34.アイドルスター伝説(女性アイドルシミュレーション)<1>
それは、次の観光のために最低限のキャラ強化をしておこうと、ライブ配信しながら『Stella』でキャラ育成をしているときに起こった。
『音痴やん』『酷すぎる』『ヨシちゃん歌下手だったんだ……』『歌唱ライブやってくれると信じてたのに!』『ヨシちゃんにも不可能はあった』
防御目的で聖魔法スキルをアンロックするために、剣と魔法の『星』ファルシオンで教会のクエストを消化していた俺とヒスイさん。
そのクエストのおまけで、補助効果のある聖歌というスキルがアンロックできることが視聴者コメントで判明し、俺達は教会の聖歌隊と共に聖歌を歌った。
そのときの視聴者達の反応が、先のようなコメントだったのだ。
……そう、実は俺、音痴なのだ!
別に歌手でもないんだから歌えなくてもいいだろうと思うのだが、『アイドル的配信者たる者、歌くらい歌えなくてどうする』と視聴者達に反発を食らった。
しかし、音痴はそう簡単に改善される体質ではない。というか、音痴って肉体依存じゃなくて、魂、精神依存だという事実にびっくりだよ。
「あ、でも待てよ。ついでにアンロックされた歌唱スキル鍛えれば、システムアシストで補正してくれるんじゃないか」
「駄目ですよ、ヨシムネ様」
背中に豪華な大剣を背負ったヒスイさんが、俺の名案に異を唱えた。
ヒスイさん、最近リアルでは猫型ペットロボットのイノウエさんに夢中だが、その裏では『Stella』をやりこんでいたらしく、キャラが物すごく育っている。リアルでの生活とゲームでの活動を両立できるのが、マルチタスクで行動を処理できるAIの強みである。
「システムアシストに頼っては、ゲーム外で歌えないですよ」
「……ゲーム外で歌うことあるの?」
「SCホームに視聴者の皆様を招き、音楽ライブ配信を行なうなどが想定できますね」
「いや、そんな想定いらねえよ! もう、それ歌手に半歩踏み込んでいるじゃん!」
「配信者が歌手になって悪いことなど何もありません。ですので……」
うっ、これは嫌な予感がする。
「新しいゲームで鍛えましょう」
そういうことになった。
◆◇◆◇◆
「『アイドルスター伝説』はニホン国区のゲームメーカーが、28年前にリリースした女性アイドルシミュレーションです」
「アイドル育成ゲームなのかプロレス漫画なのか判らない、微妙なタイトルしてんな……」
というわけで、久しぶりに時間加速機能を使用しての動画撮影である。
今は、VR内でゲームを起動して、タイトル画面まで進んでいる。バックでは、女性ボーカルによるアイドルソングが流れていた。
「おそらく、その年代を意識したゲームでしょう。舞台となるのは、西暦1993年の日本国。昭和のアイドル黄金時代が終わり、時は平成、J-POP全盛期。アイドルは今や、一部の男性アイドル事務所の者達を除き、お茶の間に姿を見せなくなっていました」
ほう。
20世紀末が舞台のゲームか。俺の子供時代だな。
「そんな中、昭和の女性アイドルに憧れる者が一人……。それがあなた、主人公のヒミカです。ちなみに、名前と見た目は変更可能です。ただし、キャラクターメイクは女性限定です」
「アイドルの伝説なのに、アイドル冬の時代が舞台なのか」
1993年といえば、まさに説明があったとおり、人気女性アイドルがほとんどいなかった時代のはずだ。
もう少し年数を経れば、有名ロックバンドのボーカルが音楽プロデュースをする多人数アイドルグループが出てくるんだけどな。
「アイドル冬の時代にさっそうと現れた期待の新星。それは日本の音楽界に多大な影響を与え、歴史とは異なる音楽シーンが描かれていく……という作品のようです」
「その期待の新人が、主人公ちゃんってことか」
「はい。今回は複数あるシナリオのルート分岐の中でも、歌姫ルートという物を選んでいただきます。これは、徹底して歌唱レッスンが組まれるルートで、システムアシストなしでこのルートを攻略したあかつきには、ヨシムネ様はいっぱしの歌手へと変貌を遂げていることでしょう」
「下手すぎて期限切れでゲームオーバーということは……」
「今回は、ゲーム上の暦が存在しないモードでプレイしていただきます。つまり、一定の成果を上げるまで、ゲームが進行しません」
「それを時間加速機能ありで?」
「はい。『-TOUMA-』の時と同じ倍率でよいでしょう。ゲーム上での一日は『-TOUMA-』より長いですが」
久しぶりに出たよ、ヒスイさんのスパルタ面が!
もし、ここで拒否すれば、ヒスイさんは素直に引いてくれるだろう。
でもなぁ。配信に必要なことと言われたら、やらないわけにはいかないよなぁ。もはや俺は、配信するために生きているのだ。
「NPCとの交流はゲームクリアに必要なため、ある程度していただきます。時間加速機能の倍率が高いので高度有機AIサーバには接続しませんが」
「まあ、普通のAIでも十分人間っぽいよな。了解だ」
「では、早速始めていきましょう。キャラクターメイク、このゲームではキャラクターエディットですが、いつもの通りですね」
画面が切り替わり、主人公と思われる十四歳くらいの少女が目の前に棒立ちになって現れる。
服装は、紺のブレザー服だ。学校の制服なのだろう。
「名前は本名プレイのヨシムネ。見た目は現実準拠のミドリシリーズだ」
すると、中学生少女の外見がいつものミドリシリーズ、すなわち高校生くらいの銀髪少女へと変わる。
うむ、ブレザー姿もなかなかいいな。
「では、ゲームスタートです」
すうっと目の前が暗くなり、オープニングムービーが始まる。
それは、日本の音楽史だった。
第二次世界大戦後の音楽から話は始まる。戦後の復興のすぐ傍に寄り添って、歌は存在していた。
1960年代、70年代と歌謡曲が日本人の生活と共にあり、人々の心を癒やした。
そして70年代後半、「普通の女の子に戻りたい」と電撃引退をした二人組のアイドルの存在を皮切りに、女性アイドルが次々に誕生。
やがて80年代に入り、時代はアイドル全盛期となる。多くの人々がアイドルに熱狂した。
しかし、昭和の時代が終わり、平成が始まった80年代終盤から、女性アイドル達はしだいにお茶の間に姿を見せなくなり、若者達はアイドルソングを聴かなくなる。そして、1993年の今、身近な若者の音楽と言えば、J-POPと言われるようになっていた。
そんな中、一人のうら若き少女が、古き昭和のアイドルに強い憧れを抱いていた。
その少女は、音楽事務所の数少ないアイドルオーディションを受けるも、全て撃沈。どうにかアイドルになれないものかと、日々チャンスをうかがっていた。
その少女の名は――ヨシムネ。十四歳の中学生である。
『ねえ、ヨシムネ! 学園祭で音楽ステージがあるんだけど、出てみない? ヨシムネ、歌うの好きでしょ? 枠埋めたいんだ。頼むー』
意識が浮上する。俺は、どうやら中学生の女子になったようだ。
どうやらここは教室で、今、俺は学祭のイベントのお誘いを受けているようだった。
ふむ、もう喋れるのか? そう思ったところで、頭の中にヒスイさんの声が響いた。
『そのお誘いは受けてください。ステージに立つことで、スムーズに大手の音楽事務所へ所属できます』
お、ヒスイさん、どこにいるんだ?
『一人用ゲームですので、私は画面には映りません。外からサポートさせていただきます。私に伝えたいことは、頭の中で強く念じてください。こちらでアテレコして、動画に実況として反映しておきます』
むむっ、念じるだと。揚げチキください。
『揚げチキとは?』
いや、ただのネタだよ。そういえば1993年のこの頃って、確かもうコンビニが全国に広まっていた時期だったかな。子供の頃だから、詳しく覚えていないけど。
『そうなのですか? 細かい店舗の歴史までは私は把握していませんが……』
さあ、どうなんだろう。俺、この頃まだ小学生にもなってないからなぁ。
『ヨシムネ、どうかな。受けてくれる?』
おっと、同級生ちゃんに答えないとな。
「ああ、受けるよ。どんな曲を歌えばいいかな?」
『やった! ありがと! 歌は、このCDの曲を覚えてきてね! じゃ、明日の本番、よろしくね!』
「明日かよ!?」
何その突発スケジュール!?
『ゲームの最初のイベントですから、日を置かないのでしょう。ゲームの都合は時にリアリティを犠牲にします』
うーん、ヒスイさん辛辣。
と、さっきの女の子から手渡されたCDケースを俺は見てみる。
「うわあ、これ、8センチCDだぞ。懐かしすぎる……」
俺は、縦長のCDケースを眺めてそう言った。
8センチCD。本来のCDより一回り小さい物で、収録可能時間が短いためシングル曲をリリースするために過去使われていた、音楽史の遺物である。
いつの間にか見なくなった、そう、確か俺が中学生になる頃には姿を消していた物だ。どういう理由で使われなくなったんだろうな。大きさ統一した方が棚に収めやすいからとかか?
CDケースをまじまじと眺めていると、視界に情報がポップアップしてくる。
学園祭課題曲『アイドルスター!』のCD。本ゲームのオリジナル曲。作曲・作詞――
ふむ、聞き覚えのない曲名だと思ったら、このゲーム独自の曲か。
ケースを開いてみると、8センチCDがしっかりと収められており、フタ部分の紙には歌詞がこの時代の日本語で書かれていた。
その場で歌詞を眺めていたら、ヒスイさんから連絡が来る。
『そのCDを持って帰宅してください。家にCDラジカセがあります』
「お、確かに、曲を覚えるなら歌詞だけでなく、音も聞かないとな。さて、帰宅するか。鞄はどれだ?」
俺はとりあえず近くにあった鞄をじっと見つめてみる。
ヨシムネの学生鞄という情報がポップアップしたので、その鞄にCDケースを突っ込んで、鞄を持って教室を出た。
すると、視界が暗転し、俺は空の上に浮いていた。
「おっ、おお!?」
上空から町並みを見下ろしている。そして、視界にいろいろな建物の情報が表示されており、さらに『行き先を選んでください』というメッセージウィンドウが大きくポップアップしていた。
なるほど、MAPの移動画面か。
「高所恐怖症の人がプレイしたら、大変なことになりそうだな」
『そのような傾向がある方は、町のミニチュアを見下ろす形の画面に自動で切り替わります』
なるほど、プレイヤーの嗜好や傾向にゲーム側が自動で合わせてくるって、未来のゲームはやはりすごいな。
さて、プレイを進めよう。俺はたくさんある建物から、表示が点滅して存在を主張していた自宅を選ぶ。住宅街にある立派な一軒家だ。
すると、またもや視界が暗転し、俺はどこかの家の玄関の中に立っていた。自宅に移動完了したのだろう。
「ただいまー、でいいのかな? 母親NPCとかいるのかな」
「おかえりなさいませ、ヨシムネ様」
「あれっ!? ヒスイさん?」
俺を出迎えたのは、どういうわけかヒスイさんであった。
「一人用ゲームだから、出てこられないんじゃなかったのか?」
「ゲームをハックして、母親NPCと入れ替わりました。母親との会話は、歌姫ルートには必要ありませんので」
「ハックって、いいのそれ」
「オンライン接続されていない一人用ゲームですから、問題ありませんよ」
たまげたなぁ。姉を主張していたヒスイさんが、今度は母になってしまった。
この人、属性盛り過ぎじゃないか?
20世紀末風の服の上に、ピンク色のエプロンを着けたヒスイさんに、俺は無限の可能性を見いだすのであった。




