84.ヨコハマ・アーコロジー実験区<2>
あれ? まばたきをしたら周囲の人の位置が入れ替わってる?
「おはようございます、お姉様。お加減はいかがですか?」
「あ、俺、寝てたの? 意識が途絶えた感覚なかったんだけど」
「そうなのですか。さすが優秀なチェアは違いますねー。動作に遅延がありません」
「もう立っていいか?」
「大丈夫ですけど、座ったままでもかまいませんよ?」
「いや、周囲が立っているからな……」
俺はソウルコネクトチェアから立ち上がると、側に立っていたヒスイさんの横に移動した。
「では、お姉様。こちらが検査結果です!」
と、俺の内蔵端末にサナエからのプライベートメッセージが届いた。検査で出た数値が書かれている。俺は、それを見やすいように網膜に表示させた。
どれどれ……。
ふむ。ふーむ。
大体どれも平均値近いフラットな感じだが、空間適性という項目が少しだけ高い。そして、一項目、飛び抜けて数値が高い項目がある。
「時間適性っていう数値がやたらに高いんだが」
「そうなのだよ!」
俺の言葉に、研究員の一人が強く反応する。
「この時間適性値の高さは、正直異常と言っていいほどの値だ。もはや、何億人に一人とかいうレベルで収まるものではない」
へえ。なんだ俺、すごいんじゃねえの。超能力で無双ゲー始まっちゃう?
「で、時間適性って具体的にどういう超能力なんです?」
という俺の質問に、先ほどの研究員がすぐさま答える。
「予知、未来視、過去視、サイコメトリー、時間操作。そういった能力だね。君も、食品が時間停止されて部屋に送られてくるのを見ているだろう? あれに使われている能力だ」
「あ、時間停止機能って科学技術の類じゃなくて、超能力だったんですね」
「何を言っているのかね? 超能力は科学技術だよ」
「……そういえばそうですね」
この時代じゃ超能力は、異能力ファンタジー要素じゃなくて魂を科学で解明したSF要素だったな。
「しかし、これで一つの疑問が解消されるかもしれない」
研究員がそう言葉を続ける。
「君がなぜ、過去を見るためだけの実験などで〝次元の狭間〟に飲み込まれたのか。それは、過去視の超能力に反応して、時間をつかさどる君の超能力が暴走した可能性が高くなった。そもそも、あの実験は山形県とかいう場所を見る実験ではなかったはずなんだ。君の特性が、過去視を引きつけた可能性も高いのだ」
「えっ!?」
なんですと。
俺がこの時代にやってきた経緯はこうだ。まず今この時代から200年前に行なわれた『過去を覗く時空観測実験』の失敗で、〝次元の狭間〟という謎空間に放り込まれ死んだ。そして、今から八ヶ月半前の『次元の狭間を覗く実験』で遺体をサルベージされ、魂をヒスイさんの旧ボディにインストールすることになった。
だが、実は〝次元の狭間〟へ送られた直接の原因は、同系能力の干渉による俺の力の暴走なのかもしれないと、研究者は早口で説明する。
強力な過去視の超能力に俺の魂が刺激され、超能力が一時的に開花してしまったのだろうと。
衝撃の事実である。
「あっ、じゃあこの時代に来た後にも、実は暴走の可能性があったりする?」
「あっただろうね」
「ひえっ」
「まあ、『MARS』をプレイしたならば、正しい手順で超能力の使い方を習得しているだろうから、もう暴走はないだろうがね」
『MARS』をプレイしたの、この時代に来てから半年も経ってからだぞ。その間、暴走の危機があったとか、肝が冷えるわ。
「だが、念のため時間に関する超能力の使い方は、ここで学んでいった方が安心だろう」
「そうですか。よろしくお願いします」
俺がぺこりと頭を下げると、複数の研究員達が教育方針について話し始めた。
「人間だったら学習装置で脳に直接使い方を叩き込めるのだが、アンドロイドにソウルインストールしているならどうするかな」
「SC教導プログラムがあったはずです」
「教導プログラムか。ゲーム感覚でできるから、彼女にも馴染み深いだろう」
「では、そういうことで」
どうやら話はまとまったようだ。
俺は、研究者にうながされて再びふかふかのソウルコネクトチェアに座る。VRでの超能力訓練を行なうようだ。まあ、超能力を使うのに生身の肉体は必要ないからな。
「よし、次は検査機器ではなく、研究所のSCホームに接続する。意識を預けてくれたまえ」
その言葉と共に、俺は魂が肉体の外に接続していく感覚を覚え、視界が切り替わった。
◆◇◆◇◆
「見える! 見えるぞ!」
遊ぶためのゲームと言うには、いまいち事務的なゲームのチュートリアルのような教導プログラムを経て、俺は時間系の超能力を使えるようになった。
今は、教導プログラムではなく超能力の訓練プログラムで、四方八方から飛んでくる弾丸を避けるメニューを行なっている。
ゲームに役立つ超能力の使い方として、数秒後の未来を見る未来視の訓練だ。
この能力があれば、ゲームの戦闘で敵に触れられずして打ち勝つことができるだろう。そう思ったのだが、これがなかなかに難しい。
未来視はできる。もう慣れた。だが、現在の視点と未来の視点を同時に持ちつつ、行動を起こすのが難しいのだ。
未来視に従って数秒後の弾丸を避けたら、自分から隣にきている弾丸に突っ込んでしまうといった始末だ。
悔しいので、回避訓練ばかり続けたら、研究員が呆れて「これ以上の練習は、自分の部屋に戻ってやってくれたまえ」とか言われて訓練終了となった。ちえっ、最初は「素晴らしい計測結果だ!」とかはしゃいでいたくせに。
俺はVR空間から出てリアルに戻り、ソウルコネクトチェアから立ちあがった。
「以上で検査は終了だ。帰宅してもよろしい。ああ、それと、検査結果は実験区全体で共有される予定なので、研究協力同意書を送っておくよ。ヒスイさん宛てでいいかな」
「はい、それでお願いします。今日はありがとうございました」
そう研究員達と挨拶を交わし、俺は超能力研究室を後にした。
見送ってくれるのだろう、サナエがまた施設を先導して歩いてくれている。
「しかし、時間系能力に適性があったとはなぁ。未来視って、対人ゲームじゃあまりにも強すぎない?」
俺がそう言うと、後ろを歩くヒスイさんが答えた。
「非VRのゲームでしたらそうでしょうけれど、先ほども言いました通り、ソウルコネクトゲームでは対戦をフェアにするためのゲームバランスが取られていまして、ゲームごとに超能力強度を制限してあります。ですので、そうそう有利にはなりませんよ」
超能力強度って、また変な単語が飛びだしてきたな。
俺がそう思っているうちに、ヒスイさんがさらに言葉を続けた。
「ただし、『MARS』では一切の制限がされていません。ですので、未来視を習熟すれば、ヨシムネ様は無類の強さを発揮することとなるでしょう」
「マジか。ちょっと対人モードプレイしてみるかなー」
ストーリーモードと違って、機体カスタマイズとかあるんだよな。超能力特性に合わせたカスタマイズか。ちょっとワクワクしてきたぞ。
期待に胸躍らせていると、いつの間にか実験区の入口まで辿り着いていた。
前を歩いていたサナエが振り返り、こちらを見てくる。
「本日はおつかれさまでした。また実験区に遊びにきてくださいね」
「ああ……遊びにきてもいいものなのか?」
「はい、みなさん喜びます。それこそ、超能力研究部門以外も訪ねてみてください。それと、後でヒスイからも話があると思いますが、お姉様の超能力について少し注意点が」
ふむ、注意点? 研究員の人達は特に何も言っていなかったが。
「お姉様の能力は、実のところその気になれば単独でいくらでも時間移動が可能です」
「時間移動……タイムスリップか! え、装置とかなしにできちゃうものなの?」
「できちゃうものなんです。お姉様は空間適性も高いですから、座標を間違い宇宙に放り出されるということもないはずです」
ああ、宇宙は膨張して銀河は動き、地球は公転と自転をしているから、今現在と時間移動先の座標がずれていて、時間移動で変な所にすっ飛んでしまうかもしれないわけだな。
「しかし、しかしですよ! 時間移動に関しては厳しい規制があるので、法律とガイドラインを熟読しておいてください。一応、時間移動能力には先ほどロックをかけたみたいなのですが、お姉様の超能力強度ではそのロックもどこまで効果があるか……」
はー。そうなのか。まあ、時間移動を無差別にさせたら、歴史がめちゃくちゃになってしまうからな。規制されて当然だ。
さらに、サナエは言葉を続けた。
「残してきたご両親が心配だからって、会いに行ってはいけませんよ? 振りじゃないですよ!」
「大丈夫、親離れできる年齢だよ。しかし、その気になれば今の人類は過去に行けちゃうのか……時空犯罪とか怖いな」
タイムパトロールとかいるのかな?
「一応、タイムスリップができないように時空防壁が人類の生息圏には張られているのですが……お姉様の適性ですと、それを突破できてしまう恐れが」
「そこまでか。そういうの、判っていても言わないでほしかったな……」
できないからやらないと、できるけどやらないは精神的な負担が違う。
いや、俺は犯罪とは無縁な精神をしているつもりだけどな。洋ゲーとかで悪人プレイするのですら苦手だったし。でもトロフィー確保のためには悪人プレイもやらざるを得ないのだ。本当、この時代にトロフィーとか実績解除とかの文化が残ってなくてよかった。
「やろうと思えばできてしまうので、うっかりを防ぐためにも言いました。マザーの指示です。ちなみに時間指定なしで時間移動をすると、〝次元の狭間〟に放り込まれるようですよ!」
「うっかりでタイムスリップはしたくないなぁ」
まあ、ロックとやらを突破してしまわないよう気をつけよう。
そう心に決めている間に、街中の移動手段であるキャリアー乗り場に辿り着いた。
「それでは、またお会いしましょう!」
サナエが大きく手を振って別れの挨拶をしてきた。それに俺も軽く手を振って応えた。
「ああ。それじゃあまたな」
「SCホームにも向かいますね!」
「そうだな。またミドリシリーズを集めてゲームでもしようか」
「約束ですからね!」
そうして俺達は別れ、キャリアーに乗り込んだ。
後ろを歩いていたヒスイさんは、今は隣に座っている。
「ヒスイさんはサナエに挨拶しなくてよかったのか?」
「ネットワークで常時つながっていますので、特に挨拶の必要はありませんね」
「そんなものか」
ドライなのかそうじゃないのか、よく解らん関係に一応納得をした俺は、超能力のゲームへの活用についてヒスイさんと会話を交わし、部屋へと戻った。
そして、夕食までに『MARS』の練習でもしておこうと、ソウルコネクトチェアでVR空間に繋いだところ……。
「お姉様、お帰りなさいませー!」
さっき別れたサナエがSCホームに普通に居た。
「一緒にゲームしましょう、お姉様。約束でしたよね!」
「お、おう……何も別に今じゃなくても」
宇宙3世紀の人との距離感って難しい。




