二人とも、お誕生日おめでとう。
そうして、わたくしが十七歳になる数ヶ月前に、アンジュとクローデットが十六歳の誕生日を迎えた。
原作ではアンジュは十五歳で馬車の事故に遭い、亡くなってしまうはずだったが、無事に問題の一年を越すことが出来たのだ。
そして親しくなって知ったのだが、アンジュとクローデットは誕生月が同じだった。
きっと、ギルバートルートに入るとその辺りの話も出て来るのだろう。だからこそギルバートはクローデットのことが気になり、亡くなった婚約者と同じ誕生月で同じ歳の彼女に惹かれていくようになるのかもしれない。
何はともあれ、アンジュが十六歳を迎えられたのは喜ばしいことである。
クローデットもついに十六歳となった。
原作が始まるはず──……なのだけれど。
「二人とも、お誕生日おめでとう。成人を迎えて、二人も今年から社交界に出ることになるわね」
二人の誕生日が過ぎてから、我が家に招待した。
デビュタントを済ませるまでは基本的に誕生日は家族や親族で祝うため、来年からはアンジュもクローデットも誕生日はパーティーが開かれることとなるだろう。
わたくしも十七歳の誕生日からはそうなるけれど、二人のデビュタントより先に誕生日を迎えるので、まだ二人を招待することは出来ない。
それが少し残念だが、決まりは決まりだ。
「ありがとう、ヴィヴィアン」
「ありがとうございます、ヴィヴィアン様」
アンジュとクローデットが嬉しそうに微笑んだ。
手を叩くと、侍女が二人の前のテーブルに両掌に乗るほどの大きさの箱を置く。
「これは二人への誕生日の贈り物よ」
どうぞ、と手で示せば、アンジュとクローデットがリボンを解いて箱を開ける。
中には大きな宝石で作ったブローチが入っている。
中から二人がそれを取り出し、顔を見合わせた。
アンジュには紫色の宝石に金縁のものを。
クローデットには青色の宝石に金縁のものを。
わたくしの胸元には赤色の宝石に金縁のものがあった。
「特別なお友達の証よ。お揃いで可愛いでしょう?」
胸元に手を添えて見せれば、二人が嬉しそうに笑った。
「素敵……! これなら一目でお友達と分かるよね……! ありがとう、ヴィヴィアン……!!」
「あ、ありがとうございます! こんな素敵なブローチをいただけるなんて、ずっと大切にします!」
二人はすぐにブローチをドレスの胸元に着け、嬉しそうに微笑み合った。
伯爵家のクローデットが使うには少々華やかすぎるけれど、これは公爵令嬢であるわたくし達が目をかけていると周囲に表す目的もある。
三人が宝石違いで同じ意匠のブローチを愛用していれば、誰が見ても親しい間柄だと分かる。
「二人とも、よく似合っているわ」
わたくしが見立てたのだから間違いなんてないけれど。
嬉しそうな二人の様子にわたくしも嬉しくなった。
「それから、二人の誕生日を祝うために特別な茶葉をお兄様から譲っていただいたの。是非、飲んでちょうだい」
侍女が紅茶を用意する。
それは、少し前にお兄様が伝手をつくって購入出来るようになった、あの特別な紅茶である。
アンジュが香りを嗅いで、すぐに驚いた顔をした。
「これって……」
それから一口飲み、感動した様子で溜め息をこぼした。
「やっぱり……ディトゥーアの『高原の気高き王女』だよね?」
「さすがアンジュ、よく分かったわね」
西のずっと離れた場所にある国・ディトゥーア王国。
そこの山岳地帯でのみ育てられている特別な茶葉で、香り高く味も良いことから『高原の気高き王女』と呼ばれ、その国で栽培されている紅茶の中でも最高級品だった。
そっと一口飲んだクローデットが目を丸くする。
「……美味しい……」
「この紅茶はミルクや砂糖を入れても美味しいけれど、そのまま飲むのが一番香りを楽しめていいのよ」
「こんなに美味しい紅茶は初めてです」
アンジュがクローデットに顔を寄せてヒソヒソと囁く。
恐らく、この紅茶について説明しているのだろう。
「えっ」とクローデットが酷く驚き、手元のティーカップを見下ろし、わたくしを見た。
……伯爵家が購入出来る茶葉ではないものね。
「誕生日のお祝いにこちらの茶葉も差し上げるわ」
クローデットが戸惑った様子で返事をした。
「いえ、そんな、ブローチをいただけただけでも嬉しいのに……」
「クローデット様、この茶葉、実は王妃様がとてもお好きなものなのよ。殿下の婚約者になった時、王妃様とお茶を共にする際に『知りませんでした』なんて言えば王妃様の機嫌を損ねてしまうわ」
「でも……」
困り顔のクローデットにアンジュが微笑んだ。
「クローデット、受け取っておいたほうがいいよ。こういう時は断るほうが失礼になることもあるから」
「アンジュがそう言うなら……」
……あら? いつの間に二人は名前を呼び捨てにし合う仲になったのかしら?
「まあ、アンジュもクローデット様もずるいわ」
「え?」
「えっと、何がですか……?」
「クローデット様、わたくしのことも『ヴィヴィアン』と呼んでほしいわ。言葉遣いも、お友達同士の時は気軽に接してくれないかしら? アンジュとクローデット様ばかりずるいわ」
するとアンジュとクローデットが顔を見合わせ、ふふふ、と笑い出した。
「だって、クローデット」
「ヴィヴィアン様、お可愛らしいです」
二人はおかしそうに笑い、クローデットが言った。
「ヴィヴィアン様には今のままではいけませんか?」
「ダメではないけれど、どうして?」
「ヴィヴィアン様はわたしの恩人で、先生なので丁寧に接したいんです。あ、もちろん、アンジュも恩人でお友達なのですが、ヴィヴィアン様はわたしにとって特別な人だから」
そう言われてしまえば、わたくしは下がるしかない。
クローデットの『特別』になれただけでよしとしよう。
「それなら仕方ありませんわね」
「ごめんなさい……」
申し訳なさそうな顔をするクローデットに微笑み返す。
「あら、クローデット様が謝ることはなくってよ? わたくしを大切にしてくれているということですもの」
「その、でも、出来ればヴィヴィアン様には『クローデット』と呼んでほしいです。……ダメですか?」
「いいえ。では、これからはクローデットと呼ばせてもらうわね」
「はい、ありがとうございます、ヴィヴィアン様!」
横からアンジュが「良かったね」と声をかけ、クローデットが「うん」と嬉しげに頷いていて、可愛い二人の様子にわたくしも和む。
アンジュとクローデットが並ぶ姿は原作にはないものだろう。
けれども、だからこそ、この光景が眩しかった。
* * * * *
わたし、クローデット・バスチエは、バスチエ伯爵家の長女である。
お父様とお母様の間に生まれた一人娘だったけれど、お母様が病に倒れて亡くなってしまうと、お父様は『新しい家族』を家に招き入れた。
……その人達が嫌いというわけではないけれど……。
お母様が亡くなってすぐにお父様が新しい女性を連れて来たことや、その人とお父様の間に生まれた娘だという義妹が自分と一歳しか違わないことはすぐには受け入れられなかった。
お父様とお母様はずっと仲睦まじく暮らしていた。
それなのに、お父様は他に愛人を作っていた。
貴族としては珍しいことではないと分かっていても、裏切られたという気持ちは拭えなかった。
しかも、義妹・プリシラはわたしに懐いた。
明るくて、素直で、正直で、平民であったならそれは美徳だったのかもしれないけれど、本音と建前の違いが分からず、貴族令嬢にしては純粋すぎる子で、そのせいで色々と問題を起こしてしまう。
貴族になったのに貴族の礼儀作法や規則を学ばず、やっと学んでも従わず、新しい伯爵夫人とお父様はプリシラに甘い。
まだ準成人すら迎えていない子供をお茶会に連れて行くなんて。
バスチエ伯爵家の評判は落ちるし、どこに行くにもプリシラがついて来るので友達からも敬遠されてしまい、家の使用人達はお父様に愛されて可愛がられているプリシラの味方をして、わたしの扱いは雑になっていった。
……いつか、追い出されてしまうのかな。
お父様の決めた人と結婚して、きっと、お父様はプリシラとその結婚相手にバスチエ伯爵家を継がせたいと思っているのだろう。
……もう、あの家にわたしの居場所はない。
虐待はされないけれど、冷たく余所余所しい伯爵夫人。
どこに行くにもついて来る礼儀作法の出来ていない義妹。
夫人と義妹に甘く、わたしへの関心を失ったお父様。
お父様の様子を見て、わたしへの態度を変えた使用人達。
何とか家を抜け出しては密かに教会に通っていた。
……神様、どうか助けてください……!
わたしは居場所がほしかった。
わたしを見てくれる人がほしかった。
愛して優しくしてくれる人が、人の温もりが恋しかった。
だけどわたし自身には何の力もなくて、どうしようもなくて、ただ苦しいと思いながら毎日が過ぎていく。
そんな中、声をかけてくれたのがヴィヴィアン様とアンジュだった。
家から逃げるように教会へ行き、神様に祈っていると、後ろから声をかけられた。それが二人との出会いである。
アンジュは優しくて、穏やかで、とても良い子だ。
華やかな外見とは裏腹に少し気が小さいみたいで、そのことを気にしていて、公爵家の方でも自信がないことなんてあるんだと最初は驚いた。
でも、アンジュは気配り上手で、わたしのために自分のお友達を紹介してくれた。
そして、ヴィヴィアン様はわたしの一番特別な人だ。
わたしが家にいる時間を減らせるように公爵家に招いてくれたり、孤児院を紹介してくれたり、アンジュと同様にわたしに居場所を与えてくれた。
何より、後でアンジュから教えてもらったのだけれど、わたしの話を聞いて、ヴィヴィアン様はわたしを助けたいと言ってくれたそうだ。
わたしに声をかけたのも、ヴィヴィアン様の案だった。
しかも、公爵家の二人と友人関係になってから、家でのわたしの扱いも変わった。
お父様はわたしを無視しなくなったし、伯爵夫人はわたしに冷たくするのはやめた。プリシラは相変わらずわたしにくっついて来ようとするけれど、公爵家の二人に迷惑をかけたら困るとすぐに止められる。使用人達もわたしへの態度が丁寧になった。
今までのことを忘れて受け入れることは難しい。
でも、もういいと思った。
わたしにはヴィヴィアン様とアンジュがいる。
ヴィヴィアン様が紹介してくれた孤児院付きの教会で、エドワード様とも出会った。
この国の王太子殿下であるエドワード様は、常に自信に満ちあふれていて、堂々としていて、けれどもわたしに優しく話しかけてくれた。
エドワード様と恋に落ちるのに時間はかからなかった。
だが、王太子と伯爵令嬢では身分が違いすぎる。
どう頑張ってもわたしは側妃にしかなれない。
しかもエドワード様とヴィヴィアン様の婚約が決まったと聞いた瞬間、わたしは身を引くしかないと思った。
わたしを助けてくれたヴィヴィアン様なら、と。
しかし、二人の婚約は取引の結果であり、本気で結婚するつもりはないとヴィヴィアン様もエドワード様も言う。
「わたくしと婚約していれば殿下が他の方に取られる心配もないし、クローデットがデビュタントを迎えたら婚約破棄するわ。わたくし、貴族と結婚するつもりがそもそもないの」
ヴィヴィアン様のそばには美しい使用人がいつもいた。
今は帰郷中とのことでいないけれど、ヴィヴィアン様は、その使用人の侍従を愛しているそうだ。
エドワード様と婚約すれば、歳の近い者もみんな婚約し、相手がいなくなるし、王族から婚約破棄をされた令嬢を欲しがる貴族もいない。
だから破棄をするまでの仮初めの婚約なのだと言った。
それだけでなく、ヴィヴィアン様は王太子妃教育で学んだことをわたしへ教えてくれる。
忙しいはずなのにいつだってヴィヴィアン様は笑顔でわたしに接してくれて、優しくしてくれて、エドワード様との恋も応援してくれる。
……天使様じゃないのが不思議なくらい。
何か恩をお返ししたくても、ヴィヴィアン様に渡せるような価値のあるものは何もなくて。
それをアンジュに相談したら、アンジュは笑っていた。
「これからもヴィヴィアンと仲良くしてあげて。ヴィヴィアンは勘違いされてしまうこともあるけど、本当は凄く優しい人だから」
もちろん、それについては当然のことだ。
ヴィヴィアン様から『もう友達ではない』と言われない限り──……いいや、言われたとしてもわたしはヴィヴィアン様のために出来ることは何でもするだろう。
今は神様ではなく、ヴィヴィアン様を崇めていると言ったらヴィヴィアン様には呆れられてしまうかもしれないけれど、わたしはそれくらい感謝している。
ランドロー公爵家からの帰りの馬車の中。
触れた胸元にはお揃いのブローチが輝いている。
……ヴィヴィアン様のためにももっと頑張らなきゃ。
わたしを応援してくれる人のために、わたしは努力する。
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