210.St-Knight 年間王座決定戦<2>
観客で満員となった特別会場に、リングアナウンサーの声が高らかに響く。
『長年の決着を付ける時が、とうとうやってきた! あの壮絶な結末から三年、頂点の座を守り今日という日を待ち続けた女王がいる! 真のチャンピオンは、私だ! 三年連続年間王者、水の精霊ミズキー!』
激しいエレキギターの曲と共に、ミズキさんが入場する。
その格好は、銀色に光る鎧に、白いマント。女神と言うより、戦乙女と言った方がいい、凛々しい姿だった。
「あら。鎧を着るなんて珍しい」
トウゴウジさんが、ミズキさんの格好を見てそんなことを言った。
「そうなんですか?」
俺はトウゴウジさんにそう聞き返した。
「ええ、いつもの対戦ではこう、ヒラヒラした布の服を着ているんです」
「決勝戦だから、気合いを入れたんでしょうか」
「いえ、多分……胸をゆらさないために、胸当てを着けたのではないでしょうか」
「マジか」
過去の年間王座決定戦でのこと。チャンプはミズキさんの大きすぎる胸に気を取られ、ハラスメントガードが発動してしまい、判定負けをしている。
その結末は、ミズキさんも納得がいっていないようで、かつて俺の『Stella』配信にチャンプを追ってきたことがあった。
それ以来、俺を通じてミズキさんはチャンプと仲良くしていたが、本当の決着を付ける機会を虎視眈々と狙っていたようだった。
今度こそ、納得のいく決着をつける。その対策の一つが、この鎧ってことか。
「鎧をつけずに戦うことなど、あるのか?」
と、ゼバ様が不思議そうに言った。
すると、ヒスイさんがゼバ様に向けて答える。
「これはゲームですので、各々が好きな格好をできるよう、防具には防御効果が設定されていません。金属鎧も、革鎧も、布の服も、全て同じだけダメージを通します」
「なるほど。あくまでゲーム上の戦いということか」
ごっつい鎧の防御が有効なら、手甲をつけて殴るしかないチャンプは不利になってしまうからなぁ。まあ、鎧の防御が有効な『Stella』でもチャンプは最強の座についているんだけど。
と、ミズキさんの入場が完了し、エレキギターの曲が終わる。
そして、しんと静まりかえった会場に、リングアナウンサーの声が再び響いた。
『若き王者が帰ってきた! どこへ行っていたンだッ、チャンピオン! 俺達は君を待っていたッ! クルマムの登場だー!』
って、パロディアナウンスかよ! これ、あの格闘漫画が好きなチャンプが内容考えただろ!
ほら、横でトウゴウジさんが頭を抱えているぞ。
満面の笑みを浮かべて入場するチャンプは、革鎧に金属の手甲をつけた地味な格好だ。正直、ミズキさんのような華はない。
だが、その長身と筋肉質な身体が相まって、強者の風格は十分にあった。
そして、気になるのはその顔。表情というわけではなく、顔の作りだ。
前に見たことがある『St-Knight』のチャンプのアバターは、若い青年の姿をしていた。
だが、今のチャンプは、リアルで見た三十歳くらいの、幾分か歳を取った顔をしている。体付きも、以前より一回り大きくなった印象がある。どうやら、今のリアルの姿に合わせてアバターを作り直したみたいだ。若き王者じゃなかったのかよ。
『試合は二ラウンド先取で行なわれます』
そんなアナウンスが入り、武器の使用を前提とした広いリング上で、両者が向かい合う。
二人は何か言葉を交わしているようだが、こちらには聞こえてこない。
そして、いよいよ試合開始の時が来た。
『ミズキ VS. クルマム』
聞き覚えのあるシステム音声が、会場内に響く。
『ラウンドワン ファイト!』
号令と共に、ミズキさんが突進し、右手に持つ短槍をチャンプに向けて突き出す。
チャンプはそれを手甲によるパリィで弾き、一歩踏みこむ。だが、ミズキさんはバックステップをしながら、左手の短槍を突きこんだ。チャンプはそれをダッキングでかわす。
いきなり激しい攻防だ。横で、ゼバ様が感嘆の声をあげた。
「すごいな。だが、リーチの差で有利不利がないと先ほど言われたが、どうにも私には、武器と素手では素手が圧倒的不利に見えてしまう」
ゼバ様の感想に、トウゴウジさんは「そうですね」と答えた。
「確かに、このゲームにおいて、素手は比較的不利な条件にあります。でも、私達は空手家。不利でも空手を貫くのです」
チャンプの勇姿を見守るトウゴウジさんは、確かに母と言われても納得できるだけの強さが感じられた。
リング上の攻防は続き、少しずつ、少しずつだが、チャンプが素手の間合いに踏みこむ機会が増えていった。
それを見て、トウゴウジさんは言う。
「宇宙3世紀の武術は死の武術。ソウルコネクト空間内での死は本当の死を意味しません」
おお、それは、超電脳空手道場に何度か通ううちに、チャンプから伝えられた言葉だ。
「リアルでは死を恐れ、怪我を恐れ、痛みを恐れ、手加減や寸止めが空手の稽古につきものになってしまっています。しかし、死すら仮想のものであるゲームの中ではどうか」
そのトウゴウジさんの言葉に、俺は答える。
「恐れを知らずに、死中に飛びこみ、間合いを己の物にできる」
「はい。よくバトル漫画では、恐れを知るだとか、恐れを忘れずだとか、恐れを味方に、なんて使われているのを見ますけど、私達は違います。恐れをそぎ落とすのが、来馬流超電脳空手の真髄」
確かに、21世紀に読んだ漫画で、恐怖を武器にみたいな文言を見た記憶がある。
「日本語では死中に活を求めるなんていいますけど、私達は死中こそが立つべき場所です」
誇らしそうに語るトウゴウジさんに、俺は言う。
「肉を切らせて骨を断つとか好きそうっすね」
「臓腑を切らせて首を断つとでも言えばいいかもしれません」
「うわあ、それどっちも死んでる……」
「先にHP全損した方が、ゲームのPvPにおける敗者ですから」
「完全にゲーム思考っすわ」
「もちろん、リアルでまでそんな危険な空手をやっているわけではないですよ。リアルの来馬流空手は、怪我に十分配慮した、安心安全の実戦空手です」
「それでも実戦空手なんですね……」
俺がそう言うと、トウゴウジさんはニッコリと笑って返してきた。
さて、試合はどうなったかというと、チャンプは間合いを征し、ミズキさんに強烈な連打を食らわせた。
『KO』
ミズキさんの体力ゲージがなくなり、決着がつく。一ラウンド目はチャンプの勝ちだ。
『ラウンドツー ファイト!』
休む間もなく、二ラウンド目が始まる。
再び攻防が繰り返されるが、チャンプの優位は変わらず、ミズキさんの体力ゲージが危険域に突入する。
だが、次の瞬間、ミズキさんは思わぬ行動に出る。距離を取ってから、右手の槍を投げたのだ。
勢いよく投げられた槍は、チャンプの胸に命中し、チャンプの体力ゲージは一気に削られた。
そのミズキさんの思わぬ行動に、会場はざわめきに包まれる。
「む、これはまた、ゲージが大きく減ったな」
チャンプの体力ゲージに注目したのか、ゼバ様がそんなことを言った。
「このゲーム、武器は投げても自動で戻ってはこないんだ。だから、攻撃手段を捨てる武器投げは威力が高く設定されている」
「そうか。ミズキ選手は二本の槍を持っている。つまり、片方の武器を投げても、さらに追撃ができるわけか」
「そうだね。でも、ミズキさんは槍二本でのコンビネーションが売りだから、武器を片方失ったら不利になるのは変わらないよ。それに、二本武器を持っている場合、一本目の投擲は比較的威力が少なめになる。みんな投擲のために武器を二本持ち出さないようにするためだね」
チャンプはミズキさんに槍を拾われないよう、自分に命中した槍を後方に蹴り出す。
一方、武器を片方失ったミズキさんはというと……槍を蹴ったチャンプの隙をついて、もう片方の槍をチャンプに投げつけていた。
「そうきましたか!」
トウゴウジさんがそう叫ぶ。その声音は息子を心配するものではなく、喜色をふくんだもの。
どういうことだと思っていると、なんとミズキさんは素手のままチャンプの間合いへと飛び込み、そのままチャンプに蹴りを入れた。
会場が「わっ」という歓声に包まれ、蹴りからつないだミズキさんの正拳突きがチャンプに突き刺さり、チャンプの体力ゲージは全てなくなった。
「あのような奥の手を隠していたなんて。やはり、彼女も来馬流超電脳空手の門下生ですね!」
トウゴウジさんが、すごく嬉しそうに言った。
奥の手。槍投げからの空手のことだろう。うん、ミズキさんも、チャンプの超電脳空手道場に通っているからな。つまりこの戦いは、真のチャンピオンを決めるものだが、来馬流の同門対決でもあるわけだ。
『ファイナルラウンド ファイト!』
会場の興奮が冷めやらないうちに、最終ラウンドが始まった。
お互いの体力ゲージが全回復し、ミズキさんの手元に二本の短槍が戻った。
そして、戦いはミズキさんが大きく間合いを取って槍投げの姿勢をちらつかせ、チャンプが慎重に間合いを詰める、大人しい試合運びになった。
リングの上は広く、後退したからといってボクシングのように隅へ追いやられるということは、簡単には起きない。そして、無理にチャンプが距離を詰めようとすると、その勢いを利用してカウンターの槍投げが炸裂するだろう、とトウゴウジさんが語った。
しばらく、足運びの音が響くだけの試合展開が続く。
固唾を飲んで見守る観客達。
すると、突然、チャンプが構えを解いて、棒立ちになった。
警戒しつつも、槍投げの体勢を取るミズキさん。
次の瞬間、チャンプがミズキさんに向けて猛ダッシュをした。
それに合わせ、右手の槍を投げるミズキさん。
チャンプはその槍を、正面から受けた。
実はこの槍投げ、ノックバックやヒットストップといった、動きが止まるゲーム的な処理はない。なので、チャンプは大ダメージを受けながらも、ミズキさんにせまった。
左手の短槍による突きで迎撃するミズキさん。
チャンプは、それをパリィし、ミズキさんに拳の連打を浴びせる。
とっさに距離を取るミズキさん。チャンプはすぐさまそれを追いすがった。
そこに、左手の槍投げが炸裂する。チャンプはそれをまたもや素直に受け、素手の間合いまで肉薄する。
そこから、空手の勝負が始まった。そう、ミズキさんが槍を二つとも手放したため、二人ともこの間合いこそがベストの距離。
だが、今のチャンプは先ほどのラウンドと違って、動揺がない。
そうなると、どうなるか。空手歴二十数年のチャンプと、空手歴数ヶ月のミズキさんの勝負。力の差は歴然だった。
『KO クルマム ウィン!』
チャンプの勝ちだ。
会場が、大歓声に包まれる。
俺も心の底から湧き出る興奮に身を任せ、全力で叫んだ。
「うおおっ! チャンプッ! チャンプッ!」
リングの上では、チャンプが拳を天に突き上げており、ミズキさんは床に片膝を突いて打ちひしがれていた。
観客達の叫びは一分以上続き、その間、チャンプは観客席に向けて手を振っていた。
「こうして最終ラウンドの結果を見ると、槍投げは一度きりの作戦にするべきだったと思いますね」
興奮が鎮まった俺は、トウゴウジさんに向けてそう感想を述べていた。
「いえ、彼女はああするしかなかったんです」
「どうしてです? 普通に戦えばよかったのでは?」
俺の疑問に、トウゴウジさんが答える。
「純粋な力量勝負としての格付は、第一ラウンドで済んでいるんです。ミズキさんは、奇策を使うしか勝つ道が残されていなかった」
「はー、そんなもんなんですね」
「ええ、割とはっきり力の差が出ていましたから」
そうなんだ。全然判らんかった。
そんなチャンプとミズキさんは、リングの上で向かい合って、握手をしていた。
そして、そんな二人のもとにリングアナウンサーが近づいていく。
『クルマム選手、一言お願いします』
そんなインタビューがされると、チャンプはリングアナウンサーからマイクを奪って、叫んだ。
『ミズキさん! 初めて見たときから好きでした! 結婚を前提にお付き合いして下さいっ!』
会場が、静まりかえった。
沈黙が場を支配する。
そして、最初に我に返ったのは、リングアナウンサーであった。
チャンプからマイクを奪い返したリングアナウンサーは、チャンプの対面にいるミズキさんにマイクを向けた。
『何もこんな場所で言わなくてもいいでしょう!』
そんな叫びが、会場に響いた。
すると、「わあっ」と会場に歓声が響きわたった。俺はいったい、何を見せられているんだろうか。
そして、リングアナウンサーがミズキさんに尋ねる。
『ミズキ選手、クルマム選手の告白へのご返事は?』
『リアルの内弟子の関係からでお願いします……』
すると、チャンプがショックを受けたような顔になり、会場が爆笑の渦に包まれた。
「ヨシムネ。ミズキ選手がやけに恥ずかしがっているように見えるが……」
恋愛展開についていけていないゼバ様が、不思議そうに言った。
「普通の人は、人前で愛の言葉を交わすことを恥ずかしく思うんだよ」
「そうなのか。奥深いのだな」
奥深いんですよ。奥深いので、さっきからなにやら独り言を言っているトウゴウジさん、息子をいじってやろうなんて企みは止めてあげてくださいね。
そんな珍事がありつつも、リングの上ではミズキさんが退場し、チャンプが中央に陣取った。チャンピオンベルトが用意され、チャンプの腰に巻かれる。
さらに、コインを模した大きなパネルが登場し、チャンプに手渡された。どうやら、あのパネルは賞金を表わしているようだ。そこそこ大きな金額がパネルの表面に書かれている。
『超電脳空手道場の発展のために使わせていただきます』
チャンプがそう宣言すると、トウゴウジさんが嬉しそうに「あらあらうふふ」と笑った。
こうして、真の最強を決める戦いは終わり、『St-Knight』の歴史に新たな王者の名が刻まれた。
リングからチャンプが去り、終了のアナウンスが告げられ、観客は一人、また一人と消え去っていく。
俺は、チャンプに祝いのメッセージを送り、トウゴウジさんとゼバ様の二人に別れの挨拶をして、VR空間からログアウトした。
すると、人類基地の宿泊施設の自室で意識が目覚める。
さて、年内にやるべきことは全て終わった。
年越し蕎麦を食べたら、いよいよ新年を迎えることになる。宇宙暦300年記念祭の始まりだ。




