209.St-Knight 年間王座決定戦<1>
宇宙暦299年12月31日、大晦日。
最後のリハーサルを終えた俺は、ヒスイさんと一緒に宿泊施設の自室でくつろいでいた。
俺はボディの内蔵端末にインストールされたモンスター育成RPGをやりこみ、ヒスイさんはその俺の様子をじっと見守っている。
なんともゆったりとした時が流れるが、突如、部屋に来訪者を知らせるインターホンの音が鳴った。
すぐさまヒスイさんが動いて、対応に出る。
ヒスイさんが扉の近くで、二、三喋ると、そのままゆっくりと扉を開けた。
扉の向こうには、マザー・スフィアと……なぜかゼバ様がいた。
「ヨシムネさーん、ちょっと出てきてくださいー」
「はいはい」
俺はゲームをスリープさせると、ゼバ様がくぐれそうにない高さの扉を通り、部屋の外へと出る。
「どしたん?」
俺がそう尋ねると、マザーではなくゼバ様が答えた。
「記念祭まであと数時間なので、皆を率いて会場入りしたのだ。それで、ヨシムネに挨拶をと思ってな」
「まだ結構時間あると思うけど、もう会場入りしたんだ」
俺達だって、まだ会場の控え室には向かっていない。談話室で年越し蕎麦を楽しめる時間の余裕すらあるぞ。
「うむ。それで、少々暇でな。もしこれからの予定がないなら、暇つぶしに付き合ってくれ」
「あー、ごめん。ちょっと予定埋まっちゃっているんだ。『St-Knight』っていうゲームの年間王座決定戦の決勝戦を見にいくんだ」
「そうか。それは残念だ」
明らかにテンションが下がった感じで、ゼバ様が言う。
悪いことしたなぁと思っていると、マザーが横から声を投げかけてきた。
「それなら、ヨシムネさん。ゼバさんを連れて、決勝戦の観戦に向かってください」
「え、いいの?」
「いいですよー。特等席のチケットまでつけちゃいますよ!」
「マジで。そりゃ、太っ腹なことで」
年間王座決定戦の特等席ってあれだ。公式配信に映る特別会場の座席だ。
その特等席の競争率はすさまじく、抽選のみでのチケット販売だったはずだが、マザーは特権で当日だというのにまだ空席を確保していたってことか。
「ふむ、よく解らないが、どこに出かけるのだ?」
「ああ、とあるVR格闘ゲームの対戦を見にいくんだ」
「ほう。年間王座決定戦と言ったか。王とは、人間の群れの中で一番偉い存在を言うのだったな。つまり、そのゲームの頂点を決める戦いか」
「いや、ちょっと違うな」
俺は、ニヤリと笑ってゼバ様の言葉を否定した。そう、これから行なわれるのは……。
「VRゲームで一番強い奴を決める戦いだ」
◆◇◆◇◆
特別会場へと入り、指定席へと移動する。
本来、VRゲームの試合を観戦する時は、システム側が位置情報の重複も問題なく処理してくれるので、各々が好きな席を確保できる。人がいくら同じ場所に重なろうが、上手いことやってくれるのだ。
だが、この特別会場だけは事情が違う。リアルと同じように人が重なることはできず、チケットで指定された席に座らなければならない。
それも全て、この特別会場が、公式の配信に流すための場所だからだ。全員が最前列にいて、後列に誰もいない風景とか映せないよな。通常会場では、各々が好きな席を自由に確保できるようになっているので、この特別会場は好き者のための場所ってことだな。
そんな収容人数2000人の特別会場、その比較的前の方の席に、俺達は座る。
右から順に、ヒスイさん、俺、ゼバ様、メイドさんの並びだ。
そう、俺達三人だけでなく、もう一人観戦に付いてきた人がいる。
見覚えのある顔だ。具体的には、芋煮会でチャンプが連れてきた道場メンバーの中にいたり、『Stella』でチャンプのそばにいたりした黒髪のメイドさんだ。そんなメイドさんの正体をヒスイさんが明かしてくれた。
「こちら、本日の出場者の一人、クルマム様の母親であるトウゴウジ・ハナガクレ様です」
「どうも、解説に呼ばれましたトウゴウジです。よろしくお願いします」
トウゴウジさんが、頭を下げて挨拶をした。チャンプの母親か。めっちゃ若くて背が低いので、全然そうは見えない。
しかも、チャンプの親なのにクルマ姓じゃないんだな。夫婦別姓ってやつかな。
「よろしくお願いします。確か、芋煮会の時にいらっしゃいましたよね?」
俺がそう話を振ると、トウゴウジさんは笑顔で答える。
「その節は、大変お世話になりました」
「お若いっすねー。正直、お子様がいらっしゃるようには見えない。十代に見えますよ」
「アンチエイジングしていますから。これでも五十歳を超えています」
この時代のアンチエイジングはすごそうだ……。
さて、そんな合法ロリメイドさんに衝撃を受けている間にも、会場の熱気は少しずつ上がっていく。
開始まであと五分となり、客席は満席となっていた。
「トウゴウジさんも、空手をたしなんでいるんですか?」
待ち時間で手持ち無沙汰になったので、俺はトウゴウジさんに話題を振っていた。
「はい、リアルでもゲームでも、来馬流の空手を。元々は、薙刀をやっていたのですが、クルマ家に嫁いでからは空手一筋です」
「はー、トウゴウジ家って、薙刀で有名な家系とかです?」
「いえ。代々の近衛の家系というだけですね」
近衛って、ファンタジーものでよく出てくる、王様を守護する役割のことか。
「えっ、やんごとない一族の護衛役? すごくない?」
「そうですね。まあ、本当の護衛は専用のアンドロイドがやりますので、人間の近衛は儀礼的な意味合いが強いのですけど。そして、私はこのように背が低く、背を伸ばす施術も受けなかったので、近衛の役にはつきませんでした」
「でも、空手はやると」
「はい。昔から武道は好きですから」
うーん、全然知らない世界だ。でも、元公爵のグリーンウッド閣下だって、今でもメイドとか家令を雇っているんだよな。特権階級って、この時代でもあるんだなぁ。
などと思っていると、会場にアナウンスが入り、いよいよ開始の時間となった。
リングアナウンサーがリングに上がり、右手のマイクを口元に当てて、叫んだ。
『ナーイト!』
すると、観客が一斉に叫ぶ。
「ナーイト!」
お、おうっ! 突然だったので、反応できなかった。
なるほど、今のは『St-Knight』配信のゲーム開始時の挨拶と同じやつだ。もしかすると、これがあの作法の元ネタなのかもしれない。
さて、いよいよ始まる年間王座決定戦。その決勝戦の対戦カードは、予想通りの組み合わせだ。元チャンピオン対現チャンピオン……すなわち、チャンプことクルマム対ミズキさんだ。
いきなり決勝戦が始まる、ということはなく、まずは前座からだ。
行なわれるのは、三位決定戦。選手紹介が男性アナウンサーの声でなされ、選手がそれぞれのテーマ曲と共に入場する。
二人の選手の武器は、それぞれ長槍と双剣。『St-Knight』は武器を使っての格闘ゲームなのだ。
武器を使うからこそ、ただの格闘ゲーム好きだけでなく、様々なMMORPGから強豪プレイヤーが集まっているのだ。
「さて、どっちが勝つかな」
「リーチが長い方が有利ではないのか?」
異星人という正体を隠すため、身長180センチメートルほどの黒人男性のアバターに扮したゼバ様が、そんな疑問を持つ。
「いえいえ。リアルですと確かにリーチが長い方の有利ですが、ソウルコネクトゲームですと、そうとは限りません」
トウゴウジさんが、俺の代わりにそんな説明をしてくれる。
「そうなのか。すまないな、ゲームにはうといのだ」
「あ、トウゴウジさん。こちら、ゼバ様です。惑星テラのとあるやんごとない一族の元代表者の方です」
「や、やんごとない一族ですか……それはまたすごいですね」
俺がゼバ様の嘘のプロフィールを紹介すると、トウゴウジさんは腰が引けていた。
宇宙暦300年記念祭はまだ開始していないので、ゼバ様の正体は秘密だ。
トウゴウジさん一人になら、正体がばれてもどうにでもなるだろうが、ここは他の観客の会話が横から聞けてしまう特別会場。うかつな発言には、注意してもらいたい。
そんなやりとりの最中、三位決定戦が始まった。
試合は二ラウンド先取。先に相手の体力ゲージを削りきった方がそのラウンドを取り、次ラウンドに残り体力は持ち越さないルールだ。
選手二人の実力は拮抗しており、激しい攻防が繰り広げられる。そして、戦いは最終ラウンドである第三ラウンドまでもつれこんだ。
「強い、強いんだけど……」
二人は強い。でも、正直に言うと……これは前座でしかないと感じる。
「超電脳空手道場でのチャンプとミズキさんの動きと比べると、正直、見劣りするな」
「あらあら」
俺の言葉に、嬉しそうに笑うトウゴウジさん。
いまいちリング上の戦いに乗り切れない俺だが、ゼバ様は試合展開にいちいち驚き、全力で楽しんでいた。
「ふう、超能力を使わない武器同士の戦いが、これほど熱いものだとは思わなかったぞ」
「一応このゲーム、超能力も使えるんだけどね。今の二人は、武器のみで戦うスタイルみたいだ」
「ふむ。超能力と武器を組み合わせて戦うのか?」
「そうだね。そういう人もいるよ」
「それはまた、興味深い……」
そうして、試合は決着がついた。勝ったのは、双剣使いの方だ。
会場が歓声に包まれ、双剣使いは嬉しそうに右手の剣を上に突き上げた。そして、双剣使いと槍使いはリング上で互いに健闘をたたえ合い、音楽と共に退場していった。
なるほど、リアルの格闘技と違って、全力で戦っても怪我はしないから、さわやかな終わり方になるんだな。
そう感心して見ていると、アナウンスが入り決勝が行なわれる旨が伝えられる。
会場のボルテージはさらに上がる。俺は、体感気温が上昇したような錯覚を覚えた。




