主人公懐柔計画ですわ。
初めてクローデットと出会ってから一週間後。
我が家にアンジュとクローデットが来る日になった。
ちなみに、お兄様とお母様はリーヴァイを通じてわたくしの記憶の内容も知っていて、クローデットを招くと言った時、とても反対された。
「でも、相手を籠絡、もしくは懐柔するのは良い手ではありませんこと? つらい時に縋った相手ほど恩を感じるでしょう? そんなわたくしの大事な人を、彼女は殺せるかしら?」
そう言えば、お兄様もお母様も微妙な顔をしていた。
……あら、もしかしてお二人とも、わたくしが性悪だってご存じなかったのかしら?
リーヴァイは愉快そうに笑みを浮かべていたが。
そうして、まず最初にアンジュが到着した。
いきなりわたくしと二人きりになって気まずい思いをさせてしまうより、何度か話して顔見知りのアンジュがいたほうが安心するだろう。
「ヴィヴィアン、ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、アンジュ」
二人でいつものように抱き締め合っていると、バスチエ伯爵家のものだろう馬車が到着した。
あまりに時間通りなので、きっと、クローデットは真面目な性格なのだろうと感じた。
「お待たせしてしまい、すみません……!」
外に立っていたわたくし達を見てか、クローデットが慌てて降りてこようとしたので、手で制した。
「大丈夫ですわ。アンジュも今来たばかりですの」
「そうです、クローデット様は丁度良い時間でしたっ」
わたくしとアンジュの言葉に、クローデット様はホッとした様子でゆっくりと馬車から降りて来る。
どうやら使用人がついているようだ。
しかし、クローデットが馬車から降りる時に手も貸さずに立っていて、侍女のような格好をしているがそうとは思えなかった。
……あまり良い使用人ではないようね。
クローデットもその使用人を気にしているふうだった。
「さあ、中へどうぞ。……ミリー、わたくし達が話している間は暇になってしまうから、そちらの方をもてなしてさしあげて」
「かしこまりました」
侍女同士のほうが気が楽だろう、というのは表向きで、わたくしが内心で邪魔だと感じていることを、わたくしの侍女はしっかりと理解したようだ。
バスチエ伯爵家の侍女が戸惑っている間に「さあ、あなたはこちらへ」と侍女とメイド達とで連れ去って行った。
クローデットがキョトンとした顔をしている。
「え、あの……?」
それにわたくしは微笑んだ。
「あの方は侍女に相応しくありませんわね。もしかして、伯爵か夫人が選んだ者かしら?」
「えっと、お父様が……元は妹の侍女だったのですが……」
「なるほど、仕える相手を変えられて不満だったのね。それにしても、給金を受け取っている以上は最低限の仕事はこなすべきだと思うわ」
恐らく、公爵家からの招待状が本物かどうか、わたくしとクローデットがどれほど仲が良いのか確かめるためだろう。
「それは仕方ないです。妹の侍女は妹から色々ともらえるのに、わたしは何もあげられないし、お父様達からも疎まれていますから」
悲しげに俯くクローデットの手を握る。
「あなたは何も悪くありませんわ。さあ、ここでは嫌な気持ちを忘れて楽しく過ごしましょう?」
クローデットに意識を集中させて『魅了』を使う。
まだ聖印が出ていないからか、クローデットは一瞬、わたくしに見惚れたような表情をした後にこくりと頷いた。
アンジュはわたくしが『魅了』を使ったことに気付かなかったようだ。
屋敷に入り、応接室に案内する。
お茶の用意は万全に整えられており、わたくし達が座ると、今日はリーヴァイが紅茶を淹れてくれた。
「ありがとう」
声をかけるとリーヴァイが艶やかに微笑む。
頭を差し出してきたので撫でてやった。
「……いいなあ」
アンジュの羨ましそうな呟きにわたくしは笑った。
「うふふ、羨ましいでしょう? こんな美しい子、他にはおりませんわ」
「それもそうだけど、私はヴィヴィアンに頭を撫でてもらえるのが羨ましいよ……!」
「あら、そちらなの?」
そういえば、昔はよくアンジュの頭を撫でてあげていた。
けれども最近はもうそういったことはしていない。
椅子から立ち上がり、アンジュの頭も撫でると、嬉しそうにアンジュが笑った。
視線を感じて見れば、クローデットも羨ましそうな顔をしていた。
……もしかして魅了が思いの外効いているのかしら?
アンジュの頭を撫で終えて席へ戻る。
リーヴァイに声をかけてお菓子を取り分けてもらいつつ、クローデットにも言う。
「クローデット様も遠慮せず、召し上がってくださいね」
「は、はい……!」
クローデットもいくつかお菓子を皿に取り分けてもらい、その青い目が輝いていた。
甘くて見た目も美しいから楽しんでもらえるだろう。
紅茶とお菓子を楽しんでいると、クローデットが口を開いた。
「今日は、お招きくださり本当にありがとうございます。……わたし、家にいるのがつらくて、こうして声をかけていただけて助かりました」
「どういたしまして。でも、お友達を家に招待するのは普通のことだもの。お気になさらないで」
しかし、クローデットの表情はあまり思わしくない。
わたくしとアンジュの家に毎日入り浸るわけにもいかないので、そうなると確かに教会くらいしか行くところがなかったのが分かる。
……そうだわ、どうせ教会に行くのであれば。
「良ければ、わたくしの担当する孤児院に今度遊びにいらっしゃいませんか? 慈善活動の一環として子供達に何か教えてくださるととても嬉しいですわ」
「え、わたしが子供達に?」
「もちろん、必ずそうすべきというわけではありませんので、子供達の相手をしてくださるだけでも構いませんわ。その間は家にいなくても済みますし、慈善活動でしたら頻繁に外出しても変な噂も立たないでしょう?」
クローデットが考える仕草をした後に頷いた。
「そういうことでしたら、是非、お願いいたします」
「今度、予定を合わせて行きましょうね」
クローデットが嬉しそうにはにかんだ。
その表情がとても可愛くて、主人公は何をしても可愛いのだと改めて実感させられた。
「クローデット様、嫌なことはここで全部話していいのですよ。ヴィヴィアンも私も、ここで聞いたことは誰にも話しませんから」
「ええ、そうよ、つらいことがあった時は誰かに話したほうが気持ちが軽くなるわ」
そうして、クローデットは色々と話してくれた。
政略結婚とは言えど、伯爵と前伯爵夫人はそれなりに仲の良い夫婦であった。少なくともクローデットはそう感じていた。
だが、前伯爵夫人が亡くなると伯爵は変わってしまった。
突然「新しい母親だ」と見知らぬ女性と少女を連れて来た。
女性は男爵家の令嬢で、実は昔から伯爵の恋人で、少女は伯爵と男爵令嬢との間に生まれた一歳下のクローデットの義妹だった。
「でも、それから家の雰囲気は変わってしまって……」
バスチエ伯爵家は義妹中心となった。
伯爵も新しい伯爵夫人も義妹のわがままならばどんなことでも叶え、まるで最初からバスチエ伯爵家はそうだったかのように家族として回り、前伯爵夫人との間の子であるクローデットはいつも一人ぼっち。
一応、伯爵令嬢に相応しい装いや生活はさせてもらえているものの、使用人達の態度も段々と冷たくなり、最近は昔から仕えてくれていた侍女一人しかいなかった。
けれどもその侍女も辞めさせられて、代わりについたのが、先ほどの侍女だったそうだ。
放置されているならばそれでも良かっただろう。
しかし、何故か義妹はクローデットにしつこくつきまとって来る。
どこへ行くにもクローデットを連れて行こうとするし、クローデットが行く場所にもついて来ようとする。
「今日、ここに来る時はさすがにお父様に止められていたけれど、ついて来たがっていました……」
わたくしが招待をしたのはクローデットだけなので、もし義妹が来たとしても追い返していただろう。
「大丈夫よ。もしその妹さんがいらしたとしても、お友達ではないから入れないし、わたくし、その方とは仲良く出来ないと思うわ」
それにクローデットが安堵したような顔をした。
家で一人ぼっちというのは寂しく、つらいだろう。
雰囲気が暗くなってしまったので、手を叩いて空気を一新させる。
「そうだわ、せっかくだから我が家の庭園をご案内しましょう」
アンジュとクローデットも頷き、一旦席を立つ。
リーヴァイも連れて、四人で庭園へ向かった。
「公爵家のお屋敷はとても凄いですね……」
クローデットが飾られた絵画や美術品などを見ながら、感動した様子で言う。少し興奮しているのか、青い瞳が忙しなく辺りを見回している。
「ええ、自慢の家ですわ。でもガネル公爵家のほうがもっと凄いですわ。アンジュも、アンジュのお母君のジュリアナ様も、ガネル公爵も、美術品に目がありませんから」
ガネル公爵家の美術品の量は我が家よりも多い。
それでいて成金みたいに派手派手しくならないのだから、屋敷を整えているジュリアナ様はさすがである。
「えへへ……えっと、クローデット様さえよろしければ、今度、我が家にご招待してもいいですか……?」
「はい、是非! 美術品を眺めるのが好きなんです!」
「では招待状を書きますね……!」
アンジュとクローデットも話が合いそうだ。
庭園に出ると、何故か左右の腕にアンジュとクローデットがくっついて来る。
……あら、また両手に花ね?
以前はリーヴァイとお兄様だったけれど、今度はアンジュとクローデットである。
そのまま三人で手を繋いで庭園を散歩したのだった。
それでクローデットの気持ちが晴れたのか、その後は暗い雰囲気になることもなく、三人で楽しくお茶をしながらお喋りをして過ごせたのだった。
「また招待状を送るから、いらしてね」
「はい、絶対にまた来ます……!」
クローデットは何度も頷いていた。
……ああ、何度も言うけれど、主人公が可愛いわね。
ちなみにクローデットについて来ていた侍女は、歓待されて機嫌良さそうに帰って行った。
これできっとクローデットがわたくしと本当に仲が良く、使用人ですら歓迎されたと伯爵に報告するだろう。
* * * * *
アンジュとクローデットが帰った後。
自室でのんびりと過ごしているとお兄様が来た。
「どう? 目的の子とは仲良くなれたかい?」
「ええ、お友達になりましたわ」
「出来れば僕との時間も作ってくれると嬉しいんだけどね」
よしよしと頭を撫でられる。
「お兄様もお忙しいではありませんか」
「妹と過ごす時間くらいは作れるよ。今日はこれから父上と夜会に行ってくるけど、今度、一緒にお茶をしよう」
「楽しみに待っておりますわ」
お兄様は微笑み、リーヴァイと目が合うと小さく頷いてから部屋を出て行った。
「ところで、クローデットを見てどう思ったかしら?」
リーヴァイを見上げれば、つまらなさそうな顔をしていた。
そんな顔は初めてだったので少し驚いてしまう。
「どうとも思わん。あえて言うなら『地味な娘』だな」
「地味? とても可愛かったと思うけれど」
「見た目はな。だが心惹かれる点はない。ごく普通の娘だ」
クローデットはリーヴァイのお気に召さなかったらしい。
……それはそれでホッとしたわ。
内心で胸を撫で下ろし、それに小首を傾げる。
リーヴァイが主人公に惹かれなくて良かったのは、原作のような悲劇にならなくて良かったはずだ。
……でも、ホッとしたのはそれだけではないような?
「たとえアレが聖女になったとしても、我はなんとも思わん」
「そう、それは何よりだわ。でも主人公は一人娘の設定だったはずなのに、何かおかしいのよね……」
「ここは物語の世界ではない。差異があっても不思議はないだろう。そもそも、そなたが我を購入した時点で違っている」
「それもそうね」
とりあえず、しばらくは主人公懐柔作戦で行く予定だ。
リーヴァイが足元に座り、わたくしを見上げてくる。
「そんなことより、最近我を放置しがちではないか?」
不満そうなリーヴァイに苦笑する。
「そんなことはないと思うけれど」
「だが、我が望まないと触れないではないか」
「……普通はそういうものではなくって?」
ズイ、と頭が差し出されるのでリーヴァイの頭を撫でる。
食事や生活の質が向上したからか、最初は傷んでいたリーヴァイの髪や肌も、今では艶が出て、より美しくなっている。
「以前のように口付けてはくれないのか?」
どうやらリーヴァイはおねだりも上手らしい。
そっと頭に口付ける。さらふわの髪が心地好い。
「もう、家族にだってこんなことはしないのよ?」
「それならば、我は特別ということだな」
見上げてくるリーヴァイにわたくしは目を瞬かせた。
「あら、リーヴァイは最初から特別だったわ」
わたくしの推しで、幸せを願っている特別な人。
だからこそ、こうして悲劇的な最期を迎えないように頑張っているのだ。
「我にとってもヴィヴィアンは特別だ」
「そうでしょうね、主人ですもの」
リーヴァイがふっと微笑んだ。
「そなたは本当に手強いな」
それがどういう意味なのかは訊かないでおこう。




