表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/50

わたくしも愛を貫こうかと。

 




「そちらの令嬢の爵位が問題であれば、我が家と養子縁組を行い、ランドロー公爵家の者として嫁がせれば公爵家と王家のとの間の繋がりも維持出来ます」


「ク、クローデットが公爵令嬢になるのですか……!?」


「バスチエ伯爵家は公爵家と王家、両方と繋がりが出来て、伯爵位の中でも家格が上がるでしょうな」




 お父様の言葉にバスチエ伯爵の目が輝く。


 ……上昇志向はあるようね。


 目の前にぶら下げられたえさに釣られている。


 それにかじりつき、クローデットを差し出しても、実際にはバスチエ伯爵家への恩恵はそれほどない。


 クローデットは公爵令嬢となってから王家に嫁ぐので、王妃の実家と言ってもさほど力は持てないし、今までの扱いのせいでクローデットは実家と距離を置くだろう。


 伯爵家は政略結婚の手駒を一つ失う。


 王太子もクローデットが伯爵家でどのように扱われてきたか知っているので、バスチエ伯爵と懇意にするとは思えない。




「やはりたばかったな?」




 陛下の唸るような声にお父様は平然と返す。




「さて、何のことやら」




 陛下はしばし眉根を寄せて考えていたものの、はあ、と大きく溜め息を吐くとソファーにもたれかかった。


 このままわたくしと王太子の婚約を維持させることは出来る。


 ただし、その場合は国中に不仲が知られた王と王妃になり、子が生せるかどうかも分からず、ランドロー公爵家との関係にも亀裂が入る。


 ここでわたくしと王太子の婚約をやめ、クローデットと王太子を結婚させれば跡継ぎの問題で心配する必要もなく、ランドロー公爵家に養子に入って嫁ぐため、公爵家との軋轢を生まずに済む。


 何より、王族の言葉を簡単に覆すわけにはいかない。


 たとえ王太子の独断であったとしても、王族が言葉を発した以上、よほどのことでなければそれを通すしかなかった。


 陛下は頭が痛いといったふうにこめかみに指を当てた。




「……分かった。エドワードとランドロー公爵令嬢の婚約は解消とする。理由は王太子の勝手な振る舞いによるものだ」




 公爵令嬢わたくしの名誉も、ランドロー公爵家の名誉も傷付けない方法だ。




「そして、バスチエ伯爵令嬢がランドロー公爵家と正式に養子縁組を行うのであれば、エドワードとの婚約を許可しよう」




 それに王太子とクローデットの表情が明るくなる。


 だが、陛下は「ただし!」と言葉を続けた。




「二年は仮の婚約期間とする。その間に王太子妃教育を行い、相応しくないと判断した場合は婚約を解消させる。それから更に二年の正式な婚約期間を経て、問題がなければ結婚を認めよう」




 つまり、クローデットは十八歳まで王太子妃教育を学び、王族になる者としての品格や思考、言動などに問題がないか確認し、その後の二年で王太子妃に相応しい手腕があるか問われるということだ。


 最初の二年はとてもつらいだろう。


 王妃はきっとクローデットを良く思わないし、社交に関して助けてはくれないかもしれない。


 そこはわたくしとアンジュ、あとはお母様の力も借りて、クローデットを後押しすれば何とかなる。


 しかし上級貴族の礼儀作法の教育を受けつつ、王太子妃教育も受け、今までの慈善活動や社交も加えるとクローデットが耐えられるかどうかは彼女次第である。


 ……この一年、わたくしでさえ苦労したもの。


 クローデットも優秀なので、出来なくはないだろう。


 十八を迎えたら、今度は正式な婚約者として王太子妃に相応しいかどうか、その手腕を見るために、王妃について国内の社交だけでなく外交も行うようになるはずだ。


 もしどこかで失敗し、相応しくないと判断されれば、婚約は解消されて王太子は他の令嬢が当てがわれる。


 クローデットも結婚適齢期を過ぎてしまうから、他に条件の合う相手を見つけることは難しい。


 それだけの覚悟があるか、と陛下は問うているのだ。


 クローデットもそのことに気付いたようだ。


 真剣な眼差しで陛下を見返した。




「エドワード様と結婚するためなら、どのような努力も惜しみません。たとえエドワード様と添い遂げることが叶わなくても、わたしは生涯、エドワード様への愛を貫きます」




 貴族の令嬢が結婚せずにいるというのは体裁が悪い。


 陛下の前で『エドワード以外と結婚はしない』と誓ったのだ。もしクローデットが他の者と結婚しようとしても、陛下は許可を出さないだろう。


 結婚出来ず、行き場を失った令嬢は教会へ入れられる。


 そうなれば簡単には貴族に戻れないし、教会での生活は貴族の令嬢にとっては厳しく、つらく、不名誉なことだ。




「クローデット……」




 王太子が感動した様子でクローデットの名を呼ぶ。


 陛下はもう一度溜め息を吐くと頷いた。




「そこまで言うのであれば、今後の四年間で覚悟を見せよ。余は会場へ戻る。そなた達も会場へ戻るのだ」




 恐らく貴族達は王太子とクローデットの関係に対し、あまり良い感情は持たないだろう。


 家同士の契約である婚約を勝手に破棄したのだ。


 そのような者達は信用出来ないと言われても仕方がない。


 二人はそこから、皆の信用を得なければいけなくなる。




「ランドロー公爵令嬢は今夜はもう帰るがいい」




 わたくしが二人を手伝うことは許されないようだ。


 お父様とお母様、お兄様が残るなら問題はないだろう。




「かしこまりました」




 そうして、陛下が立ち上がり、王太子とクローデットがその後を追う。


 部屋を出る直前、王太子とクローデットはわたくし達に一礼した。




「では、わたくしは帰りますわ。お父様、お母様、お兄様、あとはよろしくお願いいたします」




 わたくしはリーヴァイと共に一足先に公爵邸へと帰った。


 王太子の婚約者ではなくなったと思うと気分が軽くなる。


 ……これでわたくしは自由の身ね。






* * * * *







 その後、王太子とクローデットの仮の婚約は貴族から認められた。


 けれども王太子の婚約者候補は何人か選ばれるそうで、クローデットは彼女達と比べられることとなる。


 上級貴族の令嬢ばかりだから、クローデットは今まで以上に努力し、成果を見せる必要がある。


 だが、意外にも王妃はクローデットを拒絶しなかったそうだ。


 王太子が王妃に説明し、全ては自分の責任だと伝え、クローデットへの気持ちは本物だと説得したらしい。


 ……なかなかやるわね。


 クローデットは人の話を聞き、素直で真面目で、人当たりの良い子なので、王妃とも案外すぐに仲良くなれるかもしれない。


 わたくしも社交については継続し、顔を広げるというよりかは『クローデットとの仲は良好』だと周囲に理解させた。


 クローデットと仮にでも婚約出来たことで、王太子はわたくしへの冷たい態度をやめた。それに周囲の貴族達は驚いていたが、聡い者ならば恐らくある程度は今回の件について察しただろう。


 たまに夜会などで「今後はどうするのか」と問われたりもするが、わたくしはその度にこう答えている。




「わたくしも愛を貫こうかと」




 誰もが驚いた顔をしていたが、それが気持ちいい。


 中にはわたくしに求婚しようと考えていた者もいたようだけれど、こう答えれば皆、諦めた。


 わたくしは相変わらずリーヴァイを連れ歩いていたから、いくら公爵家と繋がりを持てたとしても、周囲からの好奇の目や噂の的になるのは耐えられないということだ。


 わたくしは王太子妃教育がなくなり、その余暇を楽しく過ごしている。




「ヴィヴィアン、我はいつまで『待て』をしていればいい?」




 わたくしを抱き締め、リーヴァイが言う。




「そうね、そろそろいいかもしれないわ」




 婚約は解消となった。


 本来ならば婚約を解消または破棄してから、すぐに新たな婚約を結ぶのはあまり褒められたものではないのだが、わたくしがいつまでも一人だとクローデット達も気にするだろう。




「お父様とお母様とお話をして、わたくし達の婚約を決めましょう。奴隷と公爵令嬢の婚約だなんて皆、驚くわね」


「それが実は魔王だなどど誰も思うまい」


「ふふ、人間をあざむいて魔族と通じるわたくしはまさしく悪女だわ」




 もし魔人であることや、魔王の妻であることが知れ渡ったとしても、この国を脱出すればいいだけのことだ。




「他の人間を騙すのは胸が痛むか?」


「誰しも他人に言えないことの一つや二つはあるわ。それにわたくし、自分を『人間です』と言った覚えはないもの」


「なるほど、嘘ではないな」


「皆が勘違いしているだけですわ。まあ、分かっていてそのままにしてはおりますけれど、訊かれたらきちんと答えますわよ」




 リーヴァイがわたくしの額に口付ける。




「ヴィヴィアン、やはりそなたは良いな」




 わたくしはリーヴァイの頬に手を添えて引き寄せる。




「当然ですわ。だってわたくしですもの」




 今日はわたくしのほうから口付けた。


 ふ、とリーヴァイが嬉しそうに目を細める。


 推しの魔王様のバッドエンドを回避するために本人を買ったら、まさか愛されることになるなんて。


 ……人生は何があるか分からないものね。


 だが、だからこそ人生は面白いのかもしれない。







* * * * *







「おかしいわ……」




 小さな燭台に照らされた薄暗い室内の中、呟く声がする。


 柔らかな茶髪に緑の瞳をした少女──……プリシラ・バスチエは小首を傾げていた。




「……ヒロインは私のはずなのに」




 腹違いの姉、クローデット・バスチエが王太子の婚約者となった。


 プリシラの母である伯爵夫人は驚き、伯爵である父は「いずれ我が家は王妃の生家となる」と喜んでいたが、本来、この世界はプリシラのための場所だった。


 原作ではクローデットがヒロインで、彼女と攻略対象達との恋物語を楽しむゲーム。


 しかし、プリシラはこの世界に転生した。


 そして、クローデットの位置はプリシラのものとなった。


 だが、本来の世界とは色々と差異が生じていた。


 魔王ディミアンを虐げているのはバーンズ伯爵夫人のはずだったのに、何故かディミアンを連れ歩いているのはヴィヴィアン・ランドローで。


 しかもそのヴィヴィアン・ランドローはクローデットと仲が良いらしい。


 王太子とヴィヴィアンが原作通りに婚約したので、大筋は同じなのだろうと思っていたら、原作ではもっと後にあるはずの二人の婚約破棄騒動が先日起こった。


 それだけでなく、王太子が選んだのはクローデットだった。


 王太子はプリシラの『推し』ではないので別にそのこと自体は構わないが、王太子に近づき、そこから『推し』に近づこうという作戦は難しくなる。


 一度、ヴィヴィアン・ランドローと敵対してしまったが、何とか彼女と繋がりを得ようとしても、クローデットは公爵家に一緒に連れて行ってくれないし、両親にはついて行こうとすると止められるし、噂のほうも失敗してしまった。


 ヴィヴィアン・ランドローに近づくのは難しい。


 悪役相手だからと敵対してしまったのは失敗だった。


 わざと彼女の良くない噂を他の令嬢達に広めさせて、庇えば、ヴィヴィアンのほうから声をかけてくれるだろうと思ったがそれもない。




「……ルシアン様……」




 プリシラの『推し』はルシアン・ランドローだった。


 輝くような金髪に鮮やかな紅い瞳を持つ、美しい公爵令息。


 プリシラが彼と出会うにはデビュタントを待つか、ヴィヴィアン・ランドローに近づいて接触するしかない。


 それなのに、姉のクローデットは「あなたは招待されていないから連れて行けないの」と言う。


 プリシラが「お友達なら招待してもらえるようお願いして」と言っても聞いてくれない。


 以前のお茶会の件をクローデットも知っているようだ。


 原作でもヴィヴィアン・ランドローは悪女で、好き嫌いが激しい令嬢だったので、もしかしたらまだ根に持たれているのかもしれない。


 謝りたいと伝えてもクローデットは懐疑的な目を向けるだけで、頷くことはなかった。




「でも、もうすぐきっと会える……!」




 プリシラが十六歳を迎えれば、全てが変わるだろう。


 両親はまたプリシラのお願いを聞いてくれるようになるだろうし、クローデットもプリシラの言葉を無視出来なくなる。


 ヴィヴィアン・ランドローに近づかなくても、恐らく『推し』のほうから近づいて来てくれるはずだ。


 そうなればあとはプリシラの望み通りだ。


 誰もがプリシラに傅き、丁重に扱ってくれるだろう。




「ああ、早く会いたいな、ルシアン様……」




 この世界はプリシラのための世界だ。


 だから、プリシラは幸せになれる。


 クローデットと王太子の婚約も、ヴィヴィアンが魔王を奴隷にしていることも、プリシラにとっては些末な問題であった。





* * * * *

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ヴィヴィアンからのリーヴァイに対しての『待て』がついに解禁されましたね。これからは存分にイチャイチャしてほしいです。 [一言] やはりプリシラは転生者でしたか、しかもルシアン推し、必ずヴィ…
[一言] プレシアの頭がお花畑でここがゲームだとおもっているから2人が一緒にいれるからある意味感謝できるかも
[一言] 王太子が、きちんと仕事ができるタイプで、安心しました。 クローデットちゃんも、今後、上手くいくでしょう。 プリシラちゃん。…名前は可愛いのに。(^_^;) 既に、ゲームと違う世界になってい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ