EX12.食品生産工場シミュレーター300(シミュレーター)<1>
ハマコちゃんとの打ち合わせから数日後、ライブ配信当日がやってきた。
「どうもー、21世紀おじさん少女だよー」
「助手のヒスイです」
『わこつ』『キュイキュイ』『待ってたぜえ』『いつも通りの導入のこの安心感よ』『接続数もだいぶ増えたなぁ』
視聴者の抽出コメント通り、開始から視聴者の数は上々。ヒスイさんによる告知以外にも、行政府の広報部からも宣伝がされたらしく、いつもより配信の注目度が高いようだ。
「今日は、告知していた通り、行政府からの案件をやっていく! ちなみに行政府からゲストが来ているぞ」
『ゲスト!』『まさか、マザー?』『ありえる!』『マザーもすっかりいつものメンバーになっちゃって……』
「本日のゲスト、ヨコハマ観光大使のハマコちゃんだ!」
「どうも、みなさまこんにちは!」
舞台袖というか、舞台となっているSCホームの日本庭園、その奥に建つ日本家屋の縁側からハマコちゃんが姿を現す。
『えっ!?』『ハマコちゃん……?』『予想外の人物』『準レギュラーだけど案件と関係ないよね?』『ハマコちゃんは行政府の役人だった……?』
「あはは、私、ヨコハマ・アーコロジー行政区の所属ですから! 各行政区は、基本的に行政府の下部組織ですよー」
打ち合わせの時に俺がしたのと同じリアクションを視聴者達が取っている。
まあ、行政府案件でヨコハマ観光大使が出てくるとは、まず思わないよな。
「では、行政府のハマコちゃん」
視聴者コメントに反応していたハマコちゃんに、俺はそう言葉を投げかける。
「はい、行政府のハマコです!」
「今回の案件の説明をお願いする」
「了解しました!」
話を振られたハマコちゃんが、今回の趣旨を説明し始めた。
ギルバデラルーシへの人類文化紹介と聞いて、ギルバデラルーシの視聴者かららしきコメントも盛り上がり、人類側の視聴者もその反応に好印象を持ったようだ。
うむうむ。つかみはオッケーだな。
「では、本日のゲームを始めていくぞ!」
俺がそう宣言すると、ヒスイさんがいつものようにゲームアイコンを掲げ、VR空間が切り替わる。
タイトル画面となったところで、ヒスイさんによるゲーム紹介が始まった。
「『食品生産工場シミュレーター300』。その名の通り、様々な食品を作り出し、加工し、出荷する工場を経営する最新のシミュレーターです」
「ちなみに、このシミュレーターは、ヨコハマ・アーコロジーで食品生産工場を経営している、ニューヨコハマフードカンパニーという企業が監修しているそうだ」
『ああ、ハマコちゃんがいる理由ってそういう……』『行政府のハマコちゃんだと思ったら、いつもの観光大使のハマコちゃんだった』『シミュレーターですか。地味な絵面になりそうですね』『シミュレーターとは?』
おっと、ギルバデラルーシにとって、シミュレーターは馴染みがないかもしれないな。
「シミュレーターとは、リアルでできることをゲーム上やVR空間という仮想の場を使って再現して、擬似的に体験する装置のことだな。普通の遊戯目的のゲームよりは遊びの要素が少なく、訓練目的で用いられることが多いのが特徴かな」
「ちなみにこの『食品生産工場シミュレーター300』は、遊戯目的のゲームとして十分遊べるタイプのシミュレーターですよ! しかもなんと無料で配付中!」
俺の説明に、ハマコちゃんが補足するように言った。
彼女が言ったとおり、疑似体験がシミュレーターの目的とは言っても、何事も例外はあるわけだ。
かつて21世紀でプレイした、大雑把すぎる外科手術をするシミュレーターとか、ヤギになって町中を走り回るシミュレーターとか。それらはゲームタイトルにシミュレーターと付いてはいたが、完全にジョーク系のゲームだった。
「では、ゲームを始めていきましょうか」
ヒスイさんが促してきたので、俺はタイトル画面から先に進むことにした。
……しかし、ヒスイさん的にもこれはゲームなんだな。
さて、オープニング。プレイヤーである俺が置かれた状況が、簡単に語られていく。
惑星テラから飛び出し、宇宙進出を続ける人類文明。あるとき、とある星系で惑星テラに重力環境が酷似した新惑星を発見する。
その惑星に調査団を送り、やがて入植が十分可能と判明した。
惑星上にドームを建築し、いよいよ入植が行なわれる。そうなると、当然、食糧が必要となってくる。
しかし、この惑星は未だに生命が発生していない。大地も不毛な荒野が広がっているため、土を使った農林業はテラフォーミングが進むまで困難。
そのため、工場での食糧生産を行なうこととなった。プレイヤーである俺は、その工場の責任者。ドームの行政区から初期資金を受け取り、入植した人々の腹を満たすため、今日から頑張ることとなった!
「では、まずは企業名を決めましょう」
オープニングが終わり、ヒスイさんがそう切り出してきた。俺の目の前にも、企業名を入力する画面が開いている。
ふーむ、企業名かぁ。
「じゃあ、偉大なる先駆者にあやかって、『ミスト牧場』で」
「牧場ですか。オーガニックな畜産業を目指しますか?」
「いや、メインは農業だ」
はい、入力完了と。
『ミスト……霧?』『牧場ってなんだっけ』『家畜を飼育して乳や毛、肉を生産する場所』『なぜ霧?』
ミスト様は、偉大なる先駆者にして地主様だぞ。
さて、企業名の入力が終わったところで、視界の端に表示されているメニューの資金項目に入金が行なわれた。
「このクレジットが初期資金かな?」
俺がメニューを指さしながら問うと、ヒスイさんが答える。
「行政区から惑星テラの日時で毎月、一定額の運営資金が支払われます。工場の規模を拡大すると、クレジットの支払い額が増えていきます」
「至れり尽くせりだなー」
「なお、販売利益は一定割合を税として取られた上で、運営資金に合算されます」
「なるほどなるほど、よほどのことが起きない限りまず倒産の危険性はないな。もしかして、これがこの時代の企業運営スタイルってこと?」
「はい。現代の企業は、基本的に行政府の指導下で運営されていますからね。ヨシムネ様に分かりやすく言いますと、共産主義です」
「共産主義」
まさかのワードが飛びだしてきたぞ!?
「人の欲が介在しないAIの管理により、徹底した人材と資産の運用・分配が実現可能となっております」
「まあ、この時代、働いている人員も、ほとんどがAIだって言うしな……」
この時代、ベーシックインカムのおかげで働かずに遊んで過ごせるユートピアだと思っていたけど、もしかしたらディストピアかもしれん。
マザーAI、スフィアちゃんの支配する、ゆるふわディストピア!
さて、そんな共産主義の産物であるミスト牧場家屋。
工場とは言っても、大きな建物があるだけで、中身はがらんどうだ。
「まずは最初の生産物を決めましょう」
「何が作れるんだ?」
「野菜か穀物か肉か魚介類か、どの種類の食材を作るかをまずは決めて、その中で安価な生産設備を選ぶ形ですね」
食材なら、おおよそ何でも作れるってことかね。
ふーむ、そうなるとだ。ミスト牧場としては、外せない生産物がある。
「野菜だ。まずはカブを育てよう」
「分かりました。カブですね」
俺の言葉に、ヒスイさんがうなずく。すると、ニコニコと笑って経緯を見守っていたハマコちゃんが、ここでようやく口を開いた。
「ヨシムネさん、以前も農業ゲームの配信で、カブを最初に育てていませんでしたか?」
農業ゲーム……『リドラの箱船』だな。農業よりもアクションの方が比重の大きいゲームだった気がするが。
確かに、あのゲームでも最初に育てた作物はカブだったかもしれない。だが、それにもちゃんとした理由がある。
「農業ゲームの基本は、カブだからな」
「なるほど、カブに一家言あると。ヨシムネさんは600年前、カブ農家だったというわけですか」
「いや? うちの実家は確かに野菜も育てていたけど、カブは育てていなかったな」
農家だったうちのメイン作物は、野菜よりも米だったが。
「でも、基本の作物なんですよね?」
「農業の基本とは言っていないぞ。農業ゲームの基本だ」
「なるほど、ゲームと現実は違うと!」
「いやまあ、ハウス栽培含めるとどの季節でも育つし、産地も日本の北から南まで幅広いし、リアルでも基本の野菜と言われればそうなんだが……」
うちの実家ではカブを育てていなかった。ゲームではカブを育てていた。それだけのことだ。
そんな21世紀の農業ゲームネタはともかく、育てる作物も決めたので機材の導入だ。
「どのようにカブを育てますか? この惑星の土壌には微生物すら生息していないため、栽培用の土を購入するにはそれなりの資金が必要となりますが」
ヒスイさんのその説明に、俺はふと閃いた。
「水耕栽培、できるかな?」
「可能です」
よっしゃ。一度やってみたかったんだ。
『水耕栽培の説明プリーズ』『水で育てる……?』『野菜って土に植えて生やすんじゃないのか』『興味深い』
おっと、農業に縁がないであろう視聴者が早速ついてこられなくなっているな。
「農業は基本的に土に種や苗を植えるが、一部の作物は水の中でも育つんだよ。カブはその中でも有名な方だったな」
『水の中で育つのか』『蓮みたいな?』『水田ってやつか』『ガルンガトトル・ララーシではありえない光景だ』
あー、ギルバデラルーシの住む惑星ガルンガトトル・ララーシは、平均気温が100度を超えているから水が基本的に存在しないんだったな。
あと水田は水耕栽培とはまた違う。あれは田んぼに水を張っているだけで、苗自体は土の中に植えるからな。
そんな説明をしてから、機材の購入画面を開く。
「うわ、いっぱいあるな。ええっと、メニューから水耕栽培を選んで、初心者にオススメの項目を……」
そうして表示された一連の機材。カブの種にシードプリンター、根菜用の水槽、水槽を並べる棚、水耕栽培用の養液、日光ライトに旧世代の作物お世話ロボット。
……シードプリンター?
「シード……種の、印刷機……?」
見知らぬ未来道具に、首を傾げているとヒスイさんがメニューを操作して説明画面を開いてくれた。
ふむふむ。
「帯状のフィルムに種を埋め込み、養液を張った水槽にフィルムを敷くことで水耕栽培が可能になる……このフィルムに種を埋め込む機械が、シードプリンターね」
画面には、フィルムを水槽に敷いたプレビューも表示されている。
「ほーん、フィルムはともかく、水槽周りはあまり21世紀の野菜工場と変わらない光景だなぁ」
棚に収まる水槽のプレビューを見て、俺はそんな感想を述べた。実家では水耕栽培は導入していなかったが、それなりに農業関連の勉強自体はしていたのだ。
と、そんな感想に、ハマコちゃんが反応を示した。
「最安値の機材ですからね! 枯れた技術というやつでしょう」
枯れた技術(600年前)。そりゃ安くもなるわ。
さらに、ヒスイさんもコメントを挟んでくる。
「ちなみに、種を埋め込んだフィルムは、巻いて冷暗所に置くことで発芽させることなく保存ができます。まあ、種はわざわざフィルムに埋め込まなくても、長期保存が可能なのですが……」
「じゃあ、埋め込んだ後に保存するメリットは?」
「シードプリンターを購入することなく、レンタルで運用が可能となる点でしょうか。一日だけプリンターをレンタルし、大量印刷してからフィルムを保存しプリンターを返却するという運用です。資金繰りが怪しくなったときの最終手段ですね」
機材のレンタルか。まあ、農業ではしばしばあることだ。
『シードプリンターかぁ。初めて知ったわ』『ゲームの農業って、鍬とジョウロの原始的なものが多いよね』『水耕栽培、どう育つかちょっと楽しみ』『水槽に直接種を蒔くんじゃないんだ』
水槽に直接種って、それはさすがに……。
「直接蒔いたら、いざ芽が出て育ったときに、固定してくれる何かがないと水槽の中でカブがひっくり返るな」
俺のコメントに、ヒスイさんも追従するように言う。
「その他にも、水槽に養液を張るだけですと養液中の有機成分が腐っていきますので、水槽内で養液を巡らせて浄化器に通します。その水流があるため、種を固定せず蒔くと種も流れていってしまいます」
「そのへんは上手く枠にはめて枠内に作物を留まらせればよさそうだが……フィルムの方が安上がりなんだろうな」
「ええ。水耕栽培を導入したい場合、このシミュレーターではシードプリンターと水槽が最も安価な機材となります」
枯れた技術、枯れた技術。
あ、でもちょっと気になったことが。
「養液が腐るっていうけど、養液に防腐剤を混ぜるのじゃ駄目なのか?」
「薬剤の投入よりも浄化器を通す方が、長期的に見て安価となります。養液は年単位で使い回しますが、防腐剤は作物に吸収されていきますから、追加投入が必要となります」
俺の疑問を受け、ヒスイさんが即座に答えてくれる。
「防腐剤の安全性は?」
「摂取しても人体に悪影響はありませんし、作物の味に影響もないとのことです」
「21世紀の日本は、そのへんの食の安全にうるさかったんだよなぁ」
『防腐剤の安全性とか気にしたことなかった』『安全で当然というか……』『毒を混ぜるのではあるまいし、気にするところか?』
薬には副作用があるものさ。この時代の薬に、副作用があるかは知らないが。
と、そんな雑談を経てゲームは進む。機材を購入し、工場の空きスペースに棚が設置され水槽が並んでいく。
さらに、離れた区画では、早速納品されたシードプリンターがフィルムに種を植え付けている。
種の印刷はすぐさま終わり、ロボットが水槽にフィルムを設置し、水槽に養液を流し込んでいく。
そして、日光代わりのライトが灯り、いよいよ水耕栽培のスタートだ。
「俺がもと居た時代では、このライトと室温を保つためのエアコンの消費電力が多すぎて、野菜工場は採算を取るのが難しいと聞いていたんだが……」
時間を早送りして、カブが発芽し成長していく様を見ながら、俺はそんなことを言った。
すると、カブの成長を興味深そうに眺めつつハマコちゃんが話に乗ってくる。
「エネルギー問題は、何百年も前に常温核融合が実現して以降、完全に解決したと言っていいでしょう! 常温核融合も今となっては枯れた技術ですが、未だにそこらで見かける現役の技術でもあります!」
「まあ、そうだよな……今じゃ核融合炉に反物質反応炉、縮退炉と選り取り見取りらしいな」
やがて、水槽から飛び出すように青々と茂るカブの葉っぱ。
養液に満たされた水槽とカブを支えるフィルムは透明なので、根菜部分も立派に太っていることが分かる。
「そろそろ収穫か」
水槽に表示されている収穫までの残り日数が減っていき、やがて収穫日を迎えた。
最安値の機材を購入したためか、スタイリッシュでオートメーションな工場とはほど遠い収穫風景が繰り広げられる。
すなわち、お世話ロボットが水槽のフィルムを巻き取り、一個一個カブを抜き取って、磨いて箱につめていく風景だ。
「うーん、アナクロ」
箱詰め作業の様とか、作業員が人からロボットに変わっただけで、21世紀の農家でもお馴染みだぞ。
「枯れた技術ですから!」
ハマコちゃん、その言葉気に入ったの?




