慈善活動も貴族の大事な役目でしてよ。
最近はお母様の社交について行く機会が増えた。
どこのお茶会へ行くにもリーヴァイを連れて歩いたので、わたくしは陰で『奴隷狂い』と言われているらしい。
まだ成人前なのに年頃の男奴隷を購入し、毎晩、奉仕させているのではと思われているようだ。
アンジュは怒っていたが、彼女が下手に反論して彼女自身の交友関係にヒビが入るのはまずいからと止めた。
中にはわたくしを笑い者にしようとする猛者もいた。
「公爵令嬢ともあろう方が、奴隷に本気になるなんてありえませんわよね」
それにわたくしが微笑んだ。
「そうかしら? 王太子殿下とあなたが恋に落ちるかもしれないくらいの可能性はあるのではなくって? まあ、わたくしは人の恋路を邪魔するほど無粋ではございませんので、ご心配なく」
その令嬢は顔を真っ赤にさせて怒っていた。
わたくしは推しを死なせないために奴隷のままでいさせているだけで、解放すれば、恐らく今よりずっと高い地位になれるだろう。
お母様とお兄様がリーヴァイを使用人でいさせるはずがない。
ランドロー公爵家の遠縁の地方貴族の養子か、もしかしたら慈善活動の一環のふりをして我が家の養子にする可能性もあった。
それらの可能性をわたくしが潰したのだ。
……恨まれることはあっても感謝はされないでしょうね。
馬車に揺られ、車窓を眺めながらそんなことを考える。
「ヴィヴィアン、もうすぐ着くわよ」
「はい、お母様」
わたくしは今日から、お母様が慈善活動として世話をしている教会付きの孤児院の一つを任されることになった。
別に運営をどうこうしろと言うのではなく、孤児達の様子を見て寄付を含む必要な支援を行い、手助けをする。
これは貴族の義務であると同時に、慈善活動で育てた子供達が将来功績を挙げれば、支援したランドロー公爵家の名誉にもなる。
家によっては必要最低限の寄付だけだったり、我が家のように慈善活動に熱心だったり、様々だけれど、侯爵位以上の家は大体、孤児院を割り振られている。
伯爵位以下の家は地方に住んでいることもあり、王都の孤児院での慈善活動をすることはあまりない。
あっても、同じ派閥の公爵家か侯爵家に属する孤児院などに寄付をする程度だ。
……だからこそ、クローデットは有名になったのね。
義務のない伯爵家の令嬢が熱心に慈善活動を行う。
それは貴族の目にも、平民の目にも、美しい献身の精神に映るだろう。
馬車の揺れがゆっくりと収まっていき、そして停車する。
まず、リーヴァイが降りて、わたくし、お母様が降りる。
お母様は慈善活動に力を入れているからか、到着した孤児院は想像していたよりもずっと小綺麗だった。
馬車から降りるとすぐに孤児院で子供達を世話している女性が気付いて、孤児院の中へ案内してくれた。
お母様に最近の子供達のことを話す様子からして、子供が本当に好きなのだろう。
通されたのは小さな応接室だった。
そこには少し痩せた初老の男性がいた。
優しそうな雰囲気の男性はすぐに立ち上がる。
「イザベル様、ようこそお越しくださいました」
どうぞ、と促されてお母様と共にソファーに腰掛ける。
男性も座り、お母様が声をかける。
「ご機嫌よう、院長様。子供達は元気のようね」
「ええ、とても。もしかしてアーラがお話を?」
「彼女はいつも子供達の話をしてくれるので。楽しそうな様子を聞くことが出来て、私も嬉しいですわ」
男性はこの孤児院の院長らしいが、服装からして教会の司祭様でもあるようだ。
お母様と院長がしばし談笑する。
……お母様は惜しみなく援助していたようね。
院長の様子からも、お母様への深い感謝が感じられる。
話が落ち着くとお母様がわたくしを見て、院長へ視線を戻す。
「手紙に書かせていただいた通り、娘が準成人を迎えましたので是非、慈善活動をさせたいと考えておりますの。よろしければ、ここを娘に任せてもよろしいかしら? もちろん、私も見ております」
院長がわたくしをジッと見つめる。
「娘が不安でしたら、お断りしていただいても構いません。それによってこの孤児院への寄付金や物資を減らすといったこともしないと誓いましょう」
お母様の言葉に院長は静かに一つ、頷いた。
そうして、わたくしへ問いかけて来た。
「子供達に必要なものとは、なんだと思いますか?」
まるで謎かけのような言葉だった。
単純な話であれば、お金や物資だろう。
毎日食事が出来て、衣類や毛布、薪などに困ることのない生活。
しかし、それで本当に子供達のためになるのだろうか。
十五歳か十六歳になったら子供達は孤児院を出なければいけないのだから、もっと、その時のための準備をさせるべきではないか。
今生きていくために必要なものだけあっても意味がない。
その後も生きていけるだけの力が必要だ。
「未来への準備ですわ。孤児院で過ごす期間だけではなく、巣立った後も見据えて、子供達が色々なことを学べるようにわたくしはしたいと思っております」
「と、おっしゃいますと?」
「こちらの孤児院では簡単な読み書きと計算を子供達に教えていらっしゃるそうですね。だから、たとえば女の子には刺繍やお茶の入れ方などを、男の子には剣術などを、それと共に立ち居振る舞いも教えたいわ。そうすれば貴族の家のメイドや護衛騎士になれる可能性も増えます」
習熟度が高く、本人の希望があれば、我が家で雇うことも紹介することも出来る。
平民の子供が貴族の家で雇われれば、少なくとも、働いている間は安泰である。
しかもランドロー公爵家が紹介した使用人ともなれば、手荒に扱うことはしないだろう。
「他の道を選ぶ子もいるでしょう」
「ええ、それならそれで構いませんわ。男の子でも刺繍を覚えても良いですし、女の子でも剣術を習っても良いのです。大切なことは『技術を身につけること』ですわ」
その辺りは子供達に選ばせるつもりだ。
本人にやる気がないと教えても覚えられないし、長続きもしないし、なんなら最初は全員に同じことを教えて、その様子次第で変えてもいい。
「わたくしは子供達の選べる道を広げてあげたいのですわ」
院長はしばし黙っていたけれど、静かに頷いた。
「分かりました。このお話、お受けいたします」
ただ、しばらくはお母様がわたくしと孤児院の様子を見て、問題がなければわたくしが受け持ち、何か問題が生じるようであればお母様の手元に戻すということとなった。
お母様と院長はまだ話があるそうで、その間、わたくしは孤児院の中を見させてもらう。
先ほど応接室まで案内してくれた女性が先導してくれる。
「この孤児院には現在、三十人ほどの子供達がおります。一番歳上の子が十四歳、一番下の子は一歳になったばかりです」
「まあ、そんな小さな子もいるのね」
「子供を産んだものの、育てられないということもありますので……」
女性が寂しそうな表情をする。
しかし、すぐに微笑むと孤児院内を丁寧に案内してくれた。
食堂、居間、子供達の部屋、赤ん坊の部屋。
小さな孤児院には必要最低限しか部屋がない。
ここに子供が三十人となると少し窮屈だろう。
ただ、お母様の寄付のおかげかベッドも暖かそうな毛布があり、荒れた雰囲気はなく、全体的に穏やかな空気が漂っている。
最後に中庭に行くと、大勢の子供がいた。
「先生!」
「先生もあそぼう!」
子供達がわらわらと駆け寄って来たものの、わたくしを見て、不思議そうな顔をする。
「みんな、こちらはランドロー公爵家の方よ。奥様のお嬢様なの。今日から、お嬢様が私達を支援してくださるのよ」
女性の言葉に子供達はよく分かっていなさそうな顔で見上げてくる。
純粋な子供達の視線につい、笑みが浮かぶ。
「初めまして、わたくしはヴィヴィアンよ」
「ゔぃゔぃあん〜?」
「おねえちゃん、おくさまにそっくり!」
小さな子達がわたくしのドレスの裾を握る。
女性が慌てて止めようとしたので手で制した。
「そうよ、いつも来ている奥様はわたくしのお母様なの」
「おくさま、やさしいよ!」
「ええ、お母様は優しいわね」
そして、そっと子供の手にわたくしは手を重ねた。
「でもね、これはダメよ。ドレスでなくても、いきなり人の服を掴んだら怒られてしまうわ」
「なんで?」
「服はね、色々な人が手伝って出来ているの。糸を作る虫を育てる人、糸を作る人、糸から布を作る人、布から服を作る人、買った人、服の手入れをする人……沢山の人が頑張って作ったものだから、勝手に触って、もし汚れたり破けたりしたら、みんな悲しいわ」
そう伝えれば、子供はそうっとドレスから手を離した。
でも、そこにはシワが出来てしまっていて、子供の表情が『しまった』というものへと変わる。
小さくても善悪の判断はきちんと出来ているのだ。
「……ごめんなさい」
呟くような謝罪にわたくしは子供の頭を撫でる。
「謝ることが出来て偉いわね。もし触りたい時は、触ってもいいか訊くのよ。ダメと言われたら触ってはダメ。服もお金がかかるから、汚れると大変なの。分かるかしら?」
「……うん、ぼくもどろだらけになるとアーラ先生におこられる」
「洗うのはとても大変だものね」
子供達は孤児院という集団で生活しているからか、意外にも聞き分けがいいようだ。
年長の子供三人がジッと遠巻きに見つめてくる。
お母様の娘でも警戒しているらしい。
……警戒心が強いのはいいことだわ。
多少は疑り深いほうが物事をよく考えるから。
「これからはよく来るから、よろしくね」
* * * * *
お母様から孤児院の担当を譲ってもらってから、わたくしはまず、毎日のように孤児院を訪れた。
数日様子を見て、必要なものを確認し、用意した。
それから、寄付金は毎月決まった額を渡すことにした。
これまでは一年分の予算を一気に渡していたけれど、ここ数年、孤児院が強盗に襲われて金を奪われる事件が頻繁に起こっている。
多額の金があると思わせるのは危険だ。
強盗対策のために公爵家で警備員も雇った。
この警備員は子供達や孤児院で働く人々の安全を守るためでもあり、同時に、子供達へ剣術などを教える教師でもあった。
そして二日か三日に一度、我が家から優秀なメイド数名を派遣し、使用人の仕事について教える。
内容は繕い物やお茶の淹れ方、服の着替えの手伝い、掃除の仕方などメイドの仕事全般だ。
あと、大きな買い物の際は公爵家の使用人がつくことにした。
孤児院で働く女性達に訊いたところ、大きな買い物をする時に何度か金額を「間違えられそうになった」ことがあるそうで、場合によっては高い額で無理やり買わされそうになったこともあったらしい。
公爵家の使用人がいれば、少なくとも足元を見られることはないだろう。
子供達は最初は学ぶことに消極的だった。
今までやらなくても良かったことをやるというのは不満も出るだろう。
しかし、他の子供達が出来ることが一つ二つと増えてくると、不満を持っていた子供達も慌てて真面目にやり始めた。
競争心というより、他の子は出来るのに自分は出来ない、というのが不安になるようだ。
年長の子供達は相変わらずわたくしを警戒しているけれど、学ぶことの重要さには気付いているようで、メイド達の授業も剣術もしっかり受けている。
小さな子達はむしろ、常に新しいことを覚える経験が楽しいらしく、メイド達が来るのを楽しみにしているとのことだった。
わたくしが行くと毎回『自分はどれだけ出来たか自慢』を小さい子達はするので、わたくしにとってもそれが楽しみだった。
「毎日、忙しいのに楽しげだな」
リーヴァイに言われて微笑んだ。
「ええ、子供達の成長は見ていて楽しいですもの」
「その代わり、ルシアンはつまらなさそうにしていたがな」
わたくしが孤児院の件で忙しくなり、お兄様と過ごす時間が減ったせいか、お兄様は少し寂しそうだった。
忙しいのは様子を見ている今だけなので、もうしばらくは待っていてもらうことになるが。
「埋め合わせはするつもりですわ」
でも、その前にお父様に進言しなければいけないことがある。
孤児院を襲う強盗団についてだ。
このまま、強盗団に好き勝手にされるわけにはいかない。
しかし、町の警備を強化してもらうにしても、公爵家の一存でどうにか出来る問題ではない。
こういう時こそ、政に参加しているお父様にお願いするべきだ。
「ということで、お父様、強盗団を一掃なさってください」
わたくしの言葉にお父様が苦笑する。
「そうだな、王都内の治安問題は気になっていた」
そして、お父様は王都の治安問題を奏上し、国王も治安悪化を重く見て、治安維持部隊による見回りが強化された。
その結果、強盗団が捕まって王都の治安は良くなった。




