212.21世紀TS少女が送る宇宙暦300年記念祭<2>
楽屋にやってきた俺は、そこで衣装を着替える。
服を脱ぎ、壁に取り付けられたマイクロドレッサーという、服を自動で仕立てて着せてくれる機械を使う。
肌の上に瞬時に糸がつむがれ、衣装ができあがる。
完成した衣装は、アイドル育成ゲームで男性アイドルが着ていそうな白い格好いい上着に、白のスカートだ。
楽屋から出てみんなの姿を確認すると、俺とそろいの衣装に身を包んでいた。
ステージに向かいながら、俺は着替えのために一旦切っていた配信を再開させる。
「うむうむ。完璧じゃな」
白い上着に白いスカート姿の閣下が、満足そうに言う。
『凛々しい!』『ええんちゃう』『こういう方向性の衣装は初めて見るかも』『おそろいの衣装がいいね』
ちなみに閣下とノブちゃんと俺の三人がスカート姿で、ヒスイさんとラットリーさんがパンツ姿だ。
人間とAIで衣装を分けたのだろうか? アンドロイドのスタイリストさんが衣装を決めて、俺は完全にお任せ状態にしていたので、その真意は判らない。
「5分前です。舞台脇で待機をお願いします!」
おっと、呼ばれたな。
ノブちゃんはバックバンドの四人全員と視線を交わすと、小さくうなずいてステージ脇へと向かった。
やがて、前の歌手の出番が終わり、ステージ脇に戻ってくる。
「頑張ってねー」
そんなことを言いながら、歌手が去っていく。
そして、ステージ上に楽器が配置され、入場の準備が整った。
「行きましょう!」
そのノブちゃんの号令と共に、視界にARのガイドが表示され、楽器への道順を示した。
『どっきどきやね』『ヨシちゃんが楽器を演奏するのか……』『音才の欠片もなかったあのヨシちゃんが……』『ダンスで無様をさらしていたあのヨシちゃんが……』
ガイドに従いステージを歩いていき、エナジーマテリアルの台に立てかけられたベースギターを俺は手に持った。すると、何もなかったかのように台が消え去る。
ベースを構えると、エナジーマテリアルの弦が四本展開する。さて、準備は整った。後は、曲の開始を待つのみだ。
司会役のフローライトさんが、前口上を述べ、ノブちゃんの名前を呼び、曲名をコールする。
『それでは、20世紀の名曲を歌っていただきます。ヨシノブwith配信シスターズで、『We Are The World』』
曲は、ノブちゃんによるギターの演奏から始まった。歌い出しと共に、小さく刻むようにそれぞれが楽器から音を出す。
まずは、大人しく、そしてゆっくりと。はやる気持ちを抑えるように、俺達は音を奏でた。
『ドラムからのアングルが斬新だ』『ヒスイさんが適度に視線を向けてくれるから、みんなの勇姿が見られるわ』『しんみりする曲だなー』『600年以上前の曲なのにしっかりしてる』
視界のすみに、音声ではなく文字表示になった抽出コメントが流れる。それを流し読みしながら、俺は指でベースの弦を弾いた。
そして、曲はサビへと突入し、俺と閣下はコーラスをノブちゃんの歌声に重ねた。
輝かしい未来を作る。そんな理念の歌詞が、ノブちゃんの口からつむがれていく。
コーラスを何度も繰り返し、曲のボルテージが少しずつ上がっていく。
段々とノブちゃんの歌声にも熱が入っていき、最初の力を抑えた演奏は、いまや力強いビートを刻むようになっていた。
やがて、七分にも及ぶ壮大な歌は終わりを迎え、俺達はステージの上で演奏の余韻にひたった。
すると、拍手の代わりに「キュイキュイ」という大歓声が俺達をたたえ、ノブちゃんが俺達を代表して、全力で客席に向けて手を振って応えた。
視界に表示されるコメントは『うおー』だの『うはー』だの『ひょー』だの変なことになっていたが、俺は演奏の成功を確信した。
再出現したエナジーマテリアルの台に楽器を置いて、俺達は観客席に手を振りながらステージを退出していく。
そして、ステージ脇にでたところで、皆でハイタッチを交わした。
「やったな、ノブちゃん!」
俺がノブちゃんに声をかけると、ノブちゃんは満面の笑みで応える。
「はい! 大成功です!」
『うおー』『ノブちゃんよくやった!』『いい演奏だったよ』『本業はゲーム配信者なのに、よくここまで演奏できたもんだ』
俺達は一人ずつノブちゃんの肩を叩き、彼女のステージの成功を祝った。
そして、ステージ衣装のまま新年会の広間に戻ると、俺達は拍手で出場者の皆さんに迎えられた。
おお。さっきは出場者が歌い終わってから戻ってきても、特にこれといった歓迎はされなかったのに、俺達だけ特別扱いか?
「よくやった」
歌謡界の女王が、代表してノブちゃんを迎える。
「あれだけのステージを見せてくれたなら、もうあんた達に文句を言う奴なんて、誰もいないだろうさ」
「ありがとうございます……?」
ノブちゃんはビクビクしながら、女王の言葉を受け入れている。
まあ、女王の対応はノブちゃんに任せよう。
俺は、まだ自分のステージが残っているからな。さて、おせちでも食べて英気を養うかな。
◆◇◆◇◆
「5分前です。下で待機をお願いします!」
ノブちゃんの演奏が終わってから1時間後。俺は、再び衣装を着替えてステージに挑もうとしていた。
先ほどは五人がかりでの挑戦だったので心強かったが、今度は一人だ。いや、俺には視聴者達がついているのだが、歌うのは一人だ。不安でならない。
「うおー、視聴者達、俺に勇気を分けてくれー!」
俺は、カメラ役のヒスイさんに向けて、そんな泣き言を言っていた。
『大丈夫、いけるいける』『ヨシちゃん可愛いよ(はぁと)』『なんでロングドレスなの?』『歌姫様のお姿だ。口をつつしめ』
そう、スタイリストさんが決めた俺の衣装は、なぜか神秘的なロングドレスなのだ。
さっきとは方向性が違いすぎて、自律神経がおかしくなりそう。アンドロイドだからそんなものないけど。
『まあ、実際のところ、ヨシちゃんならいけるでしょ』『配信でとちったこと全然ないし』『そういえば、言葉をかむとかもしないよね』『ちょっとうっかりなくらいが可愛いのにね』
「別に、完璧主義者ってわけでもないんだがなぁ……」
ふう、視聴者の抽出コメントを聞いていたら、落ち着いてきた。
大丈夫、俺はいける。
俺が今いるのは、ステージの真下。いわゆる奈落ってやつだ。
前口上が終わると、足元がゆっくりとせり上がって、下から生えるようにしてステージに登場するって演出だ。古典的だな。
そわそわとしながら待っていると、司会役のフローライトさんの声がここまで聞こえてきた。
『歌は世につれ世は歌につれ。惑星テラには長い歴史があり、移り変わる世には常に歌の存在がありました』
コメント機能が音声から文字表示に切り替わり、俺もそれに合わせて気持ちを切り替えた。
『その時その時によって流行りが移り変わり、新しい曲が生まれ続けます。しかし、忘れないでください。かつて歌われた曲は、今もそこに存在していることを。そんな昔の歌を歌うのは、21世紀からはるばるやってきたおじさん少女。それでは歌っていただきましょう。ヨシムネで、『Coming Home To Terra』』
「ヨシムネ様、頑張ってください」
ヒスイさんのはげましの言葉と共に、足元がゆっくりと動き始めた。
それに合わせて、アンドロイド楽団によるイントロが始まり、俺は歌い出しの準備をする。
そして、身体が完全に地上に出たところで、俺は高らかに歌い出した。
『おおお』『聞き覚えのある曲だ』『ヨシちゃんの配信で前に聞いた』『ハロウィンの時のだ!』
ステージの上は、白い煙でおおわれ、上から照らすように俺がライトアップされている。
煙はドライアイスだろうか。もしかすると、気温100℃を超えた環境なので水蒸気かもしれない。いや、気温が100℃を超えたら水蒸気は白くならないのか?
そんなことを頭の片隅で考えながら、俺は惑星テラへの望郷の歌を歌う。
『Coming Home To Terra』。ハロウィンの時に、ヨコハマ・アーコロジーの子供達が俺とヒスイさんに歌ってくれた曲だ。
記念祭で何の曲を歌うか迷っていた時にこの曲を思い出した俺は、ハマコちゃんに連絡を取った。子供達に、この曲を記念祭で使うことを了承してもらおうとしたのだ。
すると、子供達は喜んでOKを出してくれて、それ以来俺はこの曲を何度も練習した。
この曲の歌詞には、ギルバデラルーシが未だ理解の及ばない恋愛の要素が一切含まれていない。あるのは、惑星テラを想う愛の心だけだ。
俺はこの曲に、惑星テラのことを知ってほしいという想いをこめている。
ギルバデラルーシとの交流を続けた今、俺は惑星ガルンガトトル・ララーシのことをとても気に入っている。だから、ギルバデラルーシのみんなにも、惑星テラのことを知って、隣人として愛してほしい。そんな素朴な想いをこめて、俺は歌を歌った。
全力で歌った曲はすぐに終わり、俺はギルバデラルーシ達の歓喜の音を聞きながら、天井を見上げた。
演出のライトが消えたステージから見えたのは、空。
透明なステージ天井の向こうには夜が訪れており、空には一面の星の海が広がっていた。
「ふふっ。あの星のどこかに、惑星テラがあるのかな」
いつだかノブちゃんが言っていた、そんな言葉を俺はぽつりとつぶやく。
すると、俺の内蔵端末がそのつぶやきを拾い、配信に流す。それに視聴者が反応した。
『ヨシちゃんが上を見上げて何かポエムを言っておる』『公式配信のカメラさん、上向いて?』『おっ』『いい星空だ』『惑星テラは恒星じゃないので、見えてもそれは太陽だと思う』
「俺も見えるのは太陽だと思うよ。でも……惑星テラが見えると思った方が、ロマンチックだろう?」
そう言って笑うと、視界のすみに一筋の流星が流れた。とっさのことで、願い事は何も思い浮かばなかった。




