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問題児は色々な意味で警戒すべきね。

 





 それから二週間後、伯爵家のお茶会に参加することになった。


 バスチエ伯爵家ではなく、他の伯爵家のお茶会だが、お母様にお願いをして顔を繋いでもらったのだ。


 どうやらバスチエ伯爵夫人とクローデットの異母妹は問題のある人物として扱われ、招待してくれた伯爵家でも困っていたらしい。


 同格で夫同士が知り合いのため招かないわけにはいかないが、招けば他の人々を必ず不快にさせてしまう。


 結局、招く他なかったようで、わたくしが注意をすると申し出たら、是非そうしてほしいと返事が来た。


 ……まあ、当然よね。


 家同士の繋がり的には招待する必要があるけれど、問題を起こすと分かっていて招くのは胃が痛い思いだろう。


 だから公爵令嬢のわたくしが注意をするなら、たとえバスチエ伯爵家でも反論は出来ないし、常識を伝えるだけなので角は立たない……はずである。


 もしも恨まれたとしても、わたくしは気にしない。


 お茶会の主催者であるベイン伯爵家に向かう馬車の中で考える。


 ……まさかとは思うけれど、義妹のプリシラという子は貴族教育を受けていないのかしら?


 少なくとも、わたくしがクローデットと出会う前には伯爵家に来ているはずなので、それから真面目に教育を受けていれば常識くらいは身につくはずだ。


 その辺りもクローデットに訊くべきだったかもしれない。


 ふと視線を動かし、向かいにいる侍女を見て、少し寂しさを感じた。リーヴァイがいないことに慣れるのは難しい。


 ……ダメよ、今はこちらのことに集中しないと。


 そうしているうちに馬車は目的地に到着した。


 ベイン伯爵家の執事に出迎えられ、お茶会の会場に案内される。


 庭園は控えめだが、美しく整えられており、落ち着いてお茶会を楽しむには居心地の良さそうな場所だった。


 会場に足を踏み入れるとベイン伯爵夫人だろう女性が振り返り、すぐに近づいて来た。




「お嬢様、本日はお越しいただき、ありがとうございます……!」


「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。改めまして、ランドロー公爵家の長女、ヴィヴィアン・ランドローと申します」


「ベイン伯爵家当主ブルックの妻、カテリーナ・ベインと申します」




 お互いに略式の礼を執り、わたくしは微笑んでみせた。


 それにベイン伯爵夫人が不安そうな顔をする。


 わたくしに問題児を押しつけてしまうと感じているのかもしれないが、こちらから申し出たことなので気にしないでほしい。




「今回はわたくしのわがままを聞いてくださって助かりました。社交界の輪を乱す者を放置しておくわけにはまいりませんから」


「私共の力及ばず、お手数をおかけいたします……」


「いいえ、ベイン伯爵夫人は何も悪くありませんわ」




 問題はそれを起こした者に責任がある。


 周りがどうやっても、本人がやめようと思わなければ止めようがないだろう。


 ……クローデットの義妹には可哀想だけれど、少し恥をかいてもらおうかしら。


 ベイン伯爵夫人にテーブルまで案内してもらい、一杯だけ紅茶をいただき、それから夫人の挨拶回りについて行くことにした。


 普段は伯爵家以上の家のお茶会にのみ参加しているが、こうして伯爵家以下の貴族達と顔を繋ぐのも案外悪くない。




「ご機嫌よう、皆様」




 そして、問題の人物達がいるテーブルに着く。


 丸テーブルに四つ椅子が置かれるべきなのに、そこだけ五つ置かれており、一人だけ明らかに幼い令嬢がいた。


 ……この子がクローデットの義妹ね。


 クローデットより濃いダークブラウンの髪に緑色の瞳は美しく、幼いけれど顔立ちはとても可愛らしい。


 その隣にいる女性も同色の茶髪に緑の瞳で、母娘でよく似た顔立ちだった。見目の良さだけならば貴族の中でも上位だろう。


 その令嬢と目が合った。


 こちらが見ていたように、向こうもわたくしをジッと見る。




「本日は特別にランドロー公爵家の方をお招きいたしました」


「ランドロー公爵家の長女、ヴィヴィアン・ランドローと申します。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」




 普段ならばまず関わることのない公爵家と縁を繋げるかもしれないとあって、好意的な雰囲気で迎えられた。


 その瞬間、何故か一番最初にその令嬢が口を開いた。




「奴隷を連れ歩いている令嬢ってあなたでしょ? 奴隷なんて野蛮よ。奴隷を解放してあげて!」




 ピシ、と空気が凍りついた音が聞こえた気がした。


 さすがのバスチエ伯爵夫人もまずいと感じたらしい。


「プリシラ!」と令嬢の名前を鋭く呼んだ。


 しかし、令嬢は母親の顔色が悪くなったことに気付いていない様子で、更に言葉を続ける。




「私は間違ったことは言ってないわ。誰だって好きで奴隷になるわけがないもの。それに、奴隷は酷いことをされても何も言えないでしょ? 可哀想よ」




 ペラペラと喋る令嬢を、そのテーブルにいた夫人達も、ベイン伯爵夫人も、周りのテーブルにいた人々も、不気味なものを見るような目で見た。


 言っていることは確かに間違いとは言えない。


 わたくしだって奴隷制度を良いと思っているわけではないし、出来るならそんなものはなくなればいいと思っている。


 だが、問題はそれを言うタイミングだった。


 本来は出席出来るはずのない十四歳の令嬢がお茶会に出席し、自分より明らかに家格が上の公爵令嬢相手に名乗りもせずに一方的に意見を言う。


 常識もマナーも礼儀作法も全部無視したその令嬢が、いくら正しいことを言ったところで『どの口が言うのか』といった感じである。




「あら、随分と小さなお客様がいらっしゃるようですけれど、いつから準成人の年齢が下がったのかしら?」




 チラとバスチエ伯爵夫人を見れば、青い顔をしている。


 ……それなら最初から連れて来なければ良かったのに。




「も、申し訳ございません……娘がどうしても来たいと言うので、つい、ベイン伯爵夫人の優しさに甘えてしまい……」


「公のお茶会への出席は早くても準成人を迎えてからというのが決まりでしてよ。決まりを守れない方が社交界にいては困るわ。これ以上好き勝手をすると弾かれますわよ」


「っ、はい、以後、気を付けます……」




 バスチエ伯爵夫人が俯き、顔を赤くする。


 大勢の前で家格が上とは言え、自分より若い令嬢から注意を受けるなんて恥ずかしいことである。


 ……これでこの令嬢は準成人までお茶会には出ないでしょうね。


 いくらわがままを言っても、もうバスチエ伯爵夫人は連れて来ないはずだ。今回の注意は警告でもあるのだから。


 ガタリと令嬢が立ち上がる。




「お母様をいじめるのはやめてください!」




 それに溜め息が漏れてしまう。




「注意をしただけですわ。決まりを守れない方に注意をして、決まりを守っていただくのは当然のことでしょう? そもそも、あなたのお母様が注意をされた原因はあなたなのよ?」


「え?」


「貴族の子息令嬢が正式なお茶会に参加出来るのは十五歳の準成人を迎えてから。夜会への出席は十六歳のデビュタントを迎えてから。そう決まりがあるのよ。それを破れば、最悪、どこの家からも嫌われるわ。マナー以前に常識があるかどうかの問題ですもの。常識がなければ嫌がられますわ」




 キョトンとする令嬢からして、嫌な予感がする。


 ……本当に貴族教育を受けていないのでは?


 貴族令嬢が貴族の常識や礼儀作法を学ぶのは当たり前のことで、家がそれを怠ったのであれば、受けるべき教育を受けさせないというのは虐待のようなものだ。


 バスチエ伯爵夫人に目を向ければ、夫人が俯く。




「そ、その、娘は貴族になったばかりでまだ教育途中でして……」


「そんな幼い令嬢を公の場に連れて来たのですか?」




 つい厳しい口調になり、夫人がますます身を縮こませる。


 第一、この令嬢は伯爵家に入ってもう一年以上は経つのだから、基本的な常識や礼儀作法が出来ていないのはおかしい。




「私を無視しないで!!」




 令嬢がテーブルを叩きながら大きな声を上げたので、周りの人々がギョッとする。


 貴族の令嬢がこんな大声を上げること自体ありえない。


 無視されて腹立たしいにしても、テーブルを叩いて大声を上げて注意を引こうとするなんて、まるで癇癪を起こした小さな子供のようだ。




「机を叩くことも、大声を上げることも非常識ですわよ」


「あなたが私を無視するからでしょ!?」


「未成年でまだ子供のあなたに注意をしても意味がないから、保護者であるバスチエ伯爵夫人とお話ししているの。現に、あなたはこうして騒いで話にならないじゃない」




 ぐ、と令嬢が不満そうな顔でわたくしを睨む。


 ……困った子ね。


 相変わらず名乗る気配もなく、謝ることもなく、騒ぎを起こして家格が上の令嬢に食ってかかって。


 これではデビュタントを迎えても結婚出来なくなる。


 横のバスチエ伯爵夫人は今にも気絶してしまいそうだ。




「公爵令嬢だからって誰もがあなたの言うことを聞くわけじゃないわ。私は悪には屈しないの」


「まあ、わたくしが悪ですか?」


「そうよ。だって奴隷を買って、酷いことをしているんでしょ? 噂で聞いたわ。同じ人間なのに、暴力を振るうなんて信じられない!」




 一体どのような噂を聞いたのか。


 そこまで考えて、ふと、既視感を覚える。


 ……あら? これって原作でクローデットがバーンズ伯爵夫人に『奴隷は非人道的だ』と言ったところに似ているわね?


 つい、まじまじと令嬢を見た。




「わたくし、奴隷に暴力を振るってなどいませんわ。互いが了承した上で奴隷と主人という立場でいて、使用人として働いている以上はその生活も使用人と同等よ」


「じゃあどうして奴隷のままなのよ! 使用人と同じなら、解放して、使用人にすればいいじゃない!」




 ……なんだか頭が痛くなってくるわ……。


 一を説明しても、その一に対して納得しないし、それ以上を考えようともしていないのが伝わってくる。




「奴隷は主人の所有物よ。元奴隷というのは使用人になっても他の人から酷い扱いを受けるかもしれないわ。でも、奴隷でいれば、少なくとも公爵令嬢であるわたくしの所有物であり、誰かが安易に傷つけられるようなものではない。奴隷でいたほうがいいこともあるのよ」


「そんなの嘘よ! 絶対、奴隷じゃないほうがいいはず!」




 令嬢の目がわたくしの周りをキョロキョロと動き、周囲を見回した後に「あれ?」と小首を傾げた。


 その思考が手に取るように分かった。




「わたくしの奴隷でしたら、故郷に帰らなければならないことがあって、今は帰郷中ですわ。本当にわたくしが酷い主人なら、そのようなことは許可しないでしょう?」


「っ、そう言って家に閉じ込めているんでしょ!?」




 何を言ってもわたくしの言葉を信じる気はないようだ。




「とにかく、奴隷は今は帰郷中でいないわ」


「嘘! 嘘!! 奴隷なんて間違ってるわ!!」




 また癇癪を起こした子供みたいに騒ぎ出す。


 それについに怒ったのはベイン伯爵夫人だった。




「バスチエ伯爵夫人、ご令嬢を連れてお帰りください。ここは楽しくお茶会をする場であって、子供を好き放題に遊ばせる場所ではありませんわ」




 周囲の夫人や令嬢の冷たい視線に晒され、バスチエ伯爵夫人は小さな声で「申し訳ありません……」と言い、まだ騒いでいる娘を引っ張って会場を出て行った。




「なんでよ! 悪役令嬢のくせに!!」




 その言葉にハッとする。


 けれども、令嬢は既にもう会場から出て行った後で、他の人々は不可解そうな表情をしていた。


 ……今、悪役令嬢って……。


 わたくしのことをそう呼べるのは『クローデット』で王太子かお兄様のルートを選んで遊んだことがある者だけだ。


 ……もしかして、あの子も記憶があるの?




「ヴィヴィアン様、申し訳ございません……」




 ベイン伯爵夫人の声に我に返る。




「いいえ、大丈夫ですわ。それより、騒がしい方々もお帰りになられたことですし、お茶会を楽しみましょう?」


「ええ、そうですね、そうしましょう」




 それから、お茶会は問題なく終わった。


 だが、帰りの馬車の中でわたくしはずっと考えていた。


 ……もしもあの子もゲームの記憶があるのだとしたら、もしかして、主人公クローデットの立ち位置を奪おうとしているのかしら?


 本来は父親に愛される伯爵家の一人娘だったクローデット。


 しかし、今は義妹のあの令嬢が父親の愛情を受けている。


 クローデットにつきまとっていたのも、どこかで攻略対象に会うかもしれないからと考えれば納得がいく。


 ……なんだか色々なことが原作と変わってしまっているわ。


 もはや原作の知識など意味はないだろう。




「こういう時、リーヴァイがいてくれたら良かったのに」




 そうすれば、あの令嬢についても相談出来ただろう。


 ……あの令嬢はしばらく要注意ね。


 お母様とお兄様にも報告をしておいたほうがいい。


 もしお母様とお兄様が魔族だと知っていて、わたくしのことも魔人だと分かっているなら、油断は出来ない。




「あまり会わないほうがいいかしら?」




 身分的にも恐らく、会うことは滅多にないとは思うが。


 ……困ったことになったわね。






 

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― 新着の感想 ―
[一言] やはりプリシラは転生者で、乙女ゲームの知識を持っていたんですね。どうやって、伯爵令嬢になったのか、どうして転生したのかが書かれるのが楽しみです。 お疲れ様です。頑張ってください。
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