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お気持ちだけいただきますわ。






「あの、お持ちしましょうか……!」




 かけられた声に振り返れば、聖騎士がいた。


 わたくしと同じか一つ二つ歳上だろう、まだ若い聖騎士の後ろには、同じ格好の青年他が数名いる。


 そして、わたくしの腕の中には洗濯かごがある。


 少し先を歩いていたシェリルが立ち止まった。


 聖騎士達を邪険に扱うわけにもいかず、わたくしは微笑み、その申し出を断った。




「お気遣いありがとうございます。ですが、こちらはわたくしの仕事で、皆様のお手を煩わせるなどあってはいけませんわ」


「いえ、俺達も訓練が終わって警備の任まで時間があるので、かごを運ぶくらい、どうということはありませんよ!」




 聖騎士の言葉に困ってしまった。


 教会に入ってから五日が経ったが、何故だか、こうして聖騎士から話しかけられることが多い。


 清掃中や食事の席、今日はこれから洗濯を教えてもらおうというのに呼び止められた。


 ……ああ、またシェリル様の機嫌が悪くなるわね。


 どういうわけか聖騎士達はわたくしが清掃をしたり、食事の準備を手伝ったりしていると「自分達がやりましょうか」と声をかけてくる。


 公爵令嬢のわたくしに気を遣っているのかもしれないが、わたくしからすると、少し鬱陶しい。


 教会では色々な経験が出来て楽しいし、学ぶことも多く、公爵令嬢として過ごすよりも忙しい日々だが充実感があった。


 シェリルは『公爵令嬢だから』とわたくしを甘やかすことはない。


 だからこそわたくしは色々な経験をさせてもらえて、出来ることが増えていくのが楽しかった。


 それなのに、何かと聖騎士達が話しかけてくる。


 わたくしが断っても遠慮していると勘違いされる。


 しかも、聖騎士達がわたくしの仕事をやってしまうこともあり、シェリルからはわたくしが聖騎士達に甘えているように見えるらしい。


 聖騎士がわたくしに話しかける度にシェリルが眉を顰める。


 そばにいたリーヴァイがわたくしと聖騎士の間に立った。


 それに聖騎士がムッとした表情を見せる。


 その視線がリーヴァイの首元に行き、隷属の首輪を見ると『奴隷のくせに邪魔をするな』という感情がありありと顔に浮かぶ。




「お気持ちだけいただきます」




 聖騎士から離れてシェリルに追いつく。


 シェリルも無言で歩き出し、わたくしがそれについて行くと、少し遅れて同じく洗濯かごを持ったリーヴァイも来る。


 裏庭に出て、水場に到着するとシェリルがかごを置いた。




「ランドロー公爵令嬢」




 振り向いたシェリルと目が合った。




「はい、何でしょう?」


「私はあなたが公爵令嬢でも、教会では、皆と同様に過ごすべきだと考えています」


「ええ、その通りですわ」




 シェリルが変なものでも口にしてしまったような、何とも表現しがたい顔をする。


 良い機会だったので訊いてみることにした。




「もしかしたらと思っておりましたが、わたくしのことで何か言われていらっしゃる? たとえば『公爵令嬢が快適に過ごせるように取り計らえ』とか」


「……似たようなことは言われました」




 眉根を寄せ、視線を逸らすシェリルは不満そうだった。


 それは当然の反応である。


 自ら教会に来ておいて、仕事をしたくないとか、快適に過ごしたいとか、教会の規則を無視するのはあまりにわがままだ。


 シェリルは真面目な神官のようなので、上から『公爵令嬢は特別扱いしなさい』と言われたら不満を感じるだろう。





「わたくしは優遇されたいとは思っておりませんわ」




 パッとシェリルの視線がわたくしへ向けられる。




「掃除をして、皆様と同じものを食べて、祈りを捧げて。二週間という決められた時間だからこそ、真面目に向き合いたいと思っておりますの」


「そのわりには聖騎士達に話しかけられているようですが」


「それはわたくしも困っています。せっかく任せていただけた仕事も聖騎士様が横から手を出してくるし、わたくしの侍従を奴隷だからと蔑んだ目で見る方もいらっしゃるし、これでは落ち着いて祈りを捧げられませんわ」




 はあ、と溜め息を吐いてしまう。


 これなら普通に侍女を連れて来たほうが精神的にも良かった。


 聖騎士達がリーヴァイに向ける侮蔑の視線が不愉快で、断っても仕事を奪われるのも苛立たしくて、楽しくない。




「わたくしを特別扱いしないよう、シェリル様から上の方におっしゃっていただけないかしら?」


「公爵令嬢がそう望んでいるとお伝えすることは出来ます」


「是非お伝えください」




 そんな話をしているとリーヴァイが顔を動かした。


 そういう仕草をするのは大抵、誰かが近づいている時だ。


 リーヴァイが顔を向けたほうを見れば、裏庭に面した外廊下を見慣れた人物が歩いている。


 その人物──……プリシラ・バスチエが視線に気付いたのかこちらを見た。目が合うとこちらへ近づいて来る。




「ランドロー公爵令嬢、お久しぶりでございます」




 丁寧に礼を執るプリシラにわたくしも同様に返す。


 教会ではプリシラは聖女であり、この場においては彼女の立場はわたくしと同格かそれ以上に近い。




「バスチエ伯爵令嬢、遅くなりましたがご婚約おめでとうございます」


「ありがとうございます。どうか私のことはプリシラとお呼びください。婚約者はランドロー公爵家の分家の方で、私のほうが立場は低いのですから、言葉遣いも楽にしていただけると幸いです」




 ふんわりと微笑むプリシラにわたくしも微笑み返す。




「それでは今後はプリシラ様と呼ばせていただくわ。プリシラ様も、わたくしのことはヴィヴィアンと」


「まあ、よろしいのでしょうかっ?」


「ええ、もちろん」


「ありがとうございます! とても光栄です!」




 プリシラは心から嬉しそうに笑った。


 ……これが演技だとしたらわたくしの負けね。


 以前、公爵家に来た時とは全くの別人である。




「ヴィヴィアン様、よろしければ、後ほど私の部屋でお茶でもいかがでしょうか?」




 シェリルを見れば頷き返される。


 洗濯を済ませた後ならば大丈夫ということだろう。




「お招きありがとう。洗濯を終えた後、伺ってもよろしいかしら?」


「はい、私もこれから午後の祈りを捧げてまいります。……後ほど会えるのを楽しみにしております」




 どこからどう見ても心穏やかで礼儀正しい令嬢である。


 プリシラが浅く頭を下げて礼を執る。





「お仕事中にお声をかけてしまい、申し訳ありませんでした」


「いいえ、では、また後ほど」


「はい、失礼いたします」




 そうしてプリシラは護衛の聖騎士達を連れて離れて行った。


 プリシラを見送っていると、シェリルに声をかけられた。




「聖女プリシラはランドロー公爵家の分家と婚姻するのですね」


「ええ、その関係もあってわたくしに便宜を図ろうとしたのかもしれません」




 それがわたくしのためになるとは限らないけれど。


 シェリルが小さく溜め息を吐いたのには気付かないふりをした。








* * * * *








 清掃を終えた後、プリシラの部屋までシェリルが案内してくれた。


 聖女という立場だけあって、プリシラの部屋は教会のかなり奥に位置しており、警備も厳重である。


 通された部屋もかなり豪華だった。


 ……伯爵家と引けを取らないくらいには華やかじゃない。


 これでも以前のプリシラは不満を抱いていたのだろう。




「招いてくださってありがとう。素敵なお部屋ね」




 立ち上がって出迎えたプリシラにそう言えば、恥ずかしそうな、困ったような顔をされた。




「お恥ずかしいことですが、以前の私はとてもわがままで、教会での生活がどのような環境なのか理解していなかったのです。そのせいで大勢の方にご迷惑をおかけしてしまっただけでなく、このように無駄なお金まで使わせてしまって……」




 聖女が欲しがったとして購入したものを、要らなくなったからとすぐに捨てることは出来ない。


 そのお金は寄付金などから出ており、物を捨てるということは、お金を捨てることと同義だった。


 だから部屋はそのまま使っているのだろう。


 プリシラは反省しているようだ。




「あ、失礼しました。どうぞこちらへお掛けください」




 ソファーを勧められ、そこに座る。


 リーヴァイとシェリルは壁際に控える。


 ……そうね、シェリル様は座らないでしょうね。


 わたくしに対してあまり好意的には感じていないようなので、同じ席に並んで座ることはあまりなさそうだ。


 せいぜい、食事の席を共にするくらいだろう。




「ヴィヴィアン様、教会の暮らしには慣れましたか?」


「ええ、初めて経験することが多くて驚いたけれど、毎日とても充実しているわ。教会の生活がこんなに楽しいとは思わなかったもの」


「以前の私も同じでした。清掃なんて使用人のする仕事で、貴族の令嬢である私がすべきことではないと前は考えていました」




 苦笑するプリシラにわたくしも頷き返す。




「そうね、でも、今は使用人に感謝しているわ」


「使用人がいなければ、私達貴族は何も出来ませんから」




 ……本当に別人ね。


 お兄様の『魅了』で性格を矯正されたプリシラは、聖女らしい令嬢になったように思う。


 今のプリシラであれば、他の貴族達も妻に望むだろう。


 だが、プリシラはお兄様の命令に従い、ランドロー公爵家の分家筋の者と結婚する。




「婚約はいつ頃、正式に発表なさるのかしら?」


「早ければ来週にも、という話は出ております。公爵家に伺い、自分の過ちに気付いてから、婚約の打診が増えてしまったので、神官長様方はお断りすることに苦労していらっしゃるそうです」


「一つ一つ断りを入れるより、婚約発表をしたほうが早いでしょうね」


「そうですね、ランドロー公爵家の繋がりと分かれば大抵の貴族は打診を諦めると思います」




 性格が変わっただけでなく、思慮深さもあるようだ。


 以前のプリシラ・バスチエはその場しのぎと言った様子で行動し、問題を起こしていたけれど、今の彼女からその浅慮さは感じられない。


 教会もプリシラがわがままを言わなくなって安堵しただろう。


 ……あら、もしかしてそれもあっての対応なのかしら?


 プリシラの問題行動を直させたのは公爵家であり、その令嬢であるわたくしが来たから、出来る限り優遇しようとしているのかもしれない。


 教会側は良かれと思ってやっているのだろうか。




「早く婚約発表がされるといいですわね」




 わたくしの言葉にプリシラが幸せそうに微笑む。


 どこからどう見ても、婚約を喜んでいるように見えた。


 ……お兄様の『魅了』は凄いわね。


 せっかくなのでプリシラにお願いをしてみる。




「そうだわ、プリシラ様、良ければ神官長様方に『皆と同じ扱いをしてください』とお伝えいただけるかしら? 公爵令嬢だからと皆様気遣ってくださるのだけれど、わたくしはきちんとこの二週間、信徒の一人として真面目に過ごしたいと考えているの」




 プリシラが考えるように視線を手元のティーカップへ向ける。




「私が公爵家にご迷惑をおかけしてしまったので、そのことで神官長様方がヴィヴィアン様に便宜を図ろうとすることはあるでしょう。……分かりました、ヴィヴィアン様のお気持ちは必ずお伝えいたします」


「面倒をかけてしまってごめんなさいね」


「いいえ、神官長様方とは毎日顔を合わせますので、その時にお伝えするだけですから大したことではございません」




 ニコリと微笑むプリシラに、もし最初からプリシラがこのような性格であったなら、また色々と未来が違っていたかもしれないと感じた。


 けれども、その未来がどうなっていたかは想像もつかない。


 そもそも性格が良い人間だったなら、主人公の立場を奪おうなどとは思わないだろうから、この『もしも』は最初から破綻している話である。


 その後は社交界に関する話や教会での話などをして、二時間ほどプリシラの部屋で過ごしたのだった。


 部屋を出るとシェリルが微妙な顔をしていた。




「聖女様が公爵家に行ってから、わがままを言わなくなったという話は本当だったのですね」



 わたくしは歩きながら頷いた。




「ええ、あまりに態度がよろしくなかったので、お兄様とわたくしとで少々お説教をしましたのよ。以前のプリシラ様は貴族の令嬢としても、聖女としても、未熟でしたから」


「……その点については感謝いたします。聖女様に使われるお金は信徒からの寄付金なのに、伯爵家よりも裕福な暮らしがしたいと毎日騒いでいらしたので、皆、困っておりました」




 教会は清貧を尊ぶが、プリシラは豪奢な暮らしを望んだ。


 プリシラを迎え入れてから、教会が色々と苦労しただろうことは想像にかたくない。


 聖女が贅沢好きとは誰も想像していなかったはずだ。




「当初、私は聖女様のおそば付きでしたが『口煩い』と辞めさせられました。……それについては後から謝っていただきましたが」




 その口ぶりからは、あまりプリシラへの信用が感じられない。




「シェリル様はプリシラ様を疑って……いえ、またわがまま放題になるのでは、と心配していらっしゃるのね」


「そうですね、これまで聖女様が言ってきたわがままは多く、それにかかった費用も少なくはありません。そのお金で救える人々もいたでしょう」


「それについては否定しませんわ」




 前を向いたまま歩くシェリルの背を見つめる。


 シェリルはこれまでのプリシラの言動を間近で見て、経験しているからこそ、本当に改心したのか疑問を抱いているのだろう。




「プリシラ様を信用するかは、シェリル様が納得出来るまでよくよく見定めればよろしいのではないかしら」




 シェリル様が立ち止まって振り返った。




「聖女様を庇わないのですか?」


「あら、以前の彼女が酷いありさまだったのは事実ですもの。それに信頼関係の薄いわたくしの言葉では、シェリル様には響きませんわ」




 押し黙ったシェリル様は正直な人だった。


 きっと、シェリル様は貴族が嫌いなのだろう。


 だからといってわたくしが彼女を嫌う理由にはならない。




「わたくしはシェリル様を気に入っておりますのよ」




 シェリル様は「そうですか」とだけ言い、背を向け、また歩き出す。


 何かと気遣ってくれるし、説明も丁寧だし、面倒見も良くて、無愛想に見えるが冷たい人ではない。




「シェリル様が担当で良かったですわ」




 シェリル様はまた「そうですか」とだけ言った。


 恐らく、微妙な顔をしているだろう。


 それが簡単に想像出来て、少しおかしかった。






 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 公爵令嬢扱いを嫌がるヴィヴィアンはかなり貴族の中では珍しいんですね。 [一言] プリシラの性格かなり変わりましたね。最初からこんなふうだったらよかったのにと思います。 お疲れ様です。頑張…
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