EX6.不思議な植物惑星
二月のある日、俺はガーデニングに勤しんでいた。
つい先日、冬の間育てていたカブを収穫して、採れたてのカブを使って『カブの酢漬け』を作る料理配信をしたばかり。
そして空いたプランターに、俺は花の苗を植えることにした。ある程度育った苗なので、一ヶ月もしないうちに綺麗な花を咲かせてくれることだろう。
「お、レイク、これは花の苗だぞー」
プランターをいじっていると、我が家の宇宙植物マンドレイクのレイクが、植木鉢を脱走してプランターを覗きこみ始めた。
レイクには眼球のような器官は存在しないが、どういう手段によるものか周囲を把握しているように思える。よく猫ロボットのイノウエさんの背中に乗って移動しているし、他の植物を興味深そうに観察していることもある。
「一ヶ月もすれば花が咲くぞ。一ヶ月って分かるか?」
そうレイクに話しかけるが、当然のようにレイクは返事をしない。眼球だけでなく発声器官だってないからな。
妙に動物っぽいアクションを取るから勘違いしそうになるが、レイクはあくまで植物だ。太陽系外の惑星ヘルバが原産だけれども。
そうして作業を進めるうちに、部屋にイノウエさんがやってきた。
レイクはその背に上手く乗りこみ、部屋を後にする。どうやらガーデニングを見ることに飽きたようだ。多分。
やがて、苗はしっかりとプランターに植えられ、俺は手にはめていたガーデニング用の手袋を外す。そして、ここまで動画で記録を取ってくれていたカメラロボットのキューブくんのいる、部屋の角に向けて手を振って作業を終えた。
それから手袋を重い汚れを洗浄する家電に突っ込み、わずかに土で汚れた全身をナノマシン洗浄機で丸洗いする。
そこで、ちょうどヒスイさんが自動調理器で食事を作り終えたようなので、夕食にすることにした。
今日の夕食は中華丼とシーザーサラダ、鶏ガラの中華風スープと、配信で作り置きしておいたカブの酢漬けだ。
それらをヒスイさんと二人で、のんびりと食す。足元ではイノウエさんも「ガフガフ」と声を出しながら、皿に頭を突っ込みながら餌を食べている。
さすがに飯時は邪魔になったのか、イノウエさんはレイクを背からおろしていた。レイクはイノウエさんの横でゆらゆらと揺れている。
「ヨシムネ様、放送時間のようです」
「ん? ああ、テレビね」
ヒスイさんが食事の手を一時的に止め、俺に向かって話しかけてきた。
今日は、ちょっと気になる番組が、公共の映像配信チャンネルで放送されるのだ。番組名は『宇宙自然紀行 惑星ヘルバの古代文明、その歴史と現在』。
惑星ヘルバは、マンドレイクが発見された原産地だ。
その惑星には、実ははるか太古に知的生命体が存在し、文明を築いていたとのことだ。現在は、惑星ヘルバに知的生命体はいないとされている。だが、惑星の各所に知的文明の足跡が残されており、遺跡と呼べる建築物もあるのだそうだ。
「では、壁に投影します」
「よろしくー」
ヒスイさんの言葉に軽く声を返すと、ヒスイさんは部屋の壁に映像を出現させた。
白い部屋の壁に浮かび上がるように大きな画面が投影される。21世紀にあったような透きとおるプロジェクター画面とは違う、空中に浮かび背景が透けて見えない画面だ。
どういう技術で実現されているのかは分からない。が、少なくとも俺の視界に直接投影されるARとはまた違い、誰の目からでも見える画面として出力されているはずだ。なにせ、今日はこの番組をレイクにも見せてあげようと思って、ヒスイさんに頼んであったからな。
そうして、番組が始まった。うるさすぎもせず、派手なこともない。21世紀だと深夜にでも放送されているような、大人しめの映像。ナレーションも落ち着いた声で、惑星ヘルバの古代文明を語り始めた。
『今から六三〇〇万年前。惑星ヘルバには知的生命体が文明を築いていました。彼らは動物ではなく、植物から進化した生物。光合成をし、土から栄養を取り込む植物の特性を持った、高度な生物でした』
そんなナレーションと共に、画面に知的生命体の再現図が表示される。
「ほーん。空想上のマンドレイクとかアルラウネみたいなのを想像していたけど、違うなぁ」
「木ではないのでトレントとも違いますね」
そんな会話をヒスイさんと交わしながら、俺は横目でレイクをチラリと見た。
だが、レイクは食事時と変わらず、その場でゆらゆらと揺れるのみだ。映像、見えているのかねぇ。
それから、現在の惑星ヘルバの自然風景と、過去視で得られた六三〇〇万年前の映像が交互に映し出されていく。
どうやら惑星ヘルバの植物は、知的生命体と呼ぶに相応しい文明を築いていたようだ。地球の文明との比較は難しいが、石材で建築物を作り、黒曜石を加工した武器で外敵を狩る知恵はあったようだ。文字は簡単な象形文字が使われていたらしい。
ただ、金属を加工できる文明ではなかったようだ。そもそも、肉を食べないので火を使わない。
農業はしていたようだが、それは作物を食べる直接的な食事のためというよりは、育てた植物を枯らせて土を富ませて自分達がより多くの栄養を土から吸収できるようにするためにやっていたことのようだ。
『ヘルバの知的生命体には、従属種族がいました。現在マンドレイクと呼ばれている植物です。高度な知性はなく、労働のための強い身体能力を持っていました。しかし、現在のマンドレイクは、六三〇〇万年の進化の果てに、当時の能力を失っています』
「おおっ」
ナレーションと共に、古代遺跡の様子が画面に映る。従属種族の住居であったらしいが……完全に植物に覆われて、とても建築物には見えない。六三〇〇万年だからなぁ……。
だが、過去視による太古の映像が出ると、そこは立派な石造の遺跡だったことが分かった。
ほほう、これはこれは……。
「みょーん!」
「うおっ!?」
「ッ!?」
画面に遺跡が映ってから数秒後、突然大きな音が足元から聞こえた。それは、レイクが発する音だった。
レイクはその葉を床から垂直に立て、わっさわっさと葉をゆらしながら、みょんみょんと謎の音を立てている。これは……なんだろう?
「ええと、古代遺跡とレイクに何か通じる物があったのかな……」
「みょーん! みょーん!」
俺はレイクと画面の過去視映像を交互に見ながら、困惑するしかなかった。
「……番組に問い合わせてみますね」
ヒスイさんは冷静に、そんなことを言った。おおう、頼りになるなぁ……。
それからしばらく、レイクはみょんみょんと音を発していたが、やがて映像の場面が変わり、レイクは静かになった。
「はー、いったいなんだったんだ」
それから番組はしばらく続いたが、レイクが再び謎の行動を起こすことはなかった。
やがて、番組はエンディングを迎え、壁に出力されていた画面が閉じる。
番組は、正直言って面白かった。面白かったのだが……レイクの行動にインパクトがありすぎて、後半はあまり印象に残らなかった。
「ヨシムネ様」
と、ヒスイさんが壁から俺の方に振り返って声をかけてきた。
「おう、何か番組から返答あった?」
「はい。同じ問い合わせが複数あったようで、調査が行なわれたところ、どうやらバグが発生した可能性が高いようです」
「バグ」
「はい、バグです」
バグって、コンピュータプログラムが起こすあれだよな……?
「あの映像にあった古代遺跡には、古代のマンドレイクを従わせる機能があったそうです。しかし、現在のマンドレイクは数千万年をかけて進化を重ねた種族であり、機能が正常に働かないようになっているようです」
「お、おう……なんというか、すごいな」
「はい、生命進化の神秘です」
「神秘かなぁ……?」
俺は、足元に目を向けて、イノウエさんの背に乗ろうとしているレイクを見つめた。
生命進化の神秘……神秘? とにかく、レイクには不思議な植物惑星の歴史が詰まっているようであった。
あ、ちなみに知的生命体は惑星の気候変動が原因で絶滅したらしい。
人類とコンタクトを取れるような宇宙人は、そう簡単には発見できないってことだねぇ。
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