王太子の友人という立場も悪くないわ。
婚約破棄の件から三ヶ月が経った。
今日は久しぶりにアンジュとクローデットを公爵家に招くことにした。
あの婚約破棄騒動の後はクローデットが忙しかったのもあり、こうして三人で揃うのは久しぶりだ。
ちなみにクローデットをランドロー公爵家の養子とする話は、婚約が正式なものとなる二年後にという話で決まっている。
「ヴィヴィアンの妹になれるなんて羨ましい……」
アンジュが少し不満そうに呟く。
「妹と言っても形だけだから」
「でも羨ましいよ。私もヴィヴィアンの妹になりたい……! 二人は姉妹になるのに私だけ友達のままだし……」
アンジュの言葉にクローデットと顔を見合わせ、苦笑が漏れた。
「親友はアンジュだけよ」
「……本当?」
「わたくし、アンジュに嘘を吐いたことはなくってよ」
そう言えば、アンジュが嬉しそうな顔をする。
クローデットとは親友にはなれない。
本人からも、わたくしは恩人なので対等な関係である友人にはなれない、と言われている。
むしろ姉妹という上下が明確な立ち位置のほうがいいらしい。
「そうそう、二人には改めて紹介しないといけないわね」
手招きをしてリーヴァイを近づける。
「わたくしの婚約者のリーヴァイよ。いずれはわたくしに婿入りする予定なの。結婚後も公爵家で一緒に暮らすわ」
リーヴァイが一礼する。
それにアンジュとクローデットが「まあ……!」と声を上げる。
「おめでとう、ヴィヴィアン……! 良かったね……!」
「おめでとうございます、ヴィヴィアン様!」
アンジュとクローデットはリーヴァイが奴隷だとか、使用人だとか、そういうことを気にしない。
二人がリーヴァイにもお祝いの言葉をかけ、リーヴァイは黙ってもう一度お辞儀をする。
相変わらず、興味のない相手とは話さないらしい。
「結婚時期はまだ未定だけれど、式は控えめなものにする予定よ」
「わ、私達は招待してもらえる……よね?」
不安そうにアンジュに訊かれてわたくしは微笑んだ。
「ええ、もちろん、二人は絶対に招待するわ。と言うより、身内だけの小さな式だから、二人以外は呼ぶつもりもないの」
そもそも、使用人との結婚なので大々的には行えない。
だがそれでいい。
大切な時間は大切な人達と過ごしたいから。
「それよりも、アンジュとクローデットのほうはどう?」
わたくしの問いにアンジュが答える。
「ギルバート様とは仲良くやっていけているよ。今度、二人に紹介するね。ギルバート様は王太子殿下の近衛騎士だから、もしかしたらクローデットはもう会ったことがあるかもしれないけど」
「そうなの? どんな方?」
「オレンジの髪に金の瞳をしているんだけど……」
それにクローデットが分かったという顔で頷いた。
「あ、あの方かな? 背が高くて甘い顔立ち?」
「うん、そう、多分合ってるよ」
クローデットは既に会ったことがあるようだ。
王太子の近衛騎士であるギルバートは、お兄様とも交友関係はあるが、お兄様から紹介されたことはない。
王太子の婚約者として会っている時に、何度か見かけたが、別に知り合いでもなかったので声をかけなかった。
正式な挨拶はアンジュに紹介されてからと思っていたのもある。
「そっか、アンジュは綺麗だから、あの方なら並んでも遜色なさそう」
クローデットの素直な感想にアンジュが笑う。
「ありがとう。クローデットは王太子殿下との婚約はどう? 王太子妃教育は大変でしょう?」
「大変だけど、今はヴィヴィアン様に教えていただいていたところを勉強中だから、まだ余裕はあるの。エドワード様も分からないところは教えてくださるし」
ニコニコと嬉しそうな様子のクローデットは幸せそうだ。
王太子妃教育は苦労も多いだろうけれど、思い合っている二人が互いに助け合っていけばきっと上手くいくだろう。
「クローデットは優秀だもの。すぐにわたくしより王太子妃に相応しい存在として、社交界で活躍するようになるわ」
原作でも聖女としてだけではなく、伯爵令嬢として社交をしていたが、すぐに有名になり、発言力のある存在になっていた。
そんなクローデットを見た攻略対象は、よりクローデットに惹かれるようになる。
王太子も優秀なクローデットを見て惚れ直すはずだ。
……やはりわたくしは婚約を解消して正解だったわ。
本気で婚約破棄されていたら、怒りと羞恥と屈辱感から何をするか分からなかっただろう。
「ふふ、アンジュの婚約者と会うのが楽しみだわ」
* * * * *
三人で顔を合わせてから二週間後。
アンジュよりガネル公爵家への招待状が届いた。
クローデットも招待しているらしい。
ガネル公爵家に着き、応接室へ通されると、そこにアンジュとその婚約者、そしてクローデットがいた。
「ようこそ、ヴィヴィアン。今日は来てくれてありがとう」
「こちらこそ招いてくれてありがとう、アンジュ。クローデットも先日ぶりね」
「はい、ヴィヴィアン様とまたすぐにお会い出来て嬉しいです」
わたくし達で話していると、ギルバートが微笑ましげな顔をした。
それにアンジュは気付いていないようで、ギルバートを紹介する。
「こちらが私の婚約者のギルバート・マクスウェル侯爵令息。ギルバート様、こちらがランドロー公爵家のヴィヴィアン様です」
アンジュの紹介にギルバートが礼を執る。
「初めまして、マクスウェル侯爵家の次男、ギルバート・マクスウェルと申します」
「初めまして、ランドロー公爵家の長女、ヴィヴィアン・ランドローと申します。マクスウェル様のお話はアンジュからよく聞き及んでおります」
「おや、婚約者殿がどのようなお話をあなたにしたのか気になりますね」
整った甘い顔立ちに、やや掠れた柔らかな声。細身に見えるが、騎士ならば体はそれなりに鍛えているのだろう。身長はリーヴァイより少し低いけれど、十分長身である。
「ふふ、それは秘密にしておきましょう。気になるのでしたら、アンジュから直接お聞きになられたほうがよろしいですわ。まあ、ほとんどは惚気話だったとだけ申し上げておきます」
「ヴィヴィアン……!」
赤い顔で慌てるアンジュが可愛らしい。
思わず微笑ましく見ていれば、からかわれたと気付いたアンジュが少しムッとする。
「もう、からかわないで……!」
「ふふ、ごめんなさい。アンジュが可愛いから、つい」
よしよしとアンジュの頭を撫でれば、すぐに機嫌が良くなる。
そうして、ギルバートがわたくしの後ろへ視線を向けた。
「ああ、こちらはわたくしの侍従であり、婚約者ですわ。ご覧の通り他国出身で言葉遣いがあまり良くないので、人前では話さないようにしておりますの」
「そうなのですね」
ギルバートはチラリとリーヴァイを見たものの、興味がなかったようで、すぐに視線は逸らされた。
そうして、わたくしとクローデット、アンジュとギルバートでソファーに座る。
「私のほうこそ、ランドロー公爵令嬢についてはアンジュよりよく聞き及んでおります。親友だそうで?」
「ええ、アンジュは幼馴染でもありますので」
「幼い頃のアンジュも可愛かったでしょうね。今は美しくなり、他の男に盗られないかといつも心配しています」
その言葉に嘘はないらしく、アンジュを見るギルバートの視線は優しく、愛する者を大切にしたいという気持ちが感じられた。
原作では婚約者を失い、自暴自棄になって女たらしになっていたけれど、婚約者のアンジュが生きていれば一途な男なのだろう。
幸せそうなアンジュとギルバートにホッとする。
……アンジュが死ななくて本当に良かったわ。
そこからは四人で取り留めもない話をして過ごしていたのだが、二時間ほどが経った頃、訪問者があった。
「クローデット、迎えに来た」
それは王太子だった。
突然の来訪に全員が慌てて立ち、礼を執ろうとしたのを王太子は手で制した。
「いや、堅苦しい挨拶はいい。ガネル公爵令嬢、突然来てしまってすまなかった。クローデットに少しでも早く会いたくてな」
「エドワード様……」
クローデットはこの後、王城に行く予定があったそうで、王太子は執務を早めに終えて迎えに来たのだと言う。
ギルバート様が少し呆れた顔をした。
「殿下、だからって急に押しかけるのは良くないですよ」
ギルバートの指摘に王太子が少し気まずげな様子で視線を逸らす。この二人は原作でも仲が良かったので、ここでもそうなのだろう。
王太子とアンジュが改めて挨拶を行う。
これで、全員とも知り合いとなったわけだ。
「本当にどこでも連れ歩いているんだな」
王太子の視線がリーヴァイへ向けられる。
「侍従であり、婚約者ですもの。愛する者同士でいつでも共にいたいと思うのは自然なことでしょう?」
「それはそうだが……たまには嫌にならないのか?」
王太子の問いにリーヴァイが首を振る。
チャリ、と隷属の首輪が鳴ると王太子がわたくしを見た。
「夫にするなら隷属の首輪を外したらどうだ?」
眉根を寄せる王太子の様子からして、奴隷という制度自体をあまり好んでいないようだ。
「わたくし達にはわたくし達の事情というものがありますのよ。彼はわたくしのもので、何かあった際に必ずわたくしの命令に従うようにさせておく必要がございますの」
「どういう意味だ?」
「彼は首輪をつけておかないといけないくらい強いということですわ」
王太子とギルバートは不思議そうに首を傾げた。
アンジュとクローデット様は特に気にしていないようだった。
「夫婦なのに対等ではないということか?」
「ある意味ではそうですわね。彼が本気を出せばわたくしなど簡単に殺せるでしょうから、奴隷に甘んじてくれているのは彼なりのわたくしへの気持ちですわ」
奴隷が嫌だったなら、魔人に過ぎないわたくしを殺して隷属の首輪を外すことも出来るのに、リーヴァイはそうはしなかった。
「……意味が分かりませんね」
やはりギルバートが不可解そうな顔をする。
「理解されなくても構いません。わたくしの気持ちを彼が分かっていて、彼の気持ちをわたくしが分かっている。それだけで十分ではございませんか」
「婚約していた時も思ったが、君は少し捻くれているな」
「あら、褒め言葉として受け取っておきますわ」
「いや、どう考えても褒め言葉ではないだろう……」
呆れた顔の王太子の肩をギルバートがぽんと叩く。
婚約している間は不仲の噂を広めるために王太子と互いに冷たい態度を取っていたが、こうして計画が無事達成出来た今は王太子との間に軋轢はない。
……元々、不仲になるほどの関係ではなかったけれど。
クローデットが婚約者になってから、王太子の性格は少し柔らかくなったように思う。
グイと肩を引き寄せられて、顔を上げればリーヴァイに抱き締められていた。
「もしかして妬いてしまったかしら? ごめんなさいね」
リーヴァイの頬に触れ、屈んだリーヴァイの頬に口付ける。顔を離せば、皆が赤い顔でこちらを見ていた。
……あら、少し刺激が強かったようね。
リーヴァイがお返しとばかりにわたくしのこめかみに口付け、満足したのかわたくしを解放した。
「この通り、わたくし達も両思いですのでご心配なく」
こほん、と王太子が咳払いをする。
「……そのようだな」
それ以上は口を挟むべきではないと分かったようだ。
王太子が話題を変える。
「ところで、今更だがランドロー公爵令嬢、君と友人関係になりたいと私は思っている。君のおかげで私達は婚約出来た」
その言葉にわたくしは考えた。
……王太子の友人という立場も悪くないわ。
まさかそれが魔人で、そのそばにいるのが魔王だとは思いもしないだろうから。
「わたくしでよろしければ」
「恩人である君を差し置いて、他の誰を友人に出来ようか。これからもどうか、クローデットと共によろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
王太子が差し出した手を取り、握手を交わす。
「クローデットが我が家へ養子に入れば、わたくし達は親族になりますわ。そのためにも、クローデットへの支援を惜しまないつもりです」
「そうか、助かる」
「ありがとうございます、ヴィヴィアン様」
この二人が結婚し、王太子と王太子妃、やがては王と王妃になった時にわたくしは両陛下の友人という立場となる。
お母様やお兄様、リーヴァイにとっては利点だろう。
王国の内情を簡単に知ることが出来るし、場合によっては密かに干渉も出来る。
……ごめんなさいね、クローデット。
もし人間と魔族の戦争が再開するようなことがあれば、わたくしは魔族に加担する。
魔人のわたくしは人間に受け入れられることはない。
魔族からも恐らく受け入れられないが、どちらかを選ぶなら、家族と愛する人を選ぶ。
わたくしはあなた達を利用する代わりに、あなた達にも協力する。
でも、出来れば裏切りたくはない。
「友人ですもの、感謝なんて必要ありませんわ」
この穏やかな日常が続くことをわたくしは願うだけだ。




