EX5.小話集
●学びの成果は
色を重ねる。
頭の中にしか存在しない雄大なイメージ。それを外に出力するために、幾重にも色を重ねる。
『ええやん』『見事な青空だなぁ』『これが惑星テラの空か』『よきかな』
キャンバスに絵の具を重ね、いつか見た風景を描いていく。
今日は、お絵かきライブ配信の日だ。
先日まで俺は、時間加速機能を使って絵画を学ぶゲームをプレイしていた。
22世紀の美術大学が舞台のシミュレーションゲーム、『White Canvas, Great Campus』。美大生ごっこができるユニークなゲームだった。
VR内の美大で一から美術の基礎を叩き込まれた俺だが、ヒスイさんに早速、お披露目をしましょうと言われて衆人環視の中、絵を書くはめになっていた。俺個人のVR空間であるSCホーム、キャンバスに向かって絵の具を塗りたくっていた。
描いているのは油絵。水彩画も学んだのだが、俺は油絵の方が好きだ。
「さて、綺麗に空が描けたところで、キャンバスの真ん中に絵の具をドーン!」
『ああっ!? せっかくの空が!』『ここまできてなんてことを』『うわあ、台無しだぁ』『もうおしまいだよ、ヨシちゃん』
「で、ここでペインティングナイフをススーッと……」
『お、おお?』『あれ?』『何かそれっぽいものが浮かんできた』『興味深い』
「筆でちょちょちょいちょいっと……」
『ん?』『なんだこれは……』『何かが見える!』『なんだこれ』
「この色を混ぜて、大胆に重ねて……」
『おう……原っぱ?』『空の下に陸地が!』『畑か?』『麦畑?』
「秋空の下に実る、稲穂だ。さらにこうして線を引けば……ほら、あぜ道になった」
『うおおおお!』『ノスタルジー……』『稲穂ってことは米畑かー』『畑ではなくて田んぼですね』
「うんうん、21世紀の日本の田んぼの風景、題を付けるなら『庄内の実り』ってところかな」
工場で作物が生産されるこの時代ではもう見られない、日本の原風景。俺が元々居た、21世紀の山形県の田園を描いてみた。
散々見た実家の田んぼも、こうして絵にしてみると感慨深いものがある。
いやー、しかし、ただの米農家だった農大卒の俺が、まさかこうしてお絵かき配信なんてする日が来るとはね。
まだまだゲーム内で教えてくれた美大の先生達には敵わないが、それなりの物が描けるようになったと思う。
ああ、そうだ。せっかくだからあの言葉を視聴者のみんなに送っておこう。
「……ね、簡単でしょう?」
返ってきたコメントは、予想通りの突っ込みの嵐であった。
●テレパシー勝負
「ぬぐぐぐぐ……」
「ふむ、これはなかなか……」
ある日のVR空間、SCホーム。のんびり自由時間を満喫中だが、今日は来客が複数あった。
SCホームに建てられた日本家屋の庭で、宙に浮く二つキューブを間に置いて、向かい合っている二人の人物。
片方は、金髪ロリータガールのウィリアム・グリーンウッド閣下。もう片方は体高三メートルの異星人の大長老、ゼバ様だ。
「ぬぎぎぎ……なんと固い……」
「…………」
キューブをはさんで向かい合って、ただ棒立ちになっているだけにしか見えない二人だが、実は違う。
二人は勝負の最中なのだ。
俺はその勝負の見届け人なのだが……やっぱり傍目にはただ棒立ちになっているようにしか見えない。
と、そんな中、VRのフレンドが我がSCホームに訪ねてくる音声が鳴り響いた。
「ヨシちゃん、来ちゃいました……!」
おっと、ノブちゃんのご来訪だ。
ノブちゃんは、俺と同じくゲーム配信を生業としているうら若き少女だ。ヨシノブというハンドルネームで、RTAを中心とした動画配信を行なっている。
「ノブちゃん、いらっしゃい」
「はい、お邪魔します……!」
「ぬがー! うぎー!」
「ほう……」
ノブちゃんが縁側に姿を見せたところで、棒立ちのまま閣下が叫び声を上げる。すると、ノブちゃんがビクリと肩を跳ね上げ、俺に恐る恐る尋ねてきた。
「あの……お二人は何を……?」
「ああ、なんでも、超能力の競い合いをしているらしいよ」
「超能力、ですか?」
「うん。閣下の超能力強度はテレパシーが飛び抜けて高いことは知っているよね?」
問い返してくるノブちゃんに、俺はさらに質問を重ねた。
「はい……界隈では有名だそうで……」
「そして、ゼバ様はギルバデラルーシの歴史の中でも、最もテレパシーに優れていたと伝えられていた偉人だ」
俺の説明に、ノブちゃんがコクコクとうなずく。
「そこで、どちらがテレパスとして上か、テレパシーレスリングで勝負をつけている最中だ」
「てれぱしーれすりんぐ」
俺の発した言葉に、ノブちゃんがポカーンとした顔になる。
そうか、テレパシーレスリングはノブちゃんにとっても、謎ワードだったか……。
「あの二人の間に浮いている二つのキューブは、五桁の番号を入力すると開くんだ。で、自分の前にあるキューブの番号は、向かい合う相手の頭の中に記憶されている。その番号をお互いに、テレパシーを使って探り合って、先にキューブを開けた方が勝ちという競技らしい」
「なるほど。でも、レスリングですか……」
「相手のテレパシーを防ぎつつ、相手にテレパシーをかける。心でがっぷり四つに組み合って攻防をするから、テレパシーレスリングだそうだ」
「なるほど……」
この競技が日本発祥だったら、テレパシー相撲とか言われていそうだな。相手の頭の中を覗くから、心が丸裸状態だろうし。
「ぬ、ぬあー!」
「よき勝負であった」
おっと、ゼバ様がキューブに数値を入力したぞ。どうやらゼバ様の勝利のようだ。
数値が入力されたキューブは、パカッと上部が開いて、ファンファーレを周囲に響かせながらキラキラと光を発して消えた。
「ぐぬぬ……今までテレパシーの強さでは、誰にも負けたことがなかったというのに!」
ゼバ様と健闘の握手を交わしてから縁側に戻ってきた閣下が、本当に悔しそうにしながら言った。
うーむ、誰にも負けたことがないってことは、閣下は人類最強のテレパスだったってことか。
そしてその人類最強が、ゼバ様にあっさりと負けた。
やはり、超能力分野では、人類はギルバデラルーシには敵わないんだなぁ。
「ま、せっかく異なる星の種族が協調路線を歩むんだ。得意分野が違う方が、互いの得意不得意を補ういい関係になれるってものじゃないかな」
俺のそんな適当なコメントに、ゼバ様が「キュイキュイ」と胸から音を鳴らして笑いを返してくれた。
●ノブちゃんの相談
ある日のSCホーム。一人訪ねてきたノブちゃんが、俺に相談事があると切り出した。
SCホームの日本家屋内の居間で、ヒスイさんを交えた三人、お茶を飲みながら話をすることにした。
「……なるほど。サポートAIを導入すると」
ノブちゃんの相談事は、俺にとってのヒスイさんのような存在……すなわち配信業のサポート役であるAIの購入についての検討であった。
「はい。まずは、自宅の有機コンピュータに組み込んで、配信の手伝いをしてもらいます。それから、クレジットが貯まったら、アンドロイドボディに、移動させようと……」
「よいのではないでしょうか」
ノブちゃんの購入計画をヒスイさんも肯定したので、AI的に問題はないようだ。
「それで、どの性別で、どのような人格のAIにするか、迷っているんです……」
眉をハの字に曲げて、ノブちゃんが言う。
AIの人格かぁ。俺の場合、最初から稼働していたヒスイさんが割り当てられた形なんだよな。でも、ノブちゃんは新たなAIを製造してもらい、それを購入する形にしたいようだ。
そこで、ノブちゃんの今のところの構想を聞くことにした。
「やっぱり、お気に入りの乙女ゲームからヒーローを引っ張って……」
ゲームに存在するキャラクターのデータを引っ張ってきて、AIとして確立することを考えているらしい。
だが、ちょっと待ってほしい。俺はノブちゃんに向けて強く言い放つ。
「男は駄目だ!」
「えっ」
俺の否定に、ノブちゃんが目を丸くする。
そんなノブちゃんに、俺はたたみかけるようにして言う。
「ノブちゃんが恋愛的な目で見る男AIは駄目だ」
「なぜでしょう……?」
本当に不思議そうに言うノブちゃんだが、ノブちゃんの考えは甘々だ。
乙女ゲームのヒーローのAIを配信のサポートに? そんなの危険すぎる。
俺はノブちゃんの目を真っ直ぐに見ながら答える。
「視聴者の中には、ノブちゃんガチ恋勢が一定数いると思うんだ」
「ガ、ガチ恋勢ですか……?」
「ノブちゃんのことを本気で好きなファンだ。そのファンが、ある日、突然ノブちゃんに恋人ですって男を紹介されたらどうする?」
「えっ……祝福してくれる?」
「ショックを受けるんだよ! いいか、ノブちゃん。アイドルに男の影はあってはならないんだ」
「私、アイドルじゃないですけど……」
「ノブちゃんはアイドル、それを前提にする」
「はい……」
若いフレッシュな配信者はアイドルみたいなものなんだよ!
「好きな女の子がいる。ある日突然、男が隣に立っている。なんでも、女の子から男を呼んだらしい。これは、ショックを受けて当然だ。だからノブちゃん、男はいけない」
はたしてそれは、NTRか、BSSか。
「えっと、隣に立つのが女の子なら、いいんでしょうか……?」
「ノブちゃんは、恋愛的な意味で女の子が好き?」
「えっ、いえ、私はまだ異性愛者ですけれど……」
「それなら、ノブちゃんの隣に立つべきは女の子だ。アイドルは恋愛してはいけない」
アイドルの恋愛はタブー。じゃないと、週刊誌にスクープされて、ワイドショーに面白おかしく取り上げられてしまう。
そんな俺の主張に、ノブちゃんが不安そうにしながら言った。
「……それって、私が配信者をやっている限り、結婚できないってことでしょうか?」
ふむ、アイドルの結婚か。
「いつかはいいんじゃない? ノブちゃんが今より歳を取って、本気で好きな人ができたらね。でも、本気で恋しているわけじゃない男を配信のパートナーにするのは、アイドル的によろしくないな」
「そういうものですか……」
懸念すべきはガチ恋勢だけではない。配信者が異性の存在を匂わせることを徹底的に嫌う、ユニコーンと呼ばれる存在もいる。
ノブちゃんは納得したのか、それ以上反論することもなくうなずいた。
だが、横から反論の声が上がる。ヒスイさんだ。
「ヨシノブ様、ヨシムネ様の言葉を本気に取らないようにしてください」
おおっと、俺自身は結構本気で言ったのだけれども。
「女性の周囲に男性のサポーターがいることを直接恋愛に結びつけたヨシムネ様の考えは、21世紀の旧態依然とした思想に過ぎません」
「う、うーん、そうでしょうか……?」
古い人間とか言われたぞ?
確かに、視聴者の中には、肉体から解放されて自在に見た目を変えられるアバターだけの存在になって、男女の境がなくなっている人も多いけどさ。
この時代は、恋愛に性別は関係ない。さらに言うと、同性カップルでも、人間とAIのカップルでも、子供は作れるらしいし。
もしかしたらこの時代だと、女性アイドルに男の影がチラついても、みんな気にしないのかもしれないな……。
俺が一人納得しかけていると、ヒスイさんはさらに言った。
「それに今後、長期間ヨシノブ様のそばに居続ける者を選ぶのです。御本人が安心して隣を任せられる方でないと、大きなストレスの原因になりますよ」
そんなヒスイさんのさとすような言葉に、ノブちゃんは意見を変え……なかった。
「いえ、よく考えたら、男の人の姿が常に隣に見えるのは、緊張しちゃうと思うんです。それなら、同性の友人みたいなポジションが、私には合っているかと」
確かに、イケメン男が隣にいて緊張し続けるノブちゃんの様子は、容易に想像できるな……。
「ゲームから人格を持ってくるのではなく、業者が標準販売するAIを検討しますね。ワカバシリーズの情報処理タイプあたりでしょうか……?」
ノブちゃんがそんな考えを披露する。ん、でも待てよ。
「ワカバシリーズって、ガイノイドボディのシリーズじゃないのか?」
「あ、はい。ミドリシリーズも、ワカバシリーズも、AI単独での販売があります。ボディのみの販売は、廉価版のモエギシリーズですね」
「そうだったのか。まあアンドロイドボディとAIって、AIの方が本体って感じあるよな」
「うふふ、そうですね」
そんな言葉を俺とノブちゃんは交わした。
ちなみに、アンドロイドボディはAIの入っていないボディのみの販売もあるはずだ。
うちのホムくんは、そのAI搭載なしで送られてきたボディだからな。
「で、今回は有機コンピュータにAIをインストールするのみで、ボディはいずれ購入するんだろう? どのボディにするか決めているのか? やっぱりAIと同じくワカバシリーズか?」
そんな俺の問いに、ノブちゃんはうなずいて答える。
「ボディはAI本人に選ばせてあげたいですが、私の希望としては、やはり、私の身体と同じワカバシリーズがいいです。頑張ってクレジットを貯めて、早めに買ってあげないとですね」
「ボディのないAIも三級市民としてのクレジットが配給されますので、本人もいくらかクレジットを出すと思いますよ」
と、ヒスイさんがそんな補足説明を入れた。
「そうなんですか? でも、私の都合で生み出すのですから、できればこちらでクレジットを出してあげたいですね……」
それから俺達三人は、ワカバシリーズの商品カタログをちゃぶ台に広げ、どんなAIが良いかワイワイと話し合った。
しかし、人と同じような思考ができるAIを人の都合で生み出すが、その人はAIによって支配されている……なんて、本当にこの時代はSFしているよなぁ。
ユニコーンという俗語は、ヨシムネがタイムスリップしてきた2020年時点ですでに配信界隈で使われていたようです。




