていない。性悪と言われても頷ける。
そんな自分のことは案外、嫌いではない。
わたくしはわたくしが選んだ道を歩んでいる。
そこに他人の評価など気にしている暇はなかった。
他人の視線や言葉で自分の選択を変えるつもりもない。
「わたくし、悪役令嬢なのよ? 最初から『悪役』と決まっているなら、自分の好きなように生きたほうがいいじゃない」
それならば、たとえ『悪』と断罪されたとしても自分の選んだ道だから受け入れられる。
「でもわたくしはわがままだから、簡単には退場してあげないわ」
「王太子とその婚約者を味方につけているしな」
「それに聖女もお兄様の手の中だもの」
話をしていると予定の時間になった。
玄関ホールから外に出て待てば、定刻通り、王家の馬車が到着した。中から殿下とクローデットが降りて来る。
「殿下、クローデット、本日は来てくださってありがとう」
二人は笑顔で頷いた。
「ヴィヴィアン様からお誘いいただけて嬉しいです」
「私達の恩人である君からの誘いを断ることはない」
クローデットも王太子も非常に好意的だった。
これまでのことを思えば当然だが、二人の信頼を勝ち取っていると思うとなかなかに気分が良いものだ。
「さあ、中へどうぞ」
二人を最上級の応接室へ案内する。
今日は天気も良いし、最近は沢山花も咲いているので庭園のほうがお茶会は楽しいのだけれど、二人に話があるため、出来るだけ秘密が保持出来る室内のほうがいい。
王太子とクローデットがソファーに腰掛け、わたくしもその向かい側に置かれたソファーに座る。
リーヴァイが静かにお茶を用意してくれた。
「最近どうかしら? クローデットは王太子妃教育は順調?」
「はい、以前はヴィヴィアン様に教えていただいたことの復習をしていましたが、最近は新しいことを学ぶようになってそれもとても楽しいんです。大変だけど、やりがいがあります」
元々、原作でも王太子ルートに入るとクローデットは王太子妃教育を受け、かなり優秀だと書かれていたので、それに関して心配はなかった。
「クローデットは優秀で、母上も驚いているくらいだ」
王太子の言葉にクローデットが照れた様子で微笑んだ。
二人の関係も良好そうなので、今後に不安もないだろう。
「それは良かったわ」
……まあ、王家はクローデットを手放さないでしょうね。
腹違いとは言え、クローデットの妹は聖女となった。
教会と強い繋がりを維持したい王家からしたら、クローデットは聖女の姉であり、優秀でもあるので、王太子の婚約者として申し分ない。
最初は反対していた両陛下も考え直したのだろう。
「ところで、私達への相談とは何だ?」
王太子が話題を出してくれる。
これが本題だ。だが、不安はない。
「少し前に『人類共同戦線同盟』で定例会があったでしょう?」
「ああ、あったな」
「そこで今後『魔族と和平を結ぶ』方向である程度、話がまとまったというのはご存じかしら?」
「知っている」
王太子とクローデットが頷く。
王太子とその婚約者なので、知らないはずはない。
「それに対して二人はどうお思いに?」
「そうだな、かなり難しい問題だと思う。今まで魔族と敵対関係にあったのに、突然『平和的にいこう』と言われても人間も、恐らく魔族側もすぐには対応出来ないだろう」
「でも、私は良かったと思います。人間と魔族の間で長く続いていた戦争が終わって、戦争で亡くなる人や苦しむ人が減るなら、険しい道でも進む価値はあります」
二人ともほぼ予想通りの反応だった。
やはりクローデットは人間と魔族の和平に好意的なようだ。
王太子も難しいとは言っているが、反対意見というよりかは、事実を述べているといった感じである。
「ええ、そうね。ただ、人間と魔族とが交流を持つこと自体が大きな壁の一つだわ。特にこのシャトリエ王国は魔族領から少し離れているから、魔族との交流の機会が少ないもの」
魔族領とシャトリエ王国は別の国を挟んでいるため、そもそも、魔族との戦争でもあまり参加しておらず、大陸全体が同盟に加入しているから自国もそれに倣っているだけだ。
国の歴史を見ても、参戦したのは遥か昔に数えられる程度。
だが、だからこそ魔族との交流を持ちやすい国でもある。
ほとんど戦争に参加していないため、魔族領と国境を接する国に比べれば、魔族も人間も互いへの忌避感が弱いのではないだろうか。
「それが問題だ。同盟に参加している以上、魔族との交流を持つことで同盟の決定に従う姿勢を見せなければならないが、そもそも魔族は国境沿いの国を越えてこの国までは滅多に来ない」
「そこを同盟参加国から突かれる可能性が高いのね?」
「ああ、しかしいきなり魔族に使者を送っても拒絶されるだろう」
確かに王太子の言う通り、同盟の方針が変わったからと使者を送ったところで、魔族は拒絶するだろうし、最悪、使者が害されて深刻な事態に発展するかもしれない。
予想の範囲内の言葉にわたくしは微笑んだ。
「そこで、わたくしから提案があるの」
手招きをしてリーヴァイをそばに呼び寄せる。
「このことは公爵家の中でもわたくし達家族しか知らないことだけれど、実は、リーヴァイは魔人ですのよ。魔族との関係上、口外は出来ませんでしたが」
それに王太子とクローデットが目を丸くした。
しかし、元々どう見てもシャトリエ王国の者とは外見が違うため、二人は驚いたものの、すぐに納得した表情をする。
「それは……確かにそうだろうな」
「しかも、彼には魔族の知り合いがおりますわ。魔族の中でもかなり立場が上の方だそうで、交流を図るには丁度良いでしょう」
王太子がジッとリーヴァイを見つめる。
「今まで、その侍従が我が国の情報を魔族に渡していた、という可能性は? 公爵家の使用人ともなれば色々と耳にすることもあるだろう」
クローデットが「エドワード様!」と非難の滲む声で呼ぶ。
「それはございませんわ。彼には公爵家で見聞きしたことを他人に口外しないよう『命令』してありますもの。わたくしの下に来てから、ずっと奴隷である彼はこの命令に逆らうことは出来ないわ」
「そうか……」
難しい顔で王太子が考えていたが、すぐに顔を上げるとわたくしを見て頷いた。
「つまり、その侍従を使者として立てて魔族の中でも力ある者と交流を持つことで、同盟に従う姿勢を内外に示すのか」
「ええ、魔族であっても人間であっても問題があるのならば、どちらでもある魔人を立たせるのが無難ですもの。彼ならばわたくしの奴隷ですから『命令』である程度縛れますし、もし魔族が彼を引き入れようと画策しても、わたくしに隠し事は難しいでしょう」
しかし、王太子は眉根を寄せた。
「だが、使者になりたい者を募れば、魔人は他にもいるのではないか? 君の侍従でなければいけない理由はない。もしかしたら、魔族に害されるかもしれないのに、何故自分の侍従を使者に推す?」
……意外と疑り深いところがあるのね。
けれども、王太子という立場上は仕方がないだろう。
「彼が使者となればわたくしや公爵家にも利点があるわ」
「利点? 公爵家がより政で重要な位置に就きたいというのは分かるが、君の利点とはなんだ?」
「彼が使者となり、人間と魔族の間に立つ魔人となる。そして、わたくしも『人間が魔族との和睦を求めている証』として彼と結婚したら、周辺国はどう思うかしら?」
「ふむ、王家と血筋も近く、権力もあるランドロー公爵家という高い身分の家が率先して魔人と結婚し、共に使者に立つことで、周辺国にも魔族にも、これまでの『人間は他種族を認めない姿勢』が変わったことを示せる」
王太子だけでなく、クローデットも表情を明るくした。
「公爵令嬢であるヴィヴィアン様が彼と結婚なされば、他の貴族達も大きな声で反対は出来ないと思います。それで同盟国の中でも一番最初に交流を持てたとしたら、シャトリエ王国は同盟内での立場も強くなるのではないでしょうか?」
「公爵家が立つことで、シャトリエ王国は同盟の方針に意欲的だと示せるだけでなく、国内へ向けても『魔族との和睦を国が進めている』と話が広がるだろう」
二人がわたくしを見る。
「そうなれば、わたくしは大義名分を持って彼と結婚出来ますわ。婚約はしているけれど、今のままでは『公爵令嬢が気まぐれに奴隷と結婚した』と言われてしまいますもの。国の使者という役職があれば、わたくしとの結婚は受け入れられますわ」
王太子が意外そうな顔をした。
「侍従のことも考えていたのだな」
「あら、わたくしはいつだって彼のことを思って、彼のために行動しておりますのよ?」
「それなのに奴隷のままなのか? と言うか、使者にするならば奴隷からは解放するのだろう?」
「いいえ、解放はしませんわ」
わたくしが即答したので王太子が「え?」と目を瞬かせた。
「隷属の首輪は外す予定ですけれど、奴隷印を直接刻むことにしましたの。さすがに彼が首輪をつけて、わたくしが横にいる状態で『人間と魔族の和睦を望んでいます』と言っても誰も信じないでしょうから」
「奴隷のままならば同じではないか……?」
「ああ、奴隷印は服で隠れるから問題ありませんわ。これに関しては彼も了承済みですのよ」
訝しげな表情で王太子がわたくしとリーヴァイを交互に見た。
それから、王太子がリーヴァイへ声をかける。
「君は本当にそれでいいのか?」
リーヴァイは無言で頷いた。
王太子が眉根を寄せたままわたくしへ顔を戻したので、わたくしは苦笑しつつ訊き返す。
「彼に直答を許しても? ただ、その、彼の言葉遣いや態度に少々驚くかもしれませんが……」
「ああ、構わない」
「ありがとうございます」
手を伸ばせば、リーヴァイが屈み、わたくしの手にリーヴァイの首輪が触れた。
それを指先で軽く撫でながら声をかける。
「殿下の問いに直答していいわ。先ほどの質問にお答えして」
リーヴァイが口を開いた。
「我は使者になることに異論はない」
その尊大な言い方に王太子とクローデットがギョッとする。
わたくしは苦笑したまま、二人に声をかけた。
「ごめんなさいね。お父様だけでなく、他の貴族の横柄な態度を見てきたせいで言葉遣いをそのまま覚えてしまったと思うのだけれど……」
我に返った二人はそれに納得してくれたようだ。
驚いてはいたが、不快には感じていないらしい。
「君は彼女との結婚をどう考えている?」
「ヴィヴィアン以外を妻にするつもりはない」
「そうか」
一つ頷き、王太子がわたくしへ視線を戻す。
「これについては公爵も知っているな?」
「ええ、もちろん。お父様もご存じですわ」
「それならば、密かに父上に話してみよう。この話に父上が頷き、会議で承認されればとなるが……恐らく話は通るだろう」
「そうでしょうね」
国としては、むしろ良い手があったと思うだろう。
他国に先んじるためにも早急に話し合い、結果を出し、リーヴァイを使者に据えると思う。
そして、わたくしとの結婚も承認されるはずだ。
「結婚式は控えめにと思っていたけれど、そうもいかなくなるわね」
「国内外へ示すためにも、大々的に行うべきとなるな」
王太子の言葉に頷く。
「仕方ないわね。わたくし達は見せ物ではないのだけれど」
だが、これで堂々とリーヴァイと結婚出来る。
「陛下の説得はお願い出来るかしら?」
「ああ、問題ない。君に恩を返す良い機会だ」
王太子の言葉にわたくしは微笑んだ。
別作品ですが原作「ミスリル令嬢と笑わない魔法使い」のコミカライズ、「婚約破棄されたのでお掃除メイドになったら笑わない貴公子様に溺愛されました」1巻が発売してから2週間が立ちました(✳︎´∨︎`✳︎).°。
是非、漫画1巻のミスタリアとアルフリードをよろしくお願いいたします!




